内製によって「デジタルが当たり前」の組織風土を実現
北國銀行が推進するDX戦略とは
青岸 貴昭さん(株式会社北國銀行 人材開発部 人材開発グループ長)
岩間 正樹さん(株式会社北國銀行 システム部長/株式会社デジタルバリュー 取締役兼テクノロジー部長)
「タレントマネジメントシステムを内製」「経営会議はTeamsを使って全社生配信」。これらの取り組みがITベンチャーではなく地方銀行で実際に行われていると知って、驚かれる人も多いでしょう。金沢市に本店を置く北國銀行は15年以上にわたり大規模なデジタル戦略を実行し、地方銀行におけるDXの先進事例として注目を集めています。グループ企業では約50人のエンジニアが活躍し、内製したシステムを通じて新たな事業展開を推進。なぜ同社ではテクノロジーの活用が当たり前のこととして組織に根づいているのでしょうか。そして、DXを担う人材の採用・育成にはどのような秘訣があるのでしょうか。青岸貴昭さん(人材開発部 人材開発グループ長)と岩間正樹さん(システム部 部長)にお話をうかがいました。
- 青岸 貴昭さん
- 株式会社北國銀行 人材開発部 人材開発グループ長
あおぎし・たかあき/2000年 北國銀行に入社。東京支店など、複数の営業店で勤務。2011年 人事部人事課に配属。「新人事制度プロジェクト」「新人事システム導入プロジェクト」などを担当。2013年 本店営業部に配属。その後、複数の営業店で勤務。2020年 総合企画部 人材開発室 課長。2021年より人材開発部 人材開発グループ長.。キャリア型人事制度の構築、人的資本経営の推進などの社内プロジェクトを推進中。
- 岩間 正樹さん
- 株式会社北國銀行 システム部長/株式会社デジタルバリュー 取締役兼テクノロジー部長
いわま・まさき/SIerでエンジニアとして12年間活動後、2008年 北國銀行に入社。オープン系システムを中心に、自社システムの企画、開発、運用などに従事。2019年に株式会社デジタルバリューを立ち上げ、グループのDXを推進中。
従来の銀行の機能は求められなくなる?
「次世代版地域総合会社」を目指してDXを推進
北國銀行は、国内金融機関の中でもいち早くDXを進めてきた地方銀行として注目されています。あらためて、貴社がDXを推進することになった背景をお聞かせください。
青岸:大きな流れとしては地方銀行に求められる役割の変化があります。伝統的な銀行業務である預金や決済などはすでにデジタル化が進んでいて、従来のビジネスモデルは変化せざるを得ませんでした。私たちのお取引先の企業はその35パーセントが無借金経営であるという現状もあります。「昭和の時代の銀行経営モデルは行き詰まっている」と気づいたのは20年以上前のことでした。
現に北國銀行では1997年時点で155店舗を展開していましたが、2022年3月時点では105店舗となっています。店舗数削減に伴うオペレーションの見直しとデジタル化を2000年代から進めてきました。
こうした背景があり、2015年まではお客さまへ価値を提供していくという大きな目的のもとで内なるDXに取り組み、社内体制を整えてきました。そして2015年以降は、自社の知見を生かしてお客さまへの事業でもDXを軸とした提案を行っています。
現在は銀行の枠組みにとらわれない事業展開を進めていますね。
青岸:社会全体を見れば少子化に伴う市場縮小や後継者不足などの課題が山積しています。お客さまが当社に求めるのは、従来のお金を借りたり決済したりといった機能以外の部分であることは明白です。
そこで当社では「次世代版地域総合会社になる」という戦略のもと、新たな事業としてコンサルティングやECサイト、投資助言などの分野を拡大しています。この実現に向けてもDXを推進する必要がありました。
脱・横並びのパッケージシステム
システム部の地位を高めて内製事例を積み重ねる
DX推進の中心的な役割を果たしているシステム部について教えてください。
岩間:現在のシステム部は2007年に創設されました。他の多くの日本企業も同様かもしれませんが、2007年以前の当社のシステム部門は社内の下請け的な存在でした。業務の基盤となる社内システムに高度な品質を求められ、安定運用を第一にしなければならないこともあって、高いスキルを持つIT人材がいても新しい挑戦がなかなかできなかったのです。
このままでは従来の銀行のビジネスモデルを脱却することができない。そんな危機感のもと、2007年当時に総合企画部長を務めていた杖村修司(現・取締役頭取/代表取締役)がシステム部長を兼任。それまで各部門がバラバラに起案して導入していたシステム導入体制を見直し、コストを削減しながら本当に必要なシステムを定義して、最適化を進めていきました。
システム部の地位を高め、より経営戦略に密着した形で活動していったのですね。
岩間:はい。2012年にタブレットによる金融商品販売を開始してからは、徐々にシステムの内製化も進んでいきました。
従来の外部パッケージシステムでは、私たちが求める機能をスピーディーに実装することができません。また、パッケージを導入するためにはパートナーとの膨大なコミュニケーションコストを覚悟しなければなりません。銀行横並びで最適化されている既存パッケージでは独自戦略に対応できないという課題もありました。
