HR Tech(HRテック) ~人と組織の新しい可能性を創る~

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HR Tech 最新トレンド2018/05/25

日本企業はディープラーニングという大きなイノベーションに向き合え
人工知能の可能性を享受するために人事が考えるべきこと

東京大学大学院 特任准教授

松尾 豊さん

東京大学大学院 特任准教授 松尾豊さん

AI(人工知能)の進化が多方面で話題となる中、人事分野にも応用して「HRテクノロジー」の可能性を拡大しようとする動きが注目されています。とは言え人事担当者の中には、「人工知能に関する理解が不足している」「人事の現場でどのように対応すればいいのかわからない」などと、不安を感じている人も少なくないでしょう。人工知能研究の第一人者である、東京大学大学院 特任准教授の松尾豊先生は、「日本はこの分野で圧倒的に遅れている」「人事が変わらなければ世界で勝つことはできない」と警鐘を鳴らします。人事とHRテクノロジー、そして人工知能の「現在地」を、私たちはどのように理解するべきなのか。松尾先生に詳しいお話をうかがいました。

松尾 豊さん
松尾 豊さん
東京大学大学院 特任准教授

まつお・ゆたか/東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年に同大学院博士課程修了、博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員を務める。スタンフォード大学客員研究員、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻 准教授、同グローバル消費インテリジェンス寄付講座共同代表・特任准教授などを歴任。2012年より人工知能学会編集委員長を務め、現在は倫理委員長。専門は人工知能、Webマイニング、ビッグデータ分析、ディープラーニング。

チャンスがあるはずなのに、
人工知能分野で圧倒的に遅れている日本企業

松尾先生は、日本における人工知能の現状をどのように捉えていらっしゃいますか。

世界中がこの分野の新しいテクノロジーを競っている中で、国内の知識レベルには非常に危機感を持っています。この20年間、日本はIT分野で負け続けてきましたが、このままではまた敗れ去ってしまうでしょう。

例を挙げると、中国の人工知能やディープラーニング(深層学習)に関する技術レベルは、ここ最近著しく伸びています。「街なかで、人が今どこを歩いているか」を顔認識でとらえることができる技術なども作っている。高い技術レベルのベンチャーもたくさん生まれています。日本の大手企業はあっという間に逆転されてしまいましたね。

なぜ日本企業は逆転されてしまったのでしょうか。

私から見ると「そもそもゲームになっていない」という感じがします。人工知能と言ってもいろいろありますが、技術的なブレークスルーを生み出しているのはディープラーニングです。世界中がこれを使って新しいビジネスを生み出そうとしている中で、日本ではそうした技術の応用例が少なく、使える人もなかなか増えていないのが実状です。

何となく「日本は人工知能やディープラーニングの分野にも強いんじゃないか」と期待を抱いている人も多いのではないでしょうか。技術を活用する上での倫理面での問題などは盛んに議論されていますが……。

「 日本は人工知能分野で勝てるはず」とか、「倫理面での問題をクリアしなければならない」といった認識そのものが、技術への理解が足りていないことの証左です。全体的にもっと人工知能について勉強しなければいけない、という課題の表れでもあります。かつてエンジンが発明され、自動車が生まれた時代に、「油を入れた乗り物を動かすなんて怖い」なんて言っていたら何も始まらなかったでしょう。

自動車立国を目指すときに「エンジンというものがあるらしい」「油で走るらしい」といった程度の知識では勝てるわけがありません。それと同じで、「コンピュータが心を獲得するらしい」とか、「暴走したら恐ろしいことになるのではないか」といったイメージだけで話をしているレベルでは、世界と勝負することができません。私自身は、人工知能の活用は日本に向いていて、チャンスがあるのではないかと思って発信してきました。しかし、現状はなかなか厳しいですね。

どのような点で「チャンス」と思われたのでしょうか。

ディープラーニングは、画像や映像、あるいはロボット技術との相性が非常に良いのです。センサーやカメラ、ロボットの分野では、日本企業は非常に高いシェアを持っています。だからこそ、チャンスがあるのではないかと。しかし、現実問題としてこの分野で日本企業は勝負できていません。その原因の一つは、人材に対する処遇の問題と考えています。

世界の先端企業は、
新卒のPh.Dに「年収5000万円」を提示する

「人材に対する処遇の問題」とはどのようなことでしょうか。

わかりやすい例をお話しましょう。世界のディープラーニング分野の論文リストを検索し、引用数順に並び替えていくと、上位から続くのはほとんどが30代や20代の若い研究者によるものなんです。上位にこれだけ若い人が並ぶ分野というのは異常ですよ。ほかの分野は、50代や60代のベテラン研究者がほとんど。ディープラーニングの分野では完全にフェーズが切り替わっているんです。

