社員の力を引き出し強みを活かす、言葉の「かけ方」と「聴き方」
- 島田 由香氏(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長)
- 曽山 哲人氏(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)
- 宮城 まり子氏(法政大学 キャリアデザイン学部教授、臨床心理士)
社員がその力を十分に発揮するためには、リーダーや人事が話をしっかりと聴き、社員自らが考えて行動できるよう、コミュニケーションを取らなければならない。社員の強みを活かすため、人事は社員とどう向き合えば良いのか――。ユニリーバ・ジャパンの島田氏、サイバーエージェントの曽山氏、法政大学の宮城氏によるセッションで、解き明かしていった。
(しまだ ゆか)1996年慶應義塾大学卒業後、日系人材ベンチャーに入社。2000年コロンビア大学大学院留学。2002年組織心理学修士取得、米系大手複合企業入社。 2008年ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て2013年4月取締役人事本部長就任。その後2014年4月取締役人事総務本部長就任、現在に至る。学生時代からモチベーションに関心を持ち、キャリアは一貫して人・組織にかかわる。中学2年生の息子を持つ一児の母親。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLPⓇトレーナー。
(そやま てつひと)1974年生まれ。上智大学卒業。1999年サイバーエージェントに入社し、2005年の人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年に取締役就任。2014年から執行役員に就任し、2016年に取締役に再任。著書に『クリエイティブ人事』(共著、光文社)、『最強のNo.2』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『活躍する人のセオリー 強みを活かす』(PHP研究所)などがある。
(みやぎ まりこ)慶応義塾大学文学部心理学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。臨床心理士として病院臨床(精神科、小児科)等を経て、産能大学経営情報学部助教授となる。1997年よりカリフォルニア州立大学大学院キャリアカウンセリングコースに研究留学。立正大学心理学部教授を経て、2008 年4 月から現職。専門は臨床心理学(産業臨床、メンタルヘルス)、生涯発達心理学、キャリア開発・キャリアカウンセリング。他方、講演活動や企業のキャリア研修などの講師、キャリアカウンセリングのスーパーバイザーとしても精力的に活躍している。著書には、『キャリアカウンセリング』(駿河台出版社)、『産業心理学』(培風館)、『7つの心理学』(生産性出版)、『「聴く技術」が人間関係を決める』(永岡書店)などがある。
宮城氏によるプレゼンテーション:
安心感のある職場づくり~本音や気持ちを伝えあえる組織風土とは~
まず宮城氏が、コミュニケーションをコアとした安心感のある職場づくりについて解説した。
「人は自分がどう受け入れられているかが、とても気になります。受容されているという安心感が、意欲につながり生産性を高めてくれます。また、人から受け入れられているという安心感から、人は自分を受容するように変わっていくのです」
宮城氏は、安心感が人を動機づけ、他者からの受容が自己受容につながると強調した。自己受容とは、ありのままの自分を良しとする心理だ。ありのままの自分でいられるという安心感が持てるようになると、次第に自信やゆとりが生まれ、落ち着きを持って深く物事に取り組んでいけるようになる。
「逆に自己否定となると自信を持てず、モチベーションも下がってしまいます。それだけに、社員一人ひとりに肯定的な自己概念を持ってもらうことが大切です。では、どうすれば自己概念が形成されるかというと、他者からのフィードバックが重要です」
確かに、肯定的な言葉をかけられると人は自信を持つことができ、意欲・やる気・元気も出てくる。それが上司からであれば、なおさらだ。キャリアは、そういうなかで形成されるものだけに、人材育成は肯定的自己概念を持てるようにすることを目標にすべきである、と宮城氏は強調する。
「自信は、自己効力感を支えてくれます。自己効力感とは、やればできるであろうという予期や予測感です。上司は達成可能な目標を部下に与えて、小さな成功体験をさせていかなければなりません。つまり、心理的な成功を味わわせるなかで目標達成への努力を認め、フィードバックを与えていくのです。そうすれば、自己効力感が生まれ、より大きな目標にチャレンジしていけます」
ここで、宮城氏は「心の安全基地」というキーワードを紹介した。安心感を得られ、勇気づけられ、新たな一歩を踏み出すエネルギーとなれる存在を意味する。安心感を与えるために特に大切になのは、相談にのってあげることだ。しかし、簡単なことではない。
