「組織のありたい姿」の追求がDXにつながる
フジワラテクノアートの改革を支える“優しさ”
株式会社フジワラテクノアート 代表取締役 副社長 藤原 加奈さん

創業から90年を超える株式会社フジワラテクノアート。2023年には経済産業省の「DXセレクション」に選定されるなど、DXの取り組みに注力しています。ただ、麹を製造する分野で高い国内市場シェアを誇るだけに、当初はDXを始めとする変革の必要性を感じていない社員も多かったといいます。紙とエクセル、「あうんの呼吸」が主体の職場だった同社は、どのようにしてDXに成功したのか。副社長の藤原加奈さんに聞きました。

- 藤原 加奈さん
- 株式会社フジワラテクノアート 代表取締役 副社長
ふじわら・かな/慶應義塾大学 経営管理研究科 修了MBA取得、2015年3月に取締役副社長就任、2021年9月より現職。ビジョン推進のために部門横断の四つの委員会を設け、その一つである「DX推進委員会」委員長に自ら就任。3年間で21システム・ツール導入、デジタル人材の内製化などDXを推進。フジワラテクノアートは日本DX大賞(2022年)、DXセレクショングランプリ(2023年)などを受賞。
強みを見つめ直し、未来志向のビジョンを策定
DXを推進するようになったきっかけをお聞かせください。
実はもともと、「DXを推進しよう」と思っていたわけではありません。1933年に創業した当社は、日本酒や焼酎、味噌、醤油などの発酵食品を作るための醸造機械を製造しています。醸造の中核である麹造りの機械においては、国内能力シェア80%を占め、競争力のあるビジネスモデルの構築に成功していました。
ただ私としては、少子化が進んでいくことが確実な中で、「今後は国内の設備投資需要も減少していくはずだ」という危機感を持っていました。また、これまで当社には「業界トップを目指そう」という暗黙の共通認識はありましたが、具体的な目標を掲げているわけではありませんでした。今後も成長を続けていくためには、高い目標が必要だろうと考えていたのです。
そこで改めて、自社の強みや使命、目指すべき姿と向き合うことにしました。まず私たちの強みを徹底的に掘り下げたところ、フルオーダーメイドで高品質な「ものづくり」と、微生物を培養する高度な技術である「バイオプロセス」が、唯一無二の強みであると言語化できました。
そして2018年、未来志向の組織に転換するための「開発ビジョン2050」として、「醸造を原点に、世界で『微生物インダストリー』を共創」を掲げました。「微生物インダストリー」とは、微生物のチカラを高度に利用するものづくりを指す、私たちの造語です。私自身が生涯をかけてやり切る覚悟を持つため、2050年という未来を見据えました。
これまでの私たちは、単なる醸造機械メーカーにすぎませんでした。いま私たちが目指しているのは、微生物に関するソリューションプロバイダーになることです。強みを言語化し、ビジョンを策定したことで、新たな業界や分野にも進出し、市場や産業を創出できるはずだと思えるようになったのです。
一方でビジョンを掲げたことで、理想と現実との間に大きなギャップがあることも見えてきました。これまでは醸造業界内の要望にお応えし、醸造プロセスを産業化することが求められてきましたが、今後は社会的課題の多様な要望に対応し、生産プロセスそのものを設計するプロセスエンジニアリングの産業化が求められます。そこには、個人の経験を全社で共有する仕組みやデジタルの活用が欠かせません。フルオーダーメイドの高度化に向けた施策として始めたのが、DXでした。

DXはあくまで目的達成のための手段だったのですね。ビジョンを策定する際、苦労された点はあったのでしょうか。
ビジョンを策定すること自体はそこまで難しいものではありませんでした。しかし、ビジョンを達成するため、90年の歴史とともに培ってきた“常識”を打ち破り、社内を改革していくことには相当な難しさがありました。当社は事業がうまく回っていたので、ベテランを中心に、社員が改革の必要性をあまり実感できない状況にあったのです。
そんな中で改革を進めていくため、まずはビジョンの推進体制を整えました。具体的には、「DX推進委員会」「未来技術革新委員会」「業務革新委員会」「人財育成委員会」を設置。この中で最初に作ったのが、DX推進委員会です。ちなみに当初は「業務インフラ刷新委員会」という名称でしたが、2022年に「やっていることはDXだよね」という声があり、名称を変えました。
当初はデジタル化に対する共感が浸透していたわけではなかったので、DX推進委員会のメンバーは慎重に選定しました。ITの知識を有していることよりも、業務プロセスをしっかりと理解し、いまのやり方に課題や問題意識を持っていることを優先して、全部門から選出。ITに深い造詣があると言えるメンバーは1人だけでした。ただ今振り返ると、この人選が良かったですね。それぞれがビジョンに共感しながら、「自分の業務をどうすればITで効率化できるか」にチャレンジしてくれました。またこの委員会に年齢・性別の多様性があり、スピード感を持ったプロジェクトマネジメントや導入後の丁寧なサポートなど、それぞれがもつ特性が発揮されたことが、DX推進につながりました。
従業員から出された100個の課題
具体的に、どのような施策から取り組み始めたのでしょうか。
