人材の価値を最大限に引き出し、企業の持続的な成長を実現する

日本の人事部 人的資本経営

インタビュー2024/01/23

人材の多様性×事業の多様性が、ソニーの競争力の源泉
人的資本経営の取り組みをストーリー立てて、ステークホルダーに開示

宇野木 志郎さん(ソニーグループ株式会社 グループ人事部 シニアゼネラルマネジャー)
岩﨑 千春さん(ソニーグループ株式会社 グループ人事部 ダイバーシティ&タレントマネジメントグループ ゼネラルマネジャー)
佐野 友亮さん(ソニーグループ株式会社 グループ人事部 人事戦略グループ)

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人材の多様性×事業の多様性が、ソニーの競争力の源泉 人的資本経営の取り組みをストーリー立てて、ステークホルダーに開示

自社における人的資本経営の方針や取り組み、成果などをステークホルダーに公開する人的資本情報の開示。2023年3月期決算からは、上場企業4000社に対して有価証券報告書での開示が義務化されるなど、新たな段階に突入しています。一方で、どうすれば自社の特徴が伝わるように開示できるのかに悩んでいる企業は多いのではないでしょうか。そうした企業に多くの気づきをもたらしてくれるのが、ソニーグループの取り組みです。同社では、早くから人的資本情報の開示に力を注いできました。なぜ、同社は人的資本情報の開示を重視しているのでしょうか。開示にあたって何に注力し、課題をどう乗り越えているのでしょうか。ソニーグループ株式会社 グループ人事部の宇野木志郎さん、岩﨑千春さん、佐野友亮さんにお聞きしました。

プロフィール
宇野木 志郎さん
宇野木 志郎さん
ソニーグループ株式会社 グループ人事部 シニアゼネラルマネジャー

うのき・しろう/1996年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に新卒入社。本社、PC事業、米国販売会社の各種人事制度企画・運用を担当。2012年にゲーム事業米国子会社での人事責任者を経て、2015年に帰国後、本社人事企画部担当部長、2017年同部統括部長に就任し、ジョブグレード制度導入、確定給付年金から確定拠出年金への完全移行などを実施。2019年より現職に就任し、指名・報酬委員会事務局を担当。直近では譲渡制限付株式ユニットの導入など、グループ経営体制の進化を支援する施策に取り組む。

岩﨑 千春さん
岩﨑 千春さん
ソニーグループ株式会社 グループ人事部 ダイバーシティ&タレントマネジメントグループ ゼネラルマネジャー

いわさき・ちはる/2003年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に新卒入社後、テレビ事業においてHRビジネスパートナーを経験。その後国際人事部にて海外赴任者の処遇・制度企画・グローバルHRプロジェクト推進を経て、映画やモバイル事業などグローバルな組織におけるHRビジネスパートナーに従事。2020年より社員エンゲージメント向上に資するサーベイ企画と運営を担当し、2021年より次世代経営人材の育成を目指すグループタレントマネジメント推進と、人材理念と多様性を活かす組織風土醸成に向けたダイバーシティ推進に携わる。

佐野 友亮さん
佐野 友亮さん
ソニーグループ株式会社 グループ人事部 人事戦略グループ

さの・ゆうすけ/電子部品メーカー、人材育成・組織開発支援会社を経て、2019年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に経験者入社。人材開発部にてHRシステム、次世代経営人材育成を目的とするSony Universityの運営等を担当。2021年より現職。指名委員会事務局を担当。社外取締役候補選任、サクセッションプラン等、ソニーグループの役員人事全般に幅広く携わる。

個の活躍・成長の総和がグループ全体の成長につながる

貴社の事業概要、組織構成をお聞かせください。

宇野木:ソニーと言えば、エレクトロニクスのイメージが強いかもしれませんが、現在は主に六つの事業を展開していて、それぞれが約1兆円以上の売り上げを誇っています。ポートフォリオの変遷を見ると、20年前はエレクトロニクスの売り上げが全体の約7割でしたが、最近はゲームや音楽、映画などのエンタテインメント事業の売り上げが5割を超えています。拠点は日本国内だけでなく、米国や欧州など世界中に広がっています。

こうした変化を受けて、2021年4月にグループ経営機構を変更しました。それまでは、ソニー株式会社がグループの主要な事業を統括するヘッドクォーター機能とエレクトロニクス事業・半導体事業を包含する会社だったのですが、新しいソニー株式会社とソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社へ事業を移管した上でソニーグループ株式会社と名称を変更し、持株会社のような位置付けにしました。

