人間の活動の基盤となる「脳」。私たちを取り巻く外界からの情報は、脳へ入力され、脳内処理を経ることで記憶として保存され、その記憶に基づいて人は行動します。脳の構造や活動性への理解を深めることは、今後ますます重要になるでしょう。
近年ではニューロマーケティングなどのかたちでマーケティング分野を中心に活用されている脳科学ですが、人事領域ではどのように活かせるのか。早稲田大学ビジネススクール(MBA)において「経営と脳科学」の教鞭を執る枝川 義邦教授にお伺いします。
- 枝川 義邦さん(エダガワ ヨシクニ)
- 早稲田大学研究戦略センター 教授
東京大学大学院薬学系研究科博士課程を修了して薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクールを修了してMBAを取得。早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。研究分野は、脳神経科学、ミクロ薬理学、経営学、研究マネジメント。早稲田大学ビジネススクールでは、経営学と脳科学とのクロストークの視点から『経営と脳科学』を開講。一般向けの主な著書には、『身近なクスリの効くしくみ』『記憶のスイッチ、はいってますか~気ままな脳の生存戦略』(ともに技術評論社)、『「覚えられる」が習慣になる! 記憶力ドリル』(総合法令出版)など。
そもそも、「脳科学」とは何か
数年前のブーム以来、脳科学という言葉を聞く機会が増えましたが、そもそも「脳科学」とはどういうものなのでしょうか。
他の学問と比較して「脳科学」という学問の歴史は非常に浅く、そのような呼び方をされ始めてから、実はまだ20年程度しか経っていません。それまでは、脳の中には神経(neuron/ニューロン)が多いので、「神経科学(neuroscience/ニューロサイエンス)」という呼び方をされることが一般的でした。
実際に、私が学生であった20年以上前の時点では「brain」という用語が論文で用いられることは少なく、「neuron」という言葉が多く用いられており、まだ脳と比べて神経の方が学問として優位という状態であったと思います。それが1990年代になると、磁気を用いて脳内の血中ヘモグロビンの状態を検出する技術が発達し、脳機能に関する研究が進んだこともあって、「脳科学」が分野として次第に確立されていくこととなります。また、マーケティングやブランディング分野における脳科学の活用が進み、経営学との関連も深くなってきました。
「心理学」に関心を持つ人事担当者の方は多いですが、心理学と脳科学との違いはどのような点にあるのでしょうか。
両者は近い関係にありますが、ひとつ明確に違うのは、心理学ではブラックボックスとされる「脳」そのものが、脳科学においては研究の対象となるという点です。
こちらの図のように、人が何らかの刺激(input)を受けて、その刺激を元に行動する(output)という一連の流れがあるとします。その際、すごく大まかに言ってしまうと、心理学であればinputとoutputの関係に注目し、脳の活動性はブラックボックスとして扱います。一方、脳科学はinputとoutputの間にあるブラックボックス(=脳の活動性)を明らかにするというアプローチとなります。ここが大きな違いです。
マーケティング領域においては、意識的・無意識的であれ「アンケートはウソをつくことがある」と多くのマーケターが言うように、やはり心理学的なアプローチのみでは限界があります。その際に、ウソをつけない脳のはたらきを測ることで明らかになる事実もあるということが分かってきたので、心理学とあわせて脳科学に対する関心も高まってきているのではないでしょうか。
なお、脳科学は日本における学術界の切り口としては三つの側面を持っています。一つ目は「脳を知る」という側面です。これは脳の仕組みや動作原理を明らかにするというアプローチです。二つ目は「脳をつくる」という側面です。いわゆる人工知能と深く関係してくるのがこちらです。三つめは「脳を守る」という側面です。たとえば、認知症になってしまうメカニズムを知り、治療法を探るといったことが当てはまります。これらはいずれも心理学とは異なるアプローチだと言えます。