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トレンドキーパーソンに聞く2024/12/13

中堅・中小企業こそDX推進のチャンス
経営層と現場の近さが強みになる

中堅・中小企業中小企業DX推進

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中堅・中小企業こそDX推進のチャンス 経営層と現場の近さが強みになる

企業規模にかかわらず、DXの推進が重要であることは言うまでもありません。しかし、中堅・中小企業では、IT人材の不足などを理由になかなか進んでいないのが現状です。デジタルイノベーションデザインを専門とし、経営者向けのDXセミナーも行っている北陸先端科学技術大学院大学 教授の内平直志さんは「中堅・中小企業こそDXを進めやすい環境だ」と語ります。その理由やDXを実現している中堅・中小企業の取り組み事例を聞きました。

Profile
内平 直志さん
内平 直志さん
北陸先端科学技術大学院大学 トランスフォーマティブ知識経営研究領域 教授

うちひら・なおし/1982年東京工業大学理学部情報科学科卒業。1997年東京工業大学で博士(工学)、2010年北陸先端科学技術大学院大学で博士(知識科学)取得。東芝研究開発センターラボラトリ長、次長、技監等を経て、2013年から北陸先端科学技術大学院大学教授となり現在に至る。日本MOT学会理事、研究・イノベーション学会理事などを兼任。専門はデジタルイノベーションデザイン。著書に『戦略的IoTマネジメント』(ミネルバ書房) 、『AIプロジェクトマネージャのための機械学習工学』(科学情報出版)など。

トップの強い意志が原動力に

中堅・中小企業におけるDXの重要性についてお聞かせください。

DXは「100年に一度」の大きな変革であり、あらゆる企業がその変革に乗ろうとチャレンジしています。中堅・中小企業にとっても、デジタルを活用することは非常に重要です。少し前だと、例えばAIは大企業の研究所でなければ使えませんでした。しかし、デジタル技術はどんどん安価で使いやすくなっています。中堅・中小企業でも技術を生かせる時代なので、DXを推進する企業とそうでない企業の差は、ますます開いていくでしょう。

日本の企業の大部分を占める中堅・中小企業がいかにデジタルの力を活用するかは、日本全体に影響します。地方の活性化という点でも、地域に根ざす中堅・中小企業の発展が求められます。

中堅・中小企業の DXの現状をどう捉えていらっしゃいますか。どのような課題があるのでしょうか。

積極的にDXに取り組む中堅・中小企業がある一方、およそ半数が取り組みを始めていないという調査結果もあります。少しずつ浸透しているものの、まだまだ進んでいないのが現状といえるでしょう。その主な理由は、「DX推進を担える人材がいない」「ITの知識や知見がない」「どのようにDXを進めれば効果が出るかわからない」の三つです。

一方で、多くの地方自治体が企業向けの講座を実施しています。教育の機会はあるのに、まだDXに取り組めていない企業が多いのは、経営者の意志の問題ではないでしょうか。

DXを積極的に推進する経営者と、そうでない経営者にはどのような違いがあるのでしょうか。

一番の違いは、デジタルを活用し「仕事を今より良くしたい」「新たなことにチャレンジしたい」というマインドがあるかどうか。マインドさえあれば、ITの知識は後から身につけられます。しかし、「ITに詳しくないから」と最初から消極的な人も。その一方で、過度に期待して少しでもうまくいかないとすぐに否定する経営者もいるように思います。

私は石川県主催の経営者向け研修で講師を務めていますが、経営者がIT技術について正しく認識することが非常に大切だと感じています。現場の担当者がITを学びたいと思っても、職場に理解者がいなければ推進できません。実際に「上の人が理解してくれなくて困っている」と悩む現場担当者の声を聞きます。まずは経営者がITやデジタルについて正しく理解した上で、経営者の意志で現場の人に学んでもらうという順序が望ましいと思っています。

経営者向けの研修で最も参加者に響くのは、DXに取り組むことで成果が上がった近隣企業の事例です。地方では経営者同士のつながりが強いため、「知っている会社が成功しているなら、自社でも実現できそうだ」とDXを身近に感じるようです。

セミナーでも話していることですが、私は中堅・中小企業こそDXを進める環境が整っていると思っています。

「中堅・中小企業こそDXを進める環境が整っている」理由を教えてください。

その理由は大きく二つあります。一つ目は、大企業に比べると階層が少ないので、経営者がリーダーシップを発揮しやすく、経営者の思いが現場に届きやすいことです。二つ目は、経営層と現場の距離が近く、経営者が現場のニーズを把握しやすいため、本当に必要なDXを推進できる点が挙げられます。

大企業では、鳴り物入りで新たなシステムを導入したけれど、現場の業務にフィットせず、結局あまり使われなかったという事態がよく起こります。あるいは現場のニーズに合わせて追加機能を搭載しすぎたことで、煩雑な仕組みになってしまうケースもあります。