そこでCRMシステムを刷新し、勘定系以外では初となる内製開発を実現。2015年には融資稟議システムを、そして2017年にはインターネットバンキングシステムを内製開発しています。アジャイル開発体制の構築によって、経営戦略をクイックにシステムに落とし込む狙いがあるのです。
結果、外部パートナー頼みだった以前と比べて、より早くより安価に我々のビジネスに合ったシステムを手に入れられるようになりましたが、一般的には一地方銀行でシステム人材をこの規模で抱えること自体、躊躇してしまうかもしれません。
なぜ北國銀行はその躊躇を乗り越え、内製を進める勇気を持てたのでしょうか。
岩間:経営トップの頭取がシステム部長を経験していることが大きいと思います。複雑化したレガシーな仕組みを変えるためには、トップダウンの思い切った決断や推進が求められる場面が多々あります。トップがシステムそのものや内製開発の重要性を理解しているからこそ、方針が社内に力強く伝えられ、実行力が生まれました。
自ら変化を起こす人だけでなく
「変化を柔軟に受け入れられる人」もDX人材
ここからはDXを担う人材の採用・育成についてお聞かせください。北國銀行では、自社に必要なDX人材をどのように定義していますか。
青岸:一般的には「高いITスキルで仕事を変革する人材」をDX人材と呼ぶのかもしれません。しかし私は、自らITを使って変化を起こす人材はもちろん、「ITによる会社や仕事の変化に対して自らを柔軟に変化させることができる人材」も、実質的にはDX人材だと考えています。システム部やシステム系グループ会社の専門家だけでなく、当社のやり方に適応できる人材は全員がDX人材なのです。
岩間:私も同じように認識しています。テクノロジーを活用し、人や組織を変革して地域社会をより良い方向に変えていくことが北國銀行にとってのDX。それはシステムの知識を持っているだけでは実現できません。システム部門だけが「アジャイルだ」「DXだ」と唱えていても、実際にアジャイルで価値のあるプロダクトやサービスを提供することはできないでしょう。ビジネス部門の社員とアジャイルマインドで協働していくことがDXを進める上で必須だと考えています。
青岸:コンサルティング職などシステム部門以外の職種を採用する際は、当社として成し遂げたいビジョンに共感してくれる志を最も重視しています。ITスキルを重要な採用基準とはしていません。また当社グループは約2000人の規模に対し、年間採用規模は50人程度です。割合としてはまだ従来からの銀行業務に携わってきた従業員が圧倒的に大きいので、そうしたメンバーもテクノロジーによる変革を柔軟に受け入れられるようにするための体制作りに注力しています。
岩間:システム部門以外の人材には、テクノロジーによって目の前の業務や顧客への提供価値をどのように変えられるのか、そして実際に変化を生み出していくためには何が必要なのかをともに考え、実行に移してもらうことを求めています。
「銀行だけど銀行じゃない」子会社を設立
“出島”だからこそ思い切った施策を打てる
貴社ではデジタル人材の受け皿として、2019年に子会社「デジタルバリュー」を東京に設立しています。デジタルバリューは銀行とは人材評価軸が異なる“出島”のような存在だとうかがいました。なぜこうした組織を立ち上げたのでしょうか。
岩間:私自身は東京のベンチャー企業へ出向したことがあり、そこでデジタル人材育成の重要性に気づきました。当時の経験がデジタルバリュー設立につながっています。
従来、私たちが持っていたデジタル人材のイメージは「大手SIerにいるような、決められた通りに確実にものづくりを進めることが得意な人」でした。しかしベンチャー企業では単に顧客から言われた通りのプロダクトを作るのではなく、そのプロダクトを真に価値ある存在へ育てるための顧客との対話を重視しています。そうした仕事に携わっているのは、固定観念にとらわれず、ITが好きで、ひたすらコードばかり書いているような人たちでした。
当社の地元・石川県にそうした人材が多いかというと、限界があるのも事実。「それならば東京にデジタル人材が活躍できる場を作ればいいのでは?」と考え、2019年11月にデジタルバリューを立ち上げました。
ただ実際に立ち上げてからは、思わぬ広がりを感じることになりました。設立直後のタイミングでコロナ禍に突入し、せっかく東京に作ったオフィスにも出社できない状況が続いたのです。メンバーは続々とリモート勤務での開発に移行し、当初の意図とは逆に「勤務地がどこであろうと関係ない」状態を作ることができました。
現在のデジタルバリューは、関東近辺在住のメンバーが5割くらい、他は関西圏や中京圏、九州、広島、さらには海外在住のメンバーもいて、フルリモート体制で開発しています。結果、この3年間で約50名の規模となりました。
デジタルバリューに集う方々にとっては、地方銀行の課題を解決していくことがやりがいになっているのでしょうか。
岩間:その部分にやりがいを感じてくれているメンバーもいるかもしれませんが、多数派ではないと思います。むしろ新しいテクノロジー分野で働きたいと思うエンジニアにとって、大規模なレガシーシステムが複雑に絡み合う銀行は最も避けたい業界なのかもしれません。
