人工知能やビッグデータは、働き方改革にどのように貢献できるか
~日立製作所が解明した、センサーを使った幸福感の測定と生産性向上の方法とは~(後編)
矢野 和男さん(株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長)
人工知能が解明。コールセンターの生産性は「休憩時間の雑談」に左右される
ハピネスを測定することで、これまで私たちが誤解していた点が明らかになることはありますか。
例えば会議一つとっても、そこに一律の答えがありそうで実はまったくない、ということが定量的なエビデンス(証拠)で見えてきます。よく「会議は1時間以内に終わるのがいい」などと、あたかも法則があるように言われますが、実はそんなことはありません。初めてメンバーが顔を合わせる場合は、相手のことを知り、課題を共有するため、長めに会議を行ったほうがいいこともある。ある程度やることが決まっていて、それぞれの仕事を進めることが重要なら、会議などは行わず、立ち話程度に抑えたほうがいいかもしれない。
状況によって対応は全く異なる、ということです。一律に対処できないからこそ、状況に合わせてセンサーやAIの技術を活用することが合理的なのです。近年、ハピネスの測定が可能になってきたこともあり、さまざまな場面での活用が始まっています。
では、ハピネス度が高い職場にはどのような特徴があるのでしょうか。
これまでの研究では、人の身体運動の多様性が高くなるほど、職場のハピネスが高いことがわかっています。自分の行動は自分の意思で決めていると思われるかもしれませんが、行動の大部分は無意識に行われています。ハピネス度が高い集団では無意識のうちに「短い時間の身体運動」や「長い時間の身体運動」が混じり合っています。ただし、これは無意識に行われているので、意図的に直接変えることはできません。
しかし、どういう行動をしたときにハピネスが上がり、どういう行動をしたときにハピネスが下がったのかをデータから把握し、そこから職場に何が必要かを考えことが可能になりました。例えば、会議の人数が多い時に職場のハピネスが上がっていることがデータに見えたら、会議時間を増やしてみることができます。上司に朝イチで報告すると職場のハピネスが下がっていることがデータに見えているなら、上司には午後に報告することが有効です(急いでいなければ)。そのような変化を捉える新たな目を人工知能が与えてくれます。これにより、状況に応じてどうすればいいのかのヒントが見えてきます。
具体的に、ハピネスの測定で生産性が向上した例はありますか。
職場の生産性は、実はメンバーが考えもしないような、ちょっとしたことで大きく変わります。例えば、営業の電話をかけるコールセンターで、生産性を左右した要因は何だったのか。実は就業時間全体の数%しかない休み時間に、休憩所で雑談がはずんだかどうかで、そのあとの生産性やハピネスがまったく違っていました。数字にして27%も受注率が違っていたのです。また、コールセンターのスーパーバイザーがメンバーに、どのタイミングでどんな内容の声かけをしたかが、受注に大きく影響していました。
ほかにも、こんなことがわかりました。コールセンターのメンバーにハイパフォーマーが集まると、その日はすごく売れると思いますよね。しかし調べてみると、そんな相関はまったくありませんでした。組織とは、人の足し算ではないということです。野球で4番バッターをいくら集めても、チームが強くならないのと同じです。
それとは逆に「この人がいる日は、センターの売り上げが上がる」という現象がありました。その人は、ハイパフォーマーではありません。職場のハピネスを上げていたのです。この人は、人事的には評価されていないかもしれません。しかし、実際は組織に対する貢献度がとても高いことになります。ハピネスをきちんと測ることがなければ、この事実はわからなかったでしょう。職場や組織は、皆さんが普段感じているように複雑で、単純一律なルールでは捉えきれません。だからデータやAIが必要なのです。
一人ひとりのハピネスと集団のハピネスには、どのような関係があるのでしょうか。
結論から言えば、集団のハピネスこそ高めなければなりません。自分のハピネスを自分だけで決めているわけではありません。我々は周囲からの影響をすごく受けています。「昼休みに誰かに声をかけられた」とか、「気の合う人と食事できた」とか、そんなことが仕事に強く影響します。それもその瞬間だけではなく、その後の一日全体に影響するのです。
職場全体のムード、ちょっとしたコミュニケーションなどが、とても影響を与えている。人事はこのことをきちんと理解し、働き方改革を行うことが重要だと思います。
ハピネスという視点で人事を考えると、人事は個人ではなく、集団で考えるようにしないと機能しない。これまでは、個人のスキル、能力、処遇や権限を考えてきたのではないでしょうか。職場が活性化していること、すなわちハピネスの要素はなかなか考慮できなかったし、測ることもマネージすることもできませんでした。現場では多くの人がなんとなく経験していますが、人事制度やシステムの話と結びつかなかった。今から考えると、実はロジカルな話ができていなかったといえます。