人材採用・育成、組織開発のナレッジコミュニティ『日本の人事部』が運営する、HRテクノロジー(HR Tech、HRテック)総合情報サイト

日本の人事部 HRテクノロジー ロゴ

トレンド企業の取り組み2020/10/15

人材は「育てる」のではなく「育つ」もの
セプテーニグループが実践する「個別最適化教育システム」の現在地

Septeni Japan株式会社 取締役 鈴木雄太さん
株式会社セプテーニ・ホールディングス 採用企画部 部長 江崎修平さん

セプテーニグループ活用事例育成・研修実践

人材は「育てる」のではなく「育つ」もの セプテーニグループが実践する「個別最適化教育システム」の現在地

働き方が多様化し、複雑な人材マネジメントが求められるようになった昨今、注目を集めているのが「ピープル・アナリティクス」です。最新のHRテクノロジーを活用して社員の行動データを収集・分析し、人材育成や働きがいの向上に取り組む企業が増えています。国内でいち早くピープル・アナリティクスに取り組んできた企業の一つが、セプテーニグループ。同グループは「デジタルHR」を掲げて社員一人ひとりのデータを蓄積し、多様化する人材に適したさまざまな人事施策を行っています。今回はその中から、人材育成の効率を最大限に高める「個別最適化教育システム」に注目。同グループで人事領域を統括する株式会社セプテーニ・ホールディングスの江崎修平さんと、事業部門側でともに人材育成に取り組むSepteni Japan株式会社 取締役の鈴木雄太さんに、お話をうかがいました。

プロフィール
鈴木雄太さん
鈴木雄太さん
Septeni Japan株式会社 取締役

すずき・ゆうた/2006年、株式会社セプテーニに入社。営業職を経て、子会社にて新規事業の立ち上げ責任者を務める。セプテーニに帰任後、運用コンサルティング、品質管理部門、メディア部門の責任者を経験。2019年、取締役に就任。現在、マーケティング戦略本部の責任者を兼任する。

江崎修平さん
江崎修平さん
株式会社セプテーニ・ホールディングス 採用企画部 部長

えざき・しゅうへい/2005年、株式会社セプテーニ・ホールディングスに新卒入社。以来、一貫して人事総務部にて採用・人材育成を担当。2019年、採用企画部部長に就任。現在、人事領域全体を統括。

人材は「育てる」のではなく「育つ」もの
人材育成の再定義から生まれた「育成方程式」

貴社では、長年にわたって蓄積した人材データを人事施策に活用しています。人事領域でデータ活用を始めた背景をお聞かせください。

江崎:発端は、当社代表の佐藤光紀が、マイケル・ルイスの『マネー・ボール』を読んでインスピレーションを得たことでした。『マネー・ボール』は、メジャーリーグベースボールの球団であるオークランド・アスレチックスの取り組みを伝えた書籍です。厳しい財政状況だった球団が、「セイバーメトリクス」という統計学的手法によって強豪チームへと生まれ変わっていく様子が描かれています。

「この考え方を経営に生かせないだろうか」と、佐藤から当時の人事担当役員だった上野勇(現・代表取締役 グループ上席執行役員)に共有され、人事におけるデータ活用の検討が始まったと聞いています。

その後、実際に人事データ活用の検討が進むなかで、「人材は職場で良質な経験を重ねることで『育つ』」ものであり、それを「科学的に測定・評価する取り組みが人材育成である」と定義・概念化されたものが当社独自の「育成方程式」です。

セプテーニの育成方程式

育成方程式は、人それぞれが生まれ持った個性と取り巻く環境の相互作用が人の成長に影響を及ぼすという法則性を表現しています。この方程式を証明するために、株式会社ヒューマンロジック研究所に協力をいただきながら、実地検証を行い、精度の向上が確認できています。

2016年には、グループ全体から集積された人材データに基づいて、専属の研究員が研究活動を行う「人的資産研究所」を設立。現在に至るまで、人材採用・育成の強化に関するノウハウを蓄積しています。

人事データ活用やテクノロジー導入を通じて
採用のための独自の選球眼を磨き上げる

データ活用の蓄積を始めたのは2009年ごろとうかがっています。当時から、人事領域にテクノロジーを導入する必要性を感じていたのでしょうか。

江崎:当社では、戦力化する人材を目利きできれば、他社と競争せずとも自分たちで集め採用できるという発想のもと、独自の選球眼を磨くために人事データ活用やテクノロジー導入を進めてきました。

これまでさまざまな取り組みを行ってきていますが、一貫してこの目的に沿って活動を行っています。また、採用と同時に、配置や育成においてもデータ活用を進めることで実際に個人のパフォーマンスを高めることができるようになりました。

