人材に関する多様な課題を解決するため、企業の人材育成はどうあるべきなのか
- 加藤 高明氏(シオノギキャリア開発センター株式会社 副社長)
- 杉村 裕史氏(日本生命保険相互会社 本店人事部長)
- 有沢 正人氏(カゴメ株式会社 執行役員 CHO(最高人事責任者))
- 小杉 俊哉氏(慶応義塾大学大学院理工学研究科 特任教授 / 立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科 客員教授)
「次世代リーダー育成」「若手育成」「グローバル人材育成」など、企業は常に人材育成に関する多様な課題を抱えている。ビジネス環境も複雑化の度合いを増しており、いかにバランスよく、柔軟に人材育成を進めていくのか、人事の手腕が問われている。本セッションではシオノギ、日本生命保険、カゴメの人材育成責任者が登壇。慶応義塾大学・小杉氏の司会で、これからの時代の人材育成について議論した。
(かとう たかあき)1985年塩野義製薬株式会社に入社、研究所に配属。バイオ医薬、天然物創薬、ペプチド医薬を担当。2009年人事部に異動、人材育成、採用、異動、人事戦略などを担当。キャリア開発にも注力し、2015年にキャリア支援室長、2017年にシオノギキャリア開発センター設立、副社長に就任。
(すぎむら ひろふみ)1993年入社。大阪・東京にて財務関係職務を10年間経験後、三重・愛知にて営業部長職、その後人材開発室(現人材開発部)室長、長野支社長を歴任。2017年度より現職。大阪本店管内における固定給職種全般の採用・人材育成・研修・異動等、人事全般の職務に従事している。
(ありさわ まさと)1984年に協和銀行(現りそな銀行)に入行。 銀行派遣により米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004年にHOYA株式会社に入社。人事担当ディレクターとして全世界のHOYAグループの人事を統括。全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。また委員会設置会社として指名委員会、報酬委員会の事務局長も兼任。グローバルサクセッションプランの導入等を通じて事業部の枠を超えたグローバルな人事制度を構築する。2009年にAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨークの本社とともに日本独自のジョブグレーディング制度や評価体系を構築する。2012年1月にカゴメ株式会社に特別顧問として入社。カゴメ株式会社の人事面でのグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。2012年10月より現職となり、国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者となる。
(こすぎ としや)早稲田大学法学部卒業。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院修士課程修了。日本電気株式会社、マッキンゼー・アンド・カンパニー インク、ユニデン株式会社人事総務部長、アップルコンピュータ株式会社人事総務本部長を経て独立。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授を経て現職。専門は、人事・組織、キャリア・リーダーシップ開発。著書に、『職業としてのプロ経営者』、『起業家のように企業で働く』(クロスメディア・パブリッシング)、『リーダーシップ 3.0―カリスマから支援者へ』(祥伝社新書)など。
加藤氏によるプレゼンテーション:シオノギにおける「次世代リーダー育成」
シオノギの基本方針は「シオノギは、常に人々の健康を守るために必要な最もよい薬を提供する」。そして、2020年へのビジョンは「創薬型製薬企業として社会とともに成長し続ける」だ。加藤氏は、これらを実現するための人材開発プログラムを紹介した。
「私たちの人材育成理念は『人が競争力の源泉』というものです。人材開発の方針には、キャリア自律をベースに、主体的行動を重視することを掲げています。また、最近の経営ニーズから言えば、人材開発では『強み』をさらに強く研ぎ澄ますことを目指しており、一流の専門性を身に付けること、さらにそれらを束ねるマネジャーも一流であることが求められています。戦略を理解し、『強み』を発揮し、行動できる『自律型人材』こそが競争力の源泉と考えています」
2017年度の人材開発の柱は三つある。一つ目は「経営幹部候補人材の強化」。経営課題を捉え、経営知識のある人材を育てる。二つ目は「組織の要・マネジャーの強化」。要となれるマネジャー像を目指して、行動変容を起こす。三つ目は「スペシャリスト・プロフェッショナル育成」。キャリア自律を軸に成長を支援する。一方、経営幹部候補である次世代リーダーの育成に関しては、経営層が自ら人材育成を考え、熱血指導を行っている。
