【課長クラス対象】
部下をどのように育成し、マネジメントすればいいのか
- 佐々木 常夫氏(元株式会社東レ経営研究所社長/株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ 代表取締役)
現在、日本企業の「課長」には、厳しい経営環境の中で自身が多くの実務を抱えながら、多様な価値観を持つ部下をまとめ上げて業績を上げる、といった難易度の高い成果が求められている。このような状況下、いったい課長はどのように部下を育成し、マネジメントすればいいのだろうか。ベストセラー『そうか、君は課長になったのか。』の著書を持つ佐々木常夫氏を招き、これまで主に人事部門の方々を対象としてきた「HRカンファレンス」で、初めての課長クラスを対象とした特別セッションを開催。プログラムは、佐々木氏による講演と参加者同士のディスカッションの二部構成で、熱い意見交換が行われた。
(ささき つねお)1944年、秋田市生まれ。株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。69年、東京大学経済学部卒業後、東レ株式会社に入社。家庭では自閉症の長男と肝臓病とうつ病を患う妻を抱えながら会社の仕事でも大きな成果を出し、01年、東レの取締役、03年に東レ経営研究所社長に就任。内閣府の男女共同参画会議議員、大阪大学客員教授などの公職も歴任。「ワーク・ライフ・バランス」のシンボル的存在である。著書に『ビッグツリー』『そうか、君は課長になったのか』『働く君に贈る25の言葉』(以上、WAVE出版)、『「本物の営業マン」の話をしよう』(PHP研究所)『ビジネスマンに贈る生きる「論語」』(文藝春秋)『それでもなお生きる』(河出書房新社)「実践・7つの習慣」(PHP研究所)などがある。2011年ビジネス書最優秀著者賞を受賞。
「タイムマネジメント」が全ての基本
最初に、佐々木氏から東レ時代にどのようなビジネスパーソンとしての生活を送ってきたのか、詳しい説明があった。『ビッグツリー』というベストセラーでも知られているように、佐々木氏は自閉症の長男、うつ病の妻を抱えている中で、東レ同期トップで取締役、後に経営者となった。日常生活での苦境を乗り越え、要職において成果を出し続けることができたのは、何より「ワークライフバランス」を大切にしたから。そして、ビジネスは予測のゲームということで、ひとえに「タイムマネジメント(生産性向上)」を強く心掛け、部下を育成し、マネジメントを行ってきたという。
「誰もが仕事と私生活・家族を充実させることを求めています。それができない最大の障害の一つが、長時間労働と非効率労働です。仕事の成果と長時間労働は必ずしも関係はありません。私たちは、これを何とかしなくてはなりません。また周りには、身体障がい者、精神障がい者、要介護父母、ひきこもり者など重荷を背負った人が予想以上に多いのです。その家族を含めると、その数は千万人単位に達します。このような人たちに対して、ちょっと手を差し伸べてあげることが、大きな救いとなるのです」と、佐々木氏はビジネスパーソンに対してメッセージを送る。
「ワークライフバランス」は、仕事のやり方に改革があって初めて実現できるものである。そのためには、生産性を向上させる「タイムマネジメント」ができていなければいけない。これがきちんとできるかどうかは、管理職の手腕に大きく関わってくることは言うまでもない。このような考えから、佐々木氏は38歳で初めて課長になった時、部下に対して「仕事の進め方の基本(10ヵ条)」を提示し、「タイムマネジメント」の重要性を訴え、以下に記した10ヵ条を毎日言い続けた。「良い習慣(仕事の進め方の基本)は才能を超える」と佐々木氏は強く信じ、徹底して部下育成、マネジメントを行ったのである。
【仕事の進め方の基本 (良い習慣は才能を超える)】
- 計画主義と重点主義 ―― 仕事の計画策定と重要度を評価する すぐ走り出してはいけない
- 効率主義 ―― 最短コースを選ぶこと 通常の仕事は拙速を尊ぶ