データの取り扱いに関しては、一貫した目的のもと利活用するため、「セプテーニグループのデジタルHRガイドライン」にまとめてWebサイトで社内外に開示しています。(https://www.septeni-holdings.co.jp/dhrp/guideline/index.html

鈴木:事業部門でも、「人にどう向き合っていくか」という課題感を抱えていました。メンバー育成の責務を負うマネジャーの多くは、プレーヤーも兼ねるプレイングマネジャー。顧客と向き合いながらメンバーとも丁寧に向き合い続けるのは簡単ではなく、事業部門だけで人材育成に取り組むことに限界を感じていた時期もありました。

そのため、人事が人材育成の専門的な観点から施策を進めてくれるのは心強かったですね。取り組みの開始当初からトライアル運用などにも積極的に協力して、より良い仕組みにできるよう議論を重ねました。

最短距離で成長へ向かうための「個別トレーニング」を提案

2019年には、一人ひとりに適した人材育成を実現するための「個別最適化教育システム」がスタートしていますね。

江崎:新卒採用活動において、内定伝達時に「キャリアシミュレーション」と呼ばれるものを通じて、当社が定義した個別の育成計画を提供しています。そして、配属決定時には、先ほど説明した適材適所を実現する技術を活用し、配属チームおよび担当する仕事との相性を定義します。このような取り組みを2015年以降、本格的に運用した結果、早期戦力化していく新入社員の割合が増えているという成果が確認できています。

職場適応期間を終えた後に、個々のトレーニングを開始していきますが、これまでに蓄積したデータから、成長過程で陥りやすい「つまずき要因」と「時期」について、個性の違いなどに応じて予測できるようになりました。この成果を基に、多様な人材をより効率的に育成する「個別最適化教育システム」が生まれました。

現在は、トライアル部門のメンバークラスの社員を対象として、最短距離でプレーヤーとしての価値を高めていくための「キャリア・ディベロップメント・プログラム(CDP)」を提供しています。データ分析やレビューに基づいて、対象者がどのようなタイミングで、どのような個別トレーニングをすれば効果的なのかを提示するプログラムです。

個別トレーニングでは、対象者の職種と職位を基に能力要件を設定し、能力ごとに4~8種類のトレーニングプログラムを提示しています。その組み合わせは現在約150パターンにのぼっています。対象者には個性情報に基づきパフォーマンス向上に影響が高そうなプログラムをレコメンドし、個人に合ったトレーニングを提供できるような仕組みにしています。

一律の集合研修だけに頼るのではなく、個々に最適化された育成プログラムを実施できるということですね。

江崎:人材育成の施策は、メンバーに多く共通する問題点を抽出して、均一な解決法(集合研修など)で取り組むものが一般的です。これに対して、CDPは個人別に強みや課題を可視化し、価値向上するための方向性を指し示します。

対象者自身の価値を向上させることは、社内外を問わず、これからキャリアを積み重ねていく上でプラスになると考えています。こうした仕組み化が可能になることで、メンバー育成に携わるマネジメント層への支援にもつながることを標榜しています。

2019年に実施したトライアルで一定の育成効果が確認できたため、2020年からは事業部門のうち、3部署を対象としてトライアルを拡大しています。

一人のメンバーに二人のコーチ
「能力」「スキル」の両面で支援

現在までのプロセスは順調に進んでいるかと思いますが、取り組みを進める中で新たな課題や、それに向けた対策はありますか。

江崎:CDPの優れている点は、隣に先輩や上司が張り付いて指導を行わずとも、事前に成長過程で陥りやすい「つまずき要因」と「時期」が予測でき、それに対する最適な教育プログラムをテクノロジーが教えてくれることです。

しかし、データが指し示すプランを理解し、運用するのは人になりますので、専門的な理解を深めた人事・人材開発部門と現場マネジャーとの協業体制が欠かせません。

そのため、人事・人材開発部門のメンバーが「キャリアコーチ」としての役割を担い、事業部門のマネジャーを「ビジネスコーチ」と位置づけることで、一人のメンバーに対して二人のコーチが付く体制を作ろうとしています。

鈴木:今回のプログラムではよく「『スキル』と『能力』を分けて考えよう」という話をしています。「スキル」とは、営業スキルやマーケティングスキルなど、担当する職務に直接的につながるもの。一方、「能力」はコミュニケーション能力や思考力など、職務にかかわらず必要とされるものです。

「能力」は長期的に伸ばしていく必要があり、かつ、人によって求められる育成ポイントが異なります。そのため、事業部門のマネジャーだけで育成の役割を果たすことは難しいと感じていました。

