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日本の人事部 人的資本経営

人的資本経営の潮流2023/07/25

人的資本経営に「リスキリング」が必要な理由とは

リスキリング人的資本経営

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人的資本経営を推進するには、企業が率先して従業員のスキルを高めていかなければなりません。変化し続けるビジネス環境に対応するためには、既存のスキルを伸ばすだけでなく、新たな領域のスキルを学習する「リスキリング」が欠かせないからです。人的資本経営にリスキリングが必要な理由や、リスキリングの進め方について解説します。

リスキリングとは

リスキリングの定義と目的

リスキリング(Reskilling)とは、「新しい職業に就くために、あるいは、いまの職業で必要とされるスキルの大幅な変化に対応するために、必要なスキルを獲得する/させること」を指します。DX時代の到来や政府の後押しなどにより、現在、注目度が高まっています。

リスキリングを推進することは、従業員と企業双方に大きなメリットがあります。従業員にとっては、自身の持つスキルの幅が広がり、社会で求められる人材であり続けられること。企業にとっては、そのような人材が会社の維持・成長の原動力となること。リスキリングは、従業員と企業の双方がこれからの社会で生き残るために不可欠なものと言えるでしょう。

リスキリングの歴史

世界的にリスキリングへの関心が高まったきっかけは、2018年の世界経済フォーラム(ダボス会議)です。世界中のリーダーが集まるダボス会議において、「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」として新しい領域のスキルを学び、新たな職種に移行することの重要性が訴えられました。2020年の同会議では、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」ことを目標に掲げています。

リスキリングの先駆者と言われているのが、アメリカのネット回線大手であるAT&Tです。同社は2008年の社内調査において、「従業員25万人のうち、約10万人は10年後には存在しないであろう仕事に従事している」との結果を発表。2013年から、10万人の従業員にリスキリングを行う「ワークフォース2020」を開始しました。

同社はまず、新たな業務や今後必要となるスキルを開示し、従業員に自身の現在のスキルと比較させて足りないスキルを認識させました。そしてそのギャップを埋めるための教育訓練を実施し、スキルを獲得した従業員を新たな部署に配置。大量の解雇や採用に踏み切ることなく、自社の変革を実現させました。

そのほかにはAmazonも、大規模なリスキリング施策を実施していることで知られています。同社は2019年、「2025年までに7億ドルを投じて従業員10万人をリスキリングする」と発表。機械学習スキルやAmazonのクラウド知識の獲得、非技術系の職員の技術職への移行など、とりわけデジタル領域の学び直しに注力しています。

日本におけるリスキリング

近年は日本でも「リスキリング」を耳にする機会が大きく増えました。2018年には、政府がAI・ IoT・ビッグデータなどの高度なIT・デジタルスキルを身に付けさせることを目的とした、「第四次産業革命スキル習得講座(Reスキル講座)」を開始。経済産業省が2020年に公表した「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書(通称:人材版伊藤レポート)」でも、人的資本経営の実践のためにはリスキリングが重要であると打ち出しています。

リスキリングの重要性は、民間でも認識されています。2020年には経団連が「新成長戦略」の中で、「円滑な労働力移動に不可欠な『学びなおし』には、国として集中的に投資することが求められる」と、リスキリングの重要性について記載。リスキリングに取り組む企業が少しずつ増加しています。

そのような流れの中で岸田文雄首相は2022年、リスキリングの支援に5年間で1兆円を支出すると発表しました。2023年には、社会人の学び直しから転職までを一体的に支援する「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」制度の創設を表明。キャリアコンサルタントへの相談費用やプログラミング・ウェブデザインといった分野の講座の受講費用の一部を政府が負担するとしました。講座を受講したうえで転職し、1年間在籍した場合は、最大で56万円の補助を受けることが可能です。政府は3年間で33万人の転職の後押しを目指しています。

人的資本経営とリスキリング

人的資本経営の推進にリスキリングが必要な理由

人的資本経営の目的は、人材への投資を行うことで従業員一人ひとりの知識やスキルを高め、企業の中長期的な価値向上に結び付けることです。逆に言えば、企業の競争力を高めるためには、従業員のスキルを高めることが不可欠と言えます。リスキリングが必要とされる背景には、時代の変化があります。

ビジネス環境の変化に対応するため

市場の変化や技術の進化により、求められるスキルは絶えず変化します。たとえば経済産業省が2022年に取りまとめた「未来人材ビジョン」では、2050年の社会でデジタル化と脱炭素化が進展し、高い成長率を実現できると仮定した場合、現在の事務従事者の需要は42%減少し、販売従事者も26%減少するのに対し、情報処理・通信技術者の需要は20%増加すると推計されています。

