「人」を第一にした経営への転換で最高益を更新
良品計画における人的資本経営のターニングポイントとは
株式会社良品計画 人事部/人財開発部管掌 執行役員
辻 祥雅さん

人的資本経営は文字通り、人を資本と考える経営のことを指しますが、実践できている企業はまだ多くはないのが実状です。そこで注目されるのが、株式会社良品計画の取り組みです。2021年に掲げた“第二創業”を機に経営の大転換を行った同社は、全国の出店を加速すると共に、人財育成やキャリア支援、報酬制度の抜本的改革を推進。その結果、2024年度には過去最高益を達成しました。人的資本経営のターニングポイントや社員の変化について、人事部/人財開発部を管掌する辻 祥雅さんにうかがいました。

- 辻 祥雅さん
- 株式会社良品計画 人事部/人財開発部管掌 執行役員
つじ・よしまさ/外資系企業における人事業務経験(17年)を経て、国内企業における人事管掌役員経験(4年)、2022年より良品計画 人事管掌役員、現在に至る。
経営戦略に人事戦略が追いつかず、大きなひずみが生まれた
良品計画における「人的資本経営」は、どのような理念・考え方に基づいているのでしょうか。
当社は2021年9月に「第二創業」を掲げ、新しい中期経営戦略と新たな企業理念、二つの使命を打ち出しました。
企業理念
「人と自然とモノの望ましい閉係と心豊かな人間社会」を考えた商品、サービス、店舗、活動を通じて「感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献する。
二つの使命
- 日常生活の基本商品群を誡実な品質と倫理的な視点から開発し、使うことで社会を良くする商品を、手に取りやすい価格で提供する。
- 店舗は各地域のコミュニティセンターとしての役割を持ち、地域の皆様と課題や価値観を共有し、ともに地域課題に取り組み、地域への良いインパクトを実現する。
ただし、その時点では経営戦略が先行し、人的資本経営については手つかずの状態でした。この後、人的資本に関する施策を本格的に検討しはじめたタイミングで、私は良品計画に入社しました。
入社後に驚いたのは、加速する成長スピードです。2022年度より出店を加速し、毎年70店舗ほどの新規出店を行っています。また、多くの新商品開発も進めてきました。
これまで無印良品は都市圏を中心に出店してきましたが、使命にもあるように店舗がコミュニティセンターとしての役割を持ち、地域の皆さまの生活を支援していきたいと考え、地方都市に大規模な店舗を出店しています。
地方の店舗は都市圏の店舗とどのように違うのでしょうか。
地方の大型の店舗は、地域のコミュニティセンターとしてさまざまな活動ができるスペースを含んでいます。例えば、地方自治体と連携して無印良品の中に図書館の分館が設置されている店舗や、子供の遊び場がある店舗もあります。さらに、地域の防災拠点や災害時の支援拠点としての設備を備え、地域インフラの一部として期待されている店舗もあります。そのほかにも、地域のさまざまな事業者とお客さまをつなげる場所として、無印良品の店舗が活用されています。
都市部の店舗とは役割が大きく違うのですね。
そうですね。この加速する出店戦略に際しては、従来よりも早く、且つ多くのマネジャーや店長を育成する必要があります。また新製品の開発スピードが速まる中、製品の質を高め、コストを抑えるために内製化を進め、SCM(サプライチェーンマネジメント)システムのリニューアルなども行ってきました。そのために、2022年より新卒採用の拡大、また商品開発、生産、物流、管理系のプロフェッショナルの採用を加速しました。
しかし、2022年にエンゲージメントサーベイを行ったところ、多くの課題が明らかになりました。経営戦略が先行して人事戦略が追いついていなかったため、社員から多くの不安や不満の声があがったのです。
