タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第24回】
働くことをアンラーニングせよ:フランケンシュタイン? それとも、創意工夫?
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
アンラーニング、DX、ライフシフト、テレワーク、キャリア、タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
私たちは今、未来の歴史の教科書に掲載される日々を過ごしています。コロナ・パンデミックにより、これまで前提としていた都市集中型の対面労働が大きな転換を迎えているからです。
高度資本主義経済は、露骨なまでに「ヒト・モノ・カネ・情報」を都市に集中させてきました。この資本主義の暴走を意図せざる結果として止めることになったのが、今回のコロナだったのです。
この連載も以前までは、通勤途中に読んでくださる方々が多かったのではないでしょうか? 今では海辺や森の中で読んでくださっている方も少なくないはずです。
そう、私たちの「働く」は、空間的な拘束から解放されることになったのです。今、私たちが向き合わなければならないことは、「働くことのアンラーニング」です。
1)「何ができないか」ではなく、「何ができるのか」を考え抜く
今やコロナは、「働く」を阻害する要因にはなりません。オンラインだからできないのではなく、オンラインだからできるPDCAを回し続ける必要があります。定例会議も、新規事業会議も、クライアントとの会議も、すべてオンライン。特に、不便なことはありませよね。
私自身も、タクシーに飛びのって顧問先を駆け巡っていたことを、遠い昔の出来事のように感じます。今はリアルではお会いしたことのないチームと新規事業を立案し、ローンチに至るケースも全く珍しいことではありません。
オンラインで何でもできる、と考えるようになりました。その上で、オンラインだからこそできることまで踏み込んでいるか。過去の働き方の経験を一旦、アンラーン(*あえて忘れること)してみるのです。
しかし、これは容易なことではありません。経験というビジネス資本がブレーキとなるのです。請求書を郵送して、それを受け取るためだけにわざわざ出社して、捺印する。なぜ、この手続きをオンラインにシフトできないのか? 思考にブレーキをかけるのではなく、アクションを起こしたいものです。
2)イノベーションを阻害する「フランケンシュタイン症候群」
私たちは、もっと自由に発想してもいいのではないでしょうか? 自分たちにあった働き方を創造していくのです。そのための環境も整い始めています。
毎日、耳にするDX。「DXが遅れている。DX後進国」というような言葉は、死語にしていきたいですよね。超少子高齢化、国土資源の少ないこの国のセーフティネットとして、DX先進国へと進化していきたいものです。
このように伝えると、よく次のようなリアクションがあります。「新たなテクノロジーが私たちの仕事や機会を奪う」と。
機会の剥奪の次元をまだ理解できないわけでもないのですが、さらにその先の反応もあります。
「新たなテクノロジーが、私たちに害を及ぼす」と。
『ライフシフト』を上梓したリンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授の新作『ライフシフト2(*原著タイトル:The New Long Life)』では、このような反応を「フランケンシュタイン症候群」だと指摘しています。
メアリー・シュリーの小説『フランケンシュタイン』に描かれている、フランケンシュタイン博士がつくり出した生き物が「人類に反乱を起こし、人間の命を奪う」。
「人類が成し遂げた技術的勝利が人類に害を及ぼし、人類を進歩させるのではなく悲劇をもたらすのではないかという不安が広がっている」(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット『ライフシフト2』p.3)と警鐘しているのです。
この不安に寄り添う、DXの可能性を示していく。これからの人事の社会的役割の一つは、この点にあります。そのための出発点となるのが、CX(=キャリアトランスフォーメーション)なのです。(*CXについては、本連載第20回を読んでみてください)
皆さんの現場でも「フランケンシュタイン症候群」に関する相談が増えているのではないでしょうか?
- テレワークでミドルシニア社員の働き方がみえなくなった
- テレワークで若手社員の組織エンゲージメントが低下している
- テクノロジーの進展が、組織を弱くする
こうした声に耳をふさぐことなく、人事施策の改善や、適切なアクションを続けていくことが不可欠です。つまり、DXとCXの橋渡しをしながら、「フランケンシュタイン症候群」を和らげていくことが、これからの人事パーソンに求められているのです。
リンダ・グラットン教授らは、次のようなメッセージを発信しています。
「誰もが社会的開拓者として、新しい社会のあり方を切り開く覚悟を持つ必要がある」(p.7)。
このメッセージを、人事領域の具体的な課題群に引き寄せて言語化してみます。
人事パーソンとして、新たな職場やキャリアのあり方を切り開く覚悟を持っているか。私は今、行動適性ではなく、行動変容の診断と分析ツールの開発に取り組んでいます。職種や年齢を問わず、私たちは成長し続けることができる。そのためには、今までやってきたことや、今までの行動適性ではなく、これから何を成すのか、いかに行動を変容していくかにこそ、人事・キャリア領域の重要なポイントがあると考えるからです。
別言するなら、人的資源管理ではなく、人的資本開発に取り組んでいます。タレントマネジメントではなく、タレントグロースに焦点をあてていきます。経営戦略、事業戦略、キャリア戦略を企業現場で実践しながら、より良き職場やキャリアに関する社会的開拓者として、アクションし続けていきます。
具体的なアクションは、目の前の気づきから始まります。コロナ禍だからできないのではなく、コロナ禍を経験したからこそできることを発見し、さらにその先を目指していきましょう。
社員一人ひとりのキャリアコンディションに向きあう皆さまだからこそ、「フランケンシュタイン症候群」に翻弄されることなく、社会的開拓者となりうるのです。
DXが進展すればするほど、経営の最大のリソースは「社員」になります。歴史の教科書にのる変化を経験できる日常業務を楽しみながら、新たな1行を付け加えることのできる挑戦を続けていきたいですね。
今回は、私から皆さまへの覚悟の表明と応援メッセージでした。それではまた次回に!
- 田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。