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トレンドキーパーソンに聞く2022/01/21

優秀な人材は既存の人事評価には表れない
日本企業の強みを生かした「デジタル人材」の育成方法とは

角田 仁さん(千葉工業大学 社会システム科学部 教授/デジタル人材育成学会 会長)

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角田 仁さん 千葉工業大学 社会システム科学部 教授/デジタル人材育成学会 会長

あらゆる産業分野でDXが重視されるなか、多くの企業がデジタル人材の育成を喫緊の課題として捉えています。しかし日本には、デジタル人材育成に確固たるノウハウを持つ企業が少ないのも事実。さらに今後は、急激に変化する技術トレンドにも対応していかなければなりません。課題は山積していますが、企業と大学でデジタル人材育成に携わり続ける角田仁さん(千葉工業大学 社会システム科学部 教授)は、「組織で人を育てる日本企業の強みを生かせるはず」と語ります。デジタル人材を発掘し、効果的に育成していくための秘訣について、角田さんにうかがいました。

Profile
角田 仁さん
角田 仁さん
千葉工業大学 社会システム科学部 教授/デジタル人材育成学会 会長

つのだ・ひとし/1989年に東京海上日動火災保険入社。主にIT部門においてIT戦略の企画業務を担当し、海外部門でのグローバルIT戦略の企画も担当。2015年からは同社IT企画部参与(部長)および東京海上日動システムズ執行役員として情報セキュリティやITサービスマネジメントの総責任者を務めたほか、多くのIT人材の育成にも尽力。2019年に大学教員へ転じ、2021年より現職(千葉工業大学)。同年4月にデジタル人材育成学会を設立。博士(筑波大学)。書籍に『デジタル人材育成宣言』(クロスメディア・パブリッシング)。

デジタル化が進む中で、「組織・人材」は圧倒的に立ち遅れている

現在、多くの企業がデジタル化への取り組みを加速させようとしています。角田さんはこの状況をどのようにご覧になっていますか。

日本企業のデジタル化は、ここ5年ほどで大きく進んできたと捉えています。2016年頃からディープラーニングや機械学習が注目されるようになり、2018年には大企業が一斉にデジタル専門部署を設置しました。そして現在では「DX」が注目されています。

現在の日本のDXは、大きく二つの潮流に分けられるでしょう。

一つは、商品・サービスのデジタル化です。人工知能を用いた新しいサービスが続々と登場しています。たとえば私が長年在籍していた東京海上グループでは、大規模な自然災害が発生した際の損害査定にあたり、人工衛星で地区の写真を撮影し、人工知能で分析させる仕組みを形にしています。従来は「人でなければ提供できない」「機械には任せられない」と思われていたようなサービスも、理論的に成り立てば認められるようになってきました。

もう一つの潮流は、プロセスのデジタル化。基幹システムの見直しやスマート工場の建設など、大企業の売り上げを支える仕組みそのものを全面的に刷新しようとする動きです。予算規模が大きい分だけリスクは高いのですが、果敢に変革へ挑んでいる企業も少なくありません。

一方で、日本のデジタル化は世界と比べて大きく遅れを取っているのではないかという声もあります。

たしかに、全分野において周回遅れであることは否めません。経済産業省が2021年に発表した第2弾のDXレポートでは、DXを進めるべき領域として「ビジネス」「商品・サービス」「業務」「プラットフォーム」の四つを挙げています。取り組まなければならない領域はまだ残されており、産官学をあげて推進スピードを加速させなければなりません。

とはいえ、商品・サービスや業務プロセスの範囲にとどまっているとしても、取り組み自体が進んでいることは評価すべきでしょう。民間企業の動きも他国に比べると遅れているかもしれませんが、2018年に大企業で一斉に専門組織が立ち上がったのは、実に日本らしいことといえます。横並びで徹底的に取り組みが広がっていくのは、日本企業の強みと言えるでしょう。こうした流れの中で、今や経営者も「うちにはDXなんて関係ない」などと言えない状況になっています。

ただ、日本企業の多くがデジタル化において圧倒的に立ち遅れている分野があります。それは「組織・人材」です。

「トップダウン型になれない」日本企業の弱み

具体的には、どのような問題があるのでしょうか。

世界との比較からひも解いてみましょう。スイスのビジネススクールIMDが発表している「世界デジタル競争力ランキング」を見ると、日本は年々順位を落としていて、2021年は64ヵ国中で28位となっています。一方、アジア諸国は香港の2位を筆頭に、どんどん順位を上げている。中国や韓国も、政府主導でデジタル化を強力に推進しています。

先進国の中で日本と同じように苦戦しているのはドイツで、2021年は18位でした。ドイツは重厚長大な産業が強い工業国であるという点で日本と似通っていますが、ソフトウェア分野に弱いという点でも共通しています。日本もIT化に関しては製造業で進んでいますが、保守本流のソフトウェア分野では苦戦しています。

