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トレンドキーパーソンに聞く2020/03/16

スーパー人材に頼るのではなく、融合による新たな人事戦略を
「2025年の崖」を回避するDX推進の道筋とは

田辺 雄史さん(経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室長)
和泉 憲明さん(経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア産業戦略企画官 博士(工学))

経済産業省HRテクノロジーデジタル・トランスフォーメーション基礎実践

スーパー人材に頼るのではなく、融合による新たな人事戦略を 「2025年の崖」を回避するDX推進の道筋とは

日々進化を続けるテクノロジーを、いかに経営に反映していくか。企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が課題となる中で、複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムの維持のために、貴重な人材や予算を振り向けざるを得ない企業が多いのも事実です。こうした現状を踏まえ、経済産業省は2018年に有識者による「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」を設置。同年9月に「DXレポート」を発表し、DX推進の遅れによる巨大な経済損失の可能性を指摘しました。喫緊の課題といえるDXに向けて人事は何を考え、どう行動するべきなのか。経済産業省の田辺雄史さん、和泉憲明さんにうかがいました。

プロフィール
田辺 雄史さん
田辺 雄史さん
経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室長

たなべ・たけふみ/1997年早稲田大学大学院理工学研究科修了後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年以降内閣官房、経産省、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)などにおいて、サイバーセキュリティ政策、IT政策に長年従事。2017年よりIPA産業サイバーセキュリティセンターの立上げ・運営を陣頭指揮。このほか、米国コロンビア大学院への留学、日本貿易振興機構(JETRO)デュッセルドルフセンターおよび在オーストラリア日本大使館への赴任など、幅広い海外経験を経て、2019年より現職。米国公認会計士。

和泉 憲明さん
和泉 憲明さん
経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア産業戦略企画官 博士(工学)

いずみ・のりあき/静岡大学情報学部・助手、産業技術総合研究所・研究員、上級主任研究員などを経て2017年8月より現職。博士(工学)(慶應義塾大学)。その他、これまで、東京大学大学院・非常勤講師、北陸先端科学技術大学院大学・非常勤講師、先端IT活用推進コンソーシアム(AITC)顧問などを兼務。

最大で毎年12兆円の経済損失も。「2025年の崖」が指摘される背景とは

はじめに、2018年に「DXレポート」を発表した背景をお聞かせください。

田辺:私たちはソフトウェアや情報サービス産業を担当する部署として、その育成について議論を続けてきました。企業のITに対する投資、人材リソースがもっぱらシステム保守に投じられていることへの課題感がレポート作成に至る発端となっています。日本企業の情報システム部門は、長らくコストセンター的な位置づけをされてきました。しかし海外企業の多くは、DXに基づいて競争戦略を立てています。日本企業も価値を生み出す方向へITのリソースを割けるのではないか、という疑問を持っていました。

「DXレポート」では、複雑化・ブラックボックス化した従来型のレガシーシステムを使い続けることの問題点が指摘されています。特に2025年までにDXを達成できなければ、最大12兆円の経済損失が毎年発生すると試算した「2025年の崖」が印象的でした。

田辺:製造業では「まだ動いているから大丈夫」と、数十年前の計器を使い続けているケースもあり、それは製品単価の低減に寄与するものです。しかしITに関しては、それが当てはまりません。レガシーシステムを使い続けると、例えばソフトウェアのサポート期間が切れたという単純な理由で、以降の不具合に対応できなくなる可能性があります。常に変化しているテクノロジーと向き合って使いこなしていかなければ、技術的負債は積み上がっていくばかりです。ゆくゆくはビジネスそのものが立ち行かなくなります。

和泉:人間の体で考えると、わかりやすいかもしれません。現時点では健康でも、暴飲暴食を10年、20年と続けていると、本人が自覚しないうちに病気になるリスクは高まっていきます。生活習慣病のアナロジーに近いといえるでしょう。また本来、ITは成長産業のはずです。現に直近の数値では、アメリカは6%、中国は15%という伸びを記録しています。それなのに、日本は1%程度しか伸びていない。低い成長率のままでよいとは到底、思えません。

