タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第50回】
管理職から「グロース・マネジャー」へ:人的資本経営時代の役割転換
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ、キャリア自律、管理職、人的資本経営
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアン・ゼミが第50回を迎えました! 2019年11月29日に第1回をスタートし、丸4年が経過。プロティアン・キャリアの理論的解説、キャリア・オーナーシップの実践内容、人的資本経営の総合的な枠組みなど、令和時代に必要なキャリア・リテラシーについて皆さんと一緒に考えてきました。
これからもキャリア知見に関する学術知見のキャッチアップと、企業現場での最先端の取り組みをクロスオーバーさせて、人的資本経営時代のアクチュアルな問題を取り上げていきます。引き続き、よろしくお願いします。
さて、今回取り上げるのは、人的資本経営時代に求められる管理職の役割「グロース・マネジャー」についてです。第37回と第42回のプロティアン・ゼミでも取り上げています。
繰り返し取り上げる理由は2点あります。1点目は、人的資本経営の実現にとって、管理職の役割を明確にすることが非常に重要だからです。それにもかかわらず、2点目として、管理職の方々にこれからの役割を伝え、理解・実践してもらうことが容易ではないという現状の課題があるからです。
まず、これからの管理職の役割は、チームメンバーのアウトプットや仕事ぶりを「管理」することではない、ということを皆さんと確認しておきます。
以前私は、24時間営業を続ける牛丼チェーン店舗の管理職の仕事についてフィールドワーク調査を実施し、その成果を『丼家の経営―24時間営業の組織エスノグラフィー』(法律文化社)にまとめました。
そのときのインタビューで印象的だったのが、「管理統制型」のマネジャーと「成長応援型」のマネジャーの違いと店舗売上についてです。
管理統制型のマネジャーは、社用携帯に登録したGPS機能で社員の所在地を確認し、勤務時間の打刻ツールを使って労働時間を徹底的に「管理」していました。挙句には、店舗に着いた社員に写真を撮らせて、それをLINEで送らせていたのです。さらに、店舗の監視カメラを使って、店員の様子を常にモニタリングしていました。
管理統制型のマネジャーとテクノロジーの発展は、相性がいいのです。さまざまなツールを使って、社員を「管理・監視」することができます。社員はマネジャーに「常に見られている」という意識で働いています。「パノプティコン=一望監視」型のマネジメントですね。監視されているので、サボることはできません。
ここで興味深いのは、店舗売上です。管理統制型マネジメントの店舗の売上は、他店舗と比べて平均的か、もしくは平均より下回っていました。一方、他店舗と比べて数値が顕著に高かったのが、離職者数です。社員やアルバイト、それぞれに離職傾向が強いのです。その理由は明確で、管理統制型マネジメント体制下で働くことがつらいからです。
それに対して成長応援型のマネジャーは、社員を管理しようとはしません。時間を見つけては1on1を行い、現状の課題は何か、どんなふうに働きたいのかを聞き、社員のこれからの働き方に寄り添うようにしてチームをまとめます。店舗内容を記録した監視カメラの映像を見るのは、何らかの問題(顧客と店員がもめた、店内のガラスが割れたなど)が発生した場合に限ります。社員の働き方の様子を「監視」するために、映像データを見ることはありません。
社員やアルバイト店員が集まる控室には、マネジャーから応援や称賛のメッセージが手書きで貼り出されているのも印象的でした。シフトに入ってないアルバイトも顔を出して、控室で適切な声のボリュームで談笑していました。店舗のことを「まるで、第2の家のようだ」と表現するアルバイトもいたほどでした。
店舗売上は驚くことに、月商ベースで何度も全国1位の結果を出していました。また、離職率は他店舗と比べて著しく低いのです。他店舗では体調不良などで欠員が出ると、代行するスタッフを探すのに苦労しているので、成長応援型のマネジメント店舗には、代行を希望するアルバイトのウェイティングリストがあるほどでした。
人的資本経営時代に求められる管理職の役割とは、この成長応援型のマネジメントであると私は確信を持っています。いかなる業界や職種の組織であれ、求められるマネジメントの本質は、変わらないからです。
マネジメントとは、
チームメンバーを管理することではなく、
チームメンバーの成長に伴走していくこと。
チームメンバーの成長を応援していくために、最先端のテクノロジカル・ツールを効果的に使う。だからこそ、これからの管理職は、メンバーの成長をプロデュースしていく「グロース・マネジャー」がふさわしいのです。
それでも、管理統制型のマネジメントの手法に頼ってしまうのであれば、チームが停滞していく黄信号であると認識してください。管理された社員が、自らリスキリングに取り組むことはないでしょう。目の前の業務をこなし、叱咤されないように、その場のコミュニケーションを取り繕うことでしょう。キャリア1on1の際にも、本音を打ち明けることはないでしょう。
組織内キャリアから自律型キャリアへ、人的資源から人的資本へと、人の可能性を最大化させることで、企業の生産性や競争力を活性化させていく歴史的チャレンジに私たちは今、取り組んでいるのです。
人的資本経営の実現には、「グロース・マネジャー」の存在と行動が欠かせません。コロナ・パンデミックで働き方を柔軟に変更できたように、マネジメントの手法も自ら変えることができるのです。
今日から皆さんは「グロース・マネジャー」です。チームメンバーのキャリア成長に寄り添い、日頃からの声かけもプロデューサー的なフィードバックを心がけるようにしましょう。「グロース・マネジャー」へと役割転換することができたら、チームの売上も着実にあがってきます。
「グロース・マネジャー」としてチームをマネジメントしているのに、組織エンゲージメントが向上しない、他部署と比べても離職率が顕著に高い、というような事態を迎えた場合は、ぜひ、私まで連絡をしてください。なぜ、そのようになるのかを一緒に考えてみましょう。
「グロース・マネジャー」がより良き組織を創る
「グロース・マネジャー」がより良い社会を創る
それでは、また次回に!
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。