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トレンド企業の取り組み2021/12/13

経営陣を含めた全社員をデジタル人材に育成
ヤマト運輸が次の100年を見据えて取り組む、DXとデータ・ドリブン経営

データ・ドリブン経営デジタルトランスフォーメーションヤマト運輸

経営陣を含めた全社員をデジタル人材に育成 ヤマト運輸が次の100年を見据えて取り組む、DXとデータ・ドリブン経営

ヤマトグループは、2020年1月に策定した経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」の基本戦略の一つとして、データに基づく経営への転換を掲げ、宅急便のデジタルトランスフォーメーション(DX)やECエコシステムの確立など、中長期視点での構造改革を進めています。デジタルを組み合わせてどのように事業を進化させていくのか。その実現に向けた新しいデジタル組織の立ち上げやデジタル人材の育成について、ヤマト運輸株式会社 執行役員でデジタルデータ戦略を担う中林紀彦さんと人事部マネージャーの天羽清美さん、ヤマトグループの教育組織「クロネコアカデミー」を担当する人材育成部の宮坂直孝さんにお話をうかがいました。

プロフィール
中林 紀彦さん
中林 紀彦さん
ヤマト運輸株式会社 執行役員(デジタル機能本部 デジタルデータ戦略担当)

なかばやし・のりひこ/2002年、日本アイ・ビー・エム入社。データサイエンティストとして数々の企業のデータ活用を支援。その後、オプトホールディング データサイエンスラボの副所長、SOMPOホールディングス チーフ・データサイエンティストを経て2019年8月、ヤマトホールディングス入社。また、筑波大学の客員教授としてビッグデータ分析の教鞭も取る。

天羽 清美さん
天羽 清美さん
ヤマト運輸株式会社 コーポレート部門 人事部 マネージャー

あもう・きよみ/1994年、四国ヤマト運輸株式会社入社。2010年、ヤマトマネージメントサービス株式会社の社員福祉事業部長、2018年、ヤマト運輸株式会社の育成戦略部長などを経て、2021年9月から現職。

宮坂 直孝さん
宮坂 直孝さん
ヤマト運輸株式会社 コーポレート部門 人材育成部 マネージャー

みやさか・なおたか/1985年、ヤマト運輸株式会社入社。その後、1987年から営業所長、ベース長、主管支店長を経て、2016年から現職。

データとデジタルで配送の体験価値をあげる

DXとデータ・ドリブン経営を積極的に推し進めていますね。

中林 紀彦さん

中林:当社は「宅急便」をはじめ、国内外の物流を担ってきました。宅急便で取り扱う荷物の数は年間約21億個で、個人向け会員サービス「クロネコメンバーズ」は約5000万人、法人向け会員サービス「ヤマトビジネスメンバーズ」は約130万社以上にご登録いただいています。2020年度の売上高は、約1兆7000億円にのぼりました。これらを支える社員の数は約22万5000人、トラックなどの車両は約5万7000台。全国に約3700の事業所があり、ヤマト運輸と提携しているコンビニエンスストアなどの取扱店は約18万4000店と、非常に大きな規模を誇ります。

私たちは2019年に創業100周年を迎え、2020年1月に経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を発表しました。次の100年を見据えて、今後のヤマト運輸がどうあるべきかを記したものです。「YAMATO NEXT100」では基本戦略として次の三つの転換を掲げています。

  • お客さま、社会のニーズに正⾯から向き合う経営へ転換する
  • データに基づいた経営へ転換する
  • 共創により、物流のエコシステムを創出する経営へ転換する

2021年4月に、ヤマト運輸とグループ会社7社を統合し、2021年1月に策定した中期経営計画「Oneヤマト2023」を推進しています。

基本戦略の一つとして「データに基づく経営への転換」を掲げた理由はなんでしょうか。

中林:私たちはこれまでも、お客さまにとって便利で快適なサービスを生み出してきましたが、「ものを運ぶ」という根幹のビジネスモデルは大きく変わっていません。一方で人々のライフスタイルは変化し、ものの受け取り方にさまざまなニーズが生まれています。また、テクノロジーの進化やグローバル化に伴い、運ぶものも多様化しています。それはBtoCやBtoBに加え、メーカーが直接顧客に商品を販売するDtoC領域でもいえることです。

