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トレンド企業の取り組み2019/04/26

元気な職場づくりのヒントはデータが教えてくれる
フジクラが進めるデータドリブンな健康経営とは

株式会社フジクラ CHO補佐

浅野 健一郎さん

フジクラ健康管理・メンタルヘルス実践活用事例

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株式会社フジクラ CHO補佐 浅野 健一郎さん「元気な職場づくりのヒントはデータが教えてくれる フジクラが進めるデータドリブンな健康経営とは」

組織の生産性や企業価値の向上を目指し、健康経営に取り組む企業が増えています。しかし、施策が自社の健康課題にフィットしているのか、企業の生産性につながっているのかなどの検証に悩む担当者も少なくありません。電気通信関連機器メーカーのフジクラでは、プログラムの立案から効果測定まで、社員の生体情報や活動量などのデータに基づく仮説と検証を繰り返してきました。データ収集と解析の徹底で独自の施策を打ち出す同社の健康経営のキーパーソンが、CHO補佐を務める浅野健一郎さん。取り組みの背景や分析の進め方、評価の方法など、従業員が元気に働ける環境づくりに向けたデータ活用のポイントを、浅野さんにお聞きしました。

プロフィール
浅野 健一郎さん
浅野 健一郎さん
株式会社フジクラ CHO補佐

1989年藤倉電線株式会社(現株式会社フジクラ)に入社。光エレクトロニクス研究所に配属され光通信システムの研究に従事。2011年よりコーポレート企画室、2014年より人事・総務部健康経営推進室。2017年12月よりCHO(Chief Health Officer)補佐。現在、経済産業省 次世代ヘルスケア産業協議会 健康投資WG専門委員、厚生労働省 日本健康会議 健康スコアリングWG委員、厚生労働省 肝炎対策プロジェクト実行委員他、経済産業省、厚生労働省等の委員を多数兼任。

モニタリング・モデリング・介入の3ステップを繰り返す

健康経営を始めたきっかけを教えてください。

きっかけとなったのは、2008年ごろから社内横断的に行われていた、若手管理職たちによるプロジェクトです。私も、そのプロジェクトの一員でした。フジクラは130年以上の歴史ある会社で、光通信やケーブルシステムなど、国内の通信インフラの普及に伴って発展を遂げてきました。しかし社会が成熟し、国内需要も頭打ちとなる中で、新たな市場開拓が求められるようになりました。第三の創業期ともいえる時期に差しかかっていたのです。

「グローバル化や新規事業を展開するうえで必要なこと」を議論する中で、まず大事なのは社員が元気であることだという結論に至りました。活き活きと仕事に打ち込めなければ、新たなチャレンジは生まれません。そのため、会社として社員の元気をサポートしようと考えたのです。こうした考えから、2011年に健康経営を担う専門組織、「ヘルスケア・ソリューショングループ」を立ち上げ、さらに2013年末には「フジクラグループ健康経営宣言」を発表しました。

随分早くから、社員の「健康」に着目されていたのですね。

一連のプロジェクトを開始する頃は、まだ「健康経営」という言葉が広く知られていませんでした。しかし、ここで注意してほしいのが、フジクラの取り組みが「社員を元気にする方法を考えよう」という視点から始まっているということ。「健康経営」というと、従業員の疾病の予防や治療を企業がサポートする福利厚生施策のように受け取られがちですが、本来の目的は違うはずです。

私たちは「健康」の定義として、WHOが定めている「肉体的、精神的および社会的に満たされた状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」という考え方を基準にしています。この定義から考えると、「病気にならないこと=健康」ではありません。

もちろん、病気をせず、できる限り健康であることが望ましいのは確かです。病気になると不安に駆られて、元気がなくなってしまうこともあるため、企業としてサポートすることも必要でしょう。しかし本当の意味での健康経営とは、いかにして従業員に活き活きと働いてもらうかを考えることだと思います。それを追及することは、企業の業績にも直結します。弊社が従業員の「健康」に向き合いはじめたのは、こうした思いがあったからでした。

実際には、どのような取り組みを行われたのでしょうか。

2013年より、個人の健康データをもとに健康活動を効果的に支援する「フジクラグループ健康増進プログラム」を開始しました。取り組みにあたって意識したのは、三つのステップです。

最初のステップは現状把握のための「モニタリング」。データを収集し、いろんな観点から解析します。まずは従業員が元気に働けていない理由を、データから探ろうと考えたのです。次のステップは「モデリング」です。モニタリングの結果見えてきた課題がどのような経緯で生じているのかを、アカデミックな統計資料なども用いて、仮説を立てていきます。そして最後のステップが「介入」で、具体的な健康増進の施策を考えます。基本はこの三つのステップを繰り返しています。

