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トレンドキーパーソンに聞く2018/07/31

これからは「HR Intelligence」の時代
――組織が戦略目標を達成するためにテクノロジーを活用する

株式会社リクルート 専門役員 兼 リクルートワークス研究所 所長
大久保 幸夫さん

基礎

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株式会社リクルート 専門役員 兼 リクルートワークス研究所 所長 大久保 幸夫さん

ますます注目度が高まる「HRテクノロジー」。しかし、「何から着手したら良いのかわからない」「人事の現場をどう変えてくれるのだろうか」「そもそもHRテクノロジーとは何なのか」などといった疑問の声はいまだに多く挙がります。リクルートワークス研究所所長の大久保幸夫さんは、「テクノロジーありきで考えるものではない。組織が戦略目標を達成するためのテクノロジー活用、という発想が重要」と強調します。その考え方は、「HR Intelligence(HRインテリジェンス)」と呼ばれるものです。改めて「HRテクノロジー」とは何なのか、なぜ必要とされているのかを考察した上で、これから必要とされる「HR Intelligence」の考え方やHRテクノロジーの未来について、大久保さんに語っていただきました。

プロフィール
大久保 幸夫さん
大久保 幸夫さん
株式会社リクルート 専門役員 兼 リクルートワークス研究所 所長

おおくぼ・ゆきお/1983年、株式会社リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)に入社。人材総合サービス事業部企画室長の時に「リクナビ」「タウンワーク」などの立ち上げに関わる。地域活性事業部長などを経て1999年にリクルートワークス研究所を立ち上げ、所長に就任。2010年~2012年 内閣府参与を兼任。2011年 専門役員就任。現在、厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会委員、文部科学省中央教育審議会生涯学習分科会委員、一般社団法人産業ソーシャルワーカー協会理事、一般社団法人人材サービス産業協議会理事も務める。著書に『働き方改革 個を活かすマネジメント』(日本経済新聞出版社)など多数。

「HRテクノロジー」は、三つの領域を包含する

改めて「HRテクノロジー」とはどういうものなのか、お教えいただけますか。

「HRテクノロジー」には、一つの定義があるわけではありません。また、「HR Tech」と「HRテクノロジー」とではニュアンスが少し違います。HR Techは、採用関連のテクノロジーのイメージが強く、どちらかというと狭義です。一方、HRテクノロジーは、三つの領域を含んでいます。一つ目は、採用実務に関するもの。インターネットからSNSへの流れがあるなかで、それらとAIをかけ合わせて採用力を高めるとともに、採用業務を効率化する新しいサービスが数多く出てきました。マーケットとしては一番大きい分野です。二つ目は、給与計算に代表される人事管理システムです。昔は、経営管理システムと連携するかなり大がかりな仕組みでしたが、クラウドが普及してからは、コンパクトなものがたくさん登場しました。日本企業がグローバル化を進めていくなかで「新しい人事システムが欲しい」という声が挙がり、その流れに乗ったわけです。三つ目は、ウェアラブル端末を活用し、働いているときの行動を記録したり、バイタルデータを取ったりして、どうしたらより健康的に、かつ効率的に働けるかという、人間の行動を科学するアプローチです。HRテクノロジーというよりも、むしろ「ピープルアナリティクス(職場の人間科学)」といったほうが自然かもしれません。以上の三つを一括りにしてHRテクノロジーと呼ばれています。だから、理解されづらいのです。

図:狭義のHRテクノロジー

図:狭義のHRテクノロジー

図:狭義のHRテクノロジー

図:広義のHRテクノロジー

その「HRテクノロジー」が今、なぜ求められているのでしょうか。

人事部門はテクノロジーの活用が大きく遅れている部署です。勘と経験にたよっている、と揶揄(やゆ)され続けてきました。また、多くの企業の人事部門は、ブラックボックスになっています。採用でも人事評価でも人事異動でも、出した結論を説明する義務がありません。しかし、これだけビジネス環境の変化のスピードが速く、課題が複雑化している時代には、それでは通用しなくなってきました。そこで、人事部門もしくは人事業務をもう少し「見える化」することで、従業員との信頼関係を深めていこうとする流れが生まれたのです。

