「人財を大切にするコアバリュー」のもと、人的資本経営を効果的に進める
アフラック生命保険流
アジャイル型の人事データ整備・活用
伊藤 道博さん(アフラック生命保険株式会社 執行役員(人財マネジメント戦略担当))
穴沢 真基さん(アフラック生命保険株式会社 人財戦略第一部 人財テクノロジー課長)
人的資本経営、データ活用、ピープル・アナリティクス、タレントマネジメント、エンゲージメント
人的資本の情報開示が一部義務化され、企業ではデータ整備や定性情報の可視化が進んでいます。求められているのは、情報の開示ではなく、人的資本経営そのものを推進するためのデータ整備・活用ですが、どのようにして体制を整えていけばいいのでしょうか。業界に先駆けて人的資本経営のためのデータ整備・活用に着手し、人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインである「ISO 30414」を取得した、アフラック生命保険の執行役員(人財マネジメント戦略担当)の伊藤道博さんと、人財戦略第一部人財テクノロジー課 長の穴沢真基さんに、そのポイントをうかがいました。
- 伊藤 道博さん
- アフラック生命保険株式会社 執行役員(人財マネジメント戦略担当)
いとう・みちひろ/1995年大学卒業後、アフラックに入社。人事部門に加え、支払査定、営業支社長など幅広い職務を経験。アジャイル推進室の初代室長、人事部長を経て、2022年6月より現職。また、特例子会社のアフラック・ハートフル・サービス株式会社の代表取締役も兼務。
- 穴沢 真基さん
- アフラック生命保険株式会社 人財戦略第一部 人財テクノロジー課長
あなざわ・まさき/2007年、ソフトウェア開発会社を経てアフラック入社。IT部門にてシステム導入のプロジェクトマネージャーを経験。2018年、アフラック・インターナショナルに出向(米国駐在)。2020年、人事部人財マネジメント制度改革室配属。
2021年から人事領域におけるテクノロジー活用(DX@HCM)の推進。2022年1月より現職。
人財マネジメント戦略を進化させるべく、人事データ整備に着手
貴社が人的資本のデータ整備や活用に取り組むようになった理由をお聞かせください。
伊藤:新型コロナウイルス感染症の世界的な流行をはじめ、人々の価値観や生活様式が変わっていく中、当社を取り巻く経営環境が大きく変化していました。
時代の変化にスピーディーかつ柔軟に対応していくために、これまでもさまざまな改革を行ってきましたが、これらを考え実行するのは人財です。したがって、多様な人財の力を引き出す「人財マネジメント戦略」が経営としてとても重要であると考えています。
2021年には、職務等級制度を基軸にした新人財マネジメント制度を導入。具体的には職務の大きさを基にグレードを定め、社歴や年齢、性別などに関係なく、真にパフォーマンス志向で人財を配置・登用する仕組みに変えました。
同時に、人事権を各部門に委譲し、事業の機動性と丁寧な人財マネジメントを両立する組織体制に変更しました。人事部は人財戦略部に名称を変更し、中央集権的な人事部ではなく、各部門の支援やコンサルティングを主なミッションとする組織となりました。
このように人事権を委譲すると、機動性が増すと同時に「遠心力」も働きます。そこで、各部門主導の人財マネジメントが機能しているのか、全社最適の観点で問題が生じていないか、経営側もしっかりとモニタリングしていく必要が出てきました。
たとえば、ある部門だけポストが無造作に増えていたり、ダイバーシティ&インクルージョンが進んでいなかったりすると、会社全体のバランスが崩れてしまいます。人財戦略部は課題も含めて状況を把握し、「求心力」を発揮していくことが大事になります。
一方で、きちんとデータを確認して、人財戦略部の支援が機能しているのかを分析することも大事だと考えました。たとえば、人財戦略部の支援は適切か、多様な人財の力を引き出し、社員一人ひとりの主体的なキャリア形成を実現できているかなどを、なんとなくではなく、数値で示せるようにしています。
人や組織は、決して完璧な状態にはなりません。何か制度を導入しただけでは解決しないので、理想に近づけるためにトライ&エラーを繰り返していく必要があります。人財マネジメント戦略を絶えず進化させていくために、データドリブンでPDCAを回していきたい。それが人的資本データの整備・活用を推進することになった理由です。