データは社員の同意のもと、健康と関連すると思われるものは何でも集めています。健診データをはじめ、活動量計による歩数の情報、また社内に計測器を設置し、体重や体脂肪率などの体組成に疲労度やストレス度の目安となる心電図、脳波なども測れるようにしています。さらに、希望者に提供しているプログラムの中には、食事の記録などの生活行動に関するデータ、また遺伝子検査や睡眠時間や眠りの深さなどのバイタルデータを記録するものもあります。これらも収集対象です。

分析ツールを用いて月100万件集まるデータを管理

なぜ、積極的にデータを収集されているのでしょうか。

活き活きと働く上で障壁となっているものは何なのか、何が従業員の元気を失わせ、生産性を下げているのかを明らかにするためです。医学の世界では病気になった人に対する研究が進んでいて、いろいろな統計や論文が公開されています。しかし、病気ではない人がどういう日常を過ごすと健康ではなくなるのか、あるいはパフォーマンスが低下するのかといったことはあまり解明されていません。

ということは、私たちのこれまでの常識が、健康に働くことを妨げている可能性も大いに考えられるのです。「健康に悪いから」と我慢していたものも、もしかしたらその必要がなくなるかもしれない。我慢のハードルが下がれば、生活の質は上がるはずです。そのためにも、データを集めて検証していく必要があります。

集まるデータは膨大で、1ヵ月で100万件にのぼります。健康経営を始めた当初はエクセルで管理していましたが、到底追いつきません。現在はIBMのSPSSとWatson Analyticsを導入し、データ同士のクロス集計なども行いながら、相関を探っています。従業員は「健康マイページ」で自分のデータを閲覧することができるようになっており、個別レポートの作成にも解析ツールが大活躍しています。

SPSSやWatson Analyticsを選んだ決め手は、どこにありましたか。

株式会社フジクラ CHO補佐 浅野 健一郎さん「元気な職場づくりのヒントはデータが教えてくれる フジクラが進めるデータドリブンな健康経営とは」

導入当初、私たちにはデータ分析やツールに関するノウハウがありませんでした。まったくの素人なので、ツールを使ってどのような解析ができるのか、また、どんな分析をすれば知りたい情報が得られるのかを知るために、使い方を自分で調べたり誰かの助けを借りたりする必要がありました。そのため、ツールを選ぶ際に重視したのは、「操作の分かりやすさ」と「ベンダーのサポートの手厚さ」です。

どのツールにもメリットとデメリットがあるでしょうし、実際に使ってみないと分からないこともたくさんあります。初めて使うものならなおさらです。選択の基準が分からないと性能の数値で決めたくなりますが、高スペックであるからといってユーザーとの相性がいいとは限らない。せっかくツールを導入しても、使いこなせなくては意味がないので、最初はある程度、感覚的に判断してもいいように思います。

データ解析から見えてきた事業所別の課題

実際には、どのようにデータを活用しているのでしょうか。

一例をご紹介しましょう。まず、今のフジクラにおける生産性低下の最大要因は、「活動量不足」にあると考えています。こう考えるきっかけとなったのは、社員アンケートの結果や活動量の記録から、生産性の低下と活動量との間に一定の相関関係があると分かったことでした。

しかしこの結果から、「活動量を増やすことが生産性向上につながる」と断言することはできません。分かったのは、あくまで両者に相関があるということだけ。直接的に影響があるのかを判断できないからです。

そこで学術論文や公的機関の統計データなどを調べ、仮説の正当性を検証しました。過去の調査(※)を見てみると、循環器疾患やがんなどで死亡した人の外因の1位は喫煙で、次に高血圧、運動不足と続きます。高血糖やアルコール摂取、肥満よりも、運動不足を理由に大病を患い、命を落とす人が多いことが分かります。

(※)「2007年の我が国における危険因子に関連する非感染症疾病と外因による死亡数」
 厚生科学研究:我が国の保健医療制度に関する包括的実証研究

ここで社内に視点を戻すと、活動量不足が健康度の低下、すなわち「活き活き度」の低下につながり、生産性低下を招いていることは十分に考えられます。では、活動量不足の改善にあたって、何を重点的に強化すればいいのか。それを探るため、各事業所で運動機能調査を行いました。