もう一つは、人事部門は雑用の山だ、ということです。人事はオペレーションの組織といってもいい。もっと業務の進め方を戦略的に考えようという声が挙がる一方で、オペレーションをどう効率化させるかが常に課題となっています。効率化へのニーズがますます増えている一方で、第4次産業革命と呼ばれるAIやIoT(モノのインターネット)、ロボティクスといった新しいテクノロジーの発達のほか、グローバル化、人材不足などの要素が集まって、これだけ多くの注目を集めているわけです。

大久保さんは、今必要なのは「広義のHRテクノロジー」であると主張されています。

前述のように「HRテクノロジー」と言えば、かなり広い意味になります。採用や人事管理はもともと人事が管轄していた領域で、「狭義のHRテクノロジー」です。しかし、人や組織の問題には、人事が管轄していない領域がたくさんあります。ピープルアナリティクスはその典型ですね。社員の行動データを収集・分析して、職場のあり方や満足度の高い働き方などを導き出すことを目的に行われています。このように本来は人事マターではないけれど、人の動きに関連するものだから人事としては無視できない、関心を持っていなければならない、という外側の領域を含めて「広義のHRテクノロジー」と言っています。

「広義のHRテクノロジー」の事例には、どのようなものがありますか。

例えば、新しいデータを取るために機材を首にぶら下げたり、あるいは何かを身に着けたりするケースです。最近だと株式会社ジンズが、眼鏡で集中度を計測する「JINS MEME(ジンズ ミーム)」というプロダクトを出しています。これを使うと、仕事のなかで集中できている時間と集中できていない時間が全てデータ化されるので、どうすれば集中度が高まり、生産性を向上させられるのかを考える上でヒントになります。

また、ウェアラブル端末を使えば、従業員が誰とコミュニケーションをとっているのか、どのようにコミュニケーションをとると効率が良くなるのかがわかります。つまり、効率が良くて業績の良い人の動きをほかの人に伝えることができるのです。成果を上げている人の仕事の進め方をまねすることは、人材育成にもつながります。

人事エンジニアの時代が到来。統計学は人事の必須科目に

大久保さんは、「人事部門に所属しているデータアナリスト」=「人事エンジニア」の必要性を主張されています。その理由を教えてください。

人事部門は多くのデータを保有していますが、残念ながらこれまで、ほとんどのデータを使ってきませんでした。そうした人事が蓄積しているデータをうまく活用して、もう少し人事のアプローチを科学的に行おうとする企業が増えています。人事として蓄積されているデータを分析し、そこからエビデンスベースで人事施策を展開していく役割を持った人を、私たちは「人事エンジニア」と呼んでいます。

人事部門としてデータサイエンティストが欲しいというニーズもありますが、データサイエンティストは国際的に見ても、最も高止まりしている職種です。給料も非常に高い。そこで、決して特殊な能力を持った人ではないけれど、ある程度データ分析ができる「人事エンジニア」を人事部門に取り入れよう、ということです。

昨年、当社が発行する人事専門誌『Works』でも「人事エンジニア」を特集したことがあります。いくつかの企業を取材したのですが、データ分析の知識を生かしつつ、判断は人と対面して行うという、人事の方がいました。このように、さまざまな取り組みのベースとして、データを分析しながら全体を理解していく重要性を理解してほしいと思います。

大久保 幸夫さん photo

人事エンジニアがいる企業は、まだまだ少ないと思います。人事エンジニアを増やすためには、どのようなことから始めれば良いとお考えですか。

どこの会社にも、人事エンジニアになりえる人はいます。また営業部門にも、データを分析してマーケティングを行っている人はいます。そういう人を人事部門に異動させれば良いのであり、それほど難しい話ではありません。Excelでいいのでデータを分析して、それを活用できるレベルの人であれば十分です。高度なスキルを持ったデータサイエンティストを求めているわけではありませんから。

