本日は、第一幕を「グローバル人材育成とは何か?社会的背景と神話の解体」、第二幕を「若手社員のグローバルな活躍をめざして 人材育成のプロセスを見直す」と題して、お話していきたいと思います。まず、第一幕です。グローバル人材育成の必要性が叫ばれるようになったのは、ここ3~4年のことです。その背景には、人口減少経済へ移行する中で、国内マーケットが伸びていないという現状があります。一方、中国やASEAN、NIEs(新興国市場)などのグローバル市場は伸びていて、注目が集まっているという理由もあります。
皆さんは、「グローバル人材育成」とは具体的に何をすることだとお考えですか。調査によると、半数以上の方が「海外で活躍できる日本人の育成」と回答しています。その後は、「グローバルな異動などの仕組み統一」「外国人や元留学生の本社採用」「日本企業の仕事のやり方・理念継承」と続きます。この中で最も注目されるのは「海外で活躍できる日本人の育成」で、「特に課題だと感じている」企業は、全体の74.1%にも及びます。
グローバル人材育成について、いろいろと勉強していく中で、気づいたことがあります。それは、「理論とデータなき世界」だということです。「わたしの教育論」が渦巻いていて、個別の経験から言い合っている。これに対して、「もう少し科学的かつ戦略的に見直しませんか?」と提案することが、本日の講演のテーマでもあります。
グローバル人材育成に関して、どんな「神話」があるのかを調べてみました。一つ目は、「何よりもまず語学が必要」という神話です。しかし、実際にはどうかというと、海外に赴任した310名のマネジャーに対するアンケートによれば、「語学で困難を感じた」という人は38%で、そのうちの83%は「乗り越えられた」と言っています。ペラペラにはれなくても、仕事はできるのです。これを見る限り、語学から入ることは間違いではないか、というのが私からの問題提起です。
海外勤務経験者に、海外で抱える困難について聞いたところ、スキル課題(語学)よりも、職務・組織知識課題(仕事の進め方の常識・雇用慣行など)や学習棄却課題(日本で培った自分の経験を捨てられない)という回答が多く寄せられました。直接お話をうかがった方からは、「赴任しないとその国の流儀はわからない」「業務の引き継ぎがなくて困った」という声もお聞きしました。仕事のやり方や雇用慣行は、上司や同僚から学ぶことになりますが、その関係を築ける職場づくりができているかどうかが問題です。
次の神話は、「グローバル人材育成では、今までと全く異なるやり方が必要」というものです。しかし、人が学ぶ原則にはグローバルもドメスティックもありません。人が育つメカニズムには、二つのやり方があります。一つは「経験軸」。タフな経験を通じて、挑戦させて育てます。二つ目は「ピープル軸」。OJTのような他者とのコミュニケーション、フィードバックによって育ちます。基本はこの二つしかありません。
全ての前提は、「人は仕事を通じて現場で育つ」ということです。逆に言えば、人は教育現場では育たないということですね。「経験軸」を見ると、業務を通じて背伸びの経験(ストレッチ)をさせ、その後で必ず振り返りを行い、持論化していくことが大事です。特に入社3年目以降は、経験からの学びが非常に効いてきます。
もう一つは「ピープル軸」。人は、他者との関わりの中で育ちます。では、どんな職場(人間関係)の中で若手社員は育つのでしょうか。また、職場の誰による、どんな支援が必要なのでしょうか。支援には3種類あります。
(1)業務支援 いわゆるOJTの項目。教えること、助言すること。
(2)内省支援 振り返りを促してあげる。客観的な意見を言って、気付かせる。
(3)精神支援 励まし、褒められること(感情のケア)
「管理者」からは(2) (3)の支援、「上位者」からは(2)の支援、「同僚・同期」からは(1) (2)の支援があることがわかりました。
ピープル軸を分析すると、二つのポイントが見えてきます。一つは、さまざまな他者から異なる支援を受けると成長しやすいということ。育成は、管理職一人で抱えることはできません。むしろ、その関係性が大切です。二つ目は、内省を促されることのパワフルさ。内省を促す職場をつくると、成長力が違ってきます。
また、経験軸とピープル軸にも大きな関連が見られます。経験から学ぶ力が高い人と低い人がいれば、周囲から支援を受ける量はやはり前者のほうが多い。経験から学ぼうとする人は、皆も助けようとするということです。これはグローバル人材育成でも同様です。