DXを目指す経営者の意志が現場に浸透しやすく、現場のニーズをすぐに反映できる。現場と経営者が双方向に関与できることが、中堅・中小企業の強みです。

「現場の知識+デジタル知識」で鬼に金棒

内平 直志さん(北陸先端科学技術大学院大学 トランスフォーマティブ知識経営研究領域 教授)

デジタル人材の不足という課題は、中堅・中小企業のDX推進にも影響しているようです。どのように対処したらよいでしょうか。

大企業でもデジタル人材の採用に苦労する時代です。中堅・中小企業がデジタルに強い人材を採用することは非常に難易度が高いでしょう。

最もよい解決策は、デジタルの専門家ではない現場の社員が学ぶこと。現場をよく知る人がデジタルやITの知識を身に付ければ、「鬼に金棒」です。AIやIoTなどのツールを使うハードルは下がっており、少し勉強すれば使いこなせる時代になってきています。

現場をよく知る社員の中から、新しいことに積極的に取り組む意欲がある若手や中堅社員を選ぶといいでしょう。地域に密着したITコンサルタントやソフトウェア開発会社など、外部の力をうまく活用する選択肢もあります。DX推進の方針や体制を決めていく上では、すでに成果を上げている同業他社から学ぶことが有効です。

同業他社と情報共有すると、ライバルに塩を送ることになるのではないでしょうか。

中堅・中小企業の場合、同業他社であっても、同じ大企業の仕事の一部をそれぞれが担っているケースもあります。同業他社はライバルというよりも、運命共同体やチームのように感じていることが多いようです。

これからは、地域に根差した中堅・中小企業同士が助け合って成長していかなければなりません。DXのチャンスを地域全体でどう生かしていくかを考えてほしいですね。

「攻めのDX」で新たな価値創造を

DXに着手するときは、まずどのようなアプローチから始めればよいのでしょうか。

「攻めのDX」と「守りのDX」があると思います。守りのDXとは、企業が抱える課題をデジタル技術によって解決する「課題解決型」のDXで、日本企業が得意な改善活動もこれに含まれます。事例は多く、着手しやすいのではないでしょうか。まずはこうした守りのDXから取り組むといいでしょう。

攻めのDXは、デジタル技術を活用して既存の製品やサービスに新しい価値を付加する「新価値創造型」のDX。部品を製造しているような多くの中堅・中小企業がこの攻めのDXにつまずきます。これまでは取引先から発注された通り、品質の高い製品を納期までに納品するというビジネスモデルだったため、新たな事業や価値を創造することに慣れていないのです。

しかし、攻めのDXをあまり難しく考える必要はありません。課題を発見する視野を、自社内だけでなく、顧客も含めたサプライチェーン全体に広げればいいのです。守りのDXが自社のムリ・ムダ・ムラをなくすことだとすれば、攻めのDXはサプライチェーン全体のムリ・ムダ・ムラをなくすことだと言えます。

攻めのDXを推進するには、まず顧客が何に困っているのかを具体的に知ることが重要です。例えば、病院に手術器具を納めている会社の「新価値創造」を考えてみましょう。納品先の病院で手術器具が使われる状況を詳しくヒアリングし、手術前に、数ある器具の中からその手術で使用するものを選んでセットしておく必要があるとわかったとします。そこで、あらかじめ術式ごとに必要な器具をセットして納品すれば、病院側の業務の効率化につながります。

この例を、部品を顧客の工場に納めている企業に置き換えると、自社製品が工場で組み立てやすい形に取りそろえて納品できれば、新しい価値の提供になります。

自社の製品がどのように使われているかをより深く知る必要がありますね。

DXという文脈で言えば、デジタルで何を提供するかも重要ですね。例えば、完成品メーカーにはカーボンニュートラルの取り組みが求められています。完成品を生産する際、サプライチェーン全体でどのくらい温室効果ガスを排出しているかを算出する必要があるのです。こうした取引先の事情を理解していれば、自社が完成品メーカーに納品する部品の生産工程で排出した温室効果ガスの情報を提供することで、サプライチェーン全体で温室効果ガスの情報を管理できるようになります。

自社でどのような攻めのDXが可能かを知るために、私の研究テーマである「デジタルイノベーションデザイン手法」を活用できます。この手法は、世界中で使われている「ビジネスモデルキャンパス」とそれを補完するオリジナルのフレームワークから構成されています。フレームワークの項目を埋めていくと、新たな攻めのDXを考えることができるのです。

こうした手法を研修でお伝えすることで、何かを改善したい、新しいビジネスを生み出したいという意志がある人が、デジタルが得意でなくてもDXに取り組めるようにしたいと考えています。かつて、ソフトウェアを作るためには非常に高度で特別なスキルがある人に依頼する必要がありました。しかし、今はコードを書かなくてもソフトウェアが作れるローコード・ノーコードのツールが普及し始めていて、DXの垣根は低くなりつつあります。