そこで人事や人材開発のメンバーにキャリアコーチとして「能力」の育成に協力してもらうことで、事業部門のマネジャーが「スキル」の育成に集中できるようにしています。

事業部門と人事部門が協力してメンバーを育成する
役割 育成内容
事業部門 ビジネスコーチ スキル:職務に直接的につながるもの(営業力、マーケティングスキルなど)
人事部門 キャリアコーチ 能力:職務にかかわらず必要なもの(コミュニケーション力、思考力など)

江崎:当社の人的資産研究所では、既に「能力」と「スキル」に関する研究が行われており、「能力」が「スキル」の発揮、獲得に影響を及ぼす可能性があることが確認できています。また、こうした内容は社会的な研究事例でも検証されており、人材価値を高めるためには「スキル」と「能力」双方を向上させることが重要です。個人のキャリアを発展させていくためにも、個人別に能力とスキルを分けて課題を設定し、その人に合った育成方法を考えていく必要があると考えています。

データを活用し、具体的・中長期的なキャリア展望を提供する

具体的にどのようなフィードバックを行っているのでしょうか。

江崎:提供している情報は、目的別に大きく三つに分けられます。一つ目はキャリアの棚卸し。採用時から現時点までに保有するデータを活用し、過去の振り返りを個人で行うよりも客観性を持たせることを意図しています。

二つ目は個別トレーニングの提案。三つ目がキャリア予測です。これらの情報群を、個人がキャリアを考える上での参考情報として提供した上で、育成指針の共有を行っています。

一般的にはキャリアというと雲の上をつかむような話になりがちですが、当社ではデータを活用したフィードバックを行うことで、事実を基盤とした現状整理をもとに、具体的かつ中長期的なキャリア展望が持てるようにすることを標榜しています。

個人の価値観や可能性を可視化し、
新しい働き方におけるマネジメント体制を確立する

個別最適化教育システムは今後も対象者を広げて拡大していく計画かと思います。今後の展望について、人事部門・事業部門の双方の観点からお聞かせください。

江崎:人事部門としては「長年悩んでいたメンバーの育成が進んだ」「マネジャーの業務負荷を減らせた」といった具体的な手応えを検証できるよう、事業部門と連携させてもらいながら、成果を追求していきたいと考えています。

鈴木:事業部門でも、人と向き合うこと、育てることの複雑性がますます高まっていることを実感しています。変化の激しい市場では、「3年前に正しかったことが今は通用しない」という場面が頻繁に起きます。

そうした変化にもかかわらず、マネジャーは自分が得意としてきたことや、自分がかつて成果を出したポイントをメンバーに押しつけてしまいがちです。しかし、データに基づいた人材育成の環境が整っていくことで、マネジャーの果たすべき役割が再定義され、マネジメント側の成長にもつながっていくと考えています。

新型コロナウイルス感染症の流行でテレワークを本格導入するなど、多くの企業でこれからの働き方を模索しています。そうした中、貴社の「デジタルHR」の取り組みはどのような意味を持つとお考えですか。

江崎:当社では2月末からクライシスマネジメントの一環として在宅勤務を許可していますが、リアルな空間で人の状態を見るのが難しい中では、「メンバーがどう育っているか」を把握する仕組みがますます重要になると感じています。

そのため、隣に先輩や上司が張り付いて指導を行わずとも、事前に成長過程で陥りやすい「つまずき要因」と「時期」を予測。それに対する最適な教育プログラムをテクノロジーが教えてくれるCDPは、テレワークが普及した社会においてこそ、より意味を持つプログラムになると考えています。

鈴木:パッと顔を上げてもメンバーの顔が見えない。この状況では、やはりマネジメントは難しいですよね。これまでは同じ空間でメンバーの雰囲気を察することができましたが、今は意図的にオンラインミーティングを設定しないと個々のコンディションがわかりません。テクノロジーを活用していなければ、さらに大変だったかもしれません。

コロナ禍と言われる状況が続く中で、私たちは意図せずとも、この環境に慣れてきていると思います。テレワーク開始当初は、オンラインで頻繁に集まるように心がけ、雑談を含めてできるだけ多く会話をするようにしていました。しかし、テレワークが当たり前になるにつれて、そうしたコミュニケーションの機会を維持し続けるのも難しいと感じています。これは多くの企業に共通する現象なのではないでしょうか。

マネジャーがどんなに気を張っていても、オンライン環境で一人ひとりのメンバーを常にフォローすることは容易ではありません。だからこそ、事業部門としてテクノロジーを最大限に活用していかなければならないと思っています。

(取材:2020年9月2日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


セプテーニグループ活用事例育成・研修実践

あわせて読みたい