貴社の「人的資本経営」に対する基本的な考え方をお聞かせください。

宇野木:ソニーにおける「人的資本経営」の原点は、二人のファウンダーの理念にさかのぼります。井深大は当社の設立趣意書において「一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限度に発揮せしむ」とうたいました。以来、個の力にフォーカスすることがDNAとして脈々と受け継がれています。加えて、「企業はお城と同じ。強い石垣はいろいろな形の石をうまくかみ合わせることによって、強固にできる」と述べ、「多様性」の重要性を当初から強調していました。

また、もう一人のファウンダーである盛田昭夫も入社式で「ソニーで自分は幸せになれないと思ったならば一日も早く辞めてください」と言いました。一方で、「ソニーで働くと決めたのなら、ソニーのために、全力で投入して働いてほしい」と述べました。社員と会社がお互いに選び合うことを伝統的に実践し続けているのです。

直近では、前CEOの平井一夫の存在も見逃せません。平井は、業績の厳しさを打破するために異なる意見、すなわち「異見」を求め、それを出し合い、伝え、最終的に方針を決めるというマネジメント、リーダーシップのスタイルで経営改革を成し遂げました。

こうしたファウンダーや歴代の経営者の強い思いが、今もソニーの文化や考え方としてつながっています。昨今は「人的資本経営」とよく言われますが、ソニーは創業時から、多様な人を活かす経営を行ってきたのです。端的に言えば、「人材の多様性」と「事業の多様性」の掛け算です。それこそがソニーの競争力の源泉であり、「人的資本開示」においても、この点を一番大事にしています。

多様な個が成長し、その総和がグループ全体の成長につながる。その好循環を回していきたいと思っています。そのよりどころとなるのが、現会長 CEOの吉田が制定した「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurposeで、それに基づきソニーの人材理念は「Special You, Diverse Sony」と定義しています。会社は個性豊かな社員一人ひとりにさまざまな機会を提供するので、お互いが選び合って成長していこうという思いを表わしています。人事戦略としては、「個を求む」「個を伸ばす」「個を活かす」と掲げています。

「多様性」「成長機会」「エンゲージメント」に重きを置き、資本市場と対話

貴社は、日本で義務化される前から人的資本情報の開示に注力されています。その理由をお聞かせください。

宇野木:会社の姿勢として、創業以来一貫して資本市場に対する情報開示に力を注いできました。その根底には、投資家の皆さんに開示することで事業への理解を得たいという思いがあります。日本企業として初めてニューヨーク証券取引所に上場していますが、コーポレートガバナンスに関しても、資本市場との対話を大切にしています。

人的資本情報の開示において、「多様性」「成長機会」「エンゲージメント」などを重視されていますが、その理由をお聞かせください。

岩﨑:まず、「多様性」についてお話しします。ソニーには現在世界中に約11万人の多様な人材がいます。そうした人材の一人ひとりが、能力を最大限に発揮できるような環境整備に各事業が取り組んでいます。ただ、国・地域によっても多様性確保に向けて注力するテーマが異なります。例えば、米国では人種をはじめとするマイノリティーの方々の活躍支援が主要なテーマ。一方、日本のテーマは、社会的課題でもありますが、女性活躍推進などです。ソニーには多様なバックグラウンドを持った人材が集まり、皆の総力で事業運営に取り組んでいます。そこから新たな発想力や創造力が生まれて会社の成長につながっていることをお伝えしたいと思っています。

宇野木:個人の成長がグループ全体の成長につながるとうたっているからこそ、「成長機会」を多く提供できるという点を重視しています。「エンゲージメント」については、スコアに社員の感情が集約されます。さまざまな要素が影響するため、簡単にスコアを高めることはできませんが、人事として注力していくべきだと考えています。

国内外に及ぶ多数のグループ会社。人的資本情報をいかに取得するかがカギ

人的資本情報の測定や開示にあたって、苦労されていることや課題となっていることをお聞かせください。

宇野木:ゲームや音楽、映画などのエンタテインメント事業は米国に本社を置いており、これら事業との情報共有には課題があります。ここ数年の有価証券報告書でも、ソニーグループ株式会社だけのデータ、国内グループのデータなど、項目によって開示している情報の範囲が異なります。国によっては「開示できる項目」「できない項目」の制約もあります。グループ経営機構が変化し、米国の各事業本社との距離を縮めつつありますが、情報の共有方法や開示の仕方には難しい点が残っています。日本と米国の価値判断や感覚の違いを考慮する必要があるのです。