「相手の話を聞くよりも、何を言ってあげようかに注力してしまいがちですが、その途端に相手は話を聞かなくなってしまいます。相談を受けたら、傾聴に徹することが重要です。まずはこちらから声をかけ、相手に話させ、やる気、意欲を回復させることがとても大切なのです。話すは放つ。話すことで心が落ち着くし、安心感が高まってきます」
聴く側に回ったときの注意点も宮城氏は提示した。ポイントは、相手が何をどのように捉えているのかを認知することだという。
「どうしても自分が捉えたいように捉えてしまいがちです。ここで重要なのは、相手の気持ちや感情を理解すること。事実だけを聞いて終わりでなく、共に感じあうことを心がけてください」
コミュニケーションは常に相手が主役だ。相手が受取り、理解して初めて成り立つ。そのためにも、日頃からの信頼関係がすべての基本となる。
「本音や気持ちを伝えあえる組織風土を作っていかなければいけません。その土台は職場の安心感にあることを、忘れないでください」
島田氏によるプレゼンテーション:
コミュニケーションの鍵は「む・き・つ」
ユニリーバでは、「社員の力を引き出し、組織を強くする働き方改革」を掲げ、2016年7月から新人事制度「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」を導入している。島田氏は、日頃からコミュニケーションという言葉を深く考え、自分なりに定義付けているという。そのためのポイントは以下の三つだ。
「一つ目は『向く』。相手に意識を向けること。安心・安全な場を作るためには欠かせません。二つ目は『聴く・訊く』。耳も目も心も使って聴くようにしています。また、問いかけることも重要です。三つ目は『伝える』。想いと信念を届け、相手の認識を確認し信頼関係を築いていきます。それぞれの頭文字を取って、『む・き・つ』をキーワードとしています」
また、人事として大事にしている、本当のコミュニケーションのキーワードも挙げた。
1.安心・安全な場を作ること。否定しない、受け止めることが大切。
2. 人間は解釈の世界で生きていることを理解すること。相手の解釈を慮ることが重要。
3.『言った』は『伝わった』ことにはならない。
4.『聞く』と『聴く』の違い。『聴く』は耳も目も心も使う。
5.『見る』と『観る』の違い。『観る』は、意識して見るという意味。
6.相手のことを信じること。
7.見えないものの力を理解すること。
「見えないものの力」に関連して、島田氏は意識と無意識の両方の大切さを語った。意識は言葉や行動として見える部分、無意識はいろいろな背景や体験、感情などの見えていない部分を意味している。そうした見えていないところにも配慮する必要がある、という。
「私たちが見聞きできるのが行動です。行動の下には感情があり、感情の下にはニーズがあります。そのニーズを知ろうとする気持ちがあるか、気付けるか、察することができるかが大切です。ちなみに、すべての人間が持っている深いニーズが三つあります。一つ目は、つながっていたいというニーズ。二つ目が、認めてもらいたいというニーズ。三つ目が、貢献したい、役に立ちたいというニーズです。これらは、誰もが心の深いところに抱いている根源的な欲求といえます。相手のニーズがどこにあるのかを探ることは、とても重要です」
曽山氏によるプレゼンテーション:
風通しの良い会社にするための取り組み
曽山氏はまず、会社の風通しを良くするために力を入れている、三つのことについて語った。
「第一に、飲み会をよく開くこと。第二に、表彰。褒める機会をたくさん作るようにしています。第三が、上司と部下との月イチ面談です」
そうした活動において曽山氏は、社員の「強みを活かす」ことをキーワードとして掲げている。
「これからは知的労働社会を迎えるので、社員の才能をどれだけ引き出せるかがポイントになってきます。また、企業と社会との関係性、企業内における経営陣と従業員の信頼関係をどう築くかも重要です。いずれの場合も、感性・感情のマネジメントが重要です」
また、曽山氏は面談などの際に「引き出す力」もキーワードとして大切にしているという。ポイントは三つだ。
「一つ目は『興味ファースト』です。相手に理解してほしかったら、まず自分から先に興味を示すこと。私が良く聞くのは、『どういう時に楽しい?』という質問です。ポジティブな感情が出てくるからです。二つ目は『ビジュアル深掘り』。相手の答えをビジュアル化できるまで掘り下げて聞いてきます。三つ目は『このまま質問』です。『このままだとどうなるかな』と投げかけてあげて、本人に自分の言葉で答えてもらうようにしています」
他にも、人事として具体的に行っている三つのアクションがある。「ランチ営業」「GEPPOの導入」「社内ヘッドハンター制度」だ。
「『今度ランチに行こうよ。何人か連れてきて』と社員を積極的に誘っています。いろいろな話が聞けますし、どんな人と仲が良いのか、関係性もよく分かります。GEPPOは社内で開発した報告ツールで、社員に先月の成果を「晴れ・雨・くもり」などの天気の状態で答えてもらっています。社員の感情やコンディションに毎月向き合うことで見えてくるものもあるので、個別にフォローしています。また、人事にはキャリアエージェントグループという専門チームがあり、社員が成果を出す配置にいるか、上司や職場との関係はどうかなどをチェックしています。異動のためというよりも、社員にすっきりした気持ちになってもらうことを目的としています」