それでもデジタルバリューに人材が集まるのは、取り入れているテクノロジーやアジャイル開発手法がエンジニアにとって十分に魅力的だからだと考えています。従来の銀行のイメージを覆す制度設計のもと、新しい技術を試せる場所を設け、「銀行だけど銀行じゃないよ」と伝えているのです。応募段階ではビジネス課題の解決というよりも、「とにかく新しいことを試したい!」と、軽いノリでエントリーしてくれる人も多いんですよ。それでまったく問題ないと思っています。
従来の銀行のイメージを覆す制度設計とはどのようなものでしょうか。
岩間:一例を挙げれば、報酬面では銀行とは異なる年俸制を導入し、入社年次や勤続年数にかかわらず柔軟な昇給を可能としています。テクノロジー分野には若くても高いスキルを持ち、活躍する人材が非常に多い。そうした人がより良い環境を求めて動くのは当然なので、給与面でもしっかりと魅力を持たせる必要があります。また、銀行では未導入の裁量労働制を実施し、個人の裁量で働けるようにもしています。
もしこれが本体の一部門だったら、ここまで大きく違いを持たせることは難しかったかもしれません。銀行で人事制度を変えようとすると2000人に影響するわけですから、慎重にならざるを得ませんよね。しかしデジタルバリューなら、50人のスモールスタートでさまざまな制度を導入できます。“出島”だからこそ思い切った施策を打てるのです。
現在は銀行側にも、キャリア給など成果主義的な考え方を導入しつつあります。デジタルバリューでの取り組みは今後、本体へとさらにフィードバックされていくはずです。
全社的にデジタルマインドを醸成し
「経営会議に全員参加」する風土が生まれた
人材育成に関する工夫点もお聞かせください。DXを推進するにあたっては、新たな企業風土の醸成や社員のマインドセットの変化なども必要になるのではないでしょうか。
青岸:前述の通り、私たちは「高いITスキルで仕事を変革する人材」だけでなく、「ITによる会社や仕事の変化に対して、自らを柔軟に変化させることができる人材」もDX人材だと考えています。この方針のもと、当社では2015年頃からパートタイマーを含めた全従業員に仕事用のPCやスマートフォンを支給し、デジタルに対応して仕事ができる環境を作ってきました。日常の仕事のやり方を変えるとことから進めてきたのです。
大企業では全従業員をDX人材化するための研修カリキュラムを導入しているところもありますが、貴社では仕事の進め方そのものを“デジタルありき”にしていると。
岩間:前提として、当社は近年になってバズワード化したDXに慌てて取り組んでいるわけではありません。2000年代からの取り組みの継続によって、現在の全社的なデジタルマインドが醸成されています。
過去を振り返れば、2012年に実施したグループウェアの入れ替えも大きな転機だったと思います。ここで従業員のマインドが大きく変わりました。グループウェアをシンプルに使いこなし、ワークフローの申請などをできる限り簡素化していく中で、全員でオープンにコミュニケーションを取る文化が広がっていきました。
現在では、一般の経営会議にあたる「グループ戦略会議」をTeamsによって全従業員に生配信する取り組みも行っています。戦略会議の過程は従業員なら誰でも見ることができますし、リモート参加の従業員がコメントで意見を出すこともできます。各部門から起案される内容が当社のDXマインドから外れている場合は全員の目を入れて修正していきますし、マネジメントレイヤーにとって都合のいい話だけをすることもできません。
テクノロジーに付いていくというフェーズではなく、「テクノロジーを活用しきる」という視点が共有されているフェーズなのですね。
青岸:こうした組織風土のもと、現在はキャリア自律を重視しています。やりたいことがデジタルやITであればそれを学べばいい。コンサルティングやM&Aに携わりたければそれを学べばいい。その中でデジタルの志向を持つ人に対しては、何を学べばいいかをマイルストーンとして示すことも行っています。
岩間:ちなみに当社では、タレントマネジメントシステムも自分たちに最適化できるよう内製しています。ここでは従業員のデジタル関連スキルを個別に可視化しており、今後は社内で「どんなスキルを持つ人がどこにいるのか」をすべて可視化できるようにしていく予定です。このタレントマネジメントシステムは自社で一定の成果を発揮していることから、現在では地域の企業へ人事コンサルティングの一環として提供できるフェーズになりました。
すでに事業そのものにも大きな変化が起きているのですね。DXを基軸とした今後の展望についてもお聞かせください。
青岸:銀行業務だけにとどまらず、地域の価値向上のため、一般の事業会社同様にさまざまな事業を展開していきたいと考えています。
岩間:もちろん預金や融資などの銀行業務は社会インフラとして存続していきますが、従来の銀行のセクターにはとらわれず、地域へ価値を届けるための新たな事業領域へ挑戦していく予定です。銀行自身が変わり続けることで、地域における変革の先例を示していければと考えています。
(取材:2022年11月29日)