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VRによって働き方は「多チャンネル」に、人事は「価値の商社」へ進化する(後編)

稲見 昌彦さん(東京大学先端科学技術センター 身体情報分野 教授)

2017/07/19稲見昌彦VR人間拡張工学

東京大学先端科学技術センター 稲見 昌彦

近年、バーチャルリアリティ(VR)や拡張現実感(AR)などの技術が、急速に社会に浸透しつつあります。「人間拡張工学」研究における第一人者、東京大学先端科学技術センターの稲見昌彦教授によると、こうした技術のさらなる進歩により、今後、私たちの働き方は大きく変わっていくと言います(前編参照)。チャンネルをザッピングするように、人々がさまざまな役割を切り替えながら働く未来には、「会社」という枠組みすら、現在とは全く異なるものになるかもしれません。後編では、こうした環境の変化の中で、これからの人事に求められる役割について、じっくりとうかがいました。

東京大学先端科学技術センター 身体情報分野 教授 稲見 昌彦さん
稲見 昌彦さん(イナミ マサヒコ)
東京大学先端科学技術センター 身体情報分野 教授

東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野教授。同大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科客員教授、超人スポーツ協会共同代表を兼任。専門は人間拡張工学、バーチャルリアリティ、複合現実感、エンターテインメント工学、ロボット工学。

人事は「人の価値の商社」へ

今後、働き方が変化していく中で、人事の仕事はどう変わっていくとお考えですか。

人事の仕事は、これまで以上に「人の価値をつなげる」仕事に特化していくと思います。人事は「人の価値の商社」になる、と言っていいかもしれない。というのも最近、私の研究室の講師が、“Uber(ウーバー:スマートフォン経由で配車を予約できるアプリ)”ならぬ“GBER(ジーバー)”というシステムを開発したのです。

高齢者の多くは、体力や時間の問題などもあって、従来のフルタイム型の就労が困難です。これを解決する方法の一つが、複数の高齢者を、スキル、時間、場所などの就労条件に応じてパズルのように組み合わせ、仮想的に一人分の労働力として働いてもらう、「モザイク型就労」です。GBERはこのモザイク型就労をサポートするシステムとして、現在、柏市で実証実験を開始しています。

人の能力やそこから生み出される価値を、企業の中でマネジメントすることが、人事の仕事の本領です。まさに“Human Resource Management”ですね。今後、働き方が変化すれば、この“Human Resource Management”を企業という枠に縛られず、広く実現していくことが、人事の仕事になるでしょう。GBERのように、それぞれの持つ「価値」を流通させることが、「人の価値の商社」としての人事の役割になると思います。

GBERは、コンピューターを利用したクラウドシステムによって、子細なスケジューリングを行い、それぞれの高齢者の価値が最大化した状態での「流通」を実現しています。こうしたテクノロジーを用いることは、人事の仕事においても重要になるでしょう。採用活動などでも、テクノロジーが助けてくれる部分が増えることは間違いない。ただし、それでも人事の仕事が無くなることはありません。

人事に求められるのは、「人の心を動かす」こと

人事はどのような役割を担うべきなのでしょうか。

稲見 昌彦さん(東京大学先端科学技術センター 身体情報分野 教授)

一番コアな仕事は、「人の気持ちを動かすこと」になると思います。効率のいい手段で済ませるだけでなく、あえて遠回りしてでも人に気持ちを伝えたい、受け取りたい、というニーズは無くならないからです。「ななつ星」や「四季島」といったクルーズトレインが、非常に高価なのにもかかわらず、人気を博しています。新幹線や飛行機など、より効率的な移動手段がある中で、あえて時間をかけて「おもてなし」をすることで、価値を生んでいるのです。年賀状やお中元という風習も残っています。このような心を動かす部分こそ、テクノロジーが進歩しても変わらない、人間の仕事だと思います。

ただ、今後は技術の発展によって、目の前に存在しない人の気持ちを動かすことも、ある程度は可能になるでしょう。現在、リモートワークの是非が議論されており、「リモートでは円滑に業務が進められないのでは」という声もありますが、こういった不安は技術の進歩で解消することができます。その証拠に、VR技術を用いてカンファレンスを行える「cluster.」というサービスがあるのですが、それぞれが遠隔地にいても一斉に拍手できるなど、「その場に集まっている」という感覚を味わうことができます。このバーチャル上のカンファレンスを「リアルな場よりも楽しい」と言う人は多いようです。

技術の進歩によって、バーチャルの世界は「リアルな場を補うもの」ではなく、「リアルな場とは別の価値を持ったもの」になるかもしれませんね。

今後、さらにバーチャルの世界が当たり前になれば、リアル世界での名前や肩書き、年齢といったものが、今とは違う意味で機能する時代がくるのではないでしょうか。たとえば本を書く場合、ペンネームを使うこともあれば、本名で書くこともあります。Twitterのアカウント名など、われわれはすでにたくさんの名前を持っています。活躍の仕方によっては、芸名やペンネームの方が本人らしいということも、きっとあるでしょう。この傾向は、今後ますます広がっていくと思います。

いずれは、バーチャルの身体のほうがリアルな身体よりもアイデンティティーを感じる、という人も出てくると思います。そうなるとリモートワークでも、今までのテレワークに限らず、「変身型」に進化したものが登場するかもしれません。環境だけでなく、自分を変身させて働けるようになるのではないでしょうか。

リアルとVRの関係は、自然と都市の関係に似ています。都市で仕事をしている人も、たまには自然に帰りたくなるでしょう。それと似たような感覚だと思います。リアルな職場はたまに帰りたくなるもので、そこにいると心が安らぐ。そのような空間になるのではないでしょうか。


2017/07/19稲見昌彦VR人間拡張工学

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