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トレンド企業の取り組み2024/03/28

データドリブンな企業文化を醸成し、社内外に発信
塩野義製薬が取り組む
「データサイエンス人材」の育成戦略

塩野義製薬株式会社 DX推進本部 データサイエンス部 部長 北西由武さん

データサイエンスデータエンジニアリングデータドリブンデータサイエンティスト人材育成

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データドリブンな企業文化を醸成し、社内外に発信 塩野義製薬が取り組む「データサイエンス人材」の育成戦略

ビジネス環境の変化が激しい現在、あらゆる業種でデータの解析・活用を通じた業務変革が必須となりつつあります。一方で、データサイエンス人材の採用・育成に悩む企業は少なくありません。そこで参考にしたいのが、塩野義製薬の取り組みです。同社は2021年に「データサイエンス部」を立ち上げ、組織全体のデータ活用ビジョンを策定。プロフェッショナル人材を育成するための研修や、社内のデータ活用リテラシーを高めるプログラムなどの多くを内製しています。企業内で活躍するデータサイエンス人材を採用・育成し、実際の業務でデータ活用を進めていくためには何が必要なのでしょうか。その実践知を聞きました。

Profile
北西 由武さん
北西 由武さん
塩野義製薬株式会社 DX推進本部 データサイエンス部長

きたにし・よしたけ/大学院時代に化学領域への機械学習適用を研究し、卒業後はデータ解析・臨床統計の分野で高い評価を受けていた塩野義製薬に入社。解析センターに所属し、臨床統計をはじめ統計解析プログラミングや統計解析システム構築、リアルワールドデータ解析、ビッグデータ解析などに従事する。2020年4月よりデータサイエンス室長、2021年7月より現職。博士(理学)。

「データサイエンス」と「データエンジニアリング」
2ユニット体制で質の高いデータ活用を実現

塩野義製薬では2021年にDX推進本部を新設し、日本企業ではまだ珍しい「データサイエンス部」を設置しました。その狙いをお聞かせください。

当社は現在、HaaS(ヘルスケア・アズ・ア・サービス)企業としての新たな方向性を示して取り組みを進めています。製薬・ヘルスケア業界では元来サイエンスを重視しており、今後もデータに基づいてファクトベースでロジカルに意思決定をしていくための体制強化が必須です。そのため、データ活用の専門組織であるデータサイエンス部を設置しました。

製薬会社にはもともと、臨床試験において薬の有効性、安全性を適切かつ効率的に評価するための試験デザインや統計解析法を検討する「臨床統計」という業務があります。薬の効果や安全性を確認するためにデータを重視することは、製薬業界では以前から常識だったのです。そこからさらに視野を広げ、2010年頃から他のファンクションでもデータ活用を重視してきました。

具体的には、疾患の啓発・予防・診断・治療・予後および健康の維持・増進といった当社のさまざまな取り組みにおいて、高度解析技術を駆使したデータに基づく戦略立案と推進を行っています。また、製品の研究・開発から市販後までの幅広いステージを統計およびデータサイエンスの側面から支援し、科学的根拠に基づく経営判断に貢献しています。

また、データサイエンス部には解析業務やアルゴリズム開発を担うデータサイエンスの機能に加えて、データエンジニアリングの機能も持たせました。コンプライアンスを遵守しながらデータを取得し、蓄積することで、質の高いデータ活用を実現しています。

DX推進本部としては、データサイエンス部のほかにIT&デジタルソリューション部も設置されていると伺いました。それぞれの役割をお聞かせください。

データサイエンス部のミッションは、社内外の有用かつ多様なデータを集積・活用する基盤を構築し、高度データ活用技術を通じてヘルスケアソリューション創出と業務プロセス変革に貢献すること、そして、科学的根拠に基づく経営判断にデータサイエンスの側面から貢献することです。

一方のIT&デジタルソリューション部は、セキュリティやシステム、インフラ構築を担っています。安全かつ安定的にITを活用できる環境を提供し、デジタル技術を各組織に浸透させて、従業員がより生産性高く活躍できる組織へ変革していくことを目的としています。

また、両部門がタッグを組み、従業員のデータリテラシー向上を目指して人材育成施策を推進していくことも重要な役割です。一見すると「攻め」と「守り」の相反するミッションを持つので、組織間連携がうまくいかないのではないかと思われるかもしれません。当社ではDX推進本部内に並列・対等な部署として設置されているので、システム構築の上流部分でもスムーズに、さまざまな議論を交わしています。

以前から事業においてデータ活用が進んでいた中で、なぜ新たに専門部署を設ける必要があったのでしょうか。

塩野義製薬がデータ活用の全体設計として描いている「Central Data Management構想」に基づき、データを専門部署として管理・蓄積していく必要があったからです。

Central Data Management

データサイエンティストは「データさえあればうまく分析・活用できる」存在だと思われがちですが、どんなデータでもいいというわけではありません。取得段階から高品質なデータを集め、タイムリーに蓄積していくことがデータ活用の基盤なのです。そこで現在は「データサイエンスユニット」と「データエンジニアリングユニット」の2ユニット体制を取り、後者ではデータ管理体制の確立や、課題解決に資する品質でのデータ収集・蓄積を進めています。