そうした多様化に対応するために必要なのが、データとデジタルの力です。これまでは、さまざまな判断を勘と経験に頼る側面がありました。例えば、セールスドライバーのシフトやトラックの手配などは、地域を統括する主管支店や営業所の管理者が過去の実績を基に組み立てていました。そこにビッグデータ解析などのデジタルの要素を加わることで、予測の確度を高めています。

DXは業務の合理化や効率化にとどまらず、情報の可視化によって新たなサービスを生み出す糸口になります。特に、米国や中国を中心とした、デジタルプラットフォーム企業の台頭は脅威です。社会と経済の変化が当社の変革スピードを上回りつつあることに強い危機意識を抱えていたこともあり、デジタルシフトに舵を切ることにしました。

「YAMATO NEXT100」では三つの事業構造改革と三つの基盤構造改革を掲げていて、それぞれにDXが深く関わっています。例えば、事業構造改革の一つに挙げている「宅急便のDX」では、荷物の仕分けにソーティング・システムやロボティクスを導入。AIやデータを取り入れたオペレーションの標準化によって、コスト面の効率化に取り組んでいます。個人のお客さまに向けては、LINEの公式アカウントやスマートフォン用アプリの提供などを通じて、デジタル上の接点を増やすことを強化しています。

「YAMATO NEXT100」で掲げる三つの事業構造改革と三つの基盤構造改革

EC事業者との共創により、ECエコシステムの確立にも着手しました。目指すのはEC事業者と購入者、そして運び手のWin-Win-Winな関係です。デジタルを仕組みに取り込むことで、お客さまとのタッチポイントを増やし、きめ細やかな配送が可能になります。

2020年6月から展開しているEC向け新配送商品「EAZY」は、購入者が対面だけでなく、ご自宅敷地内の玄関ドア前やガスメーターボックス、車庫などご都合に合わせて受け取り方法を選択することができます。急な予定の変更や、天候の変化にも対応でき、受け取り方法はお荷物が届く直前まで変更可能です。

また、英国のベンチャー企業と業務提携し、ECで購入した商品をコンビニやスーパーなど、購入者の生活動線上で受け取れるサービスも展開しています。返品や交換にも応用が可能で、窓口となる店舗にタブレットかスマートフォンがあれば、簡単に手続きをすることができます。導入ハードルが下げられるのも、デジタル活用のメリットです。

安心・安全という点でも進化しています。荷物にセンサーを取り付けて位置情報システムと組み合わせれば、特殊医薬品など厳密な温度管理が必要なものも、チェックポイントを通過した際の情報を随時トラッキングすることが可能です。

デジタルは顧客体験の価値を高めるほか、配送のために消費した資源やエネルギーを可視化させるなど、サステナブルな視点から考えても、今後のビジネスを支える核となっていくと考えています。

すべての社員がデジタル人材になる必要性

中林さんは保険をはじめ、さまざまな産業でデジタルシフトに取り組まれてきたそうですが、物流業や流通業はDXと相性のいい業種なのでしょうか。

中林:私は2019年にヤマトグループに入社しましたが、新しい挑戦の連続だと感じています。「YAMATO NEXT100」の三つの基盤構造改革のうち、「データ・ドリブン経営への転換」ではデジタルツイン構想を掲げています。物流のフローをサイバー空間上に再現し、意思決定場面でのデータ活用やAI、機械学習を導入しています。精度の高いシミュレーションに基づき、検証した結果を現場のオペレーションに反映しています。

前職で携わっていた保険は、保障対象がリアルであっても、契約や補償手続きを紙からデジタルへと置き換えることができました。しかし物流業の場合、サイバー空間へ移行できるものはオペレーションなどに限られます。それでも、デジタルの力でビジネスを大きく変えることができる可能性を秘めています。そこに顧客や社員、配送拠点といったリソースのスケールが加わることで社会にインパクトを与え、強力な競争力になると確信しています。