どのような調査を行ったのでしょうか。

健康診断と同じタイミングで、「握力」「閉眼片足立ち」「立位体前屈」「垂直跳び」の4種類のテストを行いました。参加は強制せず、希望者のみに実施しましたが、それほど大変なものではないからか、ほとんどの人が参加してくれました。この結果を事業所別に分析し、男女比や年齢構成などを調整したうえで、度数分布を厚労省が調査した正規分布(全国水準)と比較することにしました。

それぞれの度数分布には、事業所ごとの特徴がよく表れていました。東京の深川事業所と千葉の佐倉事業所の結果を見てみましょう。どちらの事業所も、デスクワークが中心の職場です。

本社と佐倉事業所の運動機能調査の結果

▲本社と佐倉事業所の運動機能調査の結果

まずは「握力」。これは全身の筋力と相関があるのですが、両事業所とも全国の傾向とほぼ同じでした。続いて「閉眼片足立ち」です。この結果からは、バランス感覚が分かります。結果は両事業所とも似ていて、全国平均と比較すると若干衰えが見られました。バランス感覚をつかさどるのは三半規管で、数値が低いのは体の疲れが関係しています。睡眠不足や長時間労働などがないか、さらに掘り下げて調べてみてもいいかもしれません。

注目してほしいのが、「30秒立ち上がり検査」の結果です。佐倉事業所の数値は同じデスクワークの深川事業所や全国水準と比較しても、大きく下回っていました。この検査は足腰の強さを測定する検査なので、佐倉では足腰の衰えを改善させるプログラムが必要だと分かります。では、どうして佐倉は他に比べて足腰の弱い人が多いのか。その理由は通勤手段にありました。立地上、マイカー通勤の人が多いのです。

日頃の生活習慣が、運動機能に如実に反映されるのですね。

実際に佐倉で働く人たちの活動量を、深川事務所の人と時系列で比べてみると、朝や夕方の活動量が少ないことが明らかになりました。深川の人たちは電車通勤の人が多く、立ったり歩いたりと通勤時に体を動かしているのです。

さらに調べてみると、佐倉は深川と比べて転倒災害が多いことが分かりました。足腰が弱ると足が上がらなくなるので、ちょっとした段差でもつまずきやすくなります。つまり佐倉事業所では、活動量不足が足腰の弱さに表れ、業務中にも影響が出ていることが判明したのです。佐倉は深川に比べて社員の平均年齢も低いので、これは驚くべき結果でした。

健康の専門家ではないから、データを頼りにする

そこまで調べたうえで、具体的なコンテンツに落とし込んでいくわけですね。

そうです。健康増進のコンテンツは、事業所ごとの課題に合わせて個別に企画していきます。ちなみに深川事業所では、運動機能調査の結果を受けて「フジクラストレッチ」が開発されました。「立位体前屈」の結果から柔軟性に課題があり、昼間に体を動かす時間がほとんどないことが理由だと分かったからです。興味深いことに、佐倉は柔軟性に問題はありませんでした。なぜなら工場だったころの名残で、始業前と昼過ぎに体操をする習慣が残っていたからです。

ただしフジクラストレッチは健康経営の取り組みではなく、労働安全衛生法に基づく施策として社員全員に義務化しています。専門家の監修のもと調査や分析を重ねた結果、柔軟性の低下と疾病の関連性が明らかになったからです。けれどもストレッチ開発のきっかけは、健康経営推進室によるデータ分析からでした。

柔軟性の低下が、なぜ疾病と関係があるのでしょうか。

これも私たちの持つデータのクロス集計から明らかになったことです。健康診断の結果と柔軟性の相関を調べたところ、診断結果の良くない人ほど柔軟性も低いことが分かりました。またストレス度も高い傾向にあります。つまり、「活き活き度」が高くないのです。

では、なぜ社内で働いていると柔軟性が悪くなるのかといえば、長時間座った状態で仕事をしているからです。さらに、姿勢もよくない。極端に言えば、人間が生命活動をするのに必要な器官を十分働かせていないわけです。そうすると何が起こるのか。使っていない器官が退化すると同時に、体の動きをつかさどる脳も委縮し始めます。脳が委縮すれば、当然ながら認知機能も低下します。このことは、アカデミックな研究でも明らかになりつつあります。

職場に置き換えて考えると、認知機能の低下によって生産性が低下する可能性があります。これを放っておけば、企業として致命的な損失になってきます。ですから健康経営においても、職場で過ごす中で自然と柔軟性が向上する仕掛けを、考えていく必要が出てきます。