産業の構造が変われば、労働者に求められるスキルも変化します。同調査では、企業が従業員に期待する能力として、2015年では「注意深さ・ミスがないこと」「責任感・まじめさ」「信頼感・誠実さ」がトップに挙げられました。対して2050年では、「問題発見力」「的確な予測」「革新性」のスキルが求められています。

たとえば新型コロナウイルスの影響下では、テレワークやオンライン会議が浸透するなど、働き方や行動様式において大きな変化を強いられました。このような劇的な変化に対応するには、もともと活用していたスキルを高める「アップスキリング」だけでは不十分です。「攻め」の姿勢を取るだけでなく会社を「守る」ためにも、新たなスキルを習得する必要があります。

人材を獲得・維持するため

経済産業省の推計では、2030年に最大79万人のIT人材の不足が見込まれています。そのようなスキルを持つ人材を獲得するのは難易度が高い上に、求めるスキルが高ければ高いほどコストがかかります。人口減少社会の中では、今後ますます、激しい人材獲得競争が起こることが予測されます。そこで、既存の従業員に対しリスキリングを行うことで、内部で人材を育成することができます。

従業員目線では、自分のスキルを高めてくれる企業に対するエンゲージメント向上につながる効果が期待できます。またコロナ禍で明確に示されたように、日本は企業の業績が落ち込んだ場合にもできるだけ従業員の雇用を守ろうとする傾向にあります。そのような中では、従業員のスキルを高めて雇用を守るあり方は、日本企業にとって親和性の高いものであると考えられます。

DXを推進するため

これからの社会には、デジタルトランスフォーメーション(DX)が欠かせません。あらかじめ定められた業務をそのまま実行する役割は、今後どんどんAIやロボットが担うようになるでしょう。そのような社会では、エンジニアやデータアナリストといった直接デジタル技術に接する層への教育もさることながら、経営戦略の立案を担う人材を始めとする非技術職についてもデジタルの知識を学んでもらうことが不可欠です。

リスキリングの現状

パーソル総合研究所が2022年に実施した調査によると、「知らない領域の知識を新しく学び直した経験がある」「新しいルールやスキルを学んだ経験がある」といったリスキリングを行ったことがあると答えた割合は約3割との結果になりました。なお、デジタル領域のリスキリングの経験がある人材は2割程度でした。

調査では、一度でも「リスキリング経験がある」と答えた場合、リスキリングが習慣化している割合が高いことが示されています。性別と年代別で見ると、女性の40~50代でリスキリングを行っている割合が少ないことが明らかになっています。 

業種別に見た場合、「情報通信業」「教育、学習支援業」「金融業、保険業」などでリスキリング経験が多い一方、「運輸・郵便業」では少ないという結果に。職種としては「IT系技術職」「経営・経営企画」「営業推進・営業企画」「商品開発・研究」職などではリスキリングを行う傾向が高いものの、「飲食接客」「販売」「建築・土木系技術職」「営業事務・営業アシスタント」では低いとの結果になりました。

人的資本経営につながるリスキリングを推進するには

リスキリングを妨げるポイント

「現在の制度で十分」と思いがち

ジョブ型雇用で職務内容が細かく規定されている欧米の企業と比べて、メンバーシップ型雇用が中心の日本企業では、まったく畑違いの部署に異動させられるケースが少なくありません。そこでは必然的に新たな領域での学びを必要とするため、「すでにリスキリングの仕組みが社内に存在する」と考えている企業もあるでしょう。

ただし、この仕組みはこれからの社会で求められるリスキリングとは異なります。新しい業務をOJTで学んでいく現在の仕組みは、いまある仕事を前提とした学びです。一方、今後の社会で必要となるのは、デジタル化を中心とする「今後の社会・業務で必要となるスキル」を身に着けることです。まずはこの違いを認識することが求められます。

社内での理解が進まない

日本人は諸外国と比べて、社外学習・自己啓発を行っていない人材の割合が高いことが指摘されています。日本における具体的な学習時間を調べた日本総研のアンケートによると、調査対象者3000人のうち、「週の学習時間が0時間」と答えた割合は半数以上の54.6%に及びました。このように学びの習慣がない中では、社内で「学び直し」への理解が進まないことが考えられます。

