人材採用・育成、組織開発のナレッジコミュニティ『日本の人事部』が運営する、HRテクノロジー(HR Tech、HRテック)総合情報サイト

日本の人事部 HRテクノロジー ロゴ

トレンド企業の取り組み2024/07/09

「デジタルスキル標準」を活用して汎用性の高いスキル習得を目指す
イオンのデジタル人材育成プログラム

イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー 青野 真也さん

DX人材DXデジタルスキル標準DX人材育成

イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー 青野 真也さん

デジタル人材の開発は、現代のビジネス環境において、企業の競争力を左右する重要な要素です。しかし、育成方針の策定やプログラムの開発などにおいて戦略的に取り組むことは難しいという声を耳にします。イオングループでは、自社で定義したデジタル人材の区分に加えて、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がとりまとめた「デジタルスキル標準(DSS)」を活用することで、体系的な人材育成に取り組んでいます。同社が掲げるデジタル人材の育成方針やDSSを活用した理由、具体的なプログラム詳細などについて、人材育成部 デジタル人材開発グループリーダーの青野 真也さんにお話をうかがいました。

プロフィール
青野 真也さん
青野 真也さん
イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー

あおの・しんや/新卒でイオングループ ミニストップへ入社。2011年に「グループ公募制度」でデジタル事業に出向し、2022年よりイオン株式会社へ異動。デジタル部門と人事部門と密に連携し、グループ戦略を遂行するために必要なデジタル人材の育成、長期的に活躍できる体制を創出するための施策を実行している。

中期経営計画の重点項目「デジタル」の推進を目指し、
自社に必要なデジタル人材を定義

貴社では2022年にデジタル人材開発グループが発足し、デジタル人材の育成と活用を推進されています。そこに至るまでの経緯を教えてください。

イオングループにおける2021年から25年までの中期経営計画では「5つの変革」と題して重点項目を定めており、その一つ目として掲げているのが「デジタル」です。少子高齢化に伴う働き手の減少や、社会全体のデジタルシフトといった環境変化に対応しながら、お客さまのニーズに応えていくためにDX推進が求められている、という理由があります。

DX推進をリードするデジタル人材を、イオングループ全体で増やしていくための戦略の一つが社内での人材育成です。実はデジタル人材の育成カリキュラムは、2015年から存在していました。当社ではイオンビジネスクール(以下、ABS)という教育プログラムがあり、そのうちの一つのコースとしてデジタルコースがあったのです。

以前は、グループ内のデジタルに対する意識がそれほど高くありませんでした。DXが大事だと認識していても、あまり自分ごととして捉えていない社員が多かったと思います。転機になったのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行でした。店舗の営業に制限がかかる一方で、Eコマースやネットスーパーなどの業態が広がり、仕事ではオンライン会議が当たり前になりました。多くの社員がデジタル化を身近に感じ、必要性も理解されて、従来のデジタル人材の育成カリキュラムを見直そうという流れになり、2022年から本格的に再考することになりました。

カリキュラムの見直しは、具体的にはどのように進めたのでしょうか。

チームが発足してまず行ったことは、デジタル人材を再定義することです。イオングループにおけるデジタル人材を「IT・デジタルを活用して自社や顧客に価値提供できる人材」としました。Eコマース事業の領域はもちろん、ビジネスにおけるデータの活用、リアル店舗の運営効率化、バックオフィスの生産性向上など、デジタル活用が求められる領域は多岐にわたります。

さらに、イオングループで求められるデジタル人材をより具体化するため、六つの職種と三つのレベルを定義しました。職種は「プロダクトマネージャー」「デジタルマーケティング」「データサイエンティスト」「社内SE」「UI/UXデザイナー」「エンジニア/プログラマー」の六つで、それぞれの職種に対し3段階のレベル「ジュニア」「ミドル」「ハイ」に分け、合計で18の区分を設けました。

イオングループ「6職種」×「3レベル」の人材定義

提供:イオン株式会社

この定義に基づいて、イオングループ各社で戦略に沿った人材ポートフォリオの策定を目指しました。18区分の中に既存の社員を配置し、必要な人材を把握することで、どの職種でどのレベルの人材が足りないのかが可視化されます。それに合わせて「まずはハイのデジタルマーケティング人材を採用する必要がある」「何年後かにはUI/UXデザイナーのミドルをこれだけ育てたい」など、具体的に人員計画が立てられるようになりました。

イオングループはコングロマリットなので、規模が大きく事業も幅広いため、職種の定義をどのようにするかは非常に悩みましたが、グループ各社と議論をしながら決めていきました。デジタル人材と一口に言っても、イメージする職種は人によって大きく異なります。ひたすらプログラミングをするイメージを持つ人もいれば、プロジェクトマネージャーのような職種を含める人もいますので、認識のズレを合わせるためにも言語化できたことは非常に大きな成果でした。

もちろんすべて自社で育成・採用するのではなく、外部ベンダーや業務委託の活用など、いろいろなパターンがあると思います。しかし採用をするのか育成をするのか、それとも外部の力を借りるのかという意思決定をする際に、人事部門と事業部門が共通の目線で話せる指標があることは非常に重要です。