企業の経営とも直結する問題なのですね。

従業員の健康に正面から向き合うなら、ここまで掘り下げていくべきでしょう。といっても私たちは研究者や医療の専門家ではありませんし、実際に分からないことだらけです。今は判明していないだけで、データ分析を繰り返すことで、健康状態を左右する新たな要因が見つかるかもしれない。そこでいろいろなデータを集めて分析し、それぞれの要素の関係性を調べ、仮説を立てて検証することを繰り返しているのです。

オフィス環境の工夫で高いパフォーマンスを実現する

社員の柔軟性を上げるために、どのような取り組みを行っているのでしょうか。

主な施策としては、雲梯(うんてい)やスタンディングデスクの導入が挙げられます。椅子に座って長時間同じ姿勢でいると、背中が丸まってきて筋肉が凝り固まってきます。すると全身の血流が悪くなり、肩こりや頭痛、目の疲れを引き起こすだけでなく、集中力は散漫になり、さらには腰痛や冷え性を招くのです。本人は一生懸命仕事をしているつもりでも、生産性はどんどん下がってきてしまう。「仕事はつらいもの」と思いながらこなしていては、モチベーションも下がる一方です。

それを避けるには、だいたい1時間ごとに軽く体を動かすのが効果的です。背筋が伸びるストレッチをしたり、いったん席を立って少し歩いたりすると、凝りがほぐれてきます。もっと体を伸ばしたいときには、リフレッシュスペースに行って雲梯にぶらさがればいい。自分の体重で体がしっかり伸びて、呼吸も深くなります。デスクワークを続けていると、気づかないうちに呼吸が浅くなっていることがよくあります。深い呼吸でスッキリできれば、パフォーマンスも回復するでしょう。

スタンディングデスクは、希望者に導入しています。始めは腰痛を抱える部長が手を挙げて試したところ、「すごくいい」と評判になりました。それが口コミで部長同士の間で広まり、やがて一般社員でも希望する人が出てくるようになりました。今では部署単位や深川以外の事業所でも取り入れるところが出てきています。

体を動かしたり立ち上がったりするのが、当たり前になっているのですね。

その通りです。かつてはフジクラでも座って仕事をするのが当たり前で、立ったり歩き回ったりするとさぼっているように見られがちでした。しかし生産性の低い状態で無理に働き続けるよりも、疲れたときは適度に体を動かしてリフレッシュしたほうが、高いパフォーマンスを発揮できる。それを証明するためにも、やはりデータとして示すことが大切なんです。

体を動かす習慣づけという意味では、ウォーキングイベントにも力を入れています。健康経営の開始当初から続く取り組みで、1回の期間は3ヵ月間。3ヵ月のインターバルを挟んで、また3ヵ月間ウォーキングイベントを開催、という流れを繰り返しています。行動の習慣化も考慮した実施機関と間隔で、通常時の平均歩数も徐々にアップしています。

体を動かすことが習慣化し、体幹や筋力が鍛えられると、体が疲れにくくなります。席があればすぐに座りたがっていた人でも、立っていることが苦痛ではなくなってくるのです。さらに、背筋が伸びた状態でリズミカルに歩くと、自然と目線が前に向き、気持ちも高揚してきます。正しい姿勢で歩くことは、メンタル面にもいい影響を及ぼすからです。気持ちが前向きになれば、仕事への姿勢も変わって来るはず。生産性向上にもつながっていくと考えています。

フェーズごとに評価し、連動させながらPDCAを回す

取り組みの評価にも、データを活用しているのでしょうか。

もちろんです。例えばあるイベントを企画したとします。理想は参加者には何かしらの行動変容が起こり、体や心のコンディションが向上し、健康度が上がって活き活きと仕事をこなせるようになり、結果として生産性がアップする、という展開です。この機序が正しいという仮説のうえで、KPIを設けて段階的に評価をします。

健康経営を評価する四つのステップ
(1)行動変容の評価 施策によって従業員の行動は変わったか?
(2)身体機能や健康状態の評価 健診結果や体力テストの数値は変わったか?
(3)活き活き度の評価 従業員は活き活きしているか?
(4)生産性の評価 会社として生産性が上がったか?