三つ目の神話は「GPM」。これは私の造語で、「外国・ポットン・モデル」(笑)。要するに、短期間でも外国の見知らぬ文化に触れれば、グローバル人材は育つというものです。しかし、これは違うんじゃないかと思っています。実は、グローバル人材育成は、20年前にも海外でブームが起きました。その時の研究でわかったことは、海外赴任で実績を上げる人は赴任前からしっかりと準備していて、現地適応のためのプロセスがあるということです。適切な研修を受けているなど、長期に渡る支援が必要です。研究データをみると、海外赴任者の30%は成果が出せていません。それほど、難しい問題なのです。
ここからは、第二幕「若手社員のグローバルな活躍をめざして 人材育成のプロセスを見直す」です。どうしたらグローバル人材を育成できるのか、四つのプロセスで考えてみましょう。
データは少ないのですが、興味深い調査結果があります。現在、海外で活躍する若手ビジネスパーソンに学生時代の海外との接点について聞いたものです。「1ヵ月以上海外の教育機関で学んだことがある」という人は36.1%(平均8.8%)で、「1ヵ月以上海外で暮らしたことがある」という人は42.9%(平均5%)。学生時代に、平均よりも多くのグローバルな経験をしていることがわかります。また、海外での教育経験、海外での生活経験を有する人には、「正課活動と正課外活動のバランスが取れた人」が多いこともわかりました。このタイプは、大学時代に外国人の知り合いがいたなど、異文化ネットワークを有する人が多いこともわかっています。
海外経験のある方たちにお話をうかがうと、皆さん、「グローバルに仕事をしたいなら、まずは日本でしっかりと仕事ができること」とおっしゃいます。実績を見せないと外国人は動かない」という声は多いですね。では初期キャリア中に何を学べばいいでしょうのか。主に、以下の4ポイントがあると考えています。
OJT研究で明らかになった点は、三つあります。一つは「指導で育てる」よりも、「任せて育てる」(仕事で育てる)のほうが効果的であること。二つ目は、若手をつぶすOJTの特徴とは、1年目はストレッチ不足・フィードバック不足なのに、2年目以降突然ストレッチを行い、放置からスパルタへ急激に移行すること。三つ目は、マネジャーの言葉の力で仕事や意義の説明に共感が得られれば、OJTの効果も上がるということです。なお、OJTは指導員が一人だけでなく、職場のメンバーを巻き込んで行うことで、総合的な能力向上につながるというデータもあります。その理由は、新人へ仕事を回しやすいことと、教育的瞬間に誰かが指導できる点にあります。
必死に働いた経験があることで、適職の感覚が生まれたというデータがあります。適職感覚は能力形成につながります。
若いころは、がむしゃらに経験することが大切です。しかし、3年目以降には、経験から学べる力に明確に差が出てきます。これは、内省や持論化ができているかどうかの違いです。
信念があれば、仕事を後押ししてくれます。信念の強い人と弱い人のデータでは、経験から受ける成果が違います。これも年齢を経るごとに差ができると考えています。
「はじめて海外赴任の打診を受けた時期」に関するアンケートでは、「約1ヵ月前から3ヵ月未満前」が29%、「約3ヵ月前から6ヵ月未満前」が38%で、十分に準備ができなかったという人が大変多くいました。期間があったとしても、仕事をしながらの準備のため、十分な時間はない。また、日本企業は海外の企業と比べると、海外赴任の準備のための教育が圧倒的に不足していることもわかりました。
「赴任直後は何が特に重要か」という調査では、毎日起こる新規な経験を恐れずにこなし、自分のセオリーをつくることだという分析結果が出ています。まさに「経験から学ぶ習慣」が大切なのです。また、海外では問題を抱えたときの相談・助言相手がいると成果が出るという結果もあります。育成機会としての海外勤務は修羅場の宝庫であり、能力を高める効果があると考えられます。
「非公式組織」を意識すると、人の魅力を上げる可能性が生まれてきます。反対語は「公式組織」で、組織図に表れるもの全て、そして公式な会議なども含まれます。公式な組織ではなく、社内に個人的なつながりを作って相互理解を促進すれば、人材の魅力は増します。
アンケートで海外勤務終了後の人事(異動・処遇)の適切さを聞くと、否定的に考える人が56%と半数を超えていました。海外で勤務していた時は、さまざまなことを決断する立場だったのに、日本に帰ると一人のマネジャーとして、自分で意思決定することができなくなってしまうからです。「海外に行くと損」と思われないためにも、企業は海外勤務やグローバルな勤務を、より魅力的にする努力が必要かもしれません。
人事の皆さんは、グローバル人材育成について考える立場ですから、本日の講演を参考に、社員の皆さんが飛躍できるような環境づくりを行っていただきたいと思っています。本日は、どうもありがとうございました。