タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第37回】
1on1で、人的資本の最大化を実現する方法とは?
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
1on1、人的資本、キャリア自律、タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
管理職を対象とした、企業での講演や研修で最も多く寄せられる質問が、1on1のやり方についてです。「1on1のやり方がわかりません」「1on1の目的やゴールも、いまひとつわかりません」といった悩みが寄せられます。管理職の多くが、評価面談を受けた経験はあっても、1on1やキャリア面談を受けた経験がないことも関係しています。
そこで今回のゼミでは、1on1の狙いや方法をできるだけ具体的に取り上げていきます。私も社外顧問を務める企業などで、1on1をお願いされることが多々あります。そこでの経験やキャリア開発の最先端の理論的知見を交えて、できるだけ具体的に解説していきます。
ちなみに私は、管理職と部下という表現も変えていくべき転換期にあると捉えています。管理職ではなくマネジャー、部下ではなくメンバーという役割表現を意識的に使うようにしています。このゼミでもそのように表記します。
それでは、具体的に1on1の狙いややり方を解説していきます。明日からの1on1の参考にしてみてください。
まず1on1の目的は、「人的資本の最大化」を実現することです。これに尽きると言っても過言ではありません。わかりやすく言いかえるなら、メンバーのポテンシャルを最大限に発揮できるような「気付きの機会」にすることです。そのため、1on1は評価面談ではありませんし、マネジャーのための時間でもありません。あくまでもメンバーのための時間なのです。
1on1実施前には、必ず次のフレーズを一度、声に出してから取り組むようにしてください。
「メンバーの成長をプロデュースしていくための時間!」
1on1の方法は、「リアルミーティング」が最適です。というのも、マネジャーにとって必要なのは、メンバーの非言語情報を観察することだからです。1on1を実施する会議室への入り方、歩き方、声の出し方、身体のむき、かけられた言葉へのうなずきなど。1on1で発せられる言葉の内容とともに、さまざまな非言語情報にも、人的資本を最大化させるためのヒントが隠されているのです。(*ここでは詳しくは触れませんが、この非言語情報の観察のメソッドは、私が専門として学んできたエスノグラフィー(民族誌)のアプローチにも通じる部分があります)。
ただ、ハイブリッドワークが浸透した今、オンラインでの1on1も浸透しています。フルタイムオンライン勤務を推奨している企業では、対面での実施が難しいので、その場合はオンラインで実施します。画面越しでも可能な範囲で、非言語情報に意識を集中させましょう。
1on1の時間は20分が適切です。1時間の1on1はマネジャーの負荷を考えると現実的ではありません。たとえばメンバーが15人いれば、月に1回で合計15時間。1人2回で30時間となります。マネジャーの仕事は、1on1ではありません。1on1はマネジャーの成長をプロデュースするきっかけとなればいいのです。そのため、今、企業現場で推奨されているのは、月に1〜2回の30分1on1です。
しかし私の経験からすると、20分が最適です。マネジャーの皆さんは、何分が最適だとお考えでしょうか? もちろん、20分の時間をこなすことが目的ではありませんが、10分ではどうしても内容が浅くなります。20分を目安に実施してみてください。最大を30分として、残りの10分はメンバーから追加で伝えたいことや聞きたいことがあれば、その時間に使うようにします。オンライン1on1の場合、その後に別の予定が入っているメンバーもいるので、30分の予定を20分で終えることで、10分間、休憩時間や内省の時間を設けることにもつながります。
1on1を行う際は、「さあ、1on1をやりましょう」「OK、始めようか」というように、始まりを意識してもらう声かけからスタートします。そして、次の声かけが重要です。まずは、仕事の状況についてやわらかく聞きます。
「業務、うまくいってる?」「いま抱えている案件、順調?」
1on1の冒頭でありがちなのは、「形式的なアイスブレーク」と「プライベートに関する問いかけ」です。メンバーの緊張を和らげ、話しやすい雰囲気づくりをつくることを狙いとしているようですが、あまりに形式的に実施すると、その場が白けてしまいます。また、いきなり「休日はどうしてる?」とか「家族とはうまくいってる?」という言葉を投げてしまうと、メンバーとの関係性にもよりますが、1on1の実施効果を低減させるリスクもあります。
メンバーは、マネジャーであるあなたの時間をいただいているという気持ちで、1on1にのぞんでいます。そのため、無駄なく話に入っていくのです。仕事のことからはじめると、メンバーのスイッチが入ります。
仕事の内容に触れつつも、1on1ではあくまでも「仕事」ではなく、「メンバー=人」に向き合うようにします。業務や売上を「追求」をしたいマネジャーの「職業的欲望」をグッとこらえて、非言語情報に集中しながら、メンバーの声に耳を傾けるのです。
1on1は評価面談でありません。メンバー成長をプロデュースしていくことに重きをおきます。
1on1の時間全体がアイスブレークのような雰囲気で流れていくことがおすすめです。メンバーから自然と発話が出るようなコミュニケーションを心がけたいものです。そのためには、キャリアカウンセリングの手法の傾聴も大いに役に立ちます。
メンバーから「実は業務で困っていることがあって、今、話してもいいですか?」と言うような相談が発せられたとき、「今はキャリアの面談の時間だから、また別の機会にしましょう」と言うリプライは、NGです。せっかく「勇気を出して」相談してくれたこと、言葉に出してくれたことを、マネジャーはまず、受け入れましょう。
キャリア面談の内容が多少ずれていっても、問題はありません。子育てのこと、介護のこと、1on1でしか相談できないプライベートなことも打ち明けてくれることもあります。むしろ、そうしたメンバーからの発話に寄り添うことが、1on1の醍醐味なのです。メンバーの発話内容を否定しない、その場で価値基準を伝えないことがポイントです。
メンバーと一緒に考えていくのです。ただし、1on1が「お悩み相談」で終わってしまっては不十分です。ビジネスシーンでのパフォーマンス高めていくために、1on1を設置しているので、悩みを解決し、次なる行動へと踏み出すきっかけの機会としたいものです。
そこで一番大切なことは、メンバー本人に当事者意識を持たせて、目の前の問題の何らかの意思決定をさせていくことです。悩みや課題に寄り添い、一緒に問題を整理しながら、その先へと伴走していくのです。どんな問題であれ、他責にしないことが大切です。
メンバー自身が、取り組めることは何か。今日から何ができるのか。これから1ヵ月間、3ヵ月間、いかに行動していくのかを言語化してもらうようにするのです。
1on1をこなしてはいけません。1on1は、メンバーの人的資本を最大化させる最有効施策です。
そして、1on1はマネジャーのスキルに大きな影響を与えます。マネジャーの皆さんは、まず、1on1のスキル磨きを続けていくようにしてください。うまくいかなかったり、メンバーの反応が芳しくなかったりした場合には、なぜそのような1on1になったのかを分析し、検証していくのです。
1on1の経験を増やせば増やすほど、勘所がつかめるようになります。まず、イメージすべきなのは、マネジャーであるあなたの役割は、メンバーの良さを発見し、人的資本を最大化させるプロデューサーなのです。
今回のコラムを読み、1on1の実践に取り組んでいくあなたのことを、今日からは「管理職」ではなく、「グロース・マネジャー」と呼びたいと思います。
人的資本経営の中で事業をグロースさせるのは、人です。あなたが関わるメンバーをグロースさせていってください。
それでは、また次回に!
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。