何から着手されたのでしょうか。
伊藤:人財戦略部内に人財テクノロジー課という専門部署を立ち上げました。
一般的に人事は常に忙しい。そのような中で、片手間で新しい取り組みをやろうとしても、なかなか前に進みません。そこで、新しい課を立ち上げ、データの整備やデジタルテクノロジーの活用に向けた取り組みを専任で担わせることにしました。人事の経験が豊富な人財、ITに強い人財、統計に詳しい人財を選抜し、社内IT部門や外部ベンダーも加え、8~10名規模のチームを組みました。
その際、人財テクノロジー課に割いた3名分の人員補充は行いませんでした。当然、3名分の仕事は、その他の人財戦略部メンバーが担うことになります。すると、選抜されたメンバーは、早期に価値を出さなければならないという気持ちになります。また、データ整備や活用が進めば、既存の人事メンバーの仕事もどんどん効率的になって「3名を送り出して良かった」という雰囲気になるはずです。そのような未来を見据えて、「みんなで頑張ろう!」とメンバーを鼓舞しました。
最初から完璧を目指さない。アジャイルでデータのダッシュボード改善を繰り返す
具体的にはどのようにしてデータ整備を進めたのでしょうか。
穴沢:性別や年齢、勤続年数などの社員の基本データは、それまで、現場から依頼されるたびに人事でデータを作成し、提供する運用でした。
データ整備にあたってはまず、人財に関する基本データを集約し、可視化できるダッシュボード(HCMダッシュボード)をつくりました。性別や年齢・勤続年数・入社退職実績などの基本データ、人件費予実・人員数予実などの人員管理関係データ、そして時間外労働・有給休暇・出社率などの働き方関連データを一元的に集約し、適時適切に活用できる環境を整備していったのです。
当然ながら、一気にすべてのデータが整ったわけではありません。心がけたのは、最初に完璧なものをつくろうとしないこと。まずは利用者のペインポイントを解消できるアウトプットを作って実際に使ってもらい、フィードバックをもらいながら改善するアジャイル型の進め方を心掛けました。実際に、基本データが見られるダッシュボードは、着手から約3ヵ月で初期リリースし、細かなところまで意見をもらいながら毎月のように改善を繰り返しています。
伊藤:初期リリース以降、私自身がヘビーユーザーになることを意識し、積極的にダッシュボードを触ってきました。「どこを触ればいいのかわかりづらい」「この色だと見づらいのではないか」など、数多くのフィードバックも行っています。
穴沢:こうしたユーザーの声を基に、今も改善を続けています。当社はアジャイル型の働き方が浸透しているので、60点のものでもリリースして改善していこうというマインドがあります。まずはユーザーの声を聞くことが大切です。
伊藤:ダッシュボードをつくることは、あくまで手段です。真の目的は、人財マネジメントがうまくいっているのかをモニタリングしたり、現場のマネジメントの課題を把握したりすることにあります。
いくら良いシステムをつくっても、使われなければ意味がありません。そのため、マーケットインでなくてはならないと考えていました。「良いものをつくったから使ってください」ではなくて、「使ってもらうために感想を教えてください」と声をかける。ユーザーの声を集めて、改善していく姿勢を何よりも大切にしました。
穴沢:私たち人財テクノロジー課でも、現場から「こういうダッシュボードが欲しい」と言われたときに、“Why”を意識して問うようにしていました。
相手が欲しがるものをそのまま作るのは簡単です。しかし、「なぜ、そのデータが欲しいのか」「なぜ、そういった作業が必要なのか」がわかれば、さらに効率的で、使い勝手の良いシステムを提供することができます。要望の裏に何が隠されているのかを確認しながら対話すること、データ活用のためのコンサルティングをすることが大事だと捉えています。
データ分析結果が、人財マネジメントの建設的な話し合いを支える
人事や現場におけるデータ活用の事例をお聞かせください。
穴沢:二つの事例を紹介したいと思います。一つ目は「自己申告とジョブ・ポスティング(社内公募制度)と離職率の関係」について分析したものです。
