スーパー人材に頼るのではなく、融合による新たな人事戦略を
「2025年の崖」を回避するDX推進の道筋とは
田辺 雄史さん(経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室長)
和泉 憲明さん(経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア産業戦略企画官 博士(工学))
経済産業省、HRテクノロジー、デジタル・トランスフォーメーション、基礎、実践
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「スーパー人材」に固執せず、事業側と技術側で分けることも必要
DX推進が喫緊の課題であることがわかりました。2025年の崖を回避するため、今後企業はどのように取り組むべきでしょうか。
田辺:都市部の企業では、DX推進を目的に新たな部署を設ける動きが出ています。また地方の企業でも、2025年の崖に対する関心が高まっています。レポート発表から1年半たち、DXに対する認識が全国的に広がってきた実感があります。政策面においては、「DX推進ガイドライン」として12の原則を提示し、2019年7月に「DX推進指標」(デジタル経営改革のための評価指標)を取りまとめました。
DX推進指標に基づき、2019年9月から企業に評価データの提出を依頼しています。これによって自社の立ち位置がどこなのか、他社と比べてどう違うのかがわかるはずです。回答しているのは、情報システム部門や経営企画室、DX推進部門など、各社各様です。必ずしもDX推進部門を作る必要はありません。従来の情報システム部門などの組織における立ち位置を見直していくことが必要でしょう。
人事としては、どのような点に留意すべきでしょうか。
田辺:多くの大企業には、情報部門を子会社化して分離していった歴史があります。また「システムは外注すればいい」「社内に詳しい人がいなくても外部に任せればいい」という考え方もあったでしょう。
そのため、社内に詳しい人がいない、という企業も少なくありません。詳しい人材を新たに採用しようとする動きも見られますが、留意すべきは配置される部門と与えられるミッションだと思います。せっかくDXに対応できる人材を採用しても、従来型の情報システム部門に置かれたために混乱する、といった事態も想定できます。
和泉:私は、基本的なゲームやルールは変わっていないと考えています。変わっているのはスピード。世の中の変化のスピードが速くなっている時代に、従来の専門性に固執していてはいけません。
人事として考えるべきなのは、変化に強い組織をいかに作るか、全体を巻き込んで組織を変えられる人材をいかに育てるか、ということでしょう。DXという課題に対して、何かしらのテクノロジーを導入して満足してしまっているケースもあるかもしれません。そうした社内の状況、すなわち、組織の課題に対する人材の構成にも目を向けてほしいと思います。
田辺:これまでは、「ITを入れると便利になる」「ミラクルが起きて急に楽になる」と、安易にテクノロジーを導入する日本企業が多かったのは事実です。企業はITにどんどん幻想を抱くようになり、ベンダー側もITで全てを解決できるかのように説明していました。
和泉:切れ味の良い包丁を買ったからといって、急に料理が上手になるわけではありません。ITにも同じことが言えるでしょう。ある意味では、人事は二重に大変だと思います。まずは自分たちがDXへ対応できるように転換しなければならない。次は全社がDXへ転換していくための方策を考えなければならない。
これまでの人事施策の全てを捨てるのではなく、何が必要で何が不要なのかを見極め、新たに取り入れるべきことを足し算で考えていくことが必要ではないでしょうか。
DXに対応できる人材を採用する際は、どのような観点が重要だと思われますか。
和泉:「事業にも技術にも精通している」スーパー人材は、内部にも外部にもなかなかいません。その現実を認識していないと、採用は難しいでしょう。点ではなく面で見て、セクショナリズムを破壊しなければならないと思います。事業側からDX推進へアクションできる人材、技術側からDX推進へアクションできる人材を分けて「要件定義」し、融合させていく人事戦略が必要だと思います。
わからないなら参謀をつけて学ぶべき。経営者に問われる意識とは
DX推進においては大前提として、経営者の意識も問われますね。
田辺:経営者にはまず、ITから逃げない姿勢が必要です。「わからない」と言わない。少なくともスタートアップや、アフターデジタルといわれるクラウドを使ってビジネスをしている会社では、経営者が「自分はテクノロジーがわからないので詳しい人に任せる」とは言わないはずです。
ほかの業界でも今後は、「わからないから人に任せる」という考えが通用しません。課題を正しく認識し、わからないなら参謀をつけて学ぶべき。新たなビジョンのもとで推進しなければ、DXへの転換は実現しないでしょう。日本企業ではITについて「わからなくて当たり前」という風潮が強いので、まずはその姿勢を変えてほしいと思います。
和泉:人事であれ事業部門であれ、経営トップのコミットメントがなければ本当に変わることが難しい。逆に言えば、成長している企業にはトップのコミットメントがあるので、人事や事業部門が変われるのだと思います。私たちも、経営トップに気づいてもらえるようにアプローチを続けていきます。
最後に、DXのさらなる推進に向けて今後検討されている施策があればお聞かせください。
田辺:直近では「DX銘柄」の選定に向けた活動を始めました。これまでに実施された「攻めのIT経営銘柄」「なでしこ銘柄」のように、企業がDXを推進することが市場に評価されることによって、企業価値の向上や競争力の強化を実現してほしいと考えています。
海外の企業では、デューデリジェンスの時点でDXへの取り組みが評価されるケースが少なくありません。社外取締役などの関係者も知識を持たなければなりませんし、取締役会としてDXについてどんな問いかけをするか、どう経営陣へプレッシャーをかけるか、といった外部判断の目も厳しくなっています。
和泉:中立機関を設立し、DX推進指標の評価データを分析する準備を進めています。データを経年で見て、海外との比較調査を行い、ベースとなる現状の情報を提供する試みです。これを企業が行うと「何か売りたいの?」と思われがちなので、中立機関から発信していくことが重要だと考えています。
未来を創造するうえでベースとなる知見やデータを発信することで、多くの企業が正しく現状を認識し、ステップを設計できるようにしたい。その先には、レガシーシステムをスリム化し、従来のレガシーシステムの保守・運用に向けられていた投資を圧縮して、新しいシステム投資へ振り向けていく道筋も示していきたいと考えています。