各部に対するヒアリングを行って業務プロセスを見える化し、課題を整理するところから始めました。少しずつ業務プロセスが見えてきたところで、それを図にしてプリントアウトし、社員全員が目にするコピー機の前に貼り付けました。そして社員に自分が感じている課題や不満、要望を、付箋に書いて貼り付けてもらったのです。
その結果、「データを見られる権限を緩和してほしい」「部品の名称を統一してほしい」など、さまざまな意見が100項目ほど出てきました。もちろん、100項目すべてを同時に進めることはできません。そこで開発ビジョン2050の達成に向けたDXの観点から、出てきた課題に優先順位を付けていきました 。
「ものづくり」という自社の強みから考えると、基幹システムである生産管理システムの導入が肝でした。ただ、私たちが製造する装置は部品点数が多く、部品の名称もバラバラな状態だったので、システムの導入にはある程度の工数がかかります。そこで、社員にデジタル化の利便性を理解してもらう意味も込めて、まずはコミュニケーションツールをデジタル化しました。
それまで社内への周知事項などは紙で運用していたため、長期出張や産休・育休の社員に最新の情報が行き届かないという課題がありました。また会議などのスケジュール調整も個別にメールや電話をするなど、非常に非効率的な状態でした。デジタルツールを導入したことで、それらの課題が一気に解決。コミュニケーションの量・質ともに大幅に改善し、意思決定のスピードが格段に向上しました。デジタル化の効果を感じてもらうことができたと思います。
その後、満を持して生産管理システムを導入しました。各部門がバラバラに呼んでいた部品の名称を統一し、たくさんの部品を一つひとつ数え、タグをつけるなど、決して楽な作業ではありませんでしたが、やる気のあるメンバーがスピード感を持って進めてくれました。
2018年当時、当社ではまだ紙とエクセルが中心で、社員同士が「あうんの呼吸」で業務を遂行している状態でした。3年間で計21個のITツールとシステムを導入したことで、業務の効率化が格段に進みました。とりわけ良かったと感じているのは、全部署が何らかの形でITツールを導入したことにより、業務プロセスの全工程が進化したことです。
すごいスピード感ですね。社員のモチベーションも高かったのでしょうか。
そうですね。生産管理システムを導入するときも、メンバーは「大変だ」ではなく、「このシステムを入れた未来が楽しみだ」と思って進めてくれました。また、ITベンダーに頼るのではなく、自社主導で進めたこともよかったと思います。目的や要件などをある程度自社で決めてから、複数のベンダーに提案を依頼。自社の要望をすべて叶えられるシステムはないので、最も重要視する事項を整理し、「必要十分な機能とサポート」「検討期間の短さ」「データ活用の自由度」の観点から、導入するシステムを決定しました。
このころから、「生産管理システムを導入するなら、そのシステムと連携したオンライン発注システムや在庫管理システムを入れたい」といった、現場からの声も挙がるようになってきました。それまで発注はFAXや電話で対応していましたが、紙ベースの発注業務は手間がかかり、また発注内容の正確な伝達に課題がありました。システムを導入したことで、何百社という取引先との発注データをリアルタイムで共有できるようになり、月間で400時間程度の時間を削減することに成功しました。ちょうど新型コロナウイルスが流行していた時期で、取引先の理解が得やすかったことも助けになりましたね。
ベテラン社員に寄り添う姿勢
DXを浸透させる上で、気を付けた点について教えてください。
DXは個人最適・部分最適になってしまうと、なかなかうまくいきません。全体最適の視点でDXを推進するために、折に触れて「ビジョンに立ち返ること」を大事にしていました。「いま何のためにDXを進めているのか」については、経営陣が繰り返し発信していかなければならないと感じています。
スピード感も重要で、たとえば月1回開催されるDX推進委員会には役員も参加し、委員会で決まったことは役員会にかけずに承認する運用にしました。
若手とベテランのコミュニケーションも重要なポイントです。ベテランは、「システムの説明は1回だけ。あとはマニュアルを読んで」といったやり方だけでは、なかなか習得が難しい場合があります。そのため、若手社員がベテランにかなり優しく寄り添っていると感じますね。優しさがあるからこそ、ベテランも「わからないところは何度聞いても大丈夫だ」と考えるようになり、やる気になるのでしょう。
「ベテランだからITは苦手だ」といった先入観は、持つべきではないと思っています。実際、今ではベテランからの提案が増えています。先日も3Dスキャナー技術である「LiDARスキャン機能を活用して機械や現場の3Dスキャンを行い、現場管理や顧客への提案に活用したい」との要望があり、実際にやってみたところ、かなり好評でした。また、ベテランが築いてきた知識と経験を次世代に生かしていくためのデータベース拡充と活用を図る「ナレッジ活用推進委員会」でも、若手とベテランがチームを組んで推進してくれています。年齢は関係がないことを強く感じます。
社員にはどのような変化が見てとれますか。
