人的資本経営の旗を振るCHROに求められる役割とは
人事部門の最高責任者であるCHROの重要性が高まっています。それは予測不能な時代の中で、人材の価値が向上しているからにほかなりません。人的資本経営の推進役としても重要な役割を果たすことが期待されているCHROがいま求められている背景や、その役割について解説します。
CHROとは
CHROとはChief Human Resources Officerの略で、人事部門の最高責任者を指します。 CHO (Chief Human Officer)とほぼ同じ意味で用いられるケースもあります。これまで人材に関する費用はコストとして捉えられがちでしたが、人材を資本とみなす傾向が強まってきたことで、経営に深くかかわりながら人材を生かし、組織の力を最大化させるCHROの存在が注目を集めています。
CHROの設置状況
CHROの概念は、欧米では2000年ごろから普及し始めました。アメリカのコンサルティング会社であるガートナー社は、「CEOの7割がCHROを経営戦略におけるキープレイヤーとして期待を寄せている」との調査結果を発表。きわめて重要な役割を担っていることがわかります。
一方日本では、少しずつCHROを設置している企業が増えてきているものの、全体としてはいまだ低調な状態にあると言えます。「人事白書2023」の調査によると、「自社内にCHRO(もしくは人事担当役員)がいる」と回答した企業は21.1%でした。また「いないがこれから設ける予定」は8.9%、「現在おらず、今後も設ける予定はない」は62.9%となっています。
従業員規模別に見ると、5001人以上の企業では45.7%が「いる」と回答していますが、5000人以下の企業ではいずれも10~20%台にとどまっています。
CHROの立場
人事の責任者
CHROは、人事部門の最高責任者として採用や育成、評価に至るまでの人材にまつわる施策の最終的な責任を負う立場です。企業のミッションやビジョンの実現につながる人材戦略を策定・実行し、自社の人的資本の価値を伸ばしていくことが求められます。施策を円滑に遂行していくうえでは、人事部員の能力開発や、事業の観点を持ち合わせたHRBPを設置するなど役割の見直しも必要です。
経営陣の一員
CHROは経営陣の一員として、企業経営そのものにも責任を持ちます。そのためには経営戦略について深く理解し、経営戦略と連動した人材戦略を経営陣に提示・実行する必要があります。
また、経営陣も自社の“人的資本”であることに変わりはありません。経営者や他の役員のよき理解者となり、ときには耳に痛い言葉を口にすることも恐れず、経営陣を一つのチームとしてまとめていくことも求められます。経営陣のポストが空く際は、サクセッション・プランを主導することもCHROに課せられた使命です。
企業の変革者
刻々と変化するビジネス環境や人事の潮流を読み解き、会社を変革に導くことも、CHROの重要な役割です。従業員の心を動かし、行動を変容させるためには、経営者やCHROといったトップ自らが確固たる信念を持って行動しなければなりません。人事制度の構築や柔軟な働き方の導入、企業風土の刷新など、過去の慣行に縛られずに企業のビジョン・ミッションの実現へ向けて旗を振っていくことが求められます。
CHROの定着
CHROが求められる背景
「人材」の価値の向上
とりわけ2000年代以降、企業の価値を生み出すのは人材であるとの認識を持つ企業が増加しました。従業員に対しても、言われたことだけを行う受動的な姿勢ではなく、仕事やキャリアに対して自律的に行動する姿勢を評価する傾向が強まっています。従業員のスキルを高め、価値を創造していくために、人材の分野に対する理解と権限を持つCHROの存在感が増しています。
人口減少社会における働き手の確保
少子高齢化が進む日本では、人材獲得競争が激化しています。「企業が人を選ぶ」という関係性は変化し、企業と従業員が相互にマッチするかを判断し、選ぶ時代に突入しつつあります。企業が自社にマッチする人材を確保するためには、経営戦略の不断の見直しとともに、経営戦略に結びつく人事戦略をより精緻に練り上げていくことが必要です。
環境の変化への対応
時代の変化に対応できる組織づくりの必要性が一段と高まっています。人事領域では近年、リモートワークの推進や副業の解禁といった新しい働き方が定着しつつあります。組織運営は事業展開にも大きく影響するため、人事領域だけでなく社会やビジネスそのものの時流を読み解くことのできる広い視野を持った人物が求められています。
データドリブン人事の実現
HRテクノロジーの発展はめざましく、人事領域の課題についてデータを用いて議論できる環境が整いつつあります。これまでは単に財政上の良し悪しだけで判断していた課題も、人材面から見たデータを用いて議論に参画することができるようになりました。企業に散逸するデータを正しく分析し、別のデータと組み合わせながら効果的な施策を決定していくうえで、CHROの果たす役割が大きくなっています。
CHROと人事部長の違い
日本企業における「人事部長」は、一般的に経営陣の決定に沿って人事戦略を実行する役割を担うケースが多くみられます。一方、CHROは経営幹部の一員として経営に直接的に関わる点で大きな違いがあります。自社にCHROを設置するにあたっては、これまでの人事部長が果たしてきた役割とCHROとの違いを言語化し、周知徹底する必要があります。
CHROと人的資本経営
人的資本経営推進におけるCHROの役割
