「作る速さ」から「決めて届ける速さ」へ
AIを全社導入したMIXIのエンジニア組織戦略
株式会社MIXI 執行役員 CTO 吉野 純平さん
株式会社MIXI 開発本部 CTO室 杉田 絵美さん

生成AIの台頭により現場の作業スピードは上がったが、社内の合意形成や承認プロセスに時間がかかり、最終的な価値提供が遅れてしまう――。効率化の次に来るこのボトルネックに、多くの企業が直面しています。『モンスターストライク』『家族アルバム みてね』などを提供する株式会社MIXIは、2026年4月に開発本部を再編。同社が目指すのは、「作る速さ」の先にある「決めて届ける速さ」の追求です。同社のエンジニア組織を牽引する吉野さんと杉田さんに、AI時代におけるエンジニア組織の設計や働き方の見直しについて伺いました。

- 吉野 純平さん
- 株式会社MIXI 執行役員 CTO
よしの・じゅんぺい/2008年新卒入社。SNS「mixi」のインフラ、アプリケーションの運用などを経て、現在は執行役員CTOとして全社のエンジニア組織および技術領域を統括。

- 杉田 絵美さん
- 株式会社MIXI 開発本部 CTO室
すぎた・えみ/2016年よりエンジニアの発信支援や技術コミュニティの活性化、AI関連ツールの活用ワークショップ開催に携わる。2026年4月の組織再編に伴い、CTO室に配属、兼務にてLab準備グループ及びたんぽぽ室 Seed Podsグループマネージャーに就任。
事業部ごとの開発文化とエンジニアの役割
現在の組織体制、エンジニアと各事業部の関わり方について教えてください。
吉野:MIXIでは、組織の構造を大きく二つの領域に分けています。具体的なサービスを市場に提供している各事業部と、特定の事業部には属さない共通組織です。
事業部側には、デジタルエンターテインメント事業の「モンスターストライク」や、ライフスタイル事業の「家族アルバム みてね」など、多岐にわたるサービスが存在し、それぞれの組織の内部に開発担当のエンジニアが配置されています。
事業部に属さない共通組織としては、コーポレートITやセキュリティ室、開発本部があり、それぞれの組織にエンジニアが所属しています。
現在、直接雇用のエンジニアは全社でおよそ360名です。新体制となった開発本部には90名弱のエンジニアが所属しています。事業部側には200数十名のエンジニアが所属し、各サービスの開発業務に従事している体制です。
杉田:当社で特徴的だと感じているのは、エンジニアの配置構造です。ベンチャー企業や成長フェーズにある組織の場合、一つの事業にエンジニア全員がひもづいていて、開発の部署も一つにまとまっているケースがよく見られます。複数の事業を展開する企業でも、数個程度に集約されていることが少なくないと思います。
当社は、多様な事業部それぞれにエンジニア組織が独立して存在しています。そのため、プロダクト開発における技術の選択や、開発を推進する上での文化や風土についても、事業部ごとに全く異なっているのが最大の特徴です。
事業部ごとの文化や風土には、どのような違いがあるのでしょうか。
吉野:大きく異なるのは、デジタルエンターテインメント事業を展開している部門と、ライフスタイル事業のアプリケーションを提供している部門のカルチャーです。例えば「家族アルバム みてね」を開発するチームでは、スクラム開発を取り入れ、比較的小規模なチームで動くことが多い。一方、「モンスターストライク」のようなゲーム開発では、さまざまなIPとのコラボレーション企画などが決まっているため、スケジュールが堅めに設定された形で進むことがあります。毎月のようにイベントやバージョンアップが予定されているため、「指定された期日までに特定の機能を必ずリリースする」という目標に合わせて、チームが一丸となって開発を推進します。こうした開発スタイルの根本的な違いが、そのまま組織の雰囲気に反映されています。
杉田:ゲームやエンターテインメント系の部署はみんなでわいわいと盛り上がるような活気のある雰囲気があります。一方、ライフスタイル系のみてねを開発する部署は、小さなお子さんを持つメンバーが多く在籍していることもあり、温かく優しい雰囲気があります。社員が子供の誕生をきっかけに、自らたずさわったサービスを家族で利用している話をうれしそうにしてくれることもあり、社内でも事業部ごとの空気感の違いを実感する機会が多くあります。