2018年に1人しかいなかったデジタル人材は、2024年9月段階で18人にまで増えました。ITにまったく触れたことがなかった女性社員がRPAを使いこなせるようになったり、プログラミングにまったく縁がなかった中堅社員がプログラミング言語であるPythonをイチから覚えて杜氏をサポートするAI技術を開発したりと、多様な形で成長しています。
DXを実践していろいろなことができるようになってくると、社員も手応えを感じ、自信が湧いてきます。すると、上から何も言わなくても「自分たちでもっとDXを推進していきたい」と思うようになる。必要なスキルを自ら学び、資格取得に挑戦する風土が生まれるのです。そんな社員を見たほかの社員も啓発されて挑戦するようになり、さらにデジタル人材が増えていく。いまの当社では、このような好循環が生まれていると感じています 。
ビジョン策定前と比べて、明らかに社員の勉強への意欲が増しました。会社としてもその意欲を応援すべく、資格報奨金制度や社会人ドクター取得支援、ものづくり塾など、多様な支援策を用意しています。DXの施策に関しては、現在ではほぼすべてがボトムアップから生まれていることがうれしいですね。
DXありきではなく、まず目的の明確化を
一人ひとりのやる気を高めていくために注力していることはありますか。
現在当社では、人的資本経営を推進しています。そのキーファクターとなるのは、「経営への“共感”の醸成」「“内発的動機”の最大化」「“多様性”を活かした組織力」。社員のやる気を引き出すためには、内発的動機を高めることが重要です。
ビジョンを策定した後に「人財育成委員会」も立ち上げました。「ビジョンが他人事になっている社員に、どうすれば共感してもらえるのか」を、さまざまな角度から考えています。たとえば、開発ビジョン2050から逆算した「各部門のあるべき姿」を整理して、各部門のミッションを設定。設計部門では「喜びと感動の価値をデザインする」ことがあるべき姿で、そのために「社内の技術力が最大限発揮されるよう最適設計を行う」「ビジョンに沿った新たな技術や考え方を導入する」ことが必要だと定めています。
その上で一人ひとりが、5年ごとに策定する中期計画に合わせた「個人別5ヵ年ビジョン」を設定しています。5年後の自分が担うべき役割とそこに至るまでの成長計画を「will」「can」「must」にわけて考える、というものです。このビジョンは個人とその上長が共有し、ビジョンに沿って資格取得や実務経験の蓄積を進めていきます。こうすることで、会社のビジョンと個人のキャリアがつながるようになるのです。
個人が担うべき役割は、人によって大きく異なります。それぞれが自分の内発的動機に基づいて仕事に打ち込み、その結果が人に評価されることで、すごい力を発揮してくれるようになる。組織としては、一人ひとりがその特性に応じた専門性を持つスペシャリスト集団になることを目指しています。
DXの推進によって社内は大きく変わりましたが、同時に人を大切にする人的資本経経営を進めることで、離職率が高まることはありませんでした。直近5年間の全体の離職率は約2%と、業界でも低い水準にあります。
中小企業のDXの必要性についてはどのようにお考えでしょうか。DXに悩む企業へのアドバイスもお願いします。
DXは大企業よりも中小企業のほうが進めやすいと思います。一人ひとりの顔を見て話すことができるし、規模が小さいので意思決定も早い。結果として、高い効果を実感できます。
社会全般の課題ではありますが、中小企業ほど人手不足に悩まされ、生産性の向上が喫緊の課題となっています。イノベーションを生み出し、創造的な業務に注力できる環境をつくるためには、DXが欠かせません。そのための費用はコストではなく、投資と捉えるべきでしょう。
「何から始めればいいのかわからない」と悩んでいる企業は、まず自分たちの強みを突き詰め、その強みを生かして「会社を今後どのように発展させていきたいのか」を考えることが必要だと思います。理想と現実のギャップがわかると、デジタル化において必要な方向性が見えてくるはずです。
重要なのは、経営トップがしっかりとビジョンを示すこと。ビジョンに共感した現場から出てくる提案が的外れであることは、あまり経験がありません。経営者には大局的な目線で社員の提案を評価し、それを実現できるための環境を整えることが求められます。中小企業だからこそ、想いを持つ社員の背中をそっと押すことも、一体感を持って取り組むこともできるはずです。
最後に、開発ビジョン2050の実現に向けた今後の展開について、ぜひ教えてください。
DXの取り組みを進める中で、私たちは自分たちの考えるDXを再定義しました。「デジタル技術を活用して、社員のマインドセットを未来志向に進化させ、企業の持続的な発展を目指す取り組み」です。業務効率化やコスト削減がゴールではありません。DXを進めるために重要なことは、デジタル技術を活用した先の姿を明確にし、社内に「共感」してもらえるまで継続して対話し続けることです。
私たちはスピード感を持ってDXを進めてきましたが、今はようやく折り返し地点に来たところ。可視化して活用できるデータ、効率化できるプロセスはたくさん残されています。DXは一過性のものではなく、ずっと継続していかなくてはいけない取り組みです。
私たちが目指す開発ビジョン2050は、とても私たちだけで達成できるものではありません。DXを推進し、あらゆるパートナーと協力しながら、心豊かな循環型社会に貢献していきたいですね。
(取材:2025年1月10日)