- フォローアップの徹底 ―― 自らの業務遂行の冷静な評価を行い次のレベルアップにつなげる
- 結果主義 ―― 仕事はそのプロセスでの努力も理解するが、その結果で評価される
- シンプル主義 ―― 事務処理、管理、制度、資料、会話はシンプルを持って秀とする
- 整理整頓主義 ―― 仕事の迅速性に繋がる
- 常に上位者の視点 ―― 自分より上の立場での発想は仕事の幅と内容を高度化する
- 自己主張の明確 ―― しかし他人の意見を良く聴くこと
- 自己研鑽 ―― 向上心は仕事を面白くする
- 自己中心主義 ―― 自分を大切にするということは人を大切にすること
また、佐々木氏は「仕事の進め方の基本(10ヵ条)」以外に、言わば“処世訓”としての「偏見を含めてのアドバイス」を一緒に部下に対して発信し、一人ひとりの仕事力を向上させ、組織としての生産性向上へとつなげていった。
【偏見を含めてのアドバイス】
- 3年で物事がみえてくる 30才で立つ 35才で勝負は決まり
- 礼儀正しさにまさる攻撃力はない
- 朝出勤のとき走る者 遅刻する者は数歩の遅れをとる 日々10分の差、30分の差
- 沈黙は金にあらず 正確な言葉、表現に気を配ること
- 読書の価値は本の数ではない 多読家に仕事のできる人は少ない 本は選べ
- 名刺の持ち方、出し方、保管の仕方は、他人に対する思いやり、関心の程度を表わす
- 1つの外国語マスターは最低の条件
- 酒の飲み方はその人の品性を表わす 酒の上での失敗は高くつく
- メモをとるとよく覚え 覚えると使う 使うと身につく
- 東レは最終の職場ではない
- 男にとって女性への考え方、対応は、人生や他人に対する考え方の程度を表す
- 子供は親の鏡、親は子の鏡 ―― 子供の教育に関心を持ち、家庭、学校、社会に責任をもつこと
- 出世はその人の人間性、能力、努力の1つのバロメータ
- 友だちは大事にしよう 友情は手入れが必要
- 人生に必要なのは勇気と希望とSome Money 身分相応の金遣い
「タイムマネジメント」を実現する仕事術
佐々木氏は、「タイムマネジメント」はビジネスパーソンの基本で、最も大事なことが何かを正しくつかむことであり、それは時間の管理ではなく仕事の管理だと言う。その前提の上で、「タイムマネジメント」を実現するための具体的な仕事術について、以下の三つの観点から解説を行った。
1)計画先行・戦略的仕事術
戦略的な計画立案は、会社組織の仕事を半減させる。だからこそ、まずスケジュール化の癖(スケジュール表で時間を見る)を付けることが大切となる。その際、最初に品質基準を決め、デッドラインを決めて追い込むことがポイントである。
また、マネジャーはプレイングマネジャーになってはいけない。部下の育成とマネジメントが最重要テーマだからだ。「そのために最初、全体構想を描くことが必要不可欠なのです。そして、部下の昇進準備は1年前から考え、部下力(上司の注文を聞く、上司の強みを生かす、上司に合わせたコミュニケーションを取る)を強化していくことです」
2)時間節約・効率的仕事術
近年、イノベーションの重要性が言われるが、時間節約・効率的仕事術という観点からは、プアなイノベーションよりも、優れたイミテーション(先輩たちのベストプラクティスをまねること)のほうがいいと佐々木氏は言う。その繰り返しが結果的にイノベーションに結び付くことが多いからだ。また、ビジネスの現場では常にスピード対応が求められるので、仕事は発生したその場で片付けることが大切である。その際、口頭よりも文書の方が時間の節約になることが少なくない。議事録などは、その典型例。そのためには、常に「様式」を決めておくことがポイントだ。eメールは正確、簡潔にすること。効率性を考えたら、時にeメールよりも電話を使うことを考慮に入れることである。
とにかく、長時間労働は「プロ意識」「想像力(バランス感覚)」そして「羞恥心」が欠如していることの証しであることを、常に意識することだ。「プロは、限られた時間で結果を出さなくてはなりません。長時間労働をしていたらどんなことになるのか、想像力を働かせなくてはならないのです。それなのに、成果を出していないにも関わらず残業代を請求するのは、羞恥心がないと言うほかありません」
