VRによって働き方は「多チャンネル」に、人事は「価値の商社」へ進化する(前編)
稲見 昌彦さん(東京大学先端科学技術センター 身体情報分野 教授)
さまざまな仕事を切り替えながら働く「人生多チャンネル時代」の到来
人間の能力が拡張される未来では、働き方はどのように変化するのでしょうか。
「人生多チャンネル時代」が訪れるでしょう。農業の機械化によって作業が効率化され、農業以外の仕事も持つ、兼業農家が現れました。情報化が進めば、それによって生まれた時間を副業にあてる人が増えてくる可能性があります。自分の仕事をAIに任せ、AIが判断に困ったときだけ対処する、といった働き方の実現も予測され、多くの仕事を同時に進めることも当たり前になるはずです。
スマホが広く普及し、これまでゲームをやらなかった人たち、もしくは小さいころにゲームをやっていたが多忙でやめてしまった人たちが、気軽にゲームに興じるようになりました。モバイル、もしくはウエアラブルなデバイスを持っているがゆえに、隙間時間の全てが、エンターテインメント化されたわけです。同じように、隙間時間で小さな仕事をたくさんこなしていく時代が、もうそこまで来ています。言わば、「仕事のザッピング」です。
テレビのチャンネルが一つしかなかった状態が今までの働き方だとすると、それが多チャンネル化した状態が、これからの働き方です。必要に応じて、複数の仕事をリモコンでザッピングするかのように切り替えながら同時に進めることが可能になるのです。
しかも、役割に応じて自分自身を「変身」させることができます。一つ、面白い例をご紹介しましょう。ある大規模なオンラインRPGゲームで、強力なリーダーシップを発揮する、非常に有名なプレーヤーがいました。ゲーム上のキャラクターは男性だったのですが、プレイしていたのは、実は耳の不自由な女性だったのです。画面を通じてチャットでやり取りをするほかのプレーヤーたちは、彼女が女性であることにも、障害を持っていることにも気がつきませんでした。彼女はゲームの世界でそのキャラクターに「変身」し、リーダーとして他のプレーヤーを率いていたのです。
これは、ゲームの世界の話に限りません。東京大学の講師が、CGで女性のアバターを使って遠隔講義を行ったところ、普段の講義よりも学生の反応が良かったそうです。今、私がこの年齢、この性別で、この仕事をやっているのは、たまたま現実世界でそういうチャンネルにいるから。VRやARの技術が進化すれば、何かに変身して、違うキャラクターで仕事をすることが可能になります。
たとえば、保育士が幼稚園児の面倒を見ているとき、VRの世界の中では幼稚園児に変身して、遊んであげることもできるかもしれない。身体を入れ替えることで、新しい保育の形が生まれる。そのような事象が、あらゆる仕事で起こってくるでしょう。極端な話、私でもアイドルになれるかもしれません。これが、人間の能力が拡張した先の世界観です。