具体的には、出店数が急増して短期間で転勤する店長が増える中、配属店舗によって業績に大きな差が出ていました。当時は業績に連動した報酬制度だったので、業績を短期的に上げるのが難しい店舗に配属されると、店長の報酬が下振れしていました。店長には新たな環境で積極的にチャレンジしてほしいのに、本人の努力とは別の要因で年収が下がることもあり、モチベーションが低下する店長が増えていたのです。成果を出す努力をしているのに報われない、という状況でした。
しかし、このままでは第二創業の経営戦略が進みません。経営のプライオリティーについて、経営層で幾度も議論を重ねました。その結果、経営のプライオリティーを大きく変えることにしました。「人が一番、ビジネスが二番」というものです。短期的な業績よりも、社員が安心して挑戦し、成長できる環境を整えることを最優先に考えることにしたのです。人を大事にすれば優秀な人が集まり、さらに育成することで強くなっていく。そういう人たちが自律的に動けば、結果として業績はついてきます。そして、人が強くなった結果としてあがった業績は一時的ではなく継続的なものとなっていくと考えたのです。
経営のプライオリティーを変えることは容易ではないと思います。変更によって、どのような効果がありましたか。
大きくプライオリティーを変えた結果、会社全体のメッセージや戦略の方向性が人にフォーカスする形に変化し、育成や報酬も含めたさまざまな施策や制度につながっていきました。
今振り返れば、正しいアプローチだったと思います。また、効果も徐々に現れています。2022年、2023年は厳しい業績でしたが、2024年から急激に業績が上がり、過去最高益を達成しています。株価も上昇し、増配も決定しました。2022年の状況からは隔世の感があります。

社員がオーナーシップをもつ事業活動の主役
経営戦略の中で「人材」をどのように位置づけていますか。
良品計画では、会社はあくまで器であり、社員一人ひとりが事業活動の主役であると考えています。オーナーシップを持ち、主体的に外部のパートナーや地域社会と協力して、共創を担う存在です。社員が中心となって、さまざまなステークホルダーの協力を得ながら、社会に貢献していく経営モデルの実現を目指しています。
人的資本経営の推進にあたって、特に重視している要素は何ですか。
重視している要素は大きく三つあります。
一つ目は、多様な人材が自律的に経営や業務に当たる経営モデルの実現です。社員一人ひとりがオーナーシップを持ち、難しい挑戦や高い目標に取り組んでほしいと考えています。具体的には、ある程度収益や売上が見込める場所への出店だけではなく、さまざまな地域のお客さまに貢献するため、当社の認知度が低いなど難易度の高い地方への出店を進めています。商品開発においても、資源の有効活用や天然素材の使用、価格と品質のバランスなどにおいて、難しいチャレンジを行っています。こうした取り組みを支えるのは、難易度の高い挑戦を楽しめる思考や姿勢を持った人材です。
二つ目は、地域分散モデルを実現するための学習する組織の構築です。無印良品は多様な国や地域に出店していますが、それぞれ特色が違うため、各店舗が自律的に経営を行わなければなりません。そのために必要なのが「個店経営」です。個店経営とは、各店舗の店長がそれぞれの地域に貢献できる経営の形を考え、自律して経営を行うこと。実現のためには、その国や地域を熟知した人材が事業成長をリードする必要があります。
三つ目は、安心して長く働ける環境。今後も出店スピードが加速する中で、多くの人材を社員として迎えなければなりません。そのためには、良品計画で働くことが楽しくチャレンジングであること、また、安心して長く働ける環境があることが重要です。柔軟な働き方の実現、業務の改善や効率化の支援などによって、社員が安心し、長く働きたいと思える環境を整えています。
重視する要素を実現するために、どのような育成プログラムや研修制度を設けていますか。
当社では、新卒入社の社員は3~5年目で店長を経験します。20代半ばくらいの社員が30〜50名のチームメンバーがいる店舗のトップを務めるなど、若手に大きな期待をかける人財育成を行っています。