可能性と限界を適切に理解することが重要

中堅・中小企業が DXを成功させるポイントを教えてください。

DXを成功させるためのポイントは五つあると考えています。

まずは経営者が解決すべき課題や目指すビジョンを明確にした上で、IoT・AIなどのデジタル技術を活用することです。「世の中で流行しているからやってみよう」という考えは失敗につながりかねません。

二つ目は、経営幹部がDXの可能性と限界を適切に理解すること。これが最も重要なポイントです。悲観的でも楽観的でもなく、デジタルでできる範囲を理解した上で、中途半端ではない強いリーダーシップで推進しなければなりません。他社事例を学び、「DXでここまでは実現できる」という信念をもってやり抜く姿勢が重要です。

三つ目は、全てを外注任せにするのではなく、ツールやプラットフォームを活用して現場に最適なシステムを自社で試行錯誤することです。規模が小さいからこそ、試行錯誤しやすい。中堅・中小企業のメリットです。

四つ目は、自社で成功したシステムやノウハウを他社や地域に展開して、仲間を増やしていくこと。中堅・中小企業同士で学び合えば、地域全体の底上げにつながります。

そして五つ目が、会社全体でDXを推進する企業風土づくりです。経営層が現場の業務を理解し、要望を吸い上げていくことで、現場の社員は自分たちの要望が反映されるという期待を抱きます。従業員がDXを「自分事」として捉え、次々と要望を出してくれれば、DXは成功に近づきます。

中堅・中小企業のDX成功のメカニズム

内平氏作成

DX化を成功させた中堅・中小企業の事例を教えていただけますか。

DXに取り組む中堅・中小企業の成功事例として3社紹介します。

1社目は、経営幹部がDXの可能性と限界を適切に理解し、強いリーダーシップで自社開発をやり抜いた従業員30名ほどの部品メーカー・A社です。

A社の2代目社長は、アメーバ経営、つまり独立採算制で運営する経営手法を実現させるため、20年ほどかけて自社の業務を可視化するシステムを開発しました。以前は、従業員が工場に出勤して持ち場についてからでないとその日の業務量がわからなかったのですが、可視化システムを導入した結果、「金曜の午前中は比較的余裕がある」などと先の業務量を見通せるようになりました。すると、従業員は「作業量が少なくて影響の少ない金曜の午前中に休もう」と休暇を取りやすくなり、効率化だけでなく、ワークライフバランスの充実にもつながりました。

自社で開発したため、従業員から要望を受けた翌日には、社長自らが修正・改善するというスピーディーな対応も実現。従業員は現場の課題がどんどん解決されていくことを目の当たりにして、働きがいを感じるという好循環が起きました。もともとは経営効率や利益を上げるという目的のDXが、結果的に従業員のウェルビーイングにもつながった素晴らしい事例です。

工場DXと従業員ウェルビーイングとの関係

内平氏作成

二つ目の事例は、同業他社と活発に情報交換している産業機械の部品メーカー・B社です。B社はパーツ供給からOEMまで幅広い顧客ニーズに対応し、複数の専門工場をもつ従業員200名以上の企業です。工場の稼働状況を収集するツールを使用してデータを収集していましたが、その活用法が課題でした。そこで協力企業からのアドバイスを受け、ローコード開発ツールを使って現場視点を取り入れたシステムを開発。可視化を実現し、生産ラインの最適化を図りました。ITの専門部門はないものの、同業他社との情報共有がDX成功につながりました。

三つ目は、ガソリンスタンドには必ずある地下タンクを製造しているC社の事例です。業界トップシェアの企業ですが、地下タンクの需要は年々減少しています。新たな価値を作り出せないかと考えたC社は、攻めのDXとしてタンクのオイル漏れを24時間監視して検知できるサービスを開発しました。それまでは地下タンクを納品した時点で物売りビジネスは終了していましたが、新たなサービスを生み出したことによって、販売後もサービスビジネスを継続できるようになりました。

最後に、DXの推進を図る企業人事担当者や中堅・中小企業経営者にメッセージをお願いします。
経営者は「DXは100年に一度のチャンス」という認識を改めて持ち、ぜひ強い意志を持ってチャレンジしてください。人事担当の方には、自分は無関係と思わず、経営者と同様にDXの可能性と限界を理解し、社内のDXを進める、イノベーションを起こす社員を支援するという視点をもってほしいと思います。人事の方がDXに取り組む重要性を理解すると、社内のDXは一層加速するはずです。

内平 直志さん(北陸先端科学技術大学院大学 トランスフォーマティブ知識経営研究領域 教授)

(取材:2024年10月25日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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