例えば、「ミドルのデータサイエンティストが必要だが、ゼロから育成すると3年はかかる」という場合に、目の前の課題解決のためにいったんハイクラスのメンバーを業務委託で入れつつ、既存の社員をABSのデジタルコースに派遣して3年後までの育成を目指す、といったロードマップを作成できます。

イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー 青野 真也さん

「デジタルスキル標準」を参考に既存のカリキュラムをアップデート
汎用性の高いスキル習得が可能に

育成プログラムも、6職種×「3レベル」の人材定義に基づいて作成されたのですか。

はい。従来のABSデジタルコースのカリキュラムをアップデートする形で、6職種×「3レベル」のクラスを作りました。まずはリニューアルの初年度となった2023年度にはそれぞれの職種のジュニアクラスを設けて、2024年度からはミドルとハイのクラスを開講しています。

6職種のカリキュラムを作成している途中で、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がとりまとめたデジタル人材育成に必要な素養やスキルの指標、「デジタルスキル標準(以下、DSS)」を知りました。

DSSの二つの指標のうち、「DX推進スキル標準」ではDXを推進する五つの人材類型が定義されています。「ビジネスアーキテクト」「デザイナー」「データサイエンティスト」「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」の五つのカテゴリごとにさらに職種を細分化したロールや求められるスキルが整理されており、これを企業ごとのニーズや状況に合わせてカスタマイズする形で活用ができるものなのですが、具体的な育成カリキュラムを考えていくにあたって非常に参考になりました。

DSSに準拠した理由の一つは、汎用性の高さです。現場からはすぐに実務で生かせるスキルを求められがちですが、それに合わせるとどうしても特定の事業の内容に偏ってしまいます。イオングループには小売りだけでなくデベロッパーや金融を含めたさまざまな事業があり、その中にはEコマース事業をやっていない会社もあります。そうした会社ではEコマースの現場で必要なスキルが、実務で生かしづらいという課題がありました。DSSで定められているスキルは特定の事業に寄ったものではなく、汎用性が高い点が大きいメリットだと感じたため、DSSを基に育成カリキュラムを再構築していくことにしました。

汎用性が高いスキルセットであることが、貴社の状況にマッチしていたんですね。

イオングループの事業領域がもっと特定分野に集中していれば、汎用性をそこまで高める必要はなかったかもしれません。例えば小売業だけをやっている会社であれば、「小売業におけるデータサイエンティスト」など、もっと事業に直結するスキルを習得できるカリキュラムを作っていたでしょう。

実際に各社からは、自社の業務に近い内容でカリキュラムを組んでほしいという要望をもらうのですが、それらにすべて応えることは不可能です。また、一つの現場でしか活用できないスキルではなく汎用的なスキルを習得することで、グループ内で人材の流動化を促進したいという狙いもありました。そのため、基本的にはDSSに準拠してカリキュラム設計をし、そこにイオングループ全体の戦略など、独自の要素を含めて構成していきました。汎用性の高い内容にしたため、本当に現場で役立つものなのかを説明する必要がありましたが、その際に明確な根拠としてDSSを示せたのも良かったですね。

社員個人にとっても、国として示している基準であることは納得感が高いのではと思います。まずはこれを身につけておけばいいという指標があることで、安心してスキル習得に取り組めます。実際に受講した社員からは、「世の中で求められている能力やレベルを知ることができた」「整理された基準に沿って自分の能力が開発できていると感じる」「学んだことを俯瞰(ふかん)できて、自信につながっている」などの声が上がっています。

人材の流動性という話が出ましたが、事業をまたいだ人材の異動などがあるのでしょうか。

その可能性は大いにあります。私自身、もともとコンビニエンス事業の会社にプロパーで入社し、グループ内公募制度を利用してデジタル事業に異動し、今はホールディングスの人材育成部にいます。私のように、全く違う領域に異動することもあり得ます。

イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー 青野 真也さん

領域や事業をまたいだ異動をした際は、一つの事業に特化したスキルだけでは不十分です。むしろ基盤となる業務知識やマインドセットを身につけておいた方が応用が利きやすい。DSSはそういった基本の部分が充実しているので、当社の状況にマッチしていました。

他のグループ会社の人と話すこともありますが、以前は各社の目線が異なっていて話がしづらいと感じることが多かったんです。同じ講座を受けたメンバーがグループ内で流動していくことで、同じ目線で会話ができるようになっていくことは意義の大きいことだと思います。

「自分のキャリアは自分で切り開く」カルチャー
未経験からでもデジタル専門人材を目指せる

カリキュラムの内容についてうかがいます。ジュニアクラスはその分野の業務が全くの未経験の人でも受講ができるのでしょうか。

ジュニアクラスは、すでにジュニアレベルの人向けのものではなく、受講したらジュニアレベルになれるというコース設計です。ですから、ジュニアクラスの受講生は基本的にはゼロからのスタートを想定しています。受講生の中には、普段は店舗で食材の調理をしている社員がいます。

