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日本の人事部 人的資本経営

コラム2023/08/03

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第46回】
「Employee Experience(従業員体験)」施策の現在地とこれから

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ従業員体験Employee Experience

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

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日本の人事部 人事白書2023』が公開されました。人事が直面している問題や取り組むべき最新の課題や動向について大きな示唆があります。まだ読んでない方はぜひ、手に取ってみてください。

今回のプロティアン・ゼミは、『日本の人事部 人事白書2023』で取り上げられていた「Employee Experience(従業員体験)」について皆さんと一緒に考えていきます。というのも、人的資本経営を促進していく上で、「Employee Experience」施策の設計と実行は不可欠であるからです。

「Employee Experience」とは、「従業員=社員」が企業や組織の中で体験する経験価値のことを意味します。これまでのように組織を中心に考えるのではなく、従業員を中心に考え、一人ひとりの経験を大切にしていく点に特徴があります。

まず、「Employee Experience」の現在地を確認します。「貴社ではEmployee Experienceに関する施策を行っていますか」という質問に対する回答は、以下の通りです。

貴社ではEmployee Experienceに関する施策を行っていますか

(『日本の人事部 人事白書2023』P.322)

(『日本の人事部 人事白書2023』P.322)

このように「Employee Experience」に関する認知や取り組みは、十分なものではありません。実際に「Employee Experience」を行っている企業は、11.6%にとどまっています。「Employee Experience」という考え方自体を知らない方も、31.1%見られます。人事担当者の方の理解でこの割合なので、組織全体で考えると、「Employee Experience」は、ほとんど知られていないのが現状だと言えるでしょう。

それでは、実際に「Employee Experience」施策を先駆的に実施している企業の狙いはどこにあるのでしょうか。

「貴社ではEmployee Experienceに関する施策を行っていますか」という質問に対して「行っている」「今後行う予定である」と回答した方に、「Employee Experienceに関する施策を行う理由は何ですか」と聞いたところ、最も多いのは「従業員エンゲージメントの向上」(75.7%)で、「従業員のキャリア開発支援」(59.5%)がそれに続きます。

Employee Experienceに関する施策を行う理由は何ですか

(『日本の人事部 人事白書2023』P.324)

(『日本の人事部 人事白書2023』P.324)

このように「Employee Experience」施策は、プロティアン・ゼミで何度も取り上げてきたエンゲージメントの向上とキャリア開発支援に大きく関係しているのです。

具体的な施策も聞いていますが、「学習する環境の整備」「キャリア開発支援」「育児・介護の支援」「健康に関するサポート」が上位となりました。育児・介護・健康はこれまでの組織優位の現場では軽視されてきましたが、「Employee Experience」施策を導入することで、従業員一人ひとりのキャリアコンディションに寄り添うことができるのです。

「Employee Experience」に関する現在地を踏まえた上で、これらの施策の方向・力点・実践についてまとめておきます。

Employee Experience(従業員体験)施策の認識図

1)「Employee Experience」は人的資本経営を促進させる

人的資本経営の最大の着眼点は、「人への投資」です。人を資源ではなく、投資の対象として捉えることで、組織に依存しキャリアプラトー(停滞)状態にある従業員に主体的な行動を促していきます。そのための最初の一歩を踏みだすきっかけとなるのが、「Employee Experience」施策なのです。

また、すでに主体的にキャリア形成をしている社員には、リーダー的存在として組織を伸ばしていく存在となるよう、さらなるキャリア成長のために伴走していきます。

2)「Employee Experience」はエンゲージメントを向上させる

育児・介護・健康など、従業員のキャリア形成に大きな影響を及ぼすライフイベントをサポートする「Employee Experience」施策は、会社への感謝や帰属意識を増幅させます。

「Employee Experience」施策は、従業員一人ひとりとその家族や友人、あるいは同僚とのより良い状態を生み出し、組織へのエンゲージメント向上につながります。この点、従業員一人ひとりの定性的な効果を確認できています。フレキシブルワーク(勤務時間帯の柔軟な選択)やハイブリッドワーク(勤務形態の柔軟な選択)などによって、ワークとライフのバランスを整える「Employee Experience」が、一人ひとりの持続的なキャリア形成を支えていくのです。

課題は定量的な効果の検証です。この点にはこれから取り組んでいきます。「Employee Experience」施策がエンゲージメント向上にどれだけの効果があるのかを、定量的に分析を進めていければと考えています。

3)「Employee Experience」は持続的なキャリア形成を実現させる

人生100 年時代を迎え、働く期間が長くなったことで、キャリアについては中長期かつ持続的に考える必要があります。働きすぎて、身体を壊してしまっては元も子もありません。そこで「Employee Experience」施策を埋め込む全体戦略の中に、伴走型のキャリアドックを構想してみてください。いくつかの企業では、すでに「プロティアン・キャリアドック」を導入し、「Employee Experience」施策に取り組んでいます。

キャリア施策を年に1度のお祭りにしないこと。1回のキャリア研修の時間はできるだけ短くして、月に1度は機会を設け、キャリアトレーニングやキャリア相談を従業員にとってもっと身近なものにしていくのです。すると、一人ひとりの表情が明るくなり、リスキリングなどにも主体的に取り組むようになります。人事担当者がすべてを担うことは難しいので、社外の国家資格キャリアコンサルタントの専門家と連携するなどして、伴走型のキャリア開発によってより良い「Employee Experience」を提供していくのです。

これからの人事担当者の役割は、「Employee Experience」施策の総合プロデューサーであると言っても過言ではありません。「Employee Experience」施策を中長期で設計し、一つひとつの施策を持続していくこと。さらに、効果の検証を重ねていくこと。

こうした日々の取り組みの継続にこそ、人的資本経営の実現があるのです。「Employee Experience」施策を通じて、従業員一人ひとりの持続的なキャリア成長に伴走していきましょう。

より良き「Employee Experience」の創出は、この国の未来を担う!

それでは、また次回に!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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