3)時間増大・広角的仕事術
「パレートの法則」(予算や時間配分を上位2割に集中することで、8割の施策が効率的に実現できる)にもあるように、時間増大・広角的仕事術という観点から、仕事を捨てる、やらないで済ませる、あるいは他の選択肢の提案をする、などを考えることが大切である。また、時間は限られているので、無駄な会議に出ない、意味のない人に会わない、役に立たない書類を読まない、ということも考慮に入れる必要があるだろう。一方で、仕事でカギとなる関係者とのミーティングは頻繁に行うことである。また、隙間時間などを有効に活用することである。
ビジネスパーソンにとって、上司との付き合い方は最重要課題である。なぜなら、自分の評価や異動を決めるキーパーソンだからだ。例えば、上司の隙間時間をチェックしたり、事前に相談事項を連絡するなど、丁寧に付き合う必要がある。「その結果、上司が自分の仕事を理解することになり、いろいろな意味で仕事をやりやすくなります」
また佐々木氏は、より良いタイムマネジメントを実現するためには、働き方、生き方への決意と覚悟が必要だと言う。「私は毎年、年初に自分の考え方をまとめ、上司・部下など関係者に配っていました。そうすることによって、自分の成長の軌跡が明らかになるからです。今思い返すと、管理職として働いていた40代の時に、大きく成長したことがよく分かります」。その際、1週間単位の仕事の行程表を作ったことによって、残業が激減したとのこと。「これで、部下がどんな仕事にどれだけ時間をかけているかが、一目で分かるようになりました。具体的、かつきめ細かなアドバイスをすることで、残業時間を大幅に削減することができたのです」。ただし、佐々木氏が異動すると、また元の状態に戻ってしまうことがあった。「結局、トップの意識と行動がなくては、会社は変われないのです。特に、ホワイトカラーの多い職場では、トップの決断の下、有効なツールを使い、全社的に取り組むことが必要です」
部下と自分を生かすマネジメント
マネジャーが部下をどのように育成していくかについて、佐々木氏は「部下と自分を生かす」という観点から、以下のようなアドバイスを行った。
【部下と自分を生かすマネジメント】
- 自分の考えを確立させる。主体性を持つ(圧倒的な当事者意識を持って、仕事に当たる)
- 目的を明確にする。自分のミッションを正しく遂行する(マネジャーは、プレイングマネジャーになってはいけない)
- 何が重要なことか、優先順位を決める(断捨離する)
- 仕事の効率化の両輪は、コミュニケーションと信頼関係である
- その人に合わせた対応を行う。常に人の強みを引き出す(一律管理をしない)
- 自分が多くを語らない。部下の多くを聴く(傾聴を心掛ける)
- 時間的(精神的)余裕を持つ(余裕がないと、部下が相談に来ない、情報が入って来ない)
- 自分流のリーダーのあり方を、自然体で行う(全人格をさらけ出し、部下を成長させる志を持つ)
そして、著書『働く君に贈る25の言葉』から、以下のメッセージを引用して前半の講演は終了した。
【『働く君に贈る25の言葉』より】
- 「目の前の仕事に」に真剣になりなさい
- 欲を持ちなさい 欲が磨かれて志になる
- 強くなければ仕事はできない 優しくなければ幸せにはなれない
- 自分を偽らず素のままに生きなさい
- 逆風の場こそ君を鍛えてくれる
- 信頼こそ最大の援軍
- 人は自分を磨くために働く
- 「それでもなお」という言葉が君を磨き上げてくれる
- 人を愛しなさい それが自分を大切にすることです
- 運命を引き受けなさい。それが生きるということです
後半は、佐々木氏の講演の感想の共有を含め、部下の育成・マネジメントに関して、参加者同士によるディスカッションが行われた。最後に佐々木氏との質疑応答を行い、課長職を対象とした特別セッションは幕を閉じた。
佐々木氏との質疑応答(一部抜粋)