この構想にはもう一つポイントがあります。データ解析をしていると「そういえば昔、別の誰かがこのテーマで解析をしていたな」と思い出すことがあるのですが、データ活用組織として解析業務のマネジメントができていないと、このように点と点がつながりません。どんな目的や経緯でデータが取られ、その結果がどのような意思決定につながったかまでを記録に残していくことで、組織のデータ活用に連続性を持たせることができるのです。データサイエンティストやデータエンジニアは個人商店になりがちな職種でもあるので、コンセプトを持って組織設計を形にしていくことは重要だと考えています。

求めるのは「論理的思考力」と「コミュニケーション力」
多様な強みを持つ人材が集まる組織へ

データサイエンス部では、具体的にどのような業務を行っているのでしょうか。

塩野義製薬には、研究や開発、生産、流通、管理部門などのバリューチェーンを通じて多種多様なデータが蓄積されています。それらを整備し、高品質かつタイムリーにデータを可視化することで、各組織へデータに基づく知見を提供しています。

以前は、各部門の部分最適でデータ活用が運用されていた面もありました。データサイエンスユニットは、組織全体に横串を刺して全体最適にしていく役割も担っています。経営状態や営業実績をリアルタイムで可視化して予測シミュレーションを立てたり、研究業務の中で、目視で行っていた作業を画像解析・動画解析技術でサポートしたりするといった取り組みです。

データエンジニアリングユニットでは、データの取得・蓄積そのものを支えています。社内にどんなデータがあるのかを確認して収集し、マスターデータやメタデータを整備。その前提となるデータベースの設計も担っています。社内にあるすべてのデータを残すのではなく、何が本当に重要なのかを見極めるプロセスも重要。データは「生もの」であり、新鮮なうちに解析しなければ意味をなさないからです。精査した結果、捨てると決断することもあります。現在は領域を横断する解析用データウェアハウスの整備にも注力しているところです。

データサイエンス部の業務に求められるスキルや資質についてお聞かせください。

数理や統計学、プログラミングの知識・スキルに加えて、論理的思考力が重要だと考えています。前述の通り、私たちにはサイエンスをデータで語ることが求められているからです。そのためデータサイエンス部では、論理的思考力を鍛えるために論文を書いたり、学会で発表したりすることを推奨しています。

また、業務部門と対話し、現場の課題をつかむインタビューやヒアリングを進めていくためのコミュニケーション力も重要なスキルです。データサイエンティストの独り相撲になってしまうと、アウトプットがミスマッチになったり、そもそも何の役に立つのか分からない活動になったりすることもあるからです。

とはいえ、全員が論理的思考力とコミュニケーション力を高いレベルで兼ね備えることは難しい。それぞれの強みを生かしてペアを組むなど、配置や業務配分も重要だと考えています。

論理的思考力やコミュニケーション力を持つ人材を、どのように採用しているのでしょうか。

新卒採用では、技術や知識よりも、仮説検証サイクルを回すサイエンスのセンスがある人、論理展開力がある人、コミュニケーション力がある人、自身の研究や専門の勉強に打ち込んでいる人に魅力を感じますね。

データサイエンス部というと情報や数学、統計のような専門分野を専攻している学生ばかりを採用しているように思われがちですが、バックグラウンドは意外と多彩です。製薬企業だからと言って、薬学出身者ばかりを採用しているわけではありません。

キャリア採用ではこうした要素に加え、データサイエンスやデータエンジニアリングに関する尖った技術や強みを持つ人を探しています。同業からの転職もありますが、多くは異業種からの転職です。特に画像解析や自然言語処理、IoTデータなど、従来の製薬業界ではあまりなじみのなかった技術に強みを持つ人を積極的に採用しています。多様なバックグラウンドと強みを持つ人材が集まり、現在では約50名の組織となりました。

ただ、塩野義製薬のデータサイエンス部は、異業種と比較すると認知度がまだまだだと思っています。学生や異業種のビジネスパーソンに、もっとデータサイエンス部を知ってもらうことが課題です。そこで採用担当とともに作戦を練り、就職説明会や採用サイト、学会発表、外部講演などでの発信を強化しています。最近では2年連続でオンラインセミナー「SHIONOGI DATA SCIENCE FES」を開催しました。今後も塩野義製薬とデータサイエンス部のファンを増やす取り組みに注力していきたいと考えています。

研修や教材開発はすべて内製
「データドリブンで成長する企業文化の醸成」を目指して

社内での人材育成方法についてお聞かせください。

育成の前提として、職務内容とそれに必要なスキルを定義し、習得状態を客観的に評価しています。独自開発した「T-map」というタレントマネジメントシステムを用い、メンバーそれぞれのスキルや技術、業務経験を可視化。個人はもとより組織全体に不足しているスキルを特定し、何を強化すべきかを明らかにして育成計画を立てています。 