人事分野研究の専門家として知られる米国ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が、人事コンピテンシー2016年版で、人事に求められる能力を九つ挙げています。そのうちの二つはテクノロジーに関するものです。一つは、ビジネス・人事データを管理・処理し、意思決定のためにそれを解説・活用する能力。もう一つは、好業績な組織づくりを後押しするためのテクノロジーやソーシャルメディアを活用する能力です。

本来は人事部門にいるメンバー全員が、このようなコンピテンシーを持つべきです。それほど難しいことではなく、外部の講座などに通って統計の勉強をすれば十分です。真面目にやれば1ヵ月で上達するでしょう。もともと人事にはさまざまな専門性が必要です。組織開発、人的資源管理、労使関係、労働法、労働安全衛生、労働災害、健康保険、健康管理、医療関係、カウンセリング、キャリア開発など、挙げたらきりがありません。それに加えて、データ分析に関する知識も必要だ、ということです。

人材マネジメントを科学する「HR Intelligence 」

大久保さんは、「HR Intelligence」の必要性も論じています。「HR Intelligence」とはどういうものなのかを詳しく教えてください。

「HR Intelligence(HRインテリジェンス)」とは、欧米で最近使われ出している言葉です。「HRテクノロジー」と同じように、使う人によって若干ニュアンスが違います。私は、「組織が戦略目標を達成するためにテクノロジーを駆使して、人・組織に関するさまざまなデータを収集・分析することにより、科学的な人材マネジメントを効率的に行う体系的なプロセス」と定義しています。

「HRテクノロジー」というと、一つひとつのサービスの話になってしまいがちです。しかし、「目の前のサービスをどう活用しようか」では、考える順序が違います。本来は、人事として解決すべき課題をどうやって解決するのかを考える際、一部にテクノロジーを取り入れるべきなのです。それが、まさに「HR Intelligence」という考え方です。

人事部門は、まだまだ目の前の問題に意識が向きがちです。「こんな新しいテクノロジーが出てきた」と聞いて面白がるけれど、活用することでかえって負担が増える場合もある、ということになかなか気づきません。すると仕事ばかりが増え、生産性を落としてしまうことになる。

確かに、「テクノロジーありき」で考えてしまいがちな傾向がありますね。もう一つ、テクノロジーの活用に関して問題になりやすいのが、「人が行う仕事」「テクノロジーで行う仕事」の線引きだと思います。それについてはどうお考えですか。

三つに分けて考えると良いと思います。一つ目は、人が介在するよりも完全にテクノロジーを活用したほうが良いものがある、ということ。例えば、会社説明会の連絡やセッティング、会社の規定に関するごく初歩的なレベルの質問への回答など。これらは、人事部門の業務の中では周辺業務と言っていいでしょう。そのため、人が行わずにテクノロジーを使って自動化させても、誰も不便だとは思いませんし、逆に生産性が上がるなど、プラスの評価しかありません。

二つ目は、人が行うことによって質が下がるものがある、ということ。例えば、面接です。人が判断すると間違いが多く発生するので、最近は面接にもテクノロジーを活用するケースが増えています。高いパフォーマンスを上げている社員のデータと応募者のデータを比較して、応募者が活躍できそうかどうかをAIが判断する。事前に応募者へ質問を送り、回答している様子を映像に撮って送ってもらい、AIでその映像を解析する、といった動きが出てきています。新しいことに前向きに取り組めるか、情緒が安定しているか、仕事に対してポジティブに考えるかなどを、目線の動かし方や話しぶりで冷静に分析し、瞬時に判断してくれます。人には決してまねができません。

三つ目は、テクノロジーでは質を高められないもの、人でないとできないものがある、ということ。テクノロジーだけでは、応募者の合否を決めることはできません。テクノロジーも完璧ではないからです。応募者が人として信頼できるのか、会社の風土になじんで一緒にやっていける人なのかといった最後の判断は、人でなければできません。だから、最終面接は人が行うのです。逆に言えば、最終面接以外は全部テクノロジーでできるということ。実際に、そういう会社が既にあります。