Q : ローパフォーマー(成長しない人)に対して、どのように対応すればいいのか。
A : 成果が出ない、成長していないことには、何か必ず原因がある。まず、それを理解することが大切である。そうすることで、モチベーションが下がっている状態を何とか上げることだ。そして、再度やらせてみた後、結果を見て適切な部署へ異動させるかどうか、判断する。
Q : 仕事に対して「過剰品質」の考えを持つ人たちに対して、どう発想を切り替えてもらえばいいのか。
A : 確かに、仕事はやればやるほど良くなるのは事実である。しかし、限度がある。そこで上司は、相手の価値観を十分に尊重した上で、組織経営・マネジメントの立場(時間管理、費用対効果の側面)から、上手に喧嘩をしないよう、率直な意見を言うことだ。しかし、何度か言ってもダメな場合は、毅然とした決断・判断を下していくことである。
Q : 忙しい中、プレイングマネジャーから脱するためには、どのようにすればいいのか。
A : 部下と上司とではキャリア・経験が違うので、部下がうまくできないと、目標達成のためにどうしても上司は自分がやってしまいがちになる。実際、部下がやるよりも早く、よくできるからだ。しかし、これでは部下は成長しないし、上司も自分が本来やるべき仕事に割ける時間がなくなってしまう。その意味からも、日頃から部下にやらせることを強く念頭に置くことである。一方で、管理職でないとできない仕事があるので、それに専念することを忘れてはならない。プレイングマネジャーにならないためには、こうした強い覚悟を常に意識し、持ち続けることが大事である。
Q : 一般管理部門の業務を効率化するために、有効な方法(マニュアル)を教えていただきたい。
A : ホワイトカラーの仕事に共通となるマニュアルはないが、最低限のマニュアルはある。属人的なものは別として、まず、各部署で最低限のマニュアルを作成することだ。それを全社的に展開することによって、ある部分共通となる包括的なホワイトカラーのマニュアルができることになる。これだけでも会社全体から見れば、一定の効果がある。
Q : 成長したいと思わない部下を、どうしたら成長させていくことができるか。
A : 会社に貢献するためには、成長しなくてはならない。人は真面目に仕事をすれば、何かしらを覚えて、成長していく存在である。そのことを、本人とじっくり話し合うことである。それでも、成長したくないと言うのならば、残念ながら「戦力外」の人材である。明らかに採用ミスであり、双方にとって不幸なことだ。機会を見つけて、退職を促すことをお勧めする。それができない場合は、その人でもできるような仕事へと異動させることである。
Q : 仕事を標準化し、 IT化を進めていくと、人がやるべき仕事が減っていく。人の手をかけてやらなくてはならない仕事を、どのように生み出して(見つけ出して)いけばいいのかが、これからの課題となるように思うが、この点についての考えを聞きたい。
A : 方向性としては、出来るだけ可視化・標準化、そしてIT化を進めていくことである。しかし、一方で人間でないとできない仕事はたくさんある。例えば、タイムマネジメントを進めていく場合、「最も大切な仕事は何か?」と判断を仰いでも、それは機械的に出てくるものではない。一人ひとりがその時々の状況に応じて自分で考え、決断をするしかないのである。また、計画を立てることは大切だが、それを修正することもまた大切なことだ。大事なことだと思って計画を立てても、それが違っていた場合、自分で考えて(反省して)軌道修正することになる。仕事とは、こうしたことの繰り返しなのである。これを機械でやるのは難しい。結局、組織における重要な仕事というのは、一人ひとりが考え、判断することなのだ。その意味からも、ホワイトカラーの仕事を全てIT化することはできない。だからこそ、人間がやる仕事は永遠になくならないのである。私は、人の職場が機械に奪われることはないと考える。
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