現場の生産性向上に寄与する人材育成とは?グローバル最新事例とその考え方
- 佐藤 新太郎氏(サバ・ソフトウェア株式会社 シニア・ソリューション コンサルタント)
日本企業の多くはタレントマネジメントを「人材情報を管理し、情報を元に人材を最適配置すること」だと考えているが、これはグローバル企業の考えと大きく異なっている。グローバル企業では、組織文化の変革やエンゲージメントなどの施策も含め、長期的に企業の将来価値を高める人財育成・組織開発と捉えられているのだ。では、企業の価値を高め、生産性向上に寄与する人財育成とは何なのか。サバ・ソフトウェアの佐藤氏が同社サービスを活用したDELL、ハイアットなどの事例をあげ、生産性向上を真に実現させる施策について解説した。
(さとう しんたろう)横浜国立大学工学部卒。コンサルティング企業において海外IT製品の日本展開に従事。その後、ベンチャー企業を創業し代表取締役に就任。2012年より現職。 日本を中心に世界中の企業様の人財育成・タレントマネジメントソリューションの導入および運用を支援。
今グローバルで注目される「社員の自発性を主体とした教育」
サバ・ソフトウェアは、1997年に研修管理システム(LMS)ベンダーとして米国で創業。現在は世界195ヵ国、約4000社の企業に人財育成、人財管理のソリューションを提供している。佐藤氏は、タレントマネジメントの日本とグローバルにおける定義の違いから話を始めた。
「日本企業ではここ4、5年、タレントマネジメントとして『人材情報を管理し、情報を元に人材を最適配置する』ことに取り組んでいるところが多くあります。しかし、グローバルにおいては、組織文化の変革やエンゲージメント・組織への一体感といった施策も含め、長期的に企業の将来価値を高めるために行う人財育成・組織開発をタレントマネジメントと捉えています。ここでのエンゲージメントとは、企業戦略と事業目標、それと個人の目標がリンクされ、整合性をとりながら組織全体で前に進める体制がつくられていること。弊社では、ここまでを含めたものをタレントマネジメントと考えています」
人財育成や組織開発は、いま進められている働き方改革とも深く絡んでいく。厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」を見ると、「生産性向上」「ダイバーシティ」「社員満足度向上」「モチベーション向上」という言葉が多く見られる。これらに対しても人材育成が統合的に関与することができるという。
さらに、グローバルにおける最先端の人財育成トレンドでも、日本とグローバルでは、大きく乖離し始めていると佐藤氏は語る。
「日本企業の人材育成は『教えなければ』『学ばせなければ』といった管理型の教育が多い。それに対してグローバルでは、社員が自発的に学べるモチベーションをいかに提供するか、といった自発性を主体とした教育が増えています」
人財育成における最新のITトレンドをみると、モバイル、動画をフルに活用し、どこでもいつでも学べる環境の整備が進んでいる。日本と異なる点は、ウェブ上の動画リソースなどの活用がより進んでいることだ。そしてユーザーインターフェイスも使い慣れたネットショップのサイトなどに学び、より楽しく学べるゲーミフィケーションを活用。人工知能でおすすめの学び情報が得られるといったものもある。
教え方の手法も変わってきている。企業におけるリーダーシップ教育の法則として知られる「ローミンガーの法則」の活用だ。
「人の学びは研修1割、上司や同僚との関わり2割、日常の実務7割から得られる、というものです。現在、この法則をベースのフレームワークとして活用しようとする取り組みが行われており、これらを網羅し体系づけた人財育成が実践されています。」
また、知識定着についても進化しているという。学びを一時的な研修で終わらせず、その後の教育効果を高める継続的な仕組みづくりが進んでいるのだ。
「モバイルラーニング、コーチング、同僚のフィードバックなど継続的に教育効果を高められる施策を、いかに全体としてモデル化していくかにフォーカスが移ってきています。仕事をしながら、いかに社員を成長させるかについて考えなければなりません」
個々の学びをコミュニティーに広げて成功した海外事例
次に佐藤氏は、同社が手掛けた海外企業の事例として、デルコンピュータをあげる。ここでは顧客および代理店を含む47万人以上が利用する統合型ラーニングマネジメントシステムとして、社内教育、代理店に向けた資格制度から、現場でのオンデマンドラーニングまで12万にものぼる教育コンテンツを、ワンプラットフォームで提供しているという。
「例えば工場の組み立て指導も、今では動画で行っています。面白いのは工場の組み立て工程のサポートです。スタッフがわからないことがあれば、パソコン部品についているバーコードを読み込むと、該当する教育プログラムや説明書が出て、すぐに見られるのです」
