人工知能やビッグデータは、働き方改革にどのように貢献できるか
~日立製作所が解明した、センサーを使った幸福感の測定と生産性向上の方法とは~(前編)
矢野 和男さん(株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長)
2017/05/31基礎、人工知能(AI)、ビッグデータ、働き方改革、リモートワーク・働き方、日立製作所、幸福感、生産性
こうした人工知能の研究・活用を長年主導してきた、同社研究開発グループ技師長の矢野和男さんに、人工知能やビッグデータが働き方改革にどう貢献できるのかについてインタビュー。前編では人工知能に対する誤解や、米国と日本との違い、企業とテクノロジーをめぐる環境変化についてお話をうかがいました。
- 矢野 和男さん(ヤノ カズオ)
- 株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長
1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引してきた。論文被引用2,500件、特許出願350件。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。現在、研究開発グループ技師長。著書『データの見えざる手』は2014年のビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。
人工知能に対する「五つの誤解」
世間では、人工知能がどの程度正確に理解されていると思われますか。
正直、人工知能やテクノロジーについては妄想に満ちた話が多いと感じています。中には「数年すると自分たちの仕事がなくなるのでは」といった論調もありますが、そういった話は必ずしも真実ではありません。人工知能にも物理法則が制約しますし、情報理論の制約もある。「できることとできないこと」のはっきりした線引きがあるのです。
しかし、その一方で、人工知能によって有益なデータ分析が行われれば、我々が想像する以上の、大いにインパクトを持った結果を得ることができます。実際に、ビジネスの中でそういった結果も見られ始めています。
現在起きているのは、特定のファンクションにおける変化ではなく、企業全体、経済活動全体に関わるような大きな変化です。このような状況下では、人工知能の価値をきちんと理解し生かしていくことが重要ですが、誤解されている部分がまだ多いと思います。
人工知能に対する「誤解」とは何ですか。
五つの誤解があると感じています。一つ目は「人工知能はテクノロジーと関わりの薄い文系の人には理解できない」といった誤解です。人工知能とは単純でわかりやすく、理解しやすいものです。一見、アナログ要素の多い人事という仕事とは距離があるように思うかもしれませんが、人工知能がもたらすインパクトはむしろとても大きくなると思います。
二つ目は「人工知能はテクノロジーである」という誤解です。人工知能とは、人間の方法論における一つの進化した形です。テクノロジーや技術といった視点では捉えきれず、その本質は我々の新しい方法論です。
三つ目は「人工知能ではデータの量(ビッグデータ)が重要になる」という誤解です。人に関するデータには「アウトカム(結果)のデータ」「アクション(行動)のデータ」「コンディション(条件)のデータ」と三つの種類があり、この中でも、アウトカムとアクションが特に重要です。それらが三つ揃っていることが重要なのです。三つのうちどれか一つでも欠けていれば、データがいくら大量にあっても何もできません。
四つ目は「人工知能の導入によって、人は画一的なことを強いられる」という誤解。これまでの機械は、人に一定の条件を押し付けてきたかもしれません。しかし、人工知能はそれと全く逆で、一人ひとりの違いを考慮して、むしろ多様性を増やすメカニズムを持っています。その前提に大きな違いがあります。
五つ目は「人工知能が活躍するのは遠い未来」という誤解です。私は、人工知能は今そこにあるものだと考えます。例として、日立は、プロダクトの会社からサービスソリューションを提供する会社へと変わりつつある中で、私たちは社内の600名の営業スタッフに加速度センサーを持たせて、人工知能を活用。どうすれば営業スタッフの幸福感(ハピネス)が上がるのかを研究し、すでに成果も上げています。人工知能は、もうすでに活用できる状況にあるのです。
■図1:人工知能に対する「五つの誤解」
- 1. 人工知能はテクノロジーと関わりの薄い文系的な人には理解できない
- 2. 人工知能はテクノロジーである
- 3. 人工知能ではデータの量(ビッグデータ)が重要になる
- 4. 人工知能の導入によって、人は画一的なことを強いられる
- 5. 人工知能が活躍するのは遠い未来
「HR Tech」という人事にテクノロジーを活用する動きは、米国でも同様に起きていますが、日本と米国で違いはあるのでしょうか。
米国と日本では、人事の動き方のダイナミックさが大きく違うように思います。米国・シリコンバレーのある企業を訪問した時に、「この1年間で従業員が2倍になった」と言われました。数千人規模の企業ですが、正社員、それも本当に必要な人材を選んで採用し、増やしているのです。米国の先端企業は、これほどダイナミックに動いています。人工知能の分野でも、一流大学の研究室の教授や生徒がまるごと、大学を離れて企業内に移る、ということが起きています。このように米国では大変ダイナミックな出来事が起きていますが、日本はまだそのような状況ではありません。
人事分野におけるテクノロジーに対する投資も、米国と日本では金額は桁違いです。人事にテクノロジーを活用することの価値に対して認識が低く、積極性も低い。状況は大きく違うと思います。
しかし今こそ、日本企業の人事はテクノロジーに向き合う時が来たと考えます。そのことをもっと進めなければいけないと思います。米国企業の人事は、テクノロジーの影響により、今後はさらに大きく変わっていくはずです。これからの人の働き方について、まだ答えがあるわけではありません。日本企業もデータをもとにPDCAを回して、硬直化した組織の中に変革を進めていかなければならないでしょう。私もいろいろな企業の方と話しながら、これから人事はどうあるべきなのか、人事には何を期待されているのかについて、考えています。