【法改正目前】障がい者雇用を変えた福利厚生の仕組みとは?
~SMBC日興証券の取組みから紐解く~
- 椎根 達也氏(SMBC日興証券株式会社 人事部長)
- 松川 治氏(日興みらん株式会社 取締役事業部長兼総務部長)
- 和田 一紀氏(株式会社エスプールプラス 社長 執行役員)
2018年4月から障がい者雇用率が0.2%引き上げられるが、それに向けた企業の新規採用はあまり進んでいない。障がい者雇用率をどのように上げていけばよいのか。障がい者雇用の現状と、エスプールプラスが提案する障がい者を雇用する農業モデルの仕組みについて、和田氏が語った。また、このモデルを従業員研修として活用するSMBC日興証券 椎根氏、日興みらん 松川氏も加わり、セッションが行われた。
(しいね たつや)1990年日興證券に新卒入社。10年間個人営業職に従事した後に法人営業部、公益法人部、営業企画部に勤務、その後は府中支店・調布支店・柏支店・仙台支店で支店長を歴任し、2016年4月から現職である人事部長に就任。現在に至る。
(まつかわ おさむ)1986年日興證券に新卒入社。14年間個人営業職に従事した後に個人営業支援部門、法人営業支援部門に勤務。その後日興ビジネスシステムズに出向し、証券決済部長、企画管理部長を歴任し、2015年4月から現職である日興みらん(株)取締役に就任。現在に至る。
(わだ かずのり)1996年(株)リクルート入社。新規事業立ち上げを経験。営業部門にて表彰を多数受賞。2006年米国のフリーペーパー企業へ副社長として経営参画(ハワイ在住)。業界No.1に押し上げ、ノーマライゼーションの精神を学ぶ。その後、当社会長と出会い『障がい者雇用×農業』に社会的意義を感じ、2011年創業期より参画。
障がい者が自立できる雇用を創出
エスプールプラスは、農業を活用した障がい者雇用のコンサルティング、企業向け貸し農園の運営・開発・管理を行い、障がい者と雇用する企業をトータルにサポートしている。2010年に創業し、現在の農園数は千葉県、愛知県を中心に10ヵ所。今後は毎年3ヵ所ずつ農園を増やしていく、と和田氏は計画を語る。
「メディアでも紹介された、愛知県豊明市と行政連携型で進めた農園は、行政が得意とする土地探しや障がい者への広報を豊明市が担い、去年11月にオープン。すぐに敷地が満床になり、約70名の障がい者雇用と管理者として約20名のシルバー人材の雇用が生まれました」
同社の企業理念は「一人でも多くの障がい者雇用を創出し社会に貢献する」。日本に約100万人の知的障がい者がいる中で、就業中できているのは全体の9%ほど。就業できていない障がい者は、従来の作業所でパンやクッキーを焼き、販売するといった、月給約1万5000円程の工賃を得て生活している。同社ではそのような福祉的就労業とは異なる、健常者と同じ最低賃金以上の雇用に注力しており、企業雇用による最低賃金は約10万円。経済的に自立できる障がい者が増えることで、障がい者も納税者として社会貢献ができ、福祉的費用も抑制されると和田氏は言う。
「今、全国の障がい者は860万人と言われていますが、この中で民間企業に雇用されているのは38万人だけ。全体の4.4%しか一般就労できていないのが現状です。私たちはこの数字を高めるために活動しています。現在農園では150社に729名が就労しており、2018年には1000人以上の雇用を目指しています。農業という仕事は、知的障がい者や精神障がい者に比較的向いているようで、定着率もこれまで7年間で95%と高い水準を保っています」
障がい者の数に親の数を足すと単純計算で2580万人、日本国民の五人に一人に該当する数字だ。さらに家族や友達を加えると、障がい者と何かしらのつながりがある人の多さが分かる。これは軽視できない、向き合うべき現実だ。
「2018年の4月から、障がい者の法定雇用率が0.2%上がります。2021年3月末までには、さらに0.1%上がります。5年ごとに法定雇用率が上がるパターンが見られますので、今後も上がり続けると考えられます。精神障がい者の義務化も2018年4月に始まります。法定雇用率未達成が続くと、厚労省から企業名が発表されたり、SNSなどで情報が広がったり、官公庁の業務への入札時には減点される可能性もあります」