ジュニアをクリアしたら次にミドルに進む形でステップアップしてもらうことを想定しています。ただし基本的にABSではどの講座でも、連続受講を認めていません。学んだことを実践に生かすプロセスを重視しており、受講した次年度は実務に集中して取り組んでもらうことにしています。そのため、ジュニアクラスからスタートした人がすべてのカリキュラムを終えてハイクラスの人材になるには、最短でも5年はかかる見込みです。

受講者はどのように決めているのでしょうか。

会社によっては指名をしているところもありますが、基本的には手挙げ式です。もともとイオングループには、「自分のキャリアは自分で切り開く」という社員の姿勢を大切にするカルチャーがあり、ABSは伝統的に立候補制です。興味のある領域についてABSで学び、得たスキルを生かして希望部署への異動をかなえる人もいます。

ただ、冒頭でお話ししたように人材ポートフォリオにおけるマッピングの中で、例えば「UI/UXデザイナーのジュニアを何人育成したい」というような、各社の人材方針があります。そのため、募集枠自体は会社ごとに決めています。会社によっては、6職種すべてを募集していないところもあります。

私個人の意見としては、少なくともジュニアレベルのスキルは、その職種に就くか就かないは別として、誰でも持っておいて損はないと思っています。例えば人事職の社員にも、デジタルスキルや知見は必要です。昨年は子会社の人事部員が、データサイエンティストの講座を受講しました。他にも経営企画や総務などのバックオフィスの部門で、数名の受講者がいます。そうした事例を各社に紹介することで、グループ全体で社員の積極的なチャレンジを後押ししてほしいと伝えています。

イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー 青野 真也さん

講座の実施形態や実施頻度はいかがでしょうか。

基本的にはオンラインで実施しています。リアルの場で集まる機会が全くないわけではありませんが、オンライン講座であれば時短勤務中の方など、働く時間に制約のある社員が受講しやすい。講座が終了する時間も、育児で時短勤務をしている社員が、保育園のお迎えに対応できるように設定しています。

デジタルに限らず専門人材に言えることですが、専門スキルを身につけるほど働き方が自由になります。いわゆるマミートラックに陥ることなく、キャリアを積んでいくことも実現しやすいと考えています。

ジュニアクラスでは4ヵ月間を開講期間とし、10日間の講座が設けられています。受講のチャンスを広げるために、ニーズが多いクラスは上期・下期に分けて年に2回開催。ミドルとハイのクラスは通年のカリキュラムで実施しています。

講座の最終回は、上期・下期合わせて全員で集まります。ABSでは同期のつながりを重視する文化があるので、デジタルコースに関しても「2024年 同期生」というくくりで受講生に一体感が出るような演出を工夫しています。

私にも、過去にABSを受講したときの同期がいます。入社の年次はそれぞれ全く異なるのですが、今でも気軽にコミュニケーションをとれる仲です。その中の一人はグループ会社の経営幹部になっているのですが、ABSの同期という関係性が仕事の場で役立ったこともありました。デジタル人材でも、こうした横のつながりを作っていきたいと思っています。

デジタルコースは、これまでに何人くらいの方が受講されたのでしょうか。

昨年は1年間で300名超が受講しました。デジタルコース自体は2015年から実施しているので、多くの卒業生が各社にいることになります。いずれ各社の主要なミーティングの場では必ずデジタルコース卒業生がいる状態になることで、よりDX推進が加速していくことを期待しています。イオングループ全体の目標としては「2025年までにデジタル人材を2000人」と定めていますので、達成に向けて取り組んでいきます。

課題はグループのデジタルリテラシー向上

デジタル人材育成に関して、今後取り組みたい課題はありますか。

専門性を身につけるためのカリキュラムを作ることはできたので、これを随時アップデートしながら専門人材の育成に取り組んでいきます。それとは別に、グループ社員全体のデジタルリテラシーの向上にも取り組んでいく必要があると感じています。

今の10代、20代はデジタルネイティブ世代なので、若手層やこれから新卒入社する世代は、リテラシーについてはあまり心配していません。むしろ40代、50代の方々のデジタルリテラシーを引き上げるのが課題です。学びたい社員には、わかりやすい基準としてITパスポート資格を提案し、自主的な学習を支援しています。

リテラシーは会社からプログラムを提供して学ばせるというより、「今後はこれが世の中の標準になっていくんだ」という実態を説いていくことで社員の意識を高める方が効果的だと考えています。例えば、すでに高校では情報が必修科目となっており、2025年度の大学入学共通テストの科目に「情報I」が追加されます。今後はそうした基礎知識をすでに持った人材が入社するのです。

デジタルコースの講座でこの話をするのですが、「お子さんがいる方は、お子さんの『情報』の教科書を見てみてください」と言うと、はっとする社員が多いですね。ニュースなどで見て認知はしていても実感が得られていない社員が多いので、いかに実感を持ってもらうかが重要だと考えています。今後は専門人材の育成に取り組みつつ、グループ全体のリテラシーの底上げにつながるような啓発活動にも取り組んでいきたいですね。

イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループ リーダー 青野 真也さん

(取材:2024年6月7日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


DX人材DXデジタルスキル標準DX人材育成

あわせて読みたい