ハイアットホテルアンドリゾーツでは、それまで1000もあった教育ドキュメントを、現場で必要とされるコアタスクを分析することで、120の短い動画にまとめ上げ、モバイル端末からいつでも視聴できるように整備した。動画コンテンツは社員が絵コンテを書き、社内で動画制作まで行うためコストもかからない。また、業務の中で成功した事例を、社員同士が共有できるソーシャルなコミュニティーもつくっている。
「コラボレーション機能を利用し、社員がチームメンバーとしてつながり、意見交換と成功事例の共有を行っています。すると社員同士がタブレットを持ち寄り、教え合う様子が日常で見られるようになりました。また、どの動画を誰が見ているかもわかり、担当以外でそのコンテンツに興味を持つ人がいるといった発見があり、それが人財育成に活かされています。動画コンテンツをつくったことで、社員が自発的に学ぶ文化が生まれています」
次に、米国のアパレル会社、エクスプレス。他の業界と比べ、若年層の社員が多く、また米国、カナダを中心に南米や中東を含めて約640店舗に散在する約2万6000名の社員の教育、タレントマネジメントにおいては、モバイル、ソーシャル、人工知能などの活用が必須と考えられた。また、離職率の低減とエンゲージメントの向上が課題とされた。
「若い世代は、マニュアルを読むことが苦手です。そこでソーシャルラーニングで社員にコミュニティーに所属してもらうようにしました。その中でいろいろな発言をして、皆に認められることが離職率の低減につながりました。また、キャリアプラン機能により個人の将来のキャリア実現のために養うべき能力が明示され、自己啓発意欲を喚起しています」
全米に広がる約360の楽器店および音楽施設を、1万2000名の従業員で運営する米国の楽器販売チェーン、ギターセンターでは、社員の音楽に関する知識の共有や、リワードプログラム行った。従来とは異なるアプローチでのタレントマネジメントにより、販売の促進はもちろん、社員のエンゲージメントの強化や現場の優れた社員の抜擢など、大きな成果が出ている。
「楽器店なので、楽器ができる社員がたくさんいます。その豊富な知識を共有することが販売知識となり、顧客の満足度を高めることにつながっています。また、社員同士のコーチングやフィードバック機能を活用することで、自身の長所と短所を自覚するとともに、組織に対する貢献意欲やモチベーションを向上。社員同士のフィードバックの情報を収集、分析することで、優秀人材を見つけることも行っています。これまでの仕組みでは見えなかった、ソーシャルの活用といえます」
ソーシャル慣れした日本でも同様の効果は期待できる
では、こういった海外事例のような動きが日本企業でも可能なのか。佐藤氏は日本でもインターネットの活用、ソーシャルツールの活用は世代を超えて進んでおり、十分に可能だと語る。
「日本のソーシャルツールのユーザーはライン6600万人、ツイッター4000万人、フェイスブック2700万人と、ほとんどの人が普段から何らかのソーシャルツールを使っています。また、総務省のICTサービスに関する調査をみると、どの年齢の世代でも、情報収集を行う手段として7割~8割はインターネット検索を使っている。実は若い世代以上に40代、50代の比率は高い。環境さえ整えば、シニアでも十分に使えることがわかります。身近な人とのコミュニケーション手段でも、ラインやメッセージアプリ、メールが使われている。すでにICTの活用の素地はできているといえます」
実際に同社のサービスは日本企業でも導入が進んでいる。
精密機器製造販売会社では、製品領域に関する基礎知識から、個別製品の販売・修理までの網羅的な集合研修・Eラーニングによる教育に加えて、各製品・技術領域のエキスパートによる情報発信や現場からの質問対応などを行うコミュニティーを構築。現場社員に対するエキスパートの支援を効率的に実現している。
自動車メーカーでは、オンライン遠隔教育によるタイムリーかつ効果的な教育を実現。自動車をリフトアップして、講師の手元を映しながらリアルタイムに実車を用いて教育する体制を構築。受講者の理解度を確かめながら、整備技術などの細かなノウハウを遠隔地の受講者にも提供しているという。
さらに、電気通信事業会社では、ソーシャルとEラーニングによる企業カルチャーの浸透を実現。グローバルの部長職以上の選抜者に対する、Eラーニングによる教育とソーシャルコミュニティーでの交流により、グループとしての経営方針や企業カルチャーの徹底が図られている。
「変化の激しい環境においては、社員のエンゲージメントを高めるような社員を主役にしたタレントマネジメントが必須となります。それにより期待される、組織・チーム力、従業員エンゲージメントを高めるといった効果は何ものにも代えがたい力となるでしょう。これからも継続的な人財開発、コラボレーション、コーチング、互いのフィードバックを実現する環境を作り出し、エンゲージメントの向上、人、チームおよび組織のパフォーマンスを最適化することで皆さまのビジネスを支援したいと思っています」
最後に佐藤氏は同社のミッション「Sabaは、人にフォーカスし、従業員のパフォーマンスを高めることで、ビジネスの成功を支援する」ことを紹介し、講演を締めくくった。
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