その上でデータサイエンス部内では、尖った専門性を持つプロフェッショナルの育成に向けた研修を進めています。日々のOJTに加え、私が主催する「データサイエンスゼミ」を隔週で開催。大学のゼミのようにそれぞれが研究テーマを決め、ディスカッションを通じて知見を深めており、学会発表につながることもあります。業務ベースの取り組みだけではサイエンス力が上がりにくいケースもあるため、アカデミアでのアウトプットに挑むことが重要なのです。他にもプログラミングや各種ツールの勉強会、事例紹介などを随時行っています。

これらの研修プログラムはすべて内製しているのでしょうか。

はい。自分たちで研修プログラムを構築することによって、体系的に考え方や知識が整理され、網羅的に理解できるようになります。「教えることは教わること」。研修プログラムを内製することがメンバーのさらなる成長につながると考えています。

現時点ではプロフェッショナル人材の育成に一定の手応えも持っています。ただ、データサイエンスは経験がものを言う部分もあるのが事実です。データによっては教科書通りに解析や活用が進まないこともあります。今後は特殊な状況に臨機応変に対応する場面を若手が経験できるようにし、場数を踏めるようにしたいですね。

データサイエンスやデータエンジニアリングは、企業での取り組みの歴史が浅いこともあり、他社ではデータ人材のキャリア設計に悩むケースも見受けられます。

当社では「未来予想図」という形で将来のキャリアパスを描く制度があり、個人のキャリアビジョンも育成計画に反映しています。「他社に負けないデータサイエンティストになる」「世間へインパクトを与える」「○○の技術を強化したい」「博士号を取りたい」「マネジメントラインを目指す」など、それぞれのビジョンはさまざま。目指すべきロールモデルが明確になるよう、組織としてはシニア層にも厚みを持たせていきたいと思っています。

データサイエンス部内での人材育成に加え、他部門の組織長や部門・グループ長などのマネジメント層に向けた研修プログラムも開発・実施していると伺いました。

全体最適を図っていけば、各部門でハレーションが生じることもあります。そのためマネジメント層へも研修プログラムを提供し、現場でのデータ活用意識を高められるように取り組んでいます。

具体的な研修は、社内外にどのようなデータがあるかを知り、それらを自組織でどう活用できそうかを考える内容としています。組織長向けの「データ活用マネジメント講義」、部門・グループ長向けの「データ活用マネジメントワークショップ」などを開催。人・モノ・カネのリアルなデータを使って施策を検討し、マネジメントの高度化につなげてもらいたいと考えているところです。

研修だけではスピード感が不足する懸念もあるため、動画やeラーニングのコンテンツも少しずつ増やしています。社内向け教育書籍として『SHIONOGI Data Science Book』を取りまとめ、従業員がダウンロードしてデータ活用の考え方や基礎的な方法論を自己学習できるようにしました。まだ試行錯誤の段階ですが、研修後のマネジメント層からの問い合わせも増えており、徐々に浸透しつつあると感じています。

今後はマネジメント層だけでなく、全従業員に一定のリテラシーを持ってもらえるよう、取り組みを加速させたいと思っています。真に目指しているのは、表面的なスキルや技術を広めることではなく、データドリブンで成長する企業文化を醸成すること。一人ひとりが自分ごととしてデータ活用に取り組み、成果を上げられるよう、全従業員に向けた研修と対話を強化していきます。

構想データドリブン人材強化の全体イメージ

日本企業では、データサイエンティストやデータエンジニアの採用・育成に苦戦しているところも少なくありません。そうした企業に向けて、アドバイスやメッセージをいただけますか。

デジタル化が進み、世の中にさまざまなデータがあふれる時代となりました。データサイエンスは今や、すべてのビジネスパーソンに必要な基礎スキルとなりつつあるのではないでしょうか。

データ活用を積極的に学び、実践する組織を作っていくためには、まずデータ活用を楽しみながら業務に取り組む従業員を探すことをおすすめします。そうした人材をキーパーソンとして、参加者が互いにスキルを高め合えるコミュニティやチームを作るとよいと思います。最初はバーチャル組織や、サークルのような活動でもいいでしょう。組織化すれば人の意識は変わります。データ活用業務のやりがいや楽しさを社外にも伝えていけば、採用活動にも好影響をもたらしてくれるはずです。

先ほども申し上げたように、データサイエンス業務は教科書通りの解析では太刀打ちできないことも珍しくありません。場数を踏むことが重要なのですが、新しい職種ということもあって、当社では若手が中心となっています。データサイエンスに興味を持つ若手人材の可能性を、どのように開花させていくのかは、今後の大きなテーマとなるでしょう。

私たちも、現在取り組んでいる業務部門へのデータ活用支援などを主ミッションとしつつ、研究組織としての一面でも技術や知識を磨き、アルゴリズムやシステムの研究開発などへチャレンジの機会を広げていきたいと考えています。

(取材:2024年2月22日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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