DXに関連する人材面の課題については、どのようにお考えですか。

田辺:IT人材の分布をユーザー側とベンダー側で概観すると、日本では技術系人材の7割がベンダー側に偏っています。しかしアメリカでは、ユーザー側にIT技術者が多い。IT業界に限った話ではありませんが、偏りがあることで、結果的にユーザー側は「いつまでもよくわからないまま」という状態に陥っています。よくわからないからベンダー任せになり、それに応えようとしてますますベンダー側に人材が集中する、という循環です。

産業全体を見ても、人材配置の偏りによってITによるビジネス開発に遅れが発生しています。先ほども申し上げたように、企業の情報システム部門は長らくコストセンターとして扱われてきたので、「新しいことを考えられる状態ではない」というケースも多い。人材の数が少なく、社内での立場も弱いため、経営に対してITを軸とした付加価値を提案しづらい状況が続いているのではないでしょうか。

和泉:デジタルというキーワードが頻繁(ひんぱん)に聞かれるようになって、随分とたちます。ITに関する経営判断のスピードを速める必要性も、ずっと叫ばれてきました。立ち上げ期には、大企業の多くが小さな領域の専門家を面で配置することで対応してきました。しかし今は、スペシャリストだけで変化に対応できる時代ではありません。経営も、人事も、ITの物差しを持っていなければならない。「人事だからITに疎い」と言っている場合ではないのです。

DXが進まないのは精神論ではなく、「企業としての危機感」の問題

DXに対する企業側の意識は、依然として低いままなのでしょうか。

田辺 雄史さん(経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室長)

田辺:全体的には低いと言わざるを得ません。しかし、重厚長大の典型といえる自動車産業も大きな変化が求められている時代に、自分の会社だけ以前のままでいいと考えている企業は、本音では少ないはずです。

経営視点でDX部門という統括部署を作り、真正面から向き合っている企業も出てきています。また、人事との連動も進んでいます。例えば日本航空株式会社は、レガシーシステムを8年かけて刷新しました。さまざまなビジネスユニットへのヒアリングを重ね、各現場からアイデアを集めるエコシステムを作るとともに、アイデアを募る場も作って人材育成につなげていると聞いています。

「自分たちのビジネスは何なのか」を考えることで、残すべきもの、捨てるべきものが見えてくるのではないでしょうか。そうした意味では、DXは企業の経営革新に向けた手段の一つといえます。

和泉:通常、政策レポートには「これまではダメだった」「これからはこうすべき」という論点が盛り込まれます。しかし、私たちはDXレポートで「このままではDXに対応できない状況が続く」という点を強調し、警鐘を鳴らしました。「何かしなければいけないことはわかるが、どうすべきなのかはわからない」というレベルではまずい。古いシステムを捨てるのは大変なことですが、本当に覚悟を持って取り組めるかどうかを問いかけているのです。

多くの日本企業でDXに向けた動きが阻害されている原因とは何でしょうか。

田辺:保守的な風土がいまだに残っているからだと思います。例えば、以前電子メールがビジネスに普及した際にも、「連絡する際にメールだけでは失礼」と考えてしまい、相変わらず電話やFAXを使うといった慣行が継続していたことがありました。新技術に乗り換え、昔のやり方を捨てるのにとても時間がかかるのです。また、テクノロジーは専門家の領域であり、知らなくても恥ずかしいことではない、という意識もあるのではないでしょうか。これに対して海外では、DXに対応できていないこと、テクノロジーに関する知見が足りないことに経営側が強い危機感を持っています。なぜそう感じるのかというと、シンプルに「企業として生き残るため」です。

和泉:まさに精神論ではなく、企業として危機感があるかないかの違いでしょう。日本企業には、不具合が発生することなく現行業務を処理できるのであれば(追加の保守費を必要としないため)高品質なシステムであると考えてしまうため、現行のビジネス・業務と密結合していると新ビジネス移行への足かせとなってしまうから捨てるべきだ、という考え方はなかなか浸透しません。全産業分野でそういう状態が見られます。


経済産業省HRテクノロジーデジタル・トランスフォーメーション基礎実践

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