データ専門家とビジネス現場をつなぐ「ビジネスアナリスト」が活躍
One-Asahi(Oneチーム)で加速する、アサヒグループの“DX=BX”戦略
アサヒグループジャパン株式会社 Data & Innovation室 室長・General Manager
深津 智威さん
市場環境の変化に対応し、持続可能な経営を実現していくための手段として、DX推進やDX人材育成をテーマに掲げる企業が増えています。アサヒグループジャパン株式会社は、日本において特に先鋭的な取り組みを進めている1社です。グループ全社のデータ利活用やDX推進を含むイノベーションをけん引する専門部署としてData & Innovation室を新設。データ起点で生活者インサイトを獲得し、ビールや飲料、食品などの既存事業の課題解決に貢献しています。さらには、課題解決事例を「型」化して、課題解決における成功事例を傘下のグループ会社内に広く水平展開したり、新規事業展開につながる仕組みや仕掛けを実践投入したりする機能も。こうした役割を担う存在として、同社ではデータ専門家とビジネスの現場をつなぐ「ビジネスアナリスト」(ビジネス・デジタル人材)の育成を強化しています。DXをビジネスの価値に変える人材には何が求められるのか。どのようにしてビジネスアナリストを育成しているのか。アサヒグループジャパンの取り組みを聞きました。
- 深津 智威さん
- アサヒグループジャパン株式会社 Data & Innovation室 室長・General Manager
2021年4月より、アサヒグループホールディングス株式会社の事業企画部で、新価値・新事業推進に関する戦略企画業務に従事。2022年1月より、日本事業の持株会社分社化のタイミングで新設のDX統括部に異動し、グループ全社のDigital Initiativeのリードや、データ起点でイノベーションを加速する組織の立上げを実施。現在はData & Innovation室において、生活者起点での新価値創造に貢献する「仕組み化」やグループ全社のイノベーション活動の活性化を推進中。
変化の時代に真に求められるのは、生活者インサイトを理解し、新価値創造につなげる“ビジネストランスフォーメーション(BX)”
アサヒグループジャパンにおけるDX推進戦略の基本的な考え方をお聞かせください。
当社では「DX(Digital Transformation)=BX(Business Transformation)である」という考え方のもとでDX戦略を展開しています。重要なことは、DXの本質はデジタル技術をどのように導入するのかではなく、ビジネス変革が目的であり、それを達成する手段としてデータ利活用やデジタル技術を最適化して取り込んでいくことです。当社グループの理念(AGP)である「期待を超えるおいしさ、楽しい生活文化の創造」を体現すべく、「顧客や地域の生産者とも共創し、一人ひとりのニーズに即応した新たな飲食の感動体験を創る」ことと同時に「飲食が持つ負の側面を正しく理解・解消し、心身ともに健やかな暮らしを創る」ことを目指しています。新たな発想で、デジタル社会だからこそ実現可能な変革を起こすために欠かせない「生活者インサイトを獲得し、生活者に真に望まれていることは何かを正しく理解し、新価値創造を行う」ためのビジネス変革“ビジネストランスフォーメーション(BX)“を加速させることを重視してきました。
アサヒグループにおける本格的なIT基盤整備は2015年に始まりました。フェーズ1の段階では「グループ経営基盤強化」を掲げ、ホールディングス体制のもとでITリソースを集約。基幹業務プロセスを標準化して効率化を推進しました。
続くフェーズ2では「経営戦略にITを機能させる」ことを目指し、新技術の導入や働き方改革への応用を進めました。業務部門とIT部門の人材交流を始めたのもこの時期です。
そして現在取り組んでいるフェーズ3では、「アサヒグループの理念(AGP)と連動したDX戦略の推進と実行」に注力。新たな顧客体験や付加価値を生み出し、新規ビジネスを創出していくために、グループ全体でのデータ利活用およびイノベーション文化風土醸成を目指しています。そのための人材育成について、2021年からアサヒグループ全社を対象に取り組んでいます。
これほどまでにDXに力を入れている背景には、どのような課題があるのでしょうか。
従来の当社ビジネスは、ビールや飲料、食品などの商品をマス向けに提供することが中心でした。しかし、生活者の価値観や趣向の多様化に対応すべく、今後はお客さま一人ひとりのニーズや潜在需要に応えられる商品やサービスを提案していくことが求められます。そのためには、さまざまなデータやデジタル技術も活用して生活者のインサイトを理解し、「顧客や地域の生産者とも共創し、一人ひとりのニーズに即応した新たな飲食の感動体験を創る」パーソナライゼーションに対応できる新たな価値を提供していかなければなりません。