社内のDXを推進するにあたり、デジタル組織も変更したそうですね。

中林:「YAMATO NEXT100」の発表前はホールディングス制を敷いており、宅急便、法人向け物流、代金引換サービスなどを手がけるフィナンシャルなど、事業ごとに会社が分かれていました。そのため、同じ顧客の情報を会社ごとに持つなど、情報や機能が重複していました。そこで2021年4月にヤマト運輸とグループ会社7社を統合し、四つの事業本部と四つの機能本部に経営体制を刷新しました。再編の主な目的は、包括的なサービス提供の実現です。事業間連携を密にすると同時に会社ごとに重複していた情報や機能を集約し、顧客のニーズに合わせてシームレスに対応できるようにしました。このときにカギとなるのが、デジタルとデータ活用です。デジタル分野に4年間で1000億円を投資する方針です。

そのためのデータ基盤として「Yamato Digital Platform」を新たに構築し、事業データを一元管理することにしました。続いて、社内外のデジタル・IT人材を結集し、300人規模の「デジタル機能本部」を立ち上げ、データ専門職の強化を図っています。特にデータサイエンティスト確保は喫緊の課題です。私が入社した当時はグループ全体でも数人しかいませんでしたが、ようやく数十人集めることができました。

Yamato Digital Platform

デジタル人材の獲得や育成がポイントになるのですね。

中林:DXの動きは当社に限らず、日本全体で加速しつつあります。そのため、データ領域のプロフェッショナルは、どの会社も喉から手が出るほど欲しいのではないでしょうか。当社はまだ、デジタルのナレッジが十分蓄積しているわけではありません。短期的には外部登用メインで、当社になかった機能や考え方を取り入れ、広げる段階です。

しかし、DXは専門人材だけで達成できるものではありません。経営層も含めすべての社員のリスキリングを図り、デジタルの素養を習得しなければ、サービスやオペレーションに反映することはできないと考えています。例えば先ほど紹介したセールスドライバーとトラックの調整を実行するには、実際にシフトを組む現場の管理者に機械学習を正しく把握してもらう必要があります。これまで現場で培ってきた勘と経験を盛り込みながら、デジタルを交えた発想が大事になってきます。

そのため、社内での育成が重要だと考えています。「デジタル人材=データ専門職」ではなく、社員一人ひとりがデジタル人材になる、という発想です。どのようなデジタルスキルを習得するのか、デジタルを学んで何に帰結させるのかは、ポジションや職務によって異なります。

ただし、データサイエンスやデジタルテクノロジーは、あくまでも事業をドライブさせるためのツールです。料理で例えるなら、よく切れる包丁。どんなに腕の立つ料理人の手に渡っても、食事をする人の気持ちに寄り添えなければ、その料理人は価値のある体験を届けることができません。デジタルを事業や組織とうまく結びつけるにはどうすればいいか。それが常に私自身の思考のベースとなっています。

DXは何か特別なものとして考えられがちですが、1990年代の中ごろを思い返してみてください。オフィスにパソコンがなくても、それほど珍しくありませんでした。それから20年以上が経ち、今ではパソコンやインターネットなしに仕事をすることは到底考えられません。同様のことが、DXでも言えます。10年もすれば、当たり前のビジネススキルになると思います。

ポジションと役割に応じて習得するデジタルスキルを変える

どのような形で、社内のデジタルリテラシーの底上げを図っているのでしょうか。

中林:2021年度から全社員がDX人材になるための学校というコンセプトで、「Yamato Digital Academy」(ヤマトデジタルアカデミー、以下YDA)をスタートさせました。YDAでは、受講者を経営陣、事業部門や機能部門のマネジメント層、現場管理職、デジタル専門職の四つの層に分けています。

経営陣は経営のデジタル活用について、事例も交えながら理解促進を図ります。事業部門や機能部門のマネジメント層は新しい組織体系の中で、DXによるビジネスやオペレーションの具体的な変革を考えて実践するのに必要なスキルを習得します。現場管理職は、オペレーションのためのデジタルツールの使い方やシミュレーション結果や予測の活用を学びます。デジタル専門職は、データサイエンス領域の実践を学びます。

天羽:YDAにも関連しますが、経営体制が変わるタイミングで社内の育成全般を見直しました。これまでは各事業会社の裁量に任せていた側面が大きかったからです。特に約6万人のセールスドライバーなどは、地域を統括する主管支店が主体となってOFF-JTを行っていました。