では、なぜ日本の順位は下がり続けているのでしょうか。その因子を細かく見ていくと、「人材」で47位、「ビジネス俊敏性」で53位となっており、組織や人材を取り巻く問題が大きく影響していると考えられます。

なぜ日本企業は、人材やビジネス俊敏性の面で遅れを取ってしまうのでしょうか。

経営者やマネジメント層の問題もあると思います。日本企業はボトムアップ型でプロジェクトを進めることが多く、なかなかトップダウン型になれません。企業によっては「担当者のほうが偉い」という状況になっているところさえあります。

しかし、デジタル化を推進している企業は、良い意味でトップダウンなのです。他社が議論している間にさっと取り組みを始めてしまうことができます。技術品質的に極限まで正確性が求められる基幹系システムとは異なり、デジタル化においては8〜9割の正確性でも早く動くことが重要です。そうした意思決定をトップダウンで素早く下せないことが、日本企業の弱みなのではないでしょうか。

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DXを担う優秀な人材とは、頭がいい人ではなく「勉強熱心な人」

デジタル化の担い手である人材の確保・育成も、日本企業の多くが課題として挙げています。

経済産業省の公式見解では、2030年に78.7万人のデジタル人材が不足すると予想しています。2030年といえばもう目前ですから、人材確保に向けた対策は急務です。

ポイントとなるのは、いわゆるITベンダーで働く約100万人の人材のスキルチェンジでしょう。このうち約半数は、日本のITベンダー大手6社に集中しています。そしてこの6社が今、ものすごいスピードで人材育成を進めているのです。

一方で、ユーザー企業といわれる側、つまりほとんどの企業の人事が考えなければいけないのは「社内のデジタル人材のスキルチェンジ」です。ユーザー企業側のデジタル人材は、日本全体で約30万人に上ると推計されています。

たとえば金融機関には、COBOLやPL/I(ピーエルワン)といった旧来のプログラミング言語しか教わっていない人材がたくさんいます。すでに50代に差しかかっている人も多く、新しい技術を習得するのは容易ではないかもしれません。さらに、こうした人材は従来の基幹システムの運用・保守に携わっていることが多く、古い技術を求められ続けているため、大胆なスキルチェンジに踏み出しにくいという問題もあります。

これらの問題をいかにして乗り越え、リスキリングを進めていくのか。この点については、私自身もこれから人事関係者の方々と議論し、一緒に考えていきたいと考えています。

今後、DXの推進を担うデジタル人材に求められるスキルとはどのようなものでしょうか。

この質問をいただくことが大変多いのですが、私はいつも「What(何のスキルか)にはこだわらないほうがいい」とお答えしています。なぜなら、デジタル分野では必要なスキルが毎年のように変わるからです。1年かけて一生懸命に学んでも、翌年には求められるスキルが変わってしまう。それなら、その時々のトレンドやスキルに飛びついていけばいいでしょう。

人工知能がわかりやすい例です。2018年にディープラーニングなどが取り沙汰されましたが、その当時と今では、たった3年間の違いにもかかわらず、必要な技術が大きく移り変わっています。3年前は自分自身で難しい言語を習得する必要がありましたが、今では中学生でも扱えるPythonを使ったシステムの中で、ライブラリの中から必要な項目を活用できるようになりました。

同じように、現時点で必要とされているスキルも、2〜3年後には変わる可能性が高いと考えられます。移り変わる環境に柔軟に対応していける体制を作るほうがよほど現実的でしょう。DXを担う優秀な人材とは、頭がいい人ではなく「勉強熱心な人」なのです。

そうした意味では、社内研修の機会を充実させていくことが大切ですし、「業務時間内の一部を使って好きなことを学べる」人事制度を作るなど、従業員が勉強熱心になれる仕組みを用意していくことも必要だと思います。

デジタル領域で伸びる人は「語学の素養がある人」に近い

角田さんは著書『デジタル人材育成宣言』において、デジタル人材の育成主体として「ユーザー企業における企業内教育」「ITベンダーにおける企業内教育」「大学教育」の三つを挙げています。それぞれがどのようにしてデジタル人材を育成していくべきなのかをお聞かせください。

現状、日本のデジタル人材はITベンダーに偏っていますが、ユーザー企業へシフトさせていく必要があります。ITベンダーには約100万人、ユーザー企業側のIT部門には約30万人という状況ですが、経済産業省はこの割合を5:5に持っていきたいと考えていて、私も概ね同意しているところです。

ユーザー企業の中でITに詳しい人材を作る、いわゆる「内製化」の必要性はずっと指摘されてきました。ITベンダーへの過度な依存から脱却し、ユーザー企業側にデジタルに明るい人材を増やしていかなければ、技術革新のスピードに対応することも、真の意味で両者が連携していくこともままならないからです。

一方で大学に目を向ければ、基礎的なエンジニア教育さえもまだまだ不十分な状況です。文部科学省では教育現場におけるデジタル人材育成に急激に舵を切りつつありますが、データサイエンス系の学部・学科をもっと増やすべきでしょう。日本の大学に数ヵ所の学部・学科ができるまでの数年間で、アメリカや中国では数百の学部・学科が設置されています。簡単なSE教育でいいので、もっと大学で教えるべきです。私が現在教えている学生を見ていると、JavaにせよPythonにせよ、若者たちはスポンジに水を含むように吸収してくれていますよ。