また、当社のような消費財メーカーには、プラスチックなどの素材の消費や、飲食などが持つ負の側面を正しく理解・解消し、心身ともに健やかな暮らしを創るための努力を重ねて、人々が心身ともに穏やかな暮らしを送れるように貢献していく責任も伴います。その過程においては時に、これまでに築いてきたビジネススキームを大胆に見直すことが必要となるかもしれません。持続可能な企業経営と社会の発展に向けて、いかに環境変化に対応でき、しなやかにビジネスを変化・最適化していくか。このテーマへの対応もDXなくしては語れませんし、アサヒグループのDX戦略や経営戦略においても重要視しているポイントです。
ビジネス課題の解決にデータを用いた解決仮説を構築し、プロジェクト推進できる「ビジネスアナリスト」社員を育成
2023年1月にData & Innovation室を新設されたと伺いました。その役割や目的をお聞かせください。
私は2023年1月、Data & Innovation室の新設とともに室長(General Manager)に就任しました。
Data & Innovation室の役割は、単にグループ全社のデータ分析案件を専門家が分析することに留まりません。データに基づき生活者起点での新価値創造に貢献する「仕組み化」と、その実装およびデータ利活用に必要な各要素(データ人材育成・分析基盤・ガバナンスなど)の具備を通して、グループ全社やマーケットに対して価値提供を行うことを使命とするイノベーション集団です。
当室が提供する価値創出を行うポイントは3点あります。1点目は「データ起点で生活者インサイトを獲得すること」。2点目は「実践投入可能なアプリケーションなどの仕組み・仕掛けの提供」。3点目は「成功した課題解決事例を『型』化し、グループ全社に水平展開すること」です。
これまでアサヒグループがさまざまなチャレンジを通して成就したかった、生活者起点での未来創造(イノベーション)と、グループの全事業会社へ貢献することの両立。その実現に向けてデータサイエンティストをはじめとした専門人材が集まり、データ利活用に必要なデータガバナンス整備、分析基盤の充実、データ人材育成などグループ全社を対象とした環境整備を行いつつ、データを活用した生活者起点での価値創造と事業会社課題の解決支援の双方を対象とした活動を展開しています。チャレンジングな取り組みですが、例えば社内外のさまざまなデータ資産を活用しながら、時には1週間で具体的なモックアップアプリを構築し、アジャイルにPoCや社会実装までつなげていくなど、これまでより一歩踏み込んだ活動の具体的な実践も今後は目指していく予定です。
分析チームとしての役割にとどまらず、データを新たな価値の創造につなげていくミッションを背負っているのですね。
はい。足元の既存事業の困りごとに対応するだけでは根本的な課題解決につながらない場合もありますし、新たな価値創造に必ずしもつながるとは限りません。私たちには、As-Isの課題解決だけではなくTo-Beの未来の生活者のニーズについて獲得した生活者インサイトから、あるべき姿を想像してバックキャストし、その理想を実現するために必要な取り組みをステップに落とし込んで実行し、現在の事業だけでなく未来の事業創造と共に新たな顧客層を開拓していくことも期待されていると考えています。
これはデータやデジタル技術の専門家だけで実現できることではありませんし、ビジネスを担う社員だけでもなし得ません。鍵を握るのはデジタルとビジネスという二つの視点で両者をつなぐ「ビジネスアナリスト」の育成と充実です。「解決すべきビジネス課題の適切な設定と、データを活用した解決仮説の組み立てやアプローチを具体化できる技術の修得」がとても重要であり、グループ全社でビジネスアナリストの育成を強化し、その人口拡大を目指しています。
ビジネスアナリストに求められる役割やスキルを詳しくお聞かせください。
端的に言えば、ビジネスアナリストとは「解決すべきビジネス課題の適切な設定と、データを活用した解決仮説の組み立てやアプローチを具体化できる人材」であり、「データの専門家と協働し、データ利活用のポイントを理解してビジネスの課題解決プロジェクトをリードできる人材」でもあります。難しいデータの専門技術を理解している必要はありませんが、データの専門家との協働を通して、課題を解決するための仮説にデータの利活用を適切に組み入れることができるスキルが求められます。また、ビジネスの現場へ応用していく上では事業上の課題そのものへの理解も欠かせません。