同調査では、週の学習時間は年齢が上がるほど減少していることも明らかになっています。若者よりも多くの成功体験を持つミドル・シニア層がこれまでのやり方に固執することで、リスキリングの動きを阻害するケースが生じるかもしれません。企業は意識的にミドル・シニア層に対してリスキリングの重要性を発信・実践させる必要があるでしょう。

また中には、「リスキリングはデジタル技術にかかわる一部の人材だけで良い」という思い込みが生じている可能性もあります。しかし、ビジネス環境の変化は全ての職種に影響を及ぼします。すべての部署・従業員にリスキリングは必要だという意識を持たせることが重要です。

個人に責任を負わせてしまう

リスキリングを業務時間に行うと、当然ながら業務に充てられる時間が減少します。とくに労働集約型の産業では、労働時間の減少はそのまま売上の減少に直結するでしょう。そのため従業員の自己啓発には助成する」という形で支援を行なっている企業もありますが、リスキリングを従業員個人の自発的努力に任せるだけでは不十分です。企業には既存業務とのバランスを取りながら、責任を持って学び直しができる環境を提供することが求められます。

推進のステップ

目的を定義する

リスキリングを行う際は、企業が「なぜ従業員にリスキリングを行うのか」を明確にし、その目的を従業員に伝えることが重要です。日本総研の調査で「前年から学習時間が増えた」と回答した人の割合を見ると、その理由のトップは「学ぶ目的ができたから」でした。企業主導のリスキリングは従業員に対して負荷をかける行為でもあることから、従業員自身が目的を理解し、取り組むメリットを感じていなければなかなか成功には結びつかないでしょう。

なお同調査で「職場のビジョンや理念、パーパスの理解度」ごとの週の学習時間を調べたところ、ビジョン・理念・パーパスへの理解度が高いグループでは、週の学習時間が多い傾向が見られました。つまり、単に企業が必要とするスキルを提示するだけでなく、そのスキルを得ることで企業のパーパスの実現とどのように結びつくかを示すことが重要だと言えます。

理想と現在の状態を可視化

大きな方向性を定めたら、自社の経営戦略から将来必要となる人材ポートフォリオを策定し、現状と理想とのギャップを確認します。これにより、どのスキルに焦点を当ててリスキリングを行うべきかが明確になります。対象となるスキルは企業によって異なるため、自社の状況に即して獲得すべきスキルの優先順位を付けることが求められます。また、スキルは動的なものであることから、常にアップデートし続けることも重要です。

教育の実施

社内・社外での教育機会を提供し、従業員が新たなスキルを習得できる場を確保します。学習方法としては社内研修やeラーニングといった座学のほか、実際のプロジェクトの中での学習や勉強会など、さまざまなケースが考えられます。必要に応じて社外のコンテンツを活用するほうがいいケースもあるでしょう。

パーソル研究所の調査では、リスキリングと相関の高い学習法として、「アンラーニング」「ソーシャル・ラーニング」「ラーニング・ブリッジング」の三つを挙げています。アンラーニングとは新しいことを学ぶために古いやり方を捨てること、ソーシャル・ラーニングとは周囲の人を積極的に巻き込みながら学習すること、ラーニング・ブリッジとは学んだ知識を仕事に結びつけていくことを指します。これらを意識しながら、学習管理システムの導入や上司との1on1の実施など、さまざまな仕掛けを積極的に活用し、学びを深めやすい環境を構築することが重要です。

処遇との連動

リスキリングの重要性は認識していても、目の前の業務への対応を優先してしまう従業員は多いでしょう。リスキリングへのモチベーションを高めるためには、リスキリングの結果を評価や報酬といった目に見える結果に反映させることが重要です。ほかにも新たな配置につけたり、新規事業を任せたりすることも効果的。公正な評価の前提となるスキルの獲得状況の可視化や定量的な効果の測定を行うには、タレントマネジメントシステムなどの活用を検討するのも一つの選択肢でしょう。

結果の取りまとめ・公表

リスキリングを行うだけでなく、その進捗状況や結果を取りまとめること重要です。また、その結果を社内で活用するだけでなく、公開することも人的資本経営を推進するうえで重要な要素です。世界的な人的資本に関する指針として活用されているISO 30414では、「スキル・ケイパビリティ」として「人材開発の費用」「従業員一人当たりの研修時間」などの項目を開示することを推奨しています。これらを参考にしつつ、可能な限りステークホルダーに自社の取り組みを公開することで、さらなる企業価値の向上が期待できます。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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