人的資本経営を実現する上で、CHROは非常に重要な役割を果たします。人的資本経営推進に向けて経済産業省が公表している「人材版伊藤レポート」では、最も重要なポイントが「経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み」であると記載。そのうえで「経営戦略と人材戦略の連動に関する責任者を明確にすることが、両戦略を連動させるための第一歩となる」と明記しています。
経営陣との連携
ほかの経営陣と連携するには、まず人材への投資に対する価値を説き、共通認識を持ってもらう必要があります。そのうえで各経営陣が抱えている事業面での課題と人材面での課題を聴き、最適な施策を提案。トップが一丸となってメッセージを発信し、施策を展開していくことで、より高い効果が発揮できます。
課題抽出
自社の目指すべき姿を理解し、現在の課題を抽出します。課題を抽出するためには、自社が置かれた経営環境や社員情報の最新の状態をスムーズに理解できるよう、各種データを整備しておく必要があります。また、経営者や現場の従業員らと対話し、目には見えない課題や悩みを把握することも重要です。自社の課題が抽出できたら、解決に向けて優先順位をつけていきます。
人事戦略の策定
経営戦略と自社の抱える課題に基づき、人事戦略を策定します。人事戦略で扱われる項目は、採用や育成、働き方改革、企業風土の構築など、人的資源にまつわるすべての施策が対象です。人事戦略を策定したら、その中身を従業員に周知徹底していかなければなりません。企業のパーパスと連動させ、ときにはデータも駆使しながら、腹落ちできるストーリーを構築することが重要です。
戦略の実現にあたっては、短期的に成果が出る施策と中長期的な施策にわけ、一つひとつに対してKPIを策定していくことが効果的です。それによって、従業員は具体的な行動に結びつけやすくなり、そのほかのステークホルダーも自社の思いや状況をアピールしやすくなります。ここで定める指標については、定量・定性の両面が含まれますが、定性指標についてもできるだけ定量化することが重要です。
施策の実行および進捗状況の確認・推進
人事戦略の最終的な責任を負う立場として、施策の実行状況を把握することが求められます。短期的に成果が出ない施策に取り組み続ける覚悟を持つ一方で、施策の改善や中止なども判断しなければなりません。いずれも計画倒れにならないよう、各部署と連携しながら進捗状況を確認し、必要に応じて調整していく必要があります。
企業文化の構築
企業文化は、その会社の競争優位性を生み出す源泉です。CHROはパーパスを踏まえ、あるべき企業文化を形づくっていく試みを主導する立場です。ビジネス環境が変化する中で、変わらずに持ち続けるべきものと変わるべきものを判断し、働きやすい環境をつくっていくこともCHROの重要な仕事です。自社が掲げたパーパスにひもづく企業文化が根付いているかどうかを、組織サーベイなどで定量的に把握することが重要です。
従業員との対話
CHROは、現場と経営層の橋渡しの役割も担います。人事戦略の策定から実行、改善まで、その効果を高めるために従業員と対話することが求められます。現場の意見が自社の戦略に反映されることで、従業員のエンゲージメントの向上も期待できます。
ステークホルダーとの対話
自社内での対話にとどまらず、投資家らとの対話を進めていくことも重要です。投資家は、積極的な人材への投資を望んでいます。CHROは自らが進める施策がどのように中長期的な企業価値の向上につながるのかを説明することで、投資家に応援してもらうよう、努める必要があります。
これからのCHROに求められるもの
人材を資本と捉え、投資していく風潮は今後ますます高まっていくと考えられます。CHROにはこれまでの制度を守るだけではなく、「人事」の立場から会社を変えていくことが求められます。そのためには、複数の高度なスキルが必要です。一朝一夕にすべてのスキルを高めることは難しいため、企業として求めるスキルの優先順位を定めたうえで、事業部への配置を含めてCHROの候補となる人材を計画的に育成することが求められます。
人事知識
自社のどの部分を変えていくべきかを判断するためには、HRに関する専門知識や経験が必要です。CHROとして最低限の必要条件と言えます。
- 人事に関する知識
- 法令、制度の理解
- 政府の方針の把握
- 世界的なトレンドの把握
- HRテクノロジーの活用
事業経験、ビジネス知識
人事戦略は経営戦略に基づいたものとする必要があることから、CHROには経営や事業に対する深い理解が求められます。自社の置かれた経営環境が変わっても、過去の事業経験やビジネスに関する知識が、変化を理解して想像力を働かせるうえで大きな助けとなります。また事業部時代のコネクションが、その後の人材戦略を実行するうえで円滑に進むキーとなる可能性も考えられます。
- 財務知識
- マーケティング知識
- コーポレートガバナンス、IRとのかかわり
- 事業経験
- 世界と日本の経済動向
リーダーとしての力
経営陣の一員として、大きな権限と広い視野を持って人材戦略を推進していくことが求められます。人材のハブであるCHROが自社の人材の価値を信じ、パーパスのもとに大きなストーリーを語ることではじめて、従業員が一体となり、組織の力を最大化していくことができます。
- マネジメント経験
- 課題解決能力
- グローバル経験
- 越境経験
- 挫折経験
- 傾聴力
- レジリエンス
- ロジカルシンキング
- 共感性
- コミュニケーション力
- 表現力
- 説明責任
- 柔軟性
- 伝播力
- 受容性