アサヒグループの場合はほとんどの人材が事業会社出身で、ビールや飲料、食品などの事業について熟知しています。一方でデジタル技術の適切な導入や、正しいデータ利活用の知見を有する人材はグループ内にまだ少なく、従来は自社で経験の浅いデータ利活用やデジタル技術の導入テーマは外部委託先に頼りがちでした。
しかし、データ利活用は一部の専門家が解決すべき仕事であると思考停止していては、本質的なビジネス課題の解決は難しい。ビジネスの課題の本質を理解し、その課題解決仮説にデータの利活用を適切に組み入れて、ビジネス人材・データ専門家・そしてビジネスアナリストが三位一体のOneチームでプロジェクトを組成し活動できる状況を構築することが重要です。昨年より、これをOne-Asahiと称する全社プログラムの中で取り組みの具体化を開始しました。
すべての社員をデータの専門家に育てることは現実的ではありませんが、育成対象をデジタルとビジネスをつなぐ「ビジネスアナリスト」と定めるのであれば、不可能ではありません。私たちが当面の目標としているのは、アサヒグループ全体の2割以上をビジネスアナリストに育成すること。ここまで到達できて初めて、ビジネス変革を加速できる状況になると考えています。
アサヒ流のデータ人材育成プログラムのギアチェンジと、手応えを感じ始めたビジネストランスフォーメーション(BX)成果の兆し
ビジネスアナリストの育成は、どのようなプログラムで進めているのでしょうか。
2022年度は、入門編として最低限のデータリテラシーを学ぶeラーニングの受講を全社員必須としました。その上で、ビジネスアナリストを目指す研修プログラムへの参加者を公募。集合型研修によってデータ利活用の基礎を学ぶ「初級」と、データサイエンス応用講座として、分析・BIツール“Tableau”や機械学習“Python”、データベース操作を行う“SQL”、加えてプロジェクトマネジメント基礎の修得などもeラーニングと集合研修で実践的に学ぶ「中級」の各講座を設けました。
「入門編」のeラーニングは、グループ全体の過半数以上にあたる約9,000名がすでに受講し終えています。公募式のデータ人材育成プログラムについては、「初級」講座で約150名、「中級」講座で約50名の実績で当初の計画を大きく上回る応募があり、急きょ追加枠を設けて対応しました。
初年度のプログラムの手応えはいかがですか。
率直に言って、アサヒグループのようなITを生業としていない企業では、ややハードルの高い受講内容も含まれていたのではないかと感じています。熱意のある受講希望者はたくさん集まったものの、当社グループにおいては“Python”などの高度な機械学習スキルの修得自体が、必ずしも「すべての業務におけるパフォーマンス発揮」に直結する訳ではありません。実際の業務に活かすためのリードタイムも長いという事実も見えてきており、改善すべき課題の一つであると認識しています。
そこで、2023年度に向けてデータ人材育成プログラムの見直しを図りました。“Python”言語などのやや高度な専門教育は対象者を絞り、一方で、操作の修得が比較的容易で、短期間で実践的に活用できるTableauを業務活用のツールの主軸に置くことにしました。このツールを通してグループ共通データ分析基盤に搭載したさまざまなデータソースへのアクセスを容易にし、短いリードタイムでデータ利活用の成果につなげます。今年度は、より具体的な業務場面や実践的なデータを取り扱ったデータ人材育成プログラムの内容にしていきたいと考えています。
次に、2022年度にデータ人材育成プログラムを通して得た成果を挙げたいと思います。SNSデータに関してリアルタイムな意思決定が求められる場面で、これまでは外部に業務を委託したり、報告サマリーを資料に加工したりするなど、分析結果を得てから意思決定をするまでに長いリードタイムを要していました。しかし研修などを通して基礎的なトレーニングを行った結果、外部委託に頼ること無くある程度は、社員自身でリアルタイムに分析が可能になりました。また、重要度に応じてタイムリーに経営へ対してレポートできるなど、単なるツール適用にとどまらず、デジタル技術・データ・業務プロセスの変革という三つの要素を含む「BX」と呼べる事例も見られます。実務における具体的な成果も実際に創出され始めています。
「正しくデータを理解し、素早く業務へ生かす」という、ビジネスアナリストとして求められる成果の理想像と重なる良い変化の兆しです。本質的にビジネスを前に進めていこうとする意識が高まり、場面ごとに仕事そのものを変えていこうとする動きが出始めてきたことには、大きな手応えを感じています。
部門や職種、年齢による差は一切なし。「全員自分ごと」として自発的なビジネスアナリストへの成長をバックアップする組織へ
育成プログラムの参加者は国内グループ各社から公募されたとのことですが、具体的にはどのような部門から参加者が集まったのでしょうか。