健康経営の目標を設定する際にも、この「行動変容の評価」「身体機能や健康状態の評価」「活き活き度の評価」「生産性の評価」という四つのステップを重視しています。まず計測するのは、施策によって従業員の行動が変わったかどうか。この段階では、健康度合いについては問いません。取り組みを続けて行動変容に成功したら、次はその行動変容が本当に健康度の向上につながっているのかを検証します。実施している施策の評価は、このときに初めて行います。

そこで健康度の上昇が認められれば、今度は「活き活き度」のKPIを設定して、健康度との関係を見ながら施策の改善を図ります。各段階のステップを連動させながら、PDCAを回しているイメージです。すべてがつながっているので、データはKPIの設定項目に関係なくひととおり入手しています。

スタンディンデスクの導入を例に挙げれば、単年度で区切って評価するやり方では、「何台導入できたか」だけで終わってしまいます。本当に見るべきなのは、導入による行動変容と、健康度と活き活き度、そしてそれが生産性にどのような効果を与えるか、ということです。長期的な目線で企画して、測定し続けているからこそ見えてくるものがあるはず。ですから企画と評価の方針については、この例に限らず経営者とよく話し合い、目線をそろえています。

データに基づいた健康経営を続ける秘訣を教えてください。

分析にあたって、継続して生体データや行動データを計測することは大事ですが、体への影響が大きなやり方は考える必要があります。例えばパッチを体に貼りつける方法は確かに精度の高いデータが得られますが、シールで皮膚がかぶれてしまうこともあります。数日の調査ならいいかもしれせんが、ずっとデータを取り続けるのは現実的ではありません。

また、忘れてはならないのが、どんな小さなことでも100%同意を取った上で、従業員にデータを提供してもらうことです。データ活用はお互いの信頼感で成り立っています。ですからどのような目的でデータを集めるかを明言し、結果をフィードバックしたり環境改善に役立てたりするなど、必ず還元させること。「ちょっとだからいいや」と、必要なプロセスを省いてはいけません。不信感が生まれてしまったら、すべてが一瞬にして崩れてしまう。常に誠実であることを心がけています。

データ収集を始めた当初、協力に同意してくれた人は、全体の6割程度でした。しかしプログラムに参加した人たちから「参加してよかった」という声を聞き、その変化を目の当たりにすると、周囲の人たちも次第に参加してくれるようになったのです。今では、データ収集に賛同する社員の割合は、全体の96%に達しています。

継続的なモニタリングで個別に血糖値対策をできる可能性も

今後取り組もうとしている施策があれば、教えてください。

いくつかあるのですが、期待しているもののひとつに、血糖の時系列モニターがあります。ヘルステック企業と共同でプロジェクトを開始しました。これまで血糖値の検査というと、空腹時血糖値や、ブドウ糖負荷試験(ブドウ糖を含む液体を飲み、その後の血糖値や血中インスリン値の推移を測る)くらいしかありませんでした。両方の検査に共通しているのは、その人のある“瞬間”の血糖値の状態を切り取っているということ。

しかし本当に知りたいのは、血糖値変動に関するその人自身の特性ではないでしょうか。糖代謝を継続的にモニタリングできれば、どういう条件下で血糖値が変化するのかを個人ごとに解明できる可能性があるのです。例えばAさんは炭水化物の中でも、ご飯は大丈夫だけど、うどんを食べた時に血糖値スパイク(短時間で血糖値が急変動する現象。体への負担が大きく、脳梗塞や心筋梗塞、がん、認知症を誘発するとされている)が起こりやすい、といった具合です。これが分かれば、血糖値が高めでも、全ての炭水化物を我慢する必要はなくなるでしょう。少しでも自由に食事できるほうが楽しいですし、生活も充実しますよね。

このほかにも、咀嚼回数アップの取り組みも検討中です。今のところ、自分が早食いと自覚している人は健康状態がよくないことが、データから分かっています。高血糖に脂質異常、高血圧、肝機能低下と、あらゆる値が悪いのです。早食いの人は飲み込むように食事をしていますから、“噛む”ことを習慣づけるだけで、健康状態の改善を期待できます。他社とコラボしながら、施策を進めていく予定です。

かなり先進的な取り組みを進められているのですね。

おかげさまで、社内の健康リテラシーも向上してきています。それに応えるには、勉強が必要です。私も2ヵ月に1度はアメリカに渡り、テックベンチャーの開拓や大学の共同研究や最新知見の意見交換などを行っています。

全ての取り組みに共通しているのは、従業員が元気に働くための施策だということ。それが企業としての生産性向上にもつながると考えています。私たちはもともと分析のプロフェッショナルだったわけではありません。むしろ、人事制度や保健衛生に関する知識もなかった。それでも、先入観を持たずに取り組みを進めたことで、さまざまなことが見えてきました。まずは最初の一歩を踏み出して、できることから始めてみることをおすすめします。

株式会社フジクラ CHO補佐 浅野 健一郎さん「元気な職場づくりのヒントはデータが教えてくれる フジクラが進めるデータドリブンな健康経営とは」

(取材は2019年3月8日 東京都・江東区のフジクラ本社にて)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


フジクラ健康管理・メンタルヘルス実践活用事例

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