ディスカッション:
職場のコミュニケーションでベースになるのは信頼関係
宮城:部下の強みを分かっていない上司が多いように感じます。どうすれば、強みを引き出すことができるのでしょうか。
曽山:他者からのフィードバックが大事だと思います。上司が部下の強みを言ってあげると、部下は勇気をもらえます。また、本人の自覚も重要です。部下に自分の強みを書かせた上で、上司が指摘してあげると、理解度、納得度が高まります。
宮城:今の上司のほとんどは、プレイングマネージャーです。忙しい中、どのように部下へフィードバックを行えばいいのでしょうか。
曽山:当社では月に1回の面談を推奨していますが、できるだけ具体的な根拠を提示して褒めたほうが伝わりやすいので、私自身は毎回、面談メモを書いて臨むようにしています。どんなところが素晴らしいか、今後どこを伸ばしてほしいと期待しているかをそれぞれ三点書き、プリントアウトして渡しています。
宮城:上司から期待していることを伝えられると、部下も感激するでしょうね。やはり、機会があるごとに言語化してあげることが大切ですね。
島田:私は「フィードフォワード」という言い方をしているのですが、先に相手の良いところ、素晴らしいところを見つけるようにしています。ただし、それができるようになるには、相手に興味を持ってよく見ることが必要です。また、私がコーチングでよくやるのは、「あなたが過去1ヵ月で人に褒められて良かったことをメモしてきてほしい」というお願い。どんなに素晴らしいことをしても、自分で気づいていない人が多いからです。特に、自己肯定感が低い社員とのコーチングの時に活用しています。
宮城:なかには、「褒めることが一つもない部下ばかりだ」と言う上司もいます。言われたことをやればいいという環境で育ってきた管理職には、褒められた経験がない。だから、自分の部下を褒めることもない。そんな彼らが、社員の力を引き出すような言葉をかけられるようになるには、どうすればいいのでしょうか。
島田:管理職はチームの力やメンバー一人ひとりの可能性を最大化するのが最も大切な仕事です。それができるようになってもらいたいので、私は「褒め褒めシャワー」を体験してもらうことがあります。「人に認められると、こんなに温かい気持ちになるのか」と実感してもらうためです。
宮城:就職した卒業生が、こんなことを言っていました。「ちょっとした努力でも、上司がしっかりと見てくれていて、どこを伸ばせばよいかをきめ細かく指摘してくれるのでうれしい」と。若手社員も、本当はフィードバックを望んでいるのですね。
島田:やろうと思えば、声はかけられるはずです。できれば「頑張っているね」だけでなく、具体例を添えてあげること。私自身、気付いたことはその場でメモをして、後日、本人に伝えるようにしています。
曽山:サイバーエージェントでは、役員が社員と一緒にランチをしたり、夜に飲みに行ったりしています。一人の役員が月80人、年1000人のペースで社員と接触。社員に困っていることがあれば、役員自身が対応することもあります。
宮城:気持ちだけでなく、仕組みも大事ですね。斜めの関係はいかがですか。他の部署とも関わりあえるようにしているのでしょうか。
曽山:組織のなかでは、人間関係は網目の方がいいと思います。そのため、当社ではクラブ活動を奨励しています。仕事以外で関係性を作れると、お互いに人となりが分かり、信頼も高まります。
島田:当社独自の人事としての取り組みでは、ビジネスパートナー制を採っています。自分が担当する部署の社員に関して、採用から退職までのすべてを担当する、という仕組みです。そのため、社員の情報が自然に入ってくるよう、また、社員に気軽に立ち寄ってもらえるような状況を作るようにしています。
宮城:現在はメールによるコミュニケーションが主流になっていますが、注意すべき点は何だとお考えですか。
曽山:当社では、管理職に長文メールを禁止しています。ロジックを固めたメールは、相手の感情を害しやすいからです。それに、事故も起きやすい。連絡事項に留めるべきで、基本は直接対話だと言っています。
島田:私は、部下からの長文メールもNGです。メールの作成に時間をかけるくらいなら、直接言ってほしい。また、コミュニケーションという観点では、関係性が悪くてチームとして機能していない場合、互いの気持ちをオープンにさせるような場を設けています。お互いにこのままでいいのか、何が欠けているからこうなっているのかを話し合うのです。他にも、人事では「シナジー」というワークショップをサポートしています。「何を言っても大丈夫」という前提のもと、チームのメンバー同士でざっくばらんに会話してもらっています。
宮城:やはり、ベースにあるのは信頼関係ですね。安心して本音を言えたり、気持ちを交換できたりすると人間関係が良くなるだけでなく、生産性も上がります。もう一度、足元から職場のコミュニケーションを考えていくべきではないでしょうか。本日は、どうもありがとうございました。
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