当初はマーケティング部門や営業部門からの参加者が中心になると予想していましたが、最終的には研究部門やコーポレート部門、サプライチェーンに関連する部門も含めて、全般的に集まりました。
既存業務の経験とビジネスアナリストとしての資質には相関性が見られますか。あるいは、既存業務の内容に関わらず資質を持つ人材が発掘されているのでしょうか。
強いて言えば後者になると思いますが、先天的な才能が必要かというとそうではありません。既存業務の経験とビジネスアナリストとしての資質には、ほとんど相関性が見られませんでした。ファクトとしてのデータに基づいて現状の課題を分析する能力は、正しく学べば誰でも獲得することが可能で、現在担当している業務とは関連しないと思っています。重要なことは、これまでの「勘と経験と根性」といういわゆる3Kのみに頼ることなく、「事実に基づく科学的なアプローチを吸収していこう」とする意思があることと、「正しいやり方で技術修得を継続できること」の2点です。これまではほとんどコンピュータやデータ分析スキルを必要としない業務に就いてきたにもかかわらず、ビジネスアナリストとしての技術の吸収や成長が早いと感じる社員も多数います。
今後は、データ利活用スキル具備について、社内に客観的に表示できるような認定制度などの整備も併せて検討したいですね。全社員が各業務の中でデータ利活用を当たり前に行っている状況の実現に向け、意識向上につながるような仕組みをさらに充実させたいと考えています。
年齢による差はいかがですか。
若手とベテランの間でも、スキル吸収の差はほとんどありません。そもそも、育成プログラムに手を挙げるのは若手だけではなく、40代や50代のベテラン社員も多いです。リスキリングの必要性が求められる時代に、自身の経験をよりよく活かす手段として新たなアプローチ方法やデータ分析スキルを修得し、会社へ貢献したいと考えている社員が多い印象です。ベテランが持つ豊富な業務経験にデータ利活用が加わることの意味は大きいと思っています。
当面の目標として「アサヒグループ全体の2割以上をビジネスアナリストにしたい」というお話もありました。こうしたデータ人材育成の取り組みについて、社内の反応はいかがでしょうか。
社内の反応は非常にポジティブだと受け止めています。アサヒグループには営業経験やマーケティング経験を持つ人が多い一方で、データ人材は極めて少ない。その中で、アサヒ流のDXに対応できる新たなスキル獲得の選択肢がひとつ示されたと捉えられているのではないでしょうか。従来のキャリア形成への課題感や不安感に、一つの可能性を示せたと感じています。
データ利活用の浸透もまだまだ全社へ活動浸透は道半ばの状況です。人によっては「勘と経験と根性」といういわゆる3Kの呪縛から離れられていません。だからこそ私たちは、これまで以上にビジネスアナリスト育成の重要性や魅力をわかりやすく、そして楽しく伝えていかなければならないと思っています。ビジネスアナリストは新規事業を生み出すためだけに存在しているわけではありません。すべての当社グループの事業におけるBXや価値創造のために必要なのです。
Data & Innovation室は、データ起点で生活者インサイトを獲得することに加え、短期間で新しい仕組みや仕掛けをモックアップアプリケーションの形で実践投入したり、社会実装に向けたPoCを推進したり、課題解決事例を型化してグループ全体へ水平展開したりすることも目指しています。このような活動が進んだ将来においては「当社グループに関するSNS上での生活者の口コミ」なども素早く共有し、現場へ展開できるようになるかもしれません。
データサイエンティストは現在、SNSの生活者の反応を自動的にスコアリングする仕組みなども研究しており、ゆくゆくは自動的に担当営業へ通知する仕組み(アプリケーションなど)を実現することも検討しています。
今後、グループ全社でデータ利活用が進んでいけば、すべての部門の業務生産性向上に貢献することのみならず、獲得した生活者インサイトから新しい商品やサービスを発想して価値提供する取り組みも高度化できます。また、その提供サイクルを将来的には短くすることも可能となるでしょう。その未来を実現するためにも、経営層や管理職だけではなくすべてのグループ社員が「自分ごと」として向き合えるように取り組んでいきたいと考えています。
ビジネスをうまく進化させるためには、トップダウンとボトムアップの二つのアプローチの使い分けが鍵
ビジネスアナリストの育成を通じて、組織風土にはどのような変化が生まれていますか。