現在の組織構造になるまでの経緯を教えてください。
吉野:長期的な変遷を振り返ると、2004年にSNS「mixi」が誕生した当時は、SNS事業と求人情報サイトの「Find Job!」(現在は終了)の二つのサービスが中心の組織でした。2008年に私が入社した当時は、全社員の9割以上がSNS「mixi」の運営にたずさわり、わずかな人数のチームがもう一つの事業を担当する構造でした。
その後、会社は過渡期を迎えます。2013年頃に、SNS「mixi」の人員を新規事業へと大きくシフトさせる組織再編を行いました。当時は、スマートフォン向けのアプリケーションを1年に50本作るという方針のもとで活動が推進され、サロンスタッフ直接予約アプリ「minimo」などのサービスが生まれました。「モンスターストライク」は当初その枠組みに入っておらず、水面下で地道に開発を進めていたものが大きなヒットを記録したのです。
この成功を契機として、事業ごとに個別の組織を構築していく手法が標準化されました。当時は事業の急成長に合わせて、ほとんどの人員がデジタルエンターテインメント領域に配置されました。その後、デジタルエンターテインメント領域とライフスタイル領域に加え、新たにスポーツ領域も注力事業として 投資が進められ、現在の各領域に特化した分散型の事業部組織へとつながっています。
流動性の向上と意思決定の迅速化をもたらすには
2026年4月に開発本部を再編した理由と、狙いを教えてください。
吉野:組織再編の目的は、エンジニアのアサインにおける流動性を高めることと、意思決定の経路をシンプルにして迅速な判断を可能にすることです。以前の開発本部では役割に応じた細かなグループがありましたが、関連する部署に人員が分散していると、全体の方向性を決める際に判断が遅れたり、異なるベクトルの動きが生じたりする懸念がありました。そこで、組織の構造をシンプルに整理し、リーダーが迅速にアサインや方針を決定できる体制へと刷新しました。
具体的な枠組みとしては、開発本部の中に「たんぽぽ室」「CTO室」「インフラ室」という三つの大きな部署に対し、それぞれの機能を再整理し、より明確に分離しています。
杉田:「たんぽぽ室」は、主にソフトウェアエンジニアが所属する組織で、各事業部の開発支援や研究開発、よりコアな技術の探究といった機能をすべて集約しています。従来はCTO室の一部に存在していた事業開発面の支援チームも、今回の再編によってたんぽぽ室に統合されました。これにより、開発本部内のソフトウェアエンジニアを一元的に管理し、プロジェクトへのより柔軟なアサインが実現可能になっています。外部の環境変化にも迅速に対応するための土台が整ったと言えます。
新体制における「CTO室」は、技術そのものの探究ではなく、組織面の強化や若手の育成、人財採用といった「組織と人」の領域に特化しています。「インフラ室」には、インフラ、ネットワーク、さらには当社が注力している映像関連のエンジニアが集約され、それぞれの専門性を発揮する基盤を整えています。
CTO室に新設されたグループの役割について詳しくお聞かせください。
吉野:CTO室の下には、新卒採用や育成を担当する「タレントアクセラレーショングループ」のほか、新設された「エンジニア組織戦略グループ」と「Lab準備グループ」の二つの組織が存在しています。エンジニア組織戦略グループは、現在マネジャーとエンジニアを合わせて1~2名の小規模なフェーズの組織ですが、担っている役割は重要です。各事業部や組織が抱えているエンジニアリング上の課題を丁寧にヒアリングし、それを主観ではなくデータによって証明、可視化することをミッションとしています。
例えば、人材配置や、新卒人材に求められる要件を集計されたデータに基づいて分析します。実装自体はたんぽぽ室のエンジニアが協力して推進するため、エンジニアは要件定義や戦略立案に集中できる仕組みとなっています。
杉田:「Lab準備グループ」は、私がマネジャーを兼務している組織です。当社において、これまで特定の事業に直結せず、長期的な技術研究を行うラボは存在しませんでした。今後は、会社の長期的な利益に貢献するような先進技術の研究体制の構築を目指しています。
「最先端の研究開発を行う企業である」という姿勢を広く発信することは、技術的なブランディングだけでなく、新たに優秀な人財を獲得するための機会につながると考えています。現段階では、「準備グループ」としてのスタートですが、組織の未来を見据えた重要な布石として活動を開始しています。
AI活用率 99% 超を誇るMIXIの変革
全社で推進されているAI活用の成果と、開発現場の変化について教えてください。
吉野:現在の全社AI活用率は99.02%に達しており、45の部署とグループ会社全体で導入が進んでいます。年間累計のAI施策数は1,600件を超え、月間で約17,600時間の業務時間の削減、年間で約10億円規模のコスト削減効果を実現しています。開発部門における具体的な成果としては、コーディング業務におけるAI支援比率が、グループ全体で約55%にまで上昇しました。中には、特定の複数部門において比率が70%を超えるケースも出てきており、開発の生産性は劇的に向上しています。
全社的な変革の背景には、現場のエンジニアが抱く「このツールを使ってみたい」といった自発的な要望を、組織として前向きに受け止めてきた土壌があります。特にセキュリティやエンタープライズ契約の壁をクリアしながら、現場が望むAIツールを迅速に導入してきた環境は、社員の満足度やAI活用率の向上につながっていると思います。

