グローバルマインドとは、何でしょうか。また、海外の人たちと一緒に仕事をする際には、どんなスキルが必要になるのでしょうか――。最初に、実際の企業でどんな問題が起きているのかを、プロの俳優が演じる劇でご覧いただきたいと思います。舞台は長野に本社を持つ電子部品メーカーで、従業員数800名のミサト産業。ある日のカフェルームでのやり取りです。
※先輩社員(メンター役)・斉藤さんと、外国人社員・ジェニファーさんが登場。
ジェニファー:斉藤さん、少し話していいですか。
いいよ、ジェニファー、何かな。
ジェニファー:私はこの会社に本当に必要なのでしょうか。
急にどうしたの?
ジェニファー:みんなで海外見本市用の看板を作っていたのですが、私のデザイン案が無視されたんです。高橋課長は最初「いいね」と言ってくれていたのに、出来上がった企画はまったく別なものでした。
高橋課長は参考にするつもりじゃなかったのかな。取り入れるとは言っていないよね。いろいろと考えた末に、結果としてそうなったんじゃないの。
ジェニファー:私が会議で発言しても、みんなは私の提案に賛成も否定もしない。あいまいな反応しかなくて、無視されるんです。
きみの意見や提案は新鮮に受け止めていると思うよ。ただ、意見を実際の仕事に反映することについては、まだ模索中じゃないのかな。
ジェニファー:私が入社したのは、グローバルな仕事ができると思ったからです。ここのやり方に合わせろと言われるのなら、入社した意味がありません。そういえば、斉藤さんは海外で働いた経験がありますよね。
僕はアメリカで働いたことがあるけど、そのときは現地のやり方に合わせたよ。確かに大変だったけどね。じゃあ、今日は夜に時間があるから、あとでもう一度話さないか。
ジェニファー:はい、わかりました。
皆さん、いかがでしたか。ジェニファーはまだ納得できていないようですね。斉藤さんは、どう感じましたか。
正直、困っていますね。会社がグローバル化しようと外国人を採用するようになり、私は海外勤務の経験があるので相談役(メンター)になったんです。実は高橋課長からも相談を受けていて、どう解決したらいいのか悩んでいます。
それでは皆さん、近くの方と、どのようにアドバイスしたらいいのについて、話し合っていただけますか。(5分ほど討議)では、ご意見を聞かせてください。
参加者A:行われた会議のゴールは何なのかが、煮詰まっていないように感じます。ジェニファーが言うことが本当にグローバルな手法なのかもわからない。それに、この会社はもっと段階を踏みながら、少しずつグローバル化すべきではないかと思います。
今回は、海外で自社製品を売るために、海外見本市で発信しようということになって、会議を行ったのです。ジェニファーと高橋課長、双方が主張することは私にも理解できます。だからといって、真ん中の意見を採ろうとしても、現場でどう実践すればいいのか……難しいですね。
斉藤さんの意見に対して、皆さんから何かアドバイスはありますか。
参加者B:今回の話は弊社でも起こりうることだと思いながら、拝見していました。私はやはり、問題点について皆で討議する場が必要だと思います。もし課長レベルでジャッジできないときは部門で話し合うなど、平行線のままで終わらせない努力が必要ではないでしょうか。
ここまでは、PRP(プロフェッショナル・ロール・プレイ)というプログラムをご覧いただきました。これは、現場で起きている課題をヒアリングして、それを元に台本を作り、プロの俳優に演じてもらうというものです。私たちは青年座、文学座と提携して、プログラムを作っています。ご覧いただいたように、俳優は役柄のまま、皆さんとのディスカッションにも参加します。議論の中で意見が出たら、受講者の方にも前に出ていただき、俳優を相手に実際にやり取りをしていただいたりします。
PRPの手法は、ドラマによって課題を抽出していくものです。なぜこのような手法を取るのかというと、会話力を鍛えるには実践がもっとも効果的だからです。劇作家・演出家の平田オリザ氏は、フランス、中国、韓国などの俳優と共同で作品を作っていますが、大事なのは「会話の体力」だと言っています。
