タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第30回】
「人的資本の最大化」を実現する
キャリアオーナーシップ経営とは
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
人的資本、プロティアン・キャリア、キャリア自律、キャリアオーナーシップ、タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
連載30号!をお届けします。本連載をきっかけに人事や経営層の方々からさまざまな場面で声をかけていただき、感謝しています。
本連載で大切にしてきたことは、最先端のプロティアン・キャリア知見をもとに、組織内キャリアから自律型キャリアへのトランスフォーメーションを実現するため、ビジネスシーンで実際に活用できる視座・制度・取り組みについて皆さんと共に考えていくことです。
なぜ、キャリア自律なのか?
答えはシンプルです。組織内キャリアでは、組織も個人もグロースしないからです。本連載でも取り上げてきましたが、プロティアン・キャリアとは「関係論的アプローチ」を大切にしています。個人と同僚、個人と組織、個人と社会など、さまざまな関係性をより良いものに構築していくためのキャリア自律なのです。
連載を読んでくださった皆さまはもう理解されていると思いますが、キャリア自律とは、本人が好きなように働くことでも、本人が自分勝手にキャリア形成することでもありません。
キャリア自律とは、自ら主体的なキャリア形成を通じて、組織に貢献していくこと。そして、組織に貢献していく過程で心理的幸福感や組織内エンゲージメントを高めていくことなのです。
その上で、キャリア自律を通して、何を目指すのか、何を成すのかをこの2年間、ひたすら考えて、取り組んできました。
私が企業の皆さまと取り組んでいるのは、人的資本を最大化するための「キャリアオーナシップ経営」の共創です。
人的資本の最大化は、難しい言葉ではありません。わかりやすく言い換えるなら、社員一人ひとりのポテンシャルを最大限に発揮しながら、企業の生産性や競争力を向上させていくことです。やりがい、働きがい、生きがいを感じながら、働いていくことです。きわめて、本質的な働き方です。
半年間、準備と検討を重ね、2021年4月20日に「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」が発足しました。私は戦略顧問として準備段階から参画しています。
コンソーシアムに参画いただいた企業は、キリンホールディングス株式会社、KDDI株式会社、コクヨ株式会社、富士通株式会社、パーソルキャリア株式会社、三井情報株式会社、ヤフー株式会社、株式会社LIFULLの8社です。
参画企業はいずれも組織内キャリアから自律型キャリアに関心を持ち、人事制度や新人材戦略の中で、何らかの取り組みに着手しています。「はたらく個人と企業の新しい関係」を模索し、これからの自律型キャリアを創出していく先駆的企業の集まりです。
コンソーシアムでは、「個人の主体的なキャリア形成が、企業の持続的な成長につながる」という考えの下、「キャリアオーナーシップ人材を活用し、企業の中長期的な成長を生み出していくには、どうしていくべきか?」という問いについて、議論・実践・検証を重ねてきました。
課題、現在地、これからの方向性などを各社の取り組みを越えて毎月のダイアローグを通して見えてきたのが、「個人と企業の新しい関係」を築くための4つの論点です。
まず、人的資本の最大化を実現するためには、「個人と企業が新たな関係性」を構築していくことが欠かせません。そのために企業ができること/すべきことは、事業戦略と人材戦略を連携させながら企業経営していくことです。それは経済産業省がまとめた「人的資本経営の実現に向けた検討」の次の問題点を補うことでもあります。
「これまでの日本型経営」から「これからの日本型経営」の転換期に、組織内でさまざまな「ゆがみ」が生じているのです。キャリアオーナーシップ経営では、それらの「ゆがみ」を発見し、迅速に対応することが求められます。
ここで私が考えるキャリアオーナーシップ経営についてもまとめておきます。
「キャリアオーナーシップ経営」とは、はたらく個人の力を最大化させ、社会の力に変えていくために、企業が組織として新たな個人と組織との関係性を構築・再構築し、新人材戦略の策定と実施を通じて、経営戦略、事業戦略、人材戦略をダイナミックに連携させ、持続的な成長を促していくこと。
企業の持続的成長を促す「これからの日本型経営」とは「キャリアオーナーシップ経営」であると考えています。そして、「キャリアオーナーシップ経営」を企業内の取り組みに閉じるのではなく、その過程や成果を共有しながら、有効施策を業種や業界をこえて共有していく。
つまり、「キャリアオーナーシップ経営」を開いていくことで、日本企業の生産性や競争力のリブースト(再向上)を実現できると言えるでしょう。
キャリアオーナーシップ経営を実現していくためのワークシートやテンプレートも公開しています。こちらのシートを用いて、皆さんの企業の現在地をまず把握してみてください。
コロナ禍を経験し、ハイブリッドワークに転換したことは疑いのない事実です。これまで以上に、働く場所や働く空間にとらわれない多様な働き方を企業は創り出していくことが求められます。毎日出社し、職場で対面するという従来型の働き方に戻すのであれば、優秀な人材から流出していきますし、優秀な人材を獲得することは難しくなります。
個人と組織は、選び・選ばれる関係性でなくてはならないのです。組織内キャリアから自律型キャリアへのトランスフォーメーションが欠かせないのは、個人が企業を選ぶ際に確かな目を持つこと、そして、企業が個人にとって選ばれる組織であること、双方においても大切なことなのです。
私も企業との取り組みを通じて、最先端の知見をアップデートし続けています。理論や知見は現場で磨き上げるものなのです。「プロティアン」を2019年8 月に出版し、2年弱が経過するタイミングで、「個人と組織の新たな関係性」の橋渡しとなる新作を出版します。
『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』(ディスカバー・トゥエンティ社 2022/4/22 出版)です。
「自律すると辞めていくよね?」「キャリア形成って転職のことだよね?」という誤った理解を解いていくための本です。
個人と企業の関係性をより良いものにしていくからこそ、日本企業の生産性や競争力は高まっていくのです。変化の激しい時代に適応していくためには、一番重要な「人」に投資していくべきなのです。
キャリアオーナーシップ経営とは、経営層、人事、社員をつなぎ、個人と企業のより良い関係性を創出し、「人的資本の最大化」を実現するための具体的なアクションなのです。
キャリアオーナーシップ経営の最前線の取り組みは、「はたらく未来白書2022」にまとめました。お時間のあるときに、こちらもあわせてご覧ください。
私も引き続き、企業現場とアカデミックな知見を行き来させながら、より良き社会に向けて取り組んでいきます。
それではまた、次回に!
- 田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。