まず、ボトムアップの動きが盛んになっています。研修以外にも外部有識者を招いた社内セミナーを開いたり、社内の交流イベントを設けたり、事業会社からのちょっとした困りごとの相談を受けたりと、さまざまな機会が生まれて活性化しつつあります。また、プログラムを受講した人が集まって特定のテーマを自主的に定め、実際の業務テーマを深く探求するデータ利活用の「ゼミ」や、事業会社の垣根を超えてデータ利活用の悩み相談や人的ネットワークを広げる「茶話会」なども始まっています。
私たちはこのような接点を「データエバンジェリストコミュニティ」と呼んでいます。研修プログラムの受講や茶話会などをきっかけに、参加者がどんどんコミュニティに加わっていくので、この1年間で一気に500人規模へと拡大しました。グループ全体で見ればまだ約13,000人の中の500人程度かもしれませんが、2023年度はコミュニティ規模をさらに拡大し、Data & Innovation室と事業会社が常に同じベクトルで活動でき、常に緊密にコミュニケーションを取れるようにしていきたいですね。
また、これらのデータ利活用に関するグループ全社員のエンゲージメント醸成についても、各ステージの定義や次のステージにコンバージョンできる基準を明確にし、データ利活用に関するエンゲージメントがどれだけ充実しているかを捉えられるようにしており、Data & Innovation室としての取り組み施策の改善PDCAに組み込んでいます。
今後、コミュニティの存在はグループ会社全体に横串を刺すという役割においても役立っていくと思います。実際に事業の垣根を超えて共有できるアイデアや事例も少しずつ出始めました。
さまざまな動きがグループ内の社員発で広がっているのですね。これらボトムアップでの取り組みに加え、トップダウンアプローチはどのように使い分けていますか。
データを活用したBXに取り組むのはあくまでも社員自身です。私たちはそのために多様な機会や接点や支援機能を設けているに過ぎません。最終的にはビジネスモデルを変え、自分たちが変わっていかないと生き残れない。そのためにグループ全社横串で一人ひとりに考えてもらう環境作りや風土作りが大切だと思います。
一方で、社内のひとつのプロジェクトでデータを活用した課題解決の成功事例については、全事業会社に展開可能な形で「型」化して水平展開し、全事業会社がその果実を享受できるようにすることが重要であると考えます。その「型」は単にツールだけを指すのではなく、うまくいったノウハウや、採用したデータおよびその組み合わせも含めた課題解決セットであり、社内では「オファリング」と称して目下その充実を進めているところです。
こういったオファリングの展開には、経営トップから各事業会社にトップダウンで連携した方が、周知や浸透の面でも効果的であり、結果としてグループ全社での全体最適に貢献できると考えています。グループ内の各事業会社が各社独自に同じような課題をバラバラと対応している不合理の解消が重要であり、従来の「点」での最適化から、全社のバリューチェーンを「線」としてつなぎ、その全体最適を将来は全社員参加型で成し遂げたいと思っています。
これまでの成果や手応えを踏まえ、今後のData & Innovationに関する取り組みとして、どのような活動や成果創出をイメージしていますか。
社内では以前から「生活者が求めるインサイトを正しく獲得・理解し、生活者起点で未来の価値創造と提供につなげたい」という会話が多く飛び交っていましたが、これまではパワーポイントで作った資料ベースのみで議論されることが少なくありませんでした。しかしこれからは、構想するだけでなくアジャイルに実践することが重要です。例えば1週間ですぐにアプリを立ち上げて素早く市場の反応を得るなど、アプローチを変革する必要性を強く感じています。
具体的な「モノ」を社内のみならず市場に示すことで、資料ベースでは得られなかった、有効なフィードバックも得られると考えています。また、このサイクルを反復的に高速で実行することが、具体的な価値創造につながると信じています。このようなアジャイルなアプローチも積極的かつ柔軟に採用し、仕事のあり方も組織のあり方も、前例にとらわれることなく変えていかなければならないのです。
そのために私たちは、データ利活用やデジタル技術に関する現実的なリスキリングの体制を進化させていきたいと思っています。目指すのは、常にデータの専門家とビジネス現場に精通する人材、そしてビジネスアナリストがワンチームとなって、One-Asahi(Oneチーム)で一丸となり活動できている状態です。ビジネスアナリストは、「作る側」であるデータ専門家と「望む側」であるビジネスの現場をつなぎ、各プロジェクトの伴走型内製を実現するキーパーソンであり、この活動を自らグループ社内に広げていけるエバンジェリストであってほしいと願っています。
(取材:2023年2月6日)