例えば、演出家がフランス人俳優にダメ出しをすると、必ず「なぜダメなのか」と聞いてきます。演出家はその意図を説明しますが、俳優からは「自分はこう思う」という意見が出てきて、30分ほどの議論になる。その後、ようやくやってみようということになりますが、「やっぱり、演出家の言ったやり方のほうがいいね」と落ち着く場合が多いのです。「だったら最初から、そのままやればよかったじゃないか」と言うと「いや、これは二人で30分議論して出した結論だから違うんだ」と言うのです。
この「30分の議論」に耐えられる日本人は、ほとんどいません。しかし、グローバルマインドを身に付けるためには、この議論に耐える体力が必要です。ここで言う議論とは、「論争」ではなく「対論」です。Aという意見の人とBという意見の人がいて、議論して結論がAかBになるのではなく、もう一つ高見の場所にあるCという結論にたどり着かせる。これができるかどうかが重要なのです。
英語圏の人たちは日本人と違って、自分を起点に情報を発信し物事を動かします。会話の発想の原点が違うので、日本人が合わせるのはなかなか難しい。しかし、それが予めわかっていれば対話を成立させることも可能になります。コミュニケーションは、「伝えたい」と思いがなければ成立しません。でも、「伝えたい」という気持ちが起こるのは、「伝わらない経験」をした人だけ。この関係を、もう一度考えてみてほしいと思います。
PRPに続いて私たちがよく行うのは、シアターゲームです。演劇のワークショップでよく行われるもので、互いのコミュニケーションを高めるために、皆でゲームを行います。ここでは、その一つをご紹介しましょう。
これから、私対皆さんで、ジャンケンをしましょう。いいですか、皆さんは私に必ず勝ってください。勝ち続けてください。具体的にどうすればいいかというと、「後出し」してください。それでは連続してやってみましょう。……はい、では次は負け続けてください。……いかがですか。すごく単純なゲームですが、突然ルールが変わると大変ですね。これは、自分がいつもの行動を取っても、期待した結果が得られない状態になっているといえます。
異文化コミュニケーション学では、この状態を「カルチャーショック」と呼びます。要するに、パニックになっているのです。この状態は、就活中の大学生にも当てはまります。引きこもりでもない限り、コミュニケーション能力がゼロという人はいませんが、面接でうまくいかない学生がなぜ大勢いるのか――。それは、カルチャーショックの状態にあるからです。
では、なぜそうなるのでしょうか。学生の頭の中、その価値観にあるのは「消費者」というスタンスです。それに対して、私たち企業人は「サプライヤー」です。この消費者からサプライヤーへのマインドチェンジがうまくいかないと、スムーズに話せなくなります。この場面で必要なのも、「会話の体力」です。もし、学生が消費者のスタンスのまま就職してしまうと、3ヵ月で退社といったクーリングオフを招くこともあります。しかし、シチュエーション研修で話す訓練をしていれば、結果は違ってくるはずです。
外国人との関係も同様です。会話の体力をつけ、スキルを磨くための近道は、シミュレーションを繰り返していくことです。演劇という手法は、あらゆるシチュエーションを再現できます。体感しながら、シャワーのように会話を浴び続けることで、力は付いていきます。
皆さんは、座学でいろいろなことを教わっても、実際の場面ではなかなか実行できなかったという経験がありませんか。「会話の体力」は具体的な経験レベルの研修で身体に落とし込んで、場面ごとに体験していく中でしか培われません。先日、秋田の国際教養大学の中嶋学長にお話をうかがう機会があったのですが、同校では学生寮の各部屋に一人、留学生を入れるようにしているそうです。日常生活の中から、文化の違う外国人とのやり取りを経験させようというわけです。
私たちと提携している劇団には、欧米からアジアまで、さまざまな国の出身の俳優がいます。研修では、そんな俳優たちを相手にシチュエーションごとの会話を体験することができます。今日はA+Bをもう一段上のCにするグローバルマインドをつくる具体的な方法論をご紹介しましたが、皆さまもぜひ一度体験してみてください。本日はどうもありがとうございました。