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トレンドキーパーソンに聞く2019/12/12

テクノロジー活用には組織や仕事の棚卸しと
再デザインが不可欠
いま人事に求められる科学的な定義力とは

東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授

柳川範之さん

AI柳川範之HRテクノロジー基礎実践

東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授 柳川範之さん

今、人事の周辺にはテクノロジーの波が押し寄せています。データアナリティクスやRPA、VRなどの最新の技術は、これまで人が行っていた業務を代替するだけではなく、人ができなかった高度な解析によって新たな視点をもたらすなど、さまざまな形で私たちの仕事を変えていくと考えられています。東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授の柳川範之先生は、テクノロジーの可能性を認めた上で、「企業側がテクノロジーを受け入れる準備ができているのか」と語ります。テクノロジーの導入でビジネスパーソンの働き方はどう変わるのか。また、人事はテクノロジーとどう向き合うべきなのか。柳川先生にお話をうかがいました。

プロフィール
柳川範之さん
柳川範之さん
東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授

やながわ・のりゆき/1963年生まれ。中学卒業後、父親の海外勤務の都合でブラジルに渡る。ブラジルでは高校に進学せず、独学生活を送る。その後、大学入学資格検定試験(大検)に合格し、慶應義塾大学経済学部通信教育課程に入学。1988年卒業。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授などを経て、2011年より現職。話題になった「40歳定年制」の提唱者でもある。著書に『東大教授が教える知的に考える練習』(草思社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『法と企業行動の経済分析』(日本経済新聞社)などがある。

気運はあるが追い付いていない現実

テクノロジーの導入による生産性向上に、多くの企業が期待を寄せています。

日本では今、生産性が問題視されています。仕事を効率化し、短い時間で処理することで長時間労働を改善しようというのが、ここ数年の議論の流れです。これには、政府が打ち出した働き方改革に関連した法整備の動きも影響しています。

ここで考えてほしいのは、生産性向上=効率化と結び付けていいのか、ということです。経済学上では、生産性はもっと多様です。量的な観点で見る場合もあれば、付加価値で見る場合もある。現在議論されている生産性向上は、前者に偏っている印象を受けます。

生産性をもう少し大きな枠でとらえてみたらどうでしょう。一人ひとりがポジティブに働き、それがよい形で付加価値を生み出すことでみんなが豊かになるというように、ただ機械的に働く以外の生産性を考える必要があると思います。その観点で見た場合、テクノロジーの活用は働く時間が短くなるだけでなく、新しいアイデアや連携を生み出す可能性が非常に高いといえます。

ICTの発達によってテレワークやオンラインミーティングなど、時間や場所にとらわれない働き方も一般的になってきました。

働き方における時間と場所の自由さについても、いろいろなレベルで考える必要があります。例えば、台風や大雪、感染症の流行など不慮の事態によって、スポット的にテレワークを行うレベル。この場合、普段はオフィスに出社することが前提となっています。ここから少し踏み込んだのが、育児や介護のためにテレワークベースで一定期間働くケースです。

さらに自由度が高まれば、副業や兼業なども当然、視野に入ってきます。例えば、東京に拠点がある企業の仕事を九州でこなしながら、地域おこしに参画するパラレルワークのスタイルもあり得るわけです。こうした働き方が可能なのは、テクノロジーの後押しがあるから。柔軟な働き方に対する機運が高まり、それをサポートするテクノロジーも充実していますが、一方で、積極的に活用しているケースはまだ多くはありません。

組織や仕事の枠組みを見直す時期に来ている

なぜ理想と現実との間にギャップが生まれるのでしょうか。

組織体系や仕事の進め方、評価方法や勤怠管理など、従来の枠組みにとらわれている部分が大きいからだと思います。戦後から続く労働慣習と最先端のテクノロジーは、残念ながら相性がいいとはいえません。今の仕組みを変えずにテクノロジーを入れても、生産性向上にはつながらないでしょう。

多くの企業の人事システムや評価体系は、一つの組織に所属し続けて、みんなが同じ場所で目に見えるところで働くことを前提としたものです。そのため、成果物に表れない間接的な貢献も、評価することができました。しかし、リモートワークになったら、そうした部分をどう測るのかという話になってきます。結果として、時間や場所にとらわれない働き方をしているのは、成果で測りやすい仕事に就いている人が多い。

そしてもう一つが、働く人のマインドです。「出社が当然」という考えが根強い企業では、制度上はリモートワークを解禁していても、なかなか踏み出せないものです。きちんと成果を上げていても「評価が下がるのではないか」、あるいは「社内の人的なネットワークから外れてしまうのではないか」といった不安が払しょくされないからです。

その点ITベンチャーは、リモートワークを上手に取り入れていますね。

要因は二つあります。一つは歴史が浅く、従来の労働慣習にとらわれていない点です。スタートの段階からリモートワークや副業などを含めた働き方のデザインをしているので、従業員も順応しやすいのでしょう。もう一つは、事業や仕事の性質が関係しています。テクノロジードリブンであるため、成果が目に見えやすいのです。

やはり、仕事の枠組みそのものを見直す時期に来ているのですね。

そうだと思います。テクノロジーの活用以前に、ワークフローや業務分担の仕方などを棚卸しする必要があるでしょう。働き方の自由度が高まれば、メンバーが一つの場所に集まる機会も限られるようになります。これまでその場にいた誰かが何となくこなしていた仕事も、そのままでは回らなくなる可能性が高いわけです。特に役割分担が複雑化している場合、切り出し作業は容易ではないでしょう。仕事の概念自体が、変わる場合もあるかもしれません。

そもそも仕事の枠組みを見直すことは、この仕事は「RPA(Robotic Process Automation)」で代替する、AIによる解析を用いるなど、働き方以外の観点でテクノロジーを導入する際に必須の作業です。昨今のテクノロジーの発達やグローバル化により、人の手を介することや自前で行うことの必要性は相対的に下がってきています。見方を変えれば、人でなければできない仕事にどれだけの人的リソースを集中できるか、という話でもあります。本来はこうしたことを「働き方改革」を通じて議論すべきであり、制度だけが独り歩きするのはあるべき姿とはかけ離れています。違う言い方をすれば、企業側がどれだけ早くかじを切り、新しい仕組みやテクノロジーに合ったワークフローに対応できるか。それが生産性や業績に大きく影響する時期に差しかかっていると思います。


AI柳川範之HRテクノロジー基礎実践

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