育成プログラムは複数ありますが、基礎となるのは、新入社員が入社2年で店長を務められるように学習する、体系的プログラムです。オンラインと対面型の研修プログラムがあり、本人の学習スピードに応じて進めていくことができます。
また組織学習も推進しており、その一つとして社員自身が「発信者」となり、講師として参加する社内研修も開催しています。当社にはその分野のプロとして情熱を持って取り組んでいる社員が多く、自らの専門知識を共有することで、他の社員の学びにも貢献できます。また、参加者は自律的に研修を選択することができます。
店長への昇進はどのようなタイミングで決まるのでしょうか。
会社側から要請する場合もあれば、本人がやりたいと手を挙げることもあります。店長に限らず、当社には上司と自身のキャリアについて話す「キャリア宣言」という仕組みがあります。自分は何をやりたくて、いつまでに実現したいのかを可視化するもので、年に2回、上司と話し合う機会を設けています。店長としてのケイパビリティを持っているかというフィードバックや意欲について会話しながら、最終的に上司によって店長への昇進が推薦されるという流れです。
自律的にキャリアを考えることを大切にされているのですね。自分がどうしたいのかがはっきりとわからない方に対しては、どのようなアプローチをされているのでしょうか。
前提として、当社では異動することだけがキャリアではなく、今のポジションでこれまでにやっていないことを実現することもキャリアだと考えています。
一方で異動するかどうかに悩む人もいるため、ロールモデルとして多くの社員が自身のキャリアを語る動画などのコンテンツを用意しています。動画では所属部署と仕事内容、これまでにどんなキャリアを歩み、どんな成長をしてきたのか、仕事をする上で何が楽しいのかを社員が語っています。社員から非常に人気のあるコンテンツで、視聴率も高いですね。動画以外に、キャリアに関する社内情報を収集できるWebサイトも用意しています。
これらを活用しながら、本人がオーナーシップをもって自らのキャリアを形成してほしいと考えています。今後は上司向けに、メンバーのキャリアをサポートするノウハウを提供する研修も開催する予定です。
また、全部署で社内公募を行っています。一般的に社内公募は、人員が必要な部署だけが募集することが多いと思われますが、当社では全部署が求人をオープンしています。応募が多くて希望通りに異動できないこともありますが、その場合も希望部署との接点ができます。また、次の応募までに学んだり経験したりしてほしいことを伝えるなど、コミュニケーションも取っています。実際、1度目の応募では希望がかなわず、2度目の応募で異動できた人もいます。
人的資本経営の推進において重視している「個店経営」の考えに、既存社員はどのようにフィットしていったのでしょうか。
もともと、店舗が地域に根差した経営をしていくべきだと考えていた店長が多かったと聞いています。会社の理念として個店経営が示されたことで、各店長が自律的に動きやすくなったようです。

当社には、個店経営を目指す店長を支援する「ソーシャルグッド事業部」という組織があります。地域に根ざした店舗運営を推進するにあたって、地方自治体との連携スキームの設計や、専門性が求められるファイナンス面でのサポートなどを行います。「自由にやってください」と現場の店長に任せきりにするのではなく、具体的なノウハウとともに伴走することで、各店舗の取り組みを前進させているのです。
また、店長自らが地域貢献の取り組みを発信・共有できる機会として、地域活性プログラムも用意しています。各地で生まれたベストプラクティスを共有できる自発参加型の研修で、地域課題への関心と行動の輪を社内に広げる役割を果たしています。
こうした取り組みが社内に広がることで、社員一人ひとりに「自分もこんなことをやりたい」という意識が高まり、全国に広がっていると感じます。
年収を完全固定化し、高評価の社員には株式ポイントを付与
人的資本経営の観点から、貴社の人事制度・評価制度にはどのような特徴がありますか。