「経営のコミットが非常に強いものになっています。求める人材像は、予測不能なVUCAの時代において、20年先を見通せるリーダー。製薬は環境変化が非常に激しい業界なので、未来を見通すことが重要です」
そのために30代から優秀者を選抜しながら、マネジャーになったところで本部長による経営塾を開催。次に組織長候補になる手前で、社長による社長塾を開き、45歳で組織長就任を目指すプログラムとなっている。その特徴は早期選抜で求める人材を明確にしたうえで、経営層が強くコミットし、キャリア自律をベースとした育成が行われることだ。
「当社は歴史のある会社で保守的な面もありますが、本部長が指導する経営塾では、全体最適や全社視点からの議論のほか、経営課題を若いうちから考えるために時間軸、空間軸を広げるトレーニングを行います。社長塾ではグループ会社の経営を任せることで、経営の実践を通じてさらなる修羅場をくぐる経験もしてもらいます」
シオノギでは次世代のリーダーに身に付けてほしいことが四点ある。「社会をよくしたいという自律した志」「変化の激しい時代だからこそ学び続ける姿勢」「時代の変化へのしなやかな適応」「多様な集団に考えを理解してもらうための論理的思考」だ。
「これらはリーダーとしての武器になると考えています。また、世界の患者さんを救いたいというシオノギの人々の「志」が、成功確率が低い創薬を推し進めるドライビングフォースとなっています」
杉村氏によるプレゼンテーション:日本生命保険における「人財価値向上プロジェクト」
日本生命保険は「企業の財産は人」という考えから、中期経営計画「全・進-next stage-」で成長戦略を実現する経営基盤の一つに人材育成を位置づけている。その一環として、トップを座長とした「人財価値向上プロジェクト」が実施されている。
「人材の目指す姿は『一人ひとりが誇るべき“個”有の強みを持ち、生涯にわたり活躍する“逞しい人財”に成る』です。プロジェクトの中で『ワークスタイル変革』『人財育成』『ダイバーシティ推進』を行っています」
同社が成長戦略を実現する人材育成のテーマは、「計画的な採用・能力開発」「適正な人材配置・評価」。「人材育成推進会議」を通じた全社一丸の人材育成を志向する。
「重点テーマとしているのは初期育成です。ここで日本生命で働くうえで必要となる『Nissay Spirits』の体感、浸透を図ります。初期育成期間は、専管組織による重点教育を行い、ニッセイアフタースクールなどを活用した入門的な専門教育を実施。キャリア形成支援コンテンツを研修体系に組込んでいます」
配置・評価では、学生期間に培った素養を最大限に活かせる初期配属を行い、キャリア実現に向けて意欲的に研さんを積む若手職員の抜擢を行う。
「初期育成の考え方は、専管組織を設置したうえで横断の育成プログラムを実施すること。そこではスキルとモチベーションを軸とした、社会人の土台づくりの教育を意識して行っています。また、成長角度を高めることも意識しています」
また、1年目総合職のフロント配置運営を実施。1年目総合職は、以前は職場でのOJTだけだったが、2011年以降は年間を通じてライフプラザ・営業部・代理店・支社の各職務を経験させている。結果、フロント経験者のほうがリーダーシップを発揮できている、という効果も出ている。
そして、入社1年目から3年目は心と体の点数報告として、自身の「心と体の点数(10点満点)」と1週間のトピックスを「一言コメント」で毎週末に報告させている。
「瞬間的な点数の高低ではなく、傾向値の変化を感じ取りながら、とコメントの中にあるサインを見逃さぬようにフォローしています」
「ワークライフマネジメント」推進の一環として、2017年度より「ニッセイアフタースクール」を開設。自身の能力伸長や視野の拡大等に向けて、主に勤務時間外の時間を利用した能力開発支援プログラムを提供している。
有沢氏によるプレゼンテーション:これからの企業の経営人材育成~人事プロフェッショナルの育成を例に取って~
有沢氏は、いま人事パーソンに求められる資質として、まず「顧客志向」をあげた。また、顧客志向におけるポイントを四点示した。
「一つ目は、人事のお客様は誰かを常に考えること。私はエンドユーザーだと考えています。二つ目は、経営と現場の橋渡し役になること。経営の視点と現場の視点の両方を持つことが求められます。三つ目は、トップに対する影響力。人事制度を変えるときは反対もありますが、そこで『まずは隗から始めよ』と言えるか。改革はトップから始めてこそ説得力があります。四つ目は、最後までやり切る覚悟と意思があるか。新しいことを始める際に困難はつきものです」
人事はトップにどれだけ影響力を発揮できるかが問われる。そのためには、会社全体を見渡せる視野を持たなければならない。
有沢氏は、次に人事パーソンに必要な資質として「グローバル志向」をあげる。そこでのポイントは四点ある。一つ目は、日本型人事の常識は世界の非常識と知ること。日本の人事制度はガラパゴス化している。二つ目は、情報収集の視点をどこに置くか。世界の出来事は対岸の火事ではない。世界のことを知っておく必要がある。