こうした論文を書く若手人材は、博士課程を卒業した新卒でも年収50万ドル、つまり約5000万円で、グーグルやフェイスブック、さらには中国のアリババやテンセントといった海外の先端企業に迎え入れられます。松尾研究室でもこうした人材を採用したいと思って同額の5000万円を提示するのですが、最終的に競合が提示する条件は1.5倍くらいにまで跳ね上がります。こちらも何とかカウンターを出しますが、それでも断られてしまう。新卒のPh.Dにこれくらいの金額を出しても来てもらえないのが現状です。一般的な日本企業だと、いくら出しても初年度で1000万円はいかないですよね。もう、戦い方が違うんですよ。

必要な人材に対する考え方やコストのかけ方が根本的に違う、ということですね。

東京大学大学院 特任准教授 松尾豊さん

はい。日本企業はディープラーニングという非常に大きなイノベーションと向き合っていない、と言えます。これをインターネットが出てきた約20年前に置き換えるなら、インターネットではない既存の情報システムをやろうとしているのと同じなんです。旧来の紙メディアが、インターネットの登場に合わせて変化することを決断できずに凋落したのと同じような道を歩んでいます。

それでは何に投資しているかというと、人材ではなく、スーパーコンピュータのような設備ばかりを買っている。しかし、結局は使いこなせない。努力する方向性がズレていると思いますね。日本企業の多くは設備投資に大きな額をかけて失敗している。それを人に振り向けましょう、ということです。

とは言え、新卒の若手に年収5000万円を出すのは、あまりにも規格外なことのように思います。

もちろん、この戦いが大変なのは重々承知しています。実際に多くの企業は「新卒にこんな金額は出せない」と言いますよ。しかし一方で、企業が新しい技術を得ようと買収に動くときは、優秀な研究者一人あたりに対しておおよそ10億円から20億円はかかっているんです。例えば、ディープラーニングの研究開発に特化している国内企業のプリファード・ネットワークスの場合は、推計企業価値が2000億円を超えていると言われています。従業員が約100人とすると、平均して一人あたり10億から20億円の価値があるわけです。ほかの企業を見ても軒並みそのような企業価値がついています。

企業からすれば、投資しようと思えばできるけれど給与として払うのには抵抗がある、ということでしょう。そうこうしているうちにどんどんテクノロジーが進み、いざ買収によって自社に取り入れようとしたときには莫大な金額が必要になる。この分野の人材価値を本気で考えることがまずは必要でしょう。

人工知能に向き合う体制を作るには、
人事制度を根本から変えるべき

本気で人工知能と向き合う体制を作っていくために、人事は何をするべきでしょうか。

人事制度を根本から変えなければいけないと思います。それも「本流」の制度です。日本の大手企業の多くには伝統的な「重要部門」があって、そこから上がってきた人が社長になるコースができあがっていますよね。でも、今の世界の現実は「20代前半で入ってきた人がいきなり社長より高い給料をもらう」ということなんです。伝統的な重要部門や出世コースをすべて無視してでも、人工知能の研究者を優遇している。

株式会社東京大学大学院 特任准教授 松尾豊さん

人事や経営者としてはとても難しい決断だと思いますが、やらないと勝てないし、やらなかったツケは非常に高いコストで優れた企業を買収しなければいけない場面で跳ね返ってきます。最終的には自社が損をするだけ。企業に体力があるうちはまだ可能かもしれませんが、将来的にはツケを払う余裕がなくなるかもしれません。

対処療法として別部門や別会社を立ち上げ、特別な待遇を用意する方法もありますが、これでは社内で「彼らは本流じゃないよね」と見られてしまいます。海外に研究拠点を作るケースも同じで、「あの部門は海外だから特別だよね」と切り分けられてしまう。

本気で活躍しようと考える若い人は、そんな環境には行けませんね。

実際に、松尾研究室出身の学生はほとんど就職しません。能力のある人ほど起業しています。そして起業した人が後輩の学生を一生懸命リクルートするという、スタンフォード大学のような状況になっています。大手企業に就職した人も大抵は1年ほどで帰ってきて、起業の準備をしていますね。会社の本流として早いうちからバッターボックスに立てるなら大手企業にも行くと思いますが、「50代になったらバッターボックスに立てる」と言われても……というのが本音でしょう。