具体的な制度についてお伝えする前に知っていただきたいのは、私たちは人的資本経営の施策を近視眼的には見ていない、ということです。今は2030年を見据えて、そのときにどういった状況を目指すのかを考えながら中長距離走を行っている状況です。
そうした背景から、大きな変革に踏みきったのは報酬制度です。報酬の心配をせずに仕事に専念してもらえるよう、賞与を含めて年収を完全に固定化しました。この変化は人的資本経営の大きなステップの一つだったと思います。
一方で、大きく業績に貢献してくれる社員に報いるため、昇進昇級の頻度を年に一度から半期に一度に変更し、報酬テーブルも刷新しました。職位ごとに昇給率が非常に高くなる仕組みにしたため、業績に貢献している社員はどんどん給与が上がっていきます。
報酬制度を抜本的に変更されたのですね。
はい。他社にあまりない制度として、高評価を受けた社員には信託株式方式(日本型ESOP)を使用した株式報酬を配布できる「評価連動株式ポイント」の仕組みもつくりました。社員が業績や企業価値の向上に貢献した結果が、個人の中長期的な資産形成につながる仕組みになっていて、単なる報酬の枠を超えた動機づけになっています。
この仕組みは高評価の社員だけでなく、難易度の高い挑戦的な目標を設定し宣言した社員に配布する「挑戦期待株式ポイント」、持ち株会を奨励するために掛け金の50%相当を上乗せする「持ち株ポイント」などにも活用されています。
このように社員が株式に触れる機会を増やすことで、会社の経営や株価に対する意識を高めたいという狙いもありました。実際に、経営や株式に対する社員の意識はどんどん高まっていると感じます。
重視している指標は「女性管理職比率」
人的資本に関する情報開示は、どのような方針で行っていますか。
人的資本の情報は、課題点も含めて開示できるデータはなるべく開示するという方針です。
公式会議体であるESG委員会で、人的資本に関する方針やKPIを議論しています。そこで設定した主要なイニシアティブの一つに「多様な個人一人ひとりが主役となる企業活動の実現」というテーマがあります。
このテーマに沿って私たちが追いかけているのは、「女性管理職比率」「グループ会社の外国籍役員比率」「有給休暇取得率、離職率、育児休業取得率・復職率」「公募型研修の参加者数」「挑戦期待ESOPポイントの付与対象社員数」「良品計画グループのカルチャー&エンゲージメントサーベイ結果」という六つの指標です。
開示に際して、特にどのようなKPIや指標を重視していますか。
最も重要なKPIのひとつは「女性管理職比率」です。25年2月には女性管理職比率が30%を超えました。小売業界として決して低い数値ではありませんが、私たちが2030年に目指しているのは少なくとも50%。さらには、当社の女性社員比率56~57%と同水準を目指しています。
この指標を追いかける理由は、女性社員比率からわかるように、当社の主力は女性だからです。新卒採用における女性比率は65%を占めています。
店舗運営、サービス、商品開発すべての面で生活者視点での発想や工夫をしてきたことが、当社の急成長の要因でもあります。また、当社を支援していただいているお客さまの女性比率が非常に高いことにつながっていると思っています。
さらに、自律的な個店経営という視点では、海外拠点の外国人経営者比率を上げていきたいと考えています。近い将来、海外拠点は、その国を熟知している人材が経営するのが望ましいと考えているからです。
人的資本経営を進める中で、今後注力していきたいことをお聞かせください。
人的資本経営の道のりはまだ半ばだと考えています。国内の出店は今年・来年も60店舗ほどのペースで続けていきますし、海外においても東南アジアを中心に日本と同様のペースで加速していきます。
こうした経営戦略の実現のために私たちが変わらず行っていくべきことは、人を中心とした経営です。採用や育成はもちろん、キャリアや社員の生活を考えると、やるべきことはたくさんあります。また、人事として取り組んでいきたいことも山ほどあります。大変なことも多いですが、当社が描いている夢に向かって、社員と共に楽しみながら取り組んでいきたいですね。

(取材:2025年5月1日)