当社では四半期に一度、会社に働いてみたい部門や勤務地などの希望を伝える自己申告の機会があるのですが、その中で異動希望時期についても聞いています。その問いに「1年以内に異動したい」と回答した社員を抽出し、その後を追ってみました。
「1年以内に異動したい」と回答した人の中で、ジョブ・ポスティングに応募したものの異動できなかったケースを見てみると、相対的に退職率が高い傾向にありました。希望がかなっていないので当然かもしれませんが、予想以上に数値に差が出ていました。
伊藤:部門に人事権を委ねると、どうしても優秀な人財の囲い込みが発生するリスクが出てきます。しかし、データで具体的な数値を見ると、本人の希望を汲むことの重要性がわかります。上長にも納得してもらいやすいですよね。「このままでは、統計的に退職リスクが高い」とはっきり言えますから。
穴沢:もう一つの活用例として、ハイパフォーマー分析にトライしています。ハイパフォーマー分析といっても、単なる優秀人財の分析ではありません。当社では職務等級制度を採用しているので、ポストに対しての分析を行っています。具体的には「ある特定のポストで活躍している人は、どういう要素を持っているのか」を調べています。
当社では、社員一人ひとりの経歴やキャリア志向、評価、スキル情報、面談履歴、労務関連などをワンストップに格納したシステムを保有しています。この分析とクロスさせて、ゆくゆくは特定のポストで活躍しやすい要素を持っている人をアサインしたり、次期後継者に据えたりできるようになるのではないかと期待しています。
データ分析や活用は、どのような経緯で行うことが多いのでしょうか。
穴沢:プロダクトアウトにならないように、現場の課題や要望に即していることが大前提です。
とはいえ、最初は人財テクノロジー課に何ができるのか、どんなことをしているのかを知られていなかったので、私たちがデータから見つけた仮説を部内に売り込むことから始めました。「こういうデータがあるのですが」と声をかけ、現場からアドバイスをもらいそれをまた分析に活かしていきました。
最近では、「部内の課題を解決するために、こういうデータが欲しい」などと、相談をもらうことも増えました。例えば、キャリアデザイン研修の参加者とCDP策定率の関係を分析し、研修効果をエビデンスとして示すなど、さまざまな施策の効果を上げるための支援も行っています。
「経営層」と「現場」、双方向でデータドリブンを浸透させていく
データ整備や活用推進の過程で、どのような課題がありましたか。
穴沢:データを整備しても、周囲に知ってもらえなければ、活用されません。そのため、いかに社内にプロモーションしていくかが課題でした。ユーザーには「経営側」と「現場側」の2方向があり、どちらか一方だけに広めても、真の意味での活用にはつながりません。
経営側へのプロモーションは伊藤に任せ、私たちは現場に向けて「業務でこんなふうに使えますよ」とアナウンスしたり、いつでも気軽に相談してもらえるような体制を築いたりしています。最近は、新任課長向けにダッシュボードの使い方をレクチャーする研修も行っています。
伊藤:今、当社の役員で、これらのダッシュボードやシステムを知らない人はいないはずです。いろいろな場で、実際に私が使ってみせています。たとえば「現在の出社比率は?」と質問されたとき、スクリーンにダッシュボードを投影して、実際に操作してみせるのです。すると、「ああ、こんなことができるんだ」とわかりますよね。経営陣が関心を持つことで、現場に浸透していくと考えています。
穴沢:伊藤が役員の集まる会議でダッシュボードを使った後、実際にある役員から問い合わせがあった例もあり、効果を感じています。
経営層や現場の社員、人事の方々の反応はいかがですか。
穴沢:まずデータ提供のスピードが格段に上がったので、人事部門、現場ともに良い反応があります。これまで複数のツールやファイルにまたがっていた情報をまとめて見られるようになったことで、「利便性が高まった」という声も聞いています。
伊藤:経営サイドでは、データドリブンで人財マネジメントがきちんと機能しているかを把握できるようになったのが非常に大きいようです。
社長と統括役員で構成する「人財マネジメント政策委員会」では、「人員数・人件費」「異動・配置・ダイバーシティ」「採用」「退職」「評価」「人財育成プログラム」「人財エンゲージメント」「働き方」など、さまざまなデータをモニタリングしていますが、従来と比較すると、把握できる情報の質も量も変わりました。