私は、日本企業の多くに「認知的不協和」が見られると感じています。例えば喫煙者は「タバコは体に害がある」という記事をあまり読まず、ごくまれに「タバコは体に良い面もある」と言った変わった論調の記事があると熱心に読みます。それと同じで、今の自分たちを肯定する情報は積極的に取り込むけれど、否定する情報はあまり見ないようにしている。これからの経済成長にはITが欠かせず、そのITは若者が中心であり、日本の年功序列型制度には合っていないことは、おそらくみんな気づいているんですよ。でも、自分たちの今の地位に関係してくるから、客観的に見ようとしない。こうした姿勢も変えていかなければいけないと思います。

「 シンギュラリティ」や「プレシンギュラリティ」など、人工知能によって世界のあり様が大きく変わるのではないかということもよく話題に上ります。松尾先生はどのようにお考えでしょうか。

そうした話題は「極端」だと感じますね。昔の事例に重ね合わせれば、今はエンジンが発明されて「これを農業機械に使うのか、それとも一般の自動車として活用できるのか」という議論をしている段階なんです。そんなタイミングで、いきなりロボットアニメの世界のような話をしている。空想として楽しむのはいいんですが、リアリティがないんですね。これも、全般に技術の知識が浅いことで出てくる話題なのだと思います。

一方では「倫理」や「プライバシー」などイメージだけの会話が交わされ、もう一方では飛躍した空想の世界の話ばかり。共通していることがあるとすれば、「やらない理由を探している」ことではないでしょうか。

ディープラーニングには、
「生産性向上」につながる可能性も

人工知能の「活用」という視点で、人事はどのように考えればいいのでしょうか。

「普通のITの話」と「ディープラーニングの話」が混同して語られがちです。HRテクノロジーと言われているもののほとんどは、基本的に現状のITでできることが多い。10年前、20年前にやっていてもおかしくないんです。技術がなかったのではなく、技術のことをよく知らなかったり、組織にIT化することへの抵抗があったりしたことで進まなかっただけです。人事の分野でテクノロジーを駆使しなければいけないと思われていることは、すでにある技術で実行できる。「すぐにやるべき」とも言えるでしょう。

ティープラーニングの話はまったく別。ここ数年の革新的な変化は、20年前にインターネットが登場したときに近い「事件」です。Googleのように、学生が起業した会社が急成長して世界を変えていくといったことが、これからまた起きます。

既存のITでできることを超えて、ディープラーニングの技術はどのように人事で活用されると思いますか。

まずは労務管理の分野で、「生産性を上げる」というテーマに活用されるのではないでしょうか。人工知能に「画像を認識できる」、つまり「目が見える」という機能が加わることで、オフィス内の誰がどんな表情で仕事しているのかがわかるようになり、従業員の労務管理もできるようになります。それを使って、生産性を向上させるパッケージを作ることも可能でしょう。

人の表情や集中度合いを見ることができるので、毎日そのデータを積み重ねていくことで、「◯時◯分になると集中力が落ちる」ということもわかるようになります。職場環境の作り方や上司との関係性を変えていくことにもつながる。集中力が落ちた従業員には「もう帰っていいよ」と呼びかけることもできるでしょう。結果的に10パーセント、20パーセントと生産性を高めていけるのであれば、大きな価値になるはずです。

こうした事業がHRテクノロジーのサービスの一環として登場すれば、大きなインパクトをもたらしますね。

そうですね。コンサルティングファームがソリューションの一つとして開発するかもしれないし、オフィス家具メーカーが新たな事業として立ち上げることも考えられます。あるいは、空調設備などを作っているメーカーにも機会があるでしょう。そうした企業が「ディープラーニングを活用できるのではないか」と考えてみることが大事です。

海外では、表情の画像だけで「うつ病の可能性」を判断できるサービスも登場しています。またエンターテインメントの分野では、映画の上映中に観客の表情がどう変わったかを分析し、その反応によって結末を変えることにも応用されています。こうした技術をエンターテインメント企業が使うのか、それともオフィス家具メーカーが使うのかという違いがあるだけで、さまざまな分野へ活用できるんです。

生産性の向上というテーマは、GDPの観点で考えても非常に大きなインパクトを持っています。可能性が大いにある分野なので、国内企業がやらなければ海外企業がどんどん展開してくるでしょう。働き方改革がトレンドになっている中で、解決に向けたソリューションを提供していけば莫大な市場価値を計算できると思います。そうしたテクノロジーやソリューションを日本企業の人事が積極的に使い、生産性を向上させることが重要ではないでしょうか。

株式会社東京大学大学院 特任准教授 松尾豊さん
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