海外に子会社を持つ日本企業の人事担当者と話をすると、同じ点で苦労していることがわかります。初期段階では日本の政府もこの課題を理解し、「国内のデータのみで良い」という方針を取っています。他方、欧米ではまだ人的資本に関する項目のルールが統一されていません。

岩﨑:「多様性」に関しては、グループの経営機構が変更されてから、エンタテインメント事業の実態を理解するための情報収集に注力しました。特に欧米では、プライバシーの観点で情報を出すことが難しいといったハードルがありますし、各国データの定義や持ち方もさまざまです。それでも少しずつ情報を収集しながら全体を俯瞰した上で、ソニーの強みでもある事業と人材の多様性の魅力を発信していきたいと思っています。

「エンゲージメント」に関しては、新しい経営機構になり、それまで独自で運用していたエンタテインメント事業とも交渉し、数年掛けてグループ共通のエンゲージメント指標を導入しました。現在は年に1回、グループ全体のエンゲージメントスコアが確認できるようになっています。

宇野木:「多様性」といっても、まだ属性が開示の中心です。ソニーには異なる組織の組み合わせで新しいビジネスを生み出してきた文化があります。そのために必要な多様性、測定できる多様性とは何なのかを今まさに検討しているところです。例えば、「経験」の多様性。事業を成長させるために必要な経験は何か、どう測るかといったことを議論しています。

佐野:海外だけでなく、国内においても情報取得は決してスムーズとは言い切れません。2023年の有価証券報告書では、女性管理職比率や男性の育児休業取得率、男女間賃金差異などの開示が求められましたが、これらの情報を国内の主要なグループ会社から取得するという点でも苦労しました。

ソニーにはグループ会社が多数あります。会社によって情報開示への取り組みも異なり、また先に述べたデータの算出の仕方も異なります。どう集約してソニーグループとして開示していくのか。すり合わせが難しかったですね。また、多様性がソニーの強みであり、軸としてストーリーを展開していきましたが、多様性の現状と未来を今後どう示していくかは、今後の課題と言えます。

数字の羅列では違いを出せない。ストーリーを心がける

ストーリーの打ち出し方も、難しかったのではないでしょうか。

佐野:会社が誕生した背景、受け継がれてきたDNA、多様性という強み、そして現状を一貫したストーリーで文章にすることに取り組みました。

宇野木:有価証券報告書に、研修費用、女性管理職比率など数字を記述することは大事ですが、ただの羅列で終わってしまうと他社と差異化することができません。ソニーの場合、特に他社との差異化がはかれる点は人材と事業の多様性であり、これらを書き切ろうという姿勢で臨みました。

佐野:「多様性」に関して、初年度としては、強みとして打ち出せたのではないかと考えています。多様性を「経験」「国籍」「性別」「LGBTQ+の社員」「障がいのある社員」に分け、それぞれどのような状況にあるのかを定性・定量で記載しました。グループ連結で今後どのような目標を掲げるかが、今後の課題の一つだと考えています。

人的資本情報の測定や開示はどの部署のどのような方々が中心となって行ったのでしょうか。

宇野木:人的資本情報の測定や開示は、すべてグループ人事部が担っています。開示先となる書類として有価証券報告書、統合報告書、サステナビリティレポートがありますが、それぞれ別の部署が主幹を務めています。いずれも、人材に関する情報は人事が提供しています。

人的資本情報の測定や開示について、経営層や現場に協力してもらうにあたって、工夫された点、苦労された点があればお聞かせください。

岩﨑:経営層はとても協力的です。例えば「エンゲージメント」において、以前は人事からの案内による運用でしたが、現在エンゲージメントサーベイを実施する際は、各社の経営層から直接社員や組織の成長の重要性を伝えるメッセージを発信しているため、自分事として現場でオーナーシップを持って組織改善活動に取り組んでいると感じています。

宇野木:先ほどお話しした通り、エンタテインメント事業は本社が米国に所在する事情もあり開示にまで至っていません。情報をどう取得するか、どう開示していくかは今後の課題ですね。また、グループ会社の数が多く、力技で情報を集めざるを得ないところもあるので、よりシステム化・効率化していかなければなりません。

佐野:情報の収集には、時間を要しています。現場へ必要な情報の項目を伝え、全部集約できるのは現状2ヵ月近くかかっています。

宇野木:特にサステナビリティレポートは項目がとても多いので、受け手の事業会社の負担が重くなってしまう部分もあると思っています。担当者が変わると、項目のクライテリア(評価や判断の基準や指標)の引き継ぎが難しいこともあります。