わかりやすい例では、たとえば、管理職の女性比率を見たいという要望があったとします。データを分析すると、「課長職の女性比率は増えているが、部長職は少し下がっている」「A部門だけ突出して女性比率が低い」といったことが、すぐにわかるわけです。
重要なKPI指標だけを追っていてはわからなかったものが、細かくデータを調べると見えてくることがあります。そこから課題が見つかれば、早めに次の対策を打てますよね。勘や経験も大事ですが、データ整備が進んだことで課題に気づきやすくなったり、経営レベルで議論を深めやすくなったりする効果があると感じています。
データ整備や活用体制を整えてきたことは、貴社の人的資本経営にとってどのような意味を持つのでしょうか。
伊藤:当社は、保険という無形商材を扱うビジネスを手がけていることもあり、創業以来、「人財を大切にするコアバリュー」を脈々と受け継いできました。人的資本経営という言葉が注目を集める前から、社員を大切にすることが企業の発展につながるという考えを持つ会社です。
データ整備や活用も、結局は「人財を大切にするコアバリュー」の実現のためにあります。人財がいきいきと、持てる力を発揮できているか。その人財の集まりである組織は健全か。それらをモニタリングし、人財マネジメントを進化させるためにデータ整備や活用は不可欠です。
当社では、2023年12月に、人的資本に関する情報開示の国際的なガイドライン「ISO 30414」を取得し、人的資本に関するデータを社外にも開示しました。課題も含めて包み隠さずに現状を伝えていくことは、結果として、社員との信頼関係を深めることにつながると考えています。会社と社員は選び、選ばれる関係ですので、伝える努力がより一層必要だと思います。
データを公開することで、人財を大事にする会社なのだと社会に伝わるとうれしいですね。
人と組織を大事にする、心の通った温かなデータ活用を
データ整備や活用によって、人事の業務内容や判断軸、施策にも変化が生まれていますか。
伊藤:データドリブンで実現したかったテーマの一つが、人事機能の変革です。人的資本データをモニタリングできるようにシステム化したことで、これまでデータ作成にかかっていた時間を短縮できます。空いた時間を価値に変換していく仕事に充ててほしい。データの分析結果を人事施策に反映したり、課題を踏まえて施策をバージョンアップしたり。作業のための時間ではなく、新たな価値を創造する時間に変えていってほしいし、実際に変化していると感じます。
これからやっていきたいことの一つに、制度や施策の効果検証があります。新しい取り組みを始めるのは簡単ですが、意外とやめるタイミングが難しい。期待や効果が低いものはやめるべきですし、エビデンスベースで判断していきたいと思っています。
最後に、これから注力していきたことや今後の展望についてお聞かせください。
穴沢:さまざまな取組みについて、まだ全社展開できているとはいえないので、まずはもっと幅や裾野を広げて、データドリブンで人財マネジメント戦略を実現していけるように注力していきたいですね。
加えて、定量的なデータはある程度蓄積し、分析できる土壌ができてきました。今後は定性データの分析にも着手したいですね。人事領域は定性データも多いので、テキストマイニングにチャレンジして、定性データからも人財や組織の状況を把握できるようにしたいと思っています。
伊藤:私自身の指針でもあるのですが、心の通った、温かくデータドリブンな人財マネジメントをしていきたいと考えています。
データを重視しているというと、どこかドライで冷たい印象がありますが、データだけで物事を決めていると誤解されたくありません。当社の場合は、むしろ、人を大切にしていくためにデータを活用しています。
経験や勘だけに頼ってしまうと、それこそアンコンシャスバイアスがかかったり、不平等になったりすることが生じてしまいます。経験に加えてデータを活用し、きちんと一人ひとりを見ることで、透明性や公平性を保った人財マネジメントが可能になるはずです。
「人財を大事にするコアバリュー」を実現するために、また、人財マネジメントをさらに進化させていくためにデータを活用する。この目的にぶれることなく、これからも突き進んでいきたいと考えています。