デジタル人材の育成の肝はどこにあるのでしょうか。

大学でプログラミングを教える中で、よく育つ人は「語学の素養がある人」に近いと感じています。

語学では、話せるようになるために「まずは英語でランチを注文できるように」などの小さな目標に向かって学んでいきますよね。プログラミングの学習もそれに近く、実際にやってみることが大事です。そこで私は黒板に1行だけ「○○ができるアプリを作ってみよう」と指示を書き、学生たちには見よう見まねでスマホアプリを作ってもらっています。

教材は何も提供しません。授業で指示するレベルのアプリであれば、学生が自分でネットを調べていけば作れるはずだからです。語学を学ぶ際、自分からネイティブスピーカーにどんどん話しかけられる人が伸びるように、自分で興味を持ち、調べて、作ってみることを繰り返せる人がどんどん伸びていきます。

企業内でも、普段の業務と切り離してそういう機会を作ってみるといいかもしれません。たとえば朝、「画像認識のシステムを作ってください」と課題を出し、勝手に調べて作ったものを夕方に提出してもらうなど。こうしたやり方を試してみれば、伸びる可能性のある人材を見つけられると思います。

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人事評価があまり高くない人にも可能性がある

企業におけるデジタル人材の採用について、角田さんは「理系新卒を積極的にデジタル人材として採用すべき」とも述べられています。

デジタル人材は間違いなくスペシャリストです。従来のゼネラリスト人材とはまったく違います。

今までのように基幹系システムが中心であれば、文系ゼネラリストでも回すことができるでしょう。技術よりも業務について詳しい人材のほうが、活躍できる状況だったのかもしれません。

しかし、今は違います。技術を知っている人材か、事業を知っている人材かで比較するなら、圧倒的に技術を重視しなければならない時代です。ジョブローテ—ションや育成、キャリアパスなど、さまざまな人事制度を通じてスペシャリストを育成する必要があります。その入り口となる採用においては、理系新卒の採用により力を入れていくべきでしょう。

大企業では、デジタル人材の素養がある人を社内から発掘しようとする取り組みも増えています。

実際、社内に眠っている人材は多いと思います。私も東京海上グループ時代には、若手の発掘と育成に心血を注いでいました。プログラミングやITの世界は、一見すると数学や統計の素養が重要だと思われがちですが、私はそうではないと考えていました。先ほども申し上げたように、頭がいい人ではなく勉強熱心な人、毎日コツコツ勉強できる人が活躍できるはずだと。そうした人材は、未知の領域であっても自分で調べて対応していけるでしょう。

ちなみに、私がセキュリティ人材を育成していたときには、社内での人事評価があまり高くない人にも注目していました。コミュニケーションが苦手でも、コツコツ勉強し続けることが得意な人。そんな人材を育成したところ、社外の人にも一目置かれるような驚くべき成長を遂げてくれました。

デジタル人材育成は「本店人事部」が担わなければならないテーマ

角田さんは2021年4月に「デジタル人材育成学会」を設立されています。今後はどのような活動を計画していますか。

企業と大学の連携に力を入れていきたいと考えています。

学会といえば、通常は研究発表会や機関誌発行といった活動が主ですが、それだけではなく、普通は学会ではやらないようなことにも取り組んでいくつもりです。書籍出版を通じて企業とのつながりを増やしたり、地方での人材育成事例を取り上げたり、海外機関と連携したり。そうした活動を通じて企業と大学の仲人役を務め、デジタル人材育成の機運を盛り上げていきたいですね。

人事関係者には、自社内でのデジタル人材育成に力を入れていきたいと考えている人が多いはずです。そうした方々へのアドバイスやメッセージをお願いします。

企業によっては、これまでデジタル人材の育成や評価などが「本店人事部の管轄外」だったところもあるのではないでしょうか。ITのことはIT部門に任せておく。そんな考え方で進んできた企業は少なくないと思います。

しかし、今後のデジタル人材育成は部門任せでは立ち行きません。DXに求められているのは、デジタルを使ったビジネスが増えるというレベルではなく、日本企業における仕事のやり方の変革であり、パワーバランスの変革なのです。これはまさに、本店人事部が担わなければならないテーマでしょう。

簡単なことではありませんが、私は日本企業ならではのアドバンテージを必ず生かしていけるはずだと信じています。企業の中でしっかりと人材を育成していく文化は、デジタルの時代には絶対的に必要なもの。アメリカの企業では画一的な教育システムさえ導入しづらいものですが、組織で人材を育成し続けてきた日本企業なら、圧倒的なスピードで教育システムを確立できるはずです。

私たちの強みを失うことなく人材育成を進めていけば、DXの課題も乗り越えられるはずです。一緒に頑張りましょう。

(取材:2021年12月9日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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