整理すると、ある部分は当然のようにテクノロジー化したほうが良い。テクノロジーにできないことは、人がしっかりとやる。人がやることは、極力最低限にすべきです。

実際に「HRテクノロジー」を活用する際には、社内の経営層や現場の事業部門に対する働きかけが必要だと思いますが、どのように行えばいいのでしょうか。

大久保 幸夫さん photo

この10年から20年、人事部門の人数は減り続けていて、仕事に手が回っていません。しかし世の中の流れとして、人事部門も長時間労働をするわけにはいきません。まずは、単純な業務をテクノロジーによって効率化させることです。それは、経営者も認識しているでしょう。むしろ、テクノロジーの問題や必要性は経営者のほうが人事部門よりも認識できているかもしれません。何しろ、人事はテクノロジーの導入が最も遅れた部署ですからね。なぜ人事は今ごろこんなことをやっているのか、という経営者は多いと思います。

新しいテクノロジーを導入する際に問題となるのは、経営者ではなく、現場の事業部門です。現場の事業部門への働きかけに関しては、「HR Intelligence」の考え方に終始します。彼らは人事に対して「余計なことはしてほしくない」と考えています。新しいことを上乗せで行ってはいけません。今やっていることを効率化することや、合理化するためのシステム改変・構築であることをしっかりと伝えないと、現場は理解してくれません。現場の負荷を増やさないためにも、テクノロジーの活用においては「HR Intelligence」の発想が欠かせません。

専門家とテクノロジーとの組み合わせで課題を解決する流れに

今後「HRテクノロジー」はどのように進化していくとお考えですか。

いくつか大きなテーマがあります。まず今は、テクノロジーになじみやすいところから活用されていますが、次は逆に、一番テクノロジー化されにくいところが着目されると思います。例えば、キャリア相談や健康相談などです。これらはAIが対応することが難しい領域ですが、そのなかにどうやってテクノロジーを活用していくかがポイントですね。

従業員は仕事や健康に関してとても悩んでいます。しかし、悩んでいても会社にはなかなか言えないこともある。その結果、生産性を落としたり、離職につながったり、メンタルが低下したりしてしまうわけです。そこまでのレベルになると、産業医もなかなかコミットできません。しかし、組織のなかでは大きな問題なので、人事としてもなんとか対応したいけれど、難しくてほとんど対応できていない、というのが実状です。

打開策になるような取り組みはないのでしょうか。

株式会社インクルージョンオフィスという会社が運営する「ワークライフ相談室」などがあります。クラウドによって、さまざまな悩みを外部の専門家に相談するサービスです。従業員がいつでもどこでもスマートフォン上で、自分が困っていることを入力すると、日本全国の専門家がクラウドを使って48時間以内に答えてくれる、というサービスです。しかも、通常、相談は1対1で行うものですが、クラウドなので相談内容を複数の専門家が共有して見ることができます。例えば、田舎にいる親が倒れてしまったが介護と仕事を両立するにはどうしたら良いかといった相談に対して、介護や医療の専門家やソーシャルワーカーなどが、それぞれの領域からアドバイスしてくれるわけです。最終的には、それらを取りまとめて本人に返答する、という仕組みです。

実は、ソーシャルワーカーは最もAI化されにくい領域です。しかし、クラウドを使って今のような仕組みを作ると、テクノロジーの活用によって利用できるようになります。これはあくまでも一つの事例ですが、人事としてテクノロジー化が非常に不向きとされるテーマでも、人としての専門家とテクノロジーを組み合わせることで課題が解決することもあるのです。

最後に、大久保さんが「HRテクノロジー」に最も期待されていることをお聞かせください。

「HRテクノロジー」によって、ダイバーシティ&インクルージョンが進むことです。女性だからとか、高齢者は使いにくい、などというのは一種の統計的差別です。確かに、平均するとそういう傾向があるのかもしれませんが、本当は一人ひとり違っているはずです。「HRテクノロジー」を活用すれば、性別・年齢・国籍などの属性に関する統計的差別を越え、それぞれのデータを分析した上での適切な対応・判断が可能になります。人事部門に人事エンジニアがいれば、かつてのような偏見や思い込みではなく、一人ひとりの個性や能力に合わせた人事の最適化・運用ができるようになると思います。

大久保 幸夫さん photo

(2018年7月13日 東京・中央区のリクルートワークス研究所にて)

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