AIが導入された現場で何が起きているのか
データサイエンティストは、2011年5月に米マッキンゼーが公表した“Big data: The next frontier forinnovation, competition, and productivity”によると、米国では2018年までに、高度なアナリティクス・スキルを持つ人材が14万~19万人、大規模なデータセットのアナリティクスを活用し意思決定のできるマネジャーやアナリストが150万人不足すると算出されている職種である。このため、AIの導入によって生産性が高められることを期待されている分野といえるであろう。
この分野の研究開発を行っている企業のひとつに前回紹介した 米国ボストンに拠点を構えるDataRobot社がある。同社はデータサイエンスの一部の業務をAIで代替するソフトウェア「DataRobot」の提供を行っている。DataRobotを活用すると、従来、データサイエンティストが行ってきた業務が、表計算ソフトのExcelを使うのと同じくらい簡単になる。具体的には、ExcelのデータをDataRobotにドラッグ&ドロップし、予測したい項目を選んだ後、予測ボタンを押すだけで予測アルゴリズムを作成することができる。すなわち、データサイエンティストでない人でも、データサイエンティストの業務をこなせるようになる。
筆者も所属するリクルートホールディングス社では、2015年の11月にDataRobot社へ出資を行い、その後、同ツールをリクルートグループ全社へ導入する実験を行った。実験は、13グループ会社の80組織で行われ、その結果、合計5,000個以上の予測モデルが作成された。
作成された予測モデルのうちの多くは、データサイエンティストではない職種に従事する従業員が通常の業務の合間に作成したものである。予測モデルの開発を外部の企業に委託した場合、1個のモデルを作成するのにかかる平均の見積もりは約300万円程度といわれており、上記の5,000個のモデルの価値を単純に150億円程度と試算すると、DataRobotにかかるソフトウェアのコストのみで実現できた点は非常に高い生産性ととらえることができるであろう。
また、データサイエンティストであった従業員も同ツールを活用することで働き方に大きな変化が生じた。従来、データのクリーニングや予測モデルの選定、パラメーターチューニングに必要としていた時間が80%であったのに対し、新しい問題を解くための問題の定式化に割ける時間は20%しかなかった。この時間の構成比が、DataRobotを活用することで、前者に20%、後者に80%の時間をかけられるように逆転し、かつ、実際に一定の時間内に作成できる予測モデルの数は5倍程度に上昇した。
結果、新しい問題を吸い上げるためにさまざまな事業部の人間と議論する時間が増加する結果となった。従来、パソコンの前に座ってばかりだったデータサイエンティストが、社会やビジネスの現場における問題を吸い上げるためにコミュニケーションするという、より人間らしい働き方に変化したのだ。
以上により、データサイエンティストの現場におけるDataRobotの導入は、(1)データサイエンティストの供給不足である労働市場のギャップ解消、(2)非データサイエンティストでもデータサイエンティストになれるという雇用機会の向上、(3)非データサイエン ティストとデータサイエンティストの両者にとっての生産性の向上、(4)データサイエンティストにとっての新しい価値を創造するクリエイティブな時間の増加、(5)データサイエンティストのコミュニケーション総量の増加という、5つのポジティブな要因が、AIによってもたらされる結果となった。
AIが「働く」を変革する
2016年11月、リクルートワークス研究所は、 ”Work Model 2030 - テクノロジーが日本の「働く」を変革する” と題した報告書を発表した。人工知能の進化によってどのような新しい働き方やキャリアが生まれるのか、その課題は何か。興味のある方は、ぜひ、ご一読いただきたい。