事業部ごとに多様なエンジニア組織があるなかで、AIの成果をどのように計測しましたか。
杉田:2025年に、AIの活用促進を全社的に開始した際、「コードの何割をAIで書きましょう」などといった目標をかかげました。上期が終わった9月や10月の段階では、どうやってその数値を計測するのかは確立されていませんでした。事業部ごとに開発のフローや作業の進め方が異なるため、測定が困難だったのです。そこで、当時私が所属していたたんぽぽ室 Enablementグループが中心となり、全社の主要な開発組織へ綿密なヒアリングを重ねました。
各事業部の現場に対して「どのような目標・計測方法であれば対応可能か」をヒアリングし、最終的に「特定の記述ルールを定め、コミットログにコメントする」というシンプルな運用にたどり着きました。エンジニアは自身にとって便利なツールであれば、強制されなくても自発的に日常業務へ取り入れます。現場のメンバーが「自分たちが実際にどれくらいAIを活用できているのか、数値で知りたい」と思っていれば、計測ルールの導入に協力してくれます。
このアナウンスに沿ってログを記述してもらうことで、現場に過度な負担をかけず、全社横断で正確な活用状況をトラッキングできる体制が整いました。数値として目に見える成果が現れたことで、現場のエンジニアだけでなく、開発状況が見えていないクリエイティブやデザインの部署のメンバーにとっても、大きな刺激になりました。
生成AIの活用は、採用戦略にどのような影響を与えましたか。
吉野:中途採用では、まさに今、事業部が直面している具体的な課題を解決できる、即戦力のスペシャリストを獲得することに注力しています。
一方、新卒採用では、現段階での技術的なスペシャリティだけでなく、当社が掲げるミッションやパーパスに強い共感を持っているかを重視しています。当社の根幹にあるのは、「コミュニケーションを中心としたビジネスやサービスを創出し、人と人との間に熱いつながりや温かいつながりを創出すること」です。
新卒採用ではこの思想に共感し、チームで新しい価値を生み出すことに情熱を注げるマインドを持った若い人材に、狙いを定めています。技術的なスキルは、入社後の育成やAIを活用したサポートによって引き上げられるので、根底にある価値観のマッチングを最優先事項として位置づけています。
「作る速さ」から「決めて届ける速さ」へ挑む組織の在り方
CTO室・CTOとして、今後の組織運用の展望をお聞かせください。
杉田:これまでEnablementグループで注力してきた、エンジニアによる社外向け発信の支援や、技術コミュニティ・OSSなどの支援活動については、一定の成果が見え、社内文化としても定着してきたと感じています。今後はCTO室が前面に立って推進する役割から、現場のエンジニアが主体となって運営できるよう後押しする役割へシフトし、活動の自律化を進めたいと考えています。
さらに、今回の再編で新設された「エンジニア組織戦略グループ」の組織に関するデータ分析機能や、「Lab準備グループ」による最先端の研究開発体制の構築といったよりマクロな視点から、「組織を内側から強くしていく」ための施策にリソースを集中させます。強力な武器であるAIを手にしながら、多様な開発文化を持つエンジニア全員が健康的に、かつ最大の価値を発揮できる組織基盤を人財の側面から下支えしたいと考えています。
吉野:CTOとしての私の真のミッションは、「将来の成長に不可欠で優秀な人財を確実に獲得すること」「社内で新しく立ち上がった小さな組織が、素早く柔軟にものを作って世に出す環境を推進すること」にあります。少人数のチームであっても、最大の生産性を発揮して巨大なプロダクトを生み出せる構造を作ることが重要です。
今後の大きなテーマは、アイデアが生まれてからお客さまの元へ届くまでの「スピードの質」を変革することです。これまでのAI導入フェーズによって、コードを書き、プロダクトを「作る速さ」は劇的に向上しました。作るスピードが上がった一方で、次にボトルネックとして可視化されたのが、社内における「決めて届ける速さ」の領域です。
どれだけ開発のスピードが速くなっても、承認のステップや会議体、合意形成の手続きに時間を要していては、ユーザーへ届く価値の総量は変わりません。これからは、判断のスピードを圧倒的に速め、人間にしかできない高度な合意形成や意思決定のプロセスへと、組織全体のワークフローを再設計していく必要があります。
スピードを追求する一方で、今後の働き方やコミュニケーションはどう再定義されるのでしょうか。
吉野:もちろん、人財の育成やケアにおいて対話の時間を持つ意義は理解しています。しかし、Slackなどのビジネスチャットで日常的に密なコミュニケーションが取れているのであれば、その時間を新たな事業アイデアの創出や付加価値の高い業務に充てたほうが健全です。
例えば、「社内で定期的に組まれているミーティングの回数は本当に適切なのか」「定常的に実施されている1on1ミーティングは、かえって生産性を損なっていないか」など、今までの当たり前を見直すべきです。AIが日常の経営インフラとして浸透している現在は、常識として定着している働き方さえ、一度解体して疑ってみる必要があると感じています。
また、スピードや生産性を追い求めることは重要ですが、業務のプロセスやPCでの動きを過度に見える化すると、現場に強い不快感を与えます。従業員を厳密に監視するような仕組みは、エンゲージメントの低下を招く懸念もあります。現場のエンジニアが「自らの成長」を楽しめる環境を作っていくことが、これからの重要な挑戦です。

取材:2026年4月27日