企業で雇用の多い身体障がい者は394万人いるが、そのうち65歳以上が7割を占める。18~49歳の労働人口は46万人おり、重度障がい者を差し引くと、雇用対象となる障がい者は全国で30万人台ほどだと考えられる。そこからすでに働いている23万人を引くと、たった7万人~10数万人に対して法定雇用率を守らなければならない9万社が求人を行う、という厳しい状況が浮かびあがる。従って、今後の障がい者雇用は知的障がい者や精神障がい者の雇用にシフトしていくことが考えられると、和田氏は言う。
企業のブランディングや従業員満足度にも貢献
同社が企業へ農園を貸し出し、企業が障がい者を雇用する就業モデルとは、どんな仕組みなのか。
「知的障がい者が鍬やトラクターを使うのは危険ですから、土を使わない安全で清潔な軽石をつかった農法を採用しています。農園には休憩所や送迎バス、冷蔵庫、ハウスなどが揃っており、ハード面は全部我々が所有し、企業から利用料をいただく形での運営となります。農業技術指導者、雇用支援アドバイザーのサポートも受けられます。企業の現場農園管理者は、OBやOGの方のほか、地元のシルバー人材を直接雇用することもできます」
企業担当者には週1回ほど、農園に顔を出して障がい者と積極的にリレーションシップを取るようにしてもらっている。
「企業には積極的に、本社従業員が調理した野菜や、野菜を手に喜んでいる写真を撮ってください、とお願いしています。担当者が写真を障がい者に見せると、とても喜んでくれますし、自分たちが作った野菜が喜ばれていることが分かると、もっといいもの作ろうとやる気が高まる。それが定着率の高さにつながります。野菜は、簡単に栽培できる小松菜など葉ものから、ミニトマト、メロン、高級野菜など、約40種類用意しています。これにより、障がい者のスキルアップ、キャリアアップも図れます」
作った野菜は、社員に配布したり、社内食堂で使ったり、地域の子ども食堂に提供している。鮮度と味がいいと野菜の人気は高く、社員の家族にも喜ばれ、福利厚生の一つとして従業員満足度の向上にもつながる。企業としてのブランディングやイメージアップにも通じるため、株主総会や採用でアピールできるCSV(Creating Shared Value)としても、多くの企業がHPでも公開している。
社員教育としての農園活用
次に、農園を活用しているSMBC日興証券の椎根氏が取り組み事例を発表した。
「当社では2014年春、社員数増加に伴い障がい者の法定雇用率が下落、障がい者社員の高齢化も進み、人事施策の一つに障がい者雇用強化を掲げました。経営理念として『多様性を尊重しつつ、一体感の中にも個性が発揮できる職場をつくること』を基本に据えていますので、障がい者雇用を通じた社員の意識向上、CSR、ブランディングを考えました。障がい者アスリート雇用、特例子会社設立を策定し、特例子会社の日興みらんを2015年4月に設立しました」
特例子会社の業務は主に二つ。特別支援学校の学生を在学中に実習生として受け入れて卒業後に採用し、社内の事務作業を担う。そしてもう一つが、貸し農園モデルの活用。しかし、当時の親会社は銀行であり、銀行法の下で野菜販売はできないため、人事は、このモデルを一歩進め、農園を社員向けの研修所とする企画を検討した。
「農園をノーマライゼーション研修所と位置づけ、日興みらんに対して研修委託費用を支払うという関係で、安定的な収益フローを確立させようと考えたのです。障がい者雇用のビジョンにも、経営理念にも合致します。研修生は障がい者である農園スタッフと一緒に行う農作業を通し、ノーマライゼーションを深く学びます。研修翌日には、農園から届く新鮮な野菜を職場で一人ひとりに渡しながら、障がい者との会話や作業について話します。後日、研修レポートを書き、野菜の調理写真と一緒に農園スタッフに届けます」
証券会社の仕事は終日マーケットに関わるものであり、農園は本業と全く異なる。そのため経営層の賛同を得るべく、まず役員を農園に招いた。そこで「これはいい」「ぜひ研修を受けさせよう」という反応が得られたという。
「私も、初めは慣れない農作業に不安もありましたが、皆さんがきちんと教えてくださり、さすがプロだと思いました。私の雑さも指摘してくれました。参加者全員、感動的だと口を揃えます。研修後には清々しい気持ちになります」
障がい者雇用は工夫次第で、社員教育やCSR活動、ブランディングなどさまざまなメリットを生み出す施策になると、椎根氏は確信しているという。
研修