VRによって働き方は「多チャンネル」に、人事は「価値の商社」へ進化する(前編)
稲見 昌彦さん(東京大学先端科学技術センター 身体情報分野 教授)
失敗しても大丈夫 「リアル」と「バーチャル」を組み合わせた生き方とは
さまざまなチャンネルに同時に存在することができる「人生多チャンネル時代」において、自分自身の存在や価値は、何によって決まるのでしょうか。
「自分の存在は、仕事もしくは身体で既定されている」――これが工業社会の特徴であり、今までの価値観でした。これに対して、服を着替えたり、メイクを変えたりするように、自分の存在をドラスチックに変えることができるのが、多チャンネル時代の特徴です。チャンネルを切り替えることで、まったく別の人生を送ることもできるでしょう。
今の時代は、リアルという1チャンネルしかない。そのため、現実の世界で失敗してしまえば、人生が終わったように感じてしまう人もいます。それではもったいないし、自由な生き方とは言えません。仮に100のチャンネルがあれば、そのうちの一つで失敗しても、他で頑張ればいい。もちろん、バーチャルなチャンネルがどれだけ増えても、リアルのチャンネルはそれなりに重要なものとして、今後も残るでしょう。ただ、それだけだと、人生も世の中もつまらない。
多くの職業をリアルとバーチャルの双方で体験できる社会になると、仕事はどう変わってくのでしょうか。
変化は、大きく三つ考えられます。まず一つ目は、より自分の得意とする仕事への特化です。仕事の定義を「自分の行動によって他者に価値を与えること」とするならば、必ずしも現在のかたちにこだわる必要はありません。技術で代替できる部分はどんどん自動化、省力化を進めていく。その一方で、自分がやりたいと思っていたことや、相手が望んでいることに優先的に取り組んでいけばいい。
二つ目は、新たな「職種」の登場です。テクノロジーが発展すると、一部の特権階級にしかできなかったことが、一般にも広まっていきます。すると、そこに価値が生まれ、新たに仕事とする人が登場し、市場ができる。たとえば、スポーツもそうです。工業化によって日々の労働が楽になり、体を動かす余裕が生まれたことで、産業革命前は貴族の楽しみだったスポーツが多くの人へと広まっていった。そして、エンターテインメントとしての価値が形成され、プロ選手が生まれた。YouTuberなどの職業も同じく、テクノロジーの進化の産物と言えます。
三つめは、働き方の変化です。先ほど述べた「人生多チャンネル時代」の到来に伴い、「会社」のあり方は大きく変化するでしょう。これまでの会社は、社屋というハードに人や組織というソフトが組み合わさっている状態が一般的でした。しかし、今後は会社には価値を提供するメディアとしての機能だけが残り、「特定の会社に所属し、毎日オフィスへ通勤する」といった働き方はなくなります。目的に基づいて人が集まり、仕事が終わったら解散、というようなプロジェクトベースの働き方が増えていくのは、間違いないでしょう。