三つ目は、自社のグローバルレベルを把握すること。レベルが異なる人事制度では使えない。四つ目は、グローバル化に一番必要なものは、変化を引き起こすことのできる人材だということだ。
「トップから末端の社員まで、大事なことは『イノベーティブな仕事をやりましたか』ということです。これからの人事制度は『自社のDNAの持つ良い所』と『職務評価』というグローバルスタンダードをバランスさせることが求められます」
また有沢氏は、人事パーソンに必要な資質として「マーケティング力」もあげた。
「4Pや3Cのフレームは人事にも応用できます。そしてこれからの人事に必要なものは『フレーム+若い人の感性・センス』。これからの人材育成では、ニーズを発見しそれを満足させる人材、お客様にサプライズを与えることのできる人材が求められます」
最後に、有沢氏は人事パーソンに必要な知識・能力を三つあげた。一つ目は、マーケティング力。お客様は誰かと考え、お客様(経営・現場)をよく知ることが大切。二つ目は「Why?」と疑問に思う気持ちを持つこと。三つ目は、新聞やニュースに関心を持つことだ。
「人事は昨日とは違うことを行って、『人事は変わったんだ』ということを示していくべきです。それによって、経営も変わっていくと思えるようになるのではないでしょうか」
ディスカッション:次世代リーダーをいかに育成するか
小杉:ここからは、参加者の方々に事前にいただいた質問をテーマに、ディスカッションを進めていきましょう。最初は「人的資源の課題は山積みだが、どのように優先順位を決めて取り組んでいるか」。皆さんにお聞きします。
加藤:当社の社長からは「人事は人で戦略を実現するもの」と言われており、基本的には経営戦略にインパクトのあるところから進めています。経営とのつながりを重要視しています。
杉村:先ほどお話したように「採用・初期育成」「専門人材育成」を優先しています。結果を出すという中では、いい人材を取ること、そしてプロフェッショナルをいかに育てるかに注力しています。
有沢:経営戦略の中で、人事戦略の重要性はそのときどきで変わります。ただし、長期的には、経営として生み出すべきビジョンの方向性に合った人材をどのようにつくるかを考えています。
小杉:では次の質問です。「次世代リーダーや若手リーダーの早期選抜育成で、どんな手を打っているか。一方で中堅層のモラルダウンにどのように対処しているか」。
加藤:次世代リーダーについては、30代前半でリーダーとしての資質をどう見極めて、どう伸ばすかという点が課題です。パフォーマンスは当然見ますが、ポテンシャルをどう判断するかは難しい。また、中堅層ですが、当社には結構マイペースな人も多いので、次世代リーダーなど、ターゲットに向けて重点的に投資をすることは比較的やりやすい風土だと思います。
有沢:当社では、これまで課長になるまで16年かかったところを、実力があれば国籍もキャリアも関係なく11年で課長になれるようにしました。また、全世界でジョブグレードもオープンにし、誰がどこのポジションに動いたかがすぐに分かります。ここで重視するのは、ポジションをフェアに決めることです。そぐわない成績なら当然、降格もあります。
小杉:三つ目の質問です。「リーダー人材、若手社員の動機付けが難しく、学習や挑戦という行動に結びつかない。どのように取り組んでいるか」。最近の若手社員は上に行こうとするエネルギーに少し欠けているかもしれませんね。この点を踏まえての質問だと思います。
杉村:入社して間もない職員は自ら動くことが難しいので、人事で枠組みをつくるようにしています。会議で発言した回数や仕事での貢献度合いを評価するといったことを、人事が行うのではなく、若手がお互いに行う枠組みをつくり、主体的に物事に参加するくせ付けを行っていて、自ら行動することを習慣化させています。
加藤:「学習する、挑戦する」は重要なキーワードと思います。社長から言われているのも「一生勉強」ということです。これだけ環境変化が激しいと、自ら学ばないとついていけないので、常に変化に合わせた学習習慣を付けてもらうことを意識しています。
有沢:実は私が人事に来て、年次別研修を止めました。ただの飲み会の時間の提供になっていたからです。そのうえで、「自らキャリアをつくらなければ、上にはいけないかもしれない」という雰囲気をつくり、平日ではなく土日に自発的に学べる研修を設けています。
小杉:最後に一言。この先、60歳を超えて長く働くには個人が何毛作もしなければならず、自らキャリアを切り開いていく必要があります。そこまで会社がコントロールすると、本人の育成を誤らせることになるかもしれません。人事は、社員が自律的に進んでいける環境を整えることが大切な業務となっていくのではないでしょうか。本日はありがとうございました。
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