岩﨑:データで定量的に示すのはもちろんですが、その背景にある定性的な活動を組み合わせることで全体のストーリーを正しく伝えることを意識しています。特に、統合報告書やサステナビリティレポートでは、数字の裏にある努力をもっと伝え、反映させたいという気持ちがあります。

ツールの目的に応じて必要な情報を開示。すみ分けや効率化は今後のテーマ

貴社は「有価証券報告書」「統合報告書」「サステナビリティレポート」で人的資本の情報を開示されています。それぞれをどのような目的と方法で行っていますか。

宇野木:「有価証券報告書」は、事業年度ごとに外部への開示を目的としており、投資家を中心とするステークホルダーに向けて、社員の状況や人的資本に関する戦略・指標・目標を記載しています。

「統合報告書」は中長期の価値創造に向けた経営方針や事業戦略など、財務情報と非財務情報を統合的に報告することが目的です。こちらも、開示の対象は投資家を中心とするステークホルダーで、「人材」に関する情報やDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に関する情報を記載しています。

統合報告書と同様に任意開示をしている「サステナビリティレポート」の目的は、幅広いステークホルダーに向けた、サステナビリティやCSRに関する非財務情報の開示です。そのため、開示の対象はESG投資機関・ESG評価機関・CSR専門家・NGO・学生など幅広くなります。そういった方々に向けて「人材」に関する情報を記載しています。

佐野:我々の人的資本開示の取り組みも過渡期です。どの書類にどういう情報を出していくのかを、再整理することが必要だと感じています。加えて、外部の機関が推奨するものも見ながら、データをより充実させていく必要性も感じています。

また、統合報告書は、メッセージ性に配慮しています。一方、有価証券報告書は、法定通りに書いています。制約の中で特色のある記述や目標設定ができるかがポイントだと思います。

宇野木:毎年、IR担当部署の主催で、国内外の投資家の皆さんから人的資本情報の開示についてフィードバックを受ける機会があります。主に統合報告書やサステナビリティレポートに関してですが、期待は千差万別です。そのため、正解はないと思っています。

社内の課題としては、統合報告書とサステナビリティレポートの内容や目的のすみわけや効率化をはかりたいですね。年々、開示に関する対応は難しくなっているからです。

有価証券報告書での人的資本の開示義務化がスタートしました。初年度はどのようなスタンスで臨まれたのですか。

宇野木:有価証券報告書の提出は法的な義務なので、記述の誤りは許されません。法務部門と協議を重ね、初年度は手堅くいきました。ポイントを絞り、必要最小限でまとめることにしたのです。一方で全体の構成を見ると、人的資本の開示だけがボリュームが突出していたり、他のパートと書き方が変わっていたりして不自然、という意見もありました。ソニーらしさを打ち出すため、最大の特徴である人材と事業の多様性をキーワードとして記述することには注力しました。

ソニーのユニークさを反映した人的資本情報開示を目指す

今後、貴社はどのように人的資本経営を行い、人的資本情報の開示を行っていく予定ですか。

宇野木:個性豊かな人材を集めて、活躍・成長してもらい、会社も成長する。そのような好循環を回せるように、人事として支援していきたいと思っています。人的資本情報の開示に関しても、「多様な人材」「多様な事業」を核として、属性の多様性だけではなく経験の多様性をさらに強化することが、ソニーの将来にとって有益であるという点を示していきたいですね。

岩﨑:ソニーには多様な社員が活躍できる場や多様な事業があることを発信していきたいと思っています。ソニーにはこんなにも広いフィールドがあり、挑戦の選択肢がたくさんあると社員に認識してもらうことは、リテンションにもつながります。さらには、共感してくれた学生が集まってくることも期待できます。ソニーだからこそのユニークさをしっかりと発信していきたいですね。

佐野:ソニーの強みである多様性をさらに強化していくことが、人的資本経営における施策の一つです。そのためには、多様性を確保するだけではなく、社員に活躍してもらう、社員をつなげていくといった、多様性を活用する施策が必要です。現状を測定することに加え、活用に向けた目標設定や測定の定量化にも取り組んでいきたいですね。

宇野木:当社の社長 COO 兼 CFOである十時 裕樹も、事業と人材の多様性を活かし、進化・成長し続けることにより、顧客に選ばれ、優秀な人材を集め、企業価値を高め、社会に還元するポジティブスパイラルを生み出したいと言っています。ソニーならではのユニークさやスピリットを反映した人的資本情報の開示を目指して、さらに努力していきたいと思います。

(取材:2023年12月22日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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