本セミナーでは、「グローバル共通スキルによる『対話する組織』実現」と題し、日立化成工業で35年間続けているケプナー・トリゴーのKT法や、近年新しく取り入れたメンタリング・コーチングといった手法から「対話型学習」について検証します。また、同時に「講義型学習」との違いを分析、明確化することで、今後の対話型学習の展開について予測していきます。
まず、「KT法」についてご説明します。KT法とは、1950年代に社会心理学者のチャールズ・ケプナー氏と社会学者のベンジャミン・トリゴー氏が、米軍士官のハイ・パフォーマ研究を通じて考案した「問題分析と意思決定のための思考プロセス」です。背景にある考え方は、成果・問題・期待・課題には、全て差異(deviation)があり、差異とは「あるべき姿」と「現実の姿」の差分であるということです。そして、リーダーが直面する実務の多くは「行動を必要とする差異の発見と解消」であり、その「差異」のパターンはある程度、累計化でき、適切な質問に順番に答えることで取るべき行動を浮き彫りにできるというものです。
KT法のプロセスは四つ――状況把握(Situation Appraisal=SA)、問題分析(Problem Analysis=PA)、決定分析(Decision Analysis=DA)、潜在的問題分析(Potential Problem Analysis=PPA)に分かれていて、これらを行ったり来たりしながら、日常に直面する課題を速やかに片付けていくことができます。
特長としては、俗に「ステップ質問」と呼ばれていますが、問うべき質問の内容と順序がプロセスごとに決まっていることが挙げられます。そのため、KT法の学習者同士であれば、直面している課題に対しての解決プロセスが同じであるため、意思の疎通がとても簡単にはかれるのです。
また、問題分析(Problem Analysis=PA)のフォーマットとして、表形式のものを使用するのですが、縦軸には「What:object(何に)とdeviation(何が)」、「Where:Geographically(地理的に)とobject(対象物のどこで)」「When:Date and time(何年何月何日何時何分に発見されたのか)とin the object's lifecycle ?(対象物のライフサイクルのどこでその変化が起きたのか)」を、横軸には「IS(実際に起きた事象)」「IS NOT(起きてもよいはずなのに実際には起きなかった事象)」を置き、それぞれの空欄を埋めていくスタイルを取っています。
そのため、求められるのは「てにをは」を使った文ではなく、簡単な単語だけ。表形式のみでコミュニケーションが取れるので、セカンドランゲージスピーカーにはとても親切な技法です。さらには国内外を問わず、大量に習得者を増やすことが可能なだけでなく、研修の70%がワークショップですから、そこで対話が生まれ、受講者同士のネットワークも広げることができる――そういった意味で、KT法とは伝統ある研修であるものの、実は、単なる問題解決技法ではなく、社内における議論のための「共通言語」となる、先駆的対話型学習システムなのです。
また、ティーチングプロセスが決まっており、社内インストラクタの養成、認定が可能。その結果、社内インストラクタが複数の生徒を指導できる「n倍化」が可能な学習システムです。弊社では35年に渡ってこの研修を導入しているため、現在は、社長を始めとした経営トップから一般社員までが実践、社内全体においてプログラムがうまく機能している状態です。
次に、その他の研修の話に移ります。弊社ではKT法以外にも、2008年から女性の活用のためにメンタリングを導入しています。当初は、社長執行役がメンティーとなり、女性を対象としたメンタリングを行っていました。その後、現場で働く社員の悩みを聴き出すだけでなく、メンター側も徹底的に「傾聴力」を磨くことで、新たな学びが生まれる劇的な方法だと社内で大変な好評を博し、現在では部課長クラスの人材までがメンティーを担当。また、メンターは外国籍社員、留学生社員、キャリア採用へと拡大されることになりました。