宮坂:新しい経営体制で事業間連携や一元化を図るにあたって、全国・事業間で共通の概念やスキルセットが必要になってくると判断し、グループ全体の教育を担う「クロネコアカデミー」を立ち上げました。クロネコアカデミーとYDAは、補完関係にあります。プログラムや講座内の具体的な内容は、現場の管理者も含め調整を進めながら、徐々に講座化しています。

講座はどのように進められているのでしょうか。

天羽:YDAでは四つの受講者層のうち、マネジメント層向けとデジタル専門職向けに講座を開始しました(2021年11月時点)。マネジメント層対象の講座では、ロジカルシンキングなどリーダーに必要な資質の強化と並行して、週に2回のペースで4週間にわたってDX推進に必要なコアスキルを鍛えています。プログラムにはグループワークも組み込んでいて、インプットだけに偏らない内容にしています。

宮坂:デジタル専門職の講座では、現場に入って実務を体験するプログラムを設けています。実際に荷物や人が動いているところを見ることで、どのようなデータを収集できるのか、また現場に役立つデータ解析はどのようなものなのかなど、たくさんのヒントを得られます。

中林:外部の研修会社の協力を得て、講座化しているものもあります。ただし、既存の講座をそのまま使うのではなく、社内の課題に沿った内容にして、自分ごととして学べるように工夫しています。マネジメント層向けの講座は、「YAMATO NEXT100」や「Oneヤマト2023」に関連する経営課題の解決に向けたソリューション提案をゴールに設定しています。データサイエンティスト向けの講座は、実際の荷物のデータを用いて課題に取り組んでもらっています。講座が終わるごとに総括を行い、ブラッシュアップしながら講座の質をあげることに注力しています。

企業として成すべきことがあってDXは進められる

今のところの手応えはいかがですか。

中林:社長をはじめとする経営層は、データに基づく客観的判断の重要性をメッセージとして強く打ち出しています。それを全社的に体系化して推進していくには、大きな覚悟が必要です。データ・ドリブン経営に対する理解が進んでいる状態だと思います。

天羽:デジタル機能本部が立ち上がったことで、社内におけるDXのプレゼンスが非常に高まったと感じています。経営体制が変わる以前は、制度や企業体系が先にあり、デジタル組織のポジションはイレギュラーな立ち位置にあったと思います。それが社内のメインストリームとなったのは、画期的なことです。デジタル人材の育成と同時に、専門職のオンボーディングや評価基準、人事制度の整備も急務です。デジタル機能本部では独自のエキスパート制度を設けていますが、専門職の社員が活躍できる仕組みをつくる重要性を感じています。

宮坂:コロナ禍により、これまで対面が当たり前とされていた研修が、オンラインビデオ会議システムや学習体験プラットフォーム(LXP)などのオンラインサービスを活用して行われるようになりました。ただし、育成が独り歩きして現場から離れたものになっては意味がありません。オペレーションやサービスの先には、必ずお客さまがいることを認識できる講座をつくり上げたいと考えています。

DXやデジタル人材の育成はこれから、という企業も多いと思います。何から始めればよいでしょうか。

中林:何のためのDXなのかを明確にすることだと思います。私たちはDXを推進しているのではありません。「YAMATO NEXT100」の実現に向け、組織や社員のあるべき姿をデザインしたうえで、組織再編や施策のプランを練り上げています。

天羽:企業の根底にある「成すべきこと」をぶれずに持つことが大前提ではないかと思います。私たちの場合は、お客さまの生活に合わせた利便性の高いサービスを展開するにはどうしたらいいかという思いを徹底した先で、DXに行きつきました。中途採用で入社する専門職の社員にも、「共にいいサービスをつくろう」ということを常々伝えています。新しいサービスをつくることでより多くのお客さまのニーズに応えていきたいと思っています。

中林:先ほど、あと10年経てばDXが当然のスキルになると話しましたが、社会の変化も見据えたうえで、どうして自社にDXが必要なのか、どのような形でDXを推進していくのが望ましいのかを考えることが先決です。そのうえで外部のデジタル人材やソリューションなどを活用し、実現につなげていくというのが王道だと思います。

(取材日:2021年11月10日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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