さらに今年からは、コーチングも導入。プロコーチが社内コーチを育て、社内コーチがさらに社員をコーチしているのですが、弊社の大きな特長は、執行役員自らがクラスを作成し、クラス・オーナーとして、社長のビジョンを受けた熱い思いを各クラスで語っていること。ビジョンを注入したところでプロコーチが入り、コーチングを始めるというスタイルを取っています。また、2012年7月10日からは、電話によるコーチングの開始も予定しています
このような対話型学習システムを一般化してみますと、全体の調整役として事務局が存在し、それに加え、専門家、講師を育てる講師、社内講師がいて、n倍化するシステムだということができます。プログラムオーナーが社内講師にビジョンを注入すれば、そこからビジョンが伝播する、とても効率的な方法です。これに企業内世界共通言語を形成して付け加えることができれば、グローバル化にともなった適切な学習システムになるでしょう。
とはいえ、対話型学習システムであれば何でもよいかといえば、そうではありません。客観的に研修制度を見直すには、OJT、座学、eラーニングなど、既存の多くの研修との違いを説明し、経済合理性を検討できる指標が必要になってくるからです。
その指標としては、「対話の時間総計」×「対話の質」が挙げられるでしょう。質とは、対話が持つ時間当たりの価値で、これが投資のアウトプットです。そして投資そのものは、それに費やす社員の「学習時間」×「単価」です。加えて外部に支払う費用ですが、この対話のn倍化システムが動作する学習システムでは、社員の学習時間の総計が非常に高くなりますから、外部に支払う費用が相対的に低くなるという現象が生じます。ただし、質の評価は大変難しいため、いったんここでは横に置いて、時間に注目してみることにします。
時間から考えた指標は二つ。対話型学習システムの評価する際には、どれだけが本当の対話になっていて、どれだけが単に情報を受信しているのかを測るために、「対話のROI=社員の延べ対話時間÷プロコーチの延べ指導時間」「対話の効率=社員の延べ対話時間÷社員がプログラムに消費する延べ時間」を指標とすることが重要でしょう。
ご参考までに、この計算式によって、日立化成グループが導入しているプログラムの「対話のROI」と「対話の効率」を算出したところ、「KT法」では、対話のROI=125倍、対話の効率=75%、「メンタリング」では、対話のROI=45倍、対話の効率=95%、「コーチング」では、対話のROI=28倍、対話の効率=97%という結果がでました。これに加え、弊社では古くから英語研修も実施しているため、弊社では「会話(英語)」→「対話(コーチング・メンタリング)」→「議論(KT法)」→「行動、合意、結論」といった、大変効率の良い、共通のスキル体系ができあがっていると申し上げることができます。
最後に、講義型学習との違いを見ていきます。講義型学習における課題は、講師によって内省のファシリテーションの質が大きく変わってしまうことです。また、講義型の変形としてeラーニングがありますが、こちらは知識の伝達のみで、内省のファシリテーションが一切ないため、学習者にとって面白みがありません。効果的な人材育成方法には、実践、内省、対話という、内省のファシリテーションが回る仕掛けが埋め込まれていなければいけません。
ただし、学習とは、知識の伝達と内省のファシリテーションという二つの要素からなっているものですから、一概に講義型学習は効果が低いというのではなく、今後の方向性としては、ワークショップをe-ラーニングと組み合わせたり、n倍化の法則で社内における万人教育を進めたりすることで、より効率の高い、グローバル教育スキル学習システムを生み出すことができるのではないでしょうか。
以上、さまざまな角度からお話をしてきましたが、企業内教育部門の今後の課題とは、いかにして良質な学習時間を従業員に提供できるかということです。そしてPDCAサイクルをしっかり回すためには、多面評価を実施することも忘れてはなりません。そのため、私たち企業内教育部隊は、プログラムを作るというよりも、評価システムをきちんと構築し、あとは進化的発展に任せていくのがよいのではないでしょうか。本日のセミナーが、グローバル化に当たっての研修を検討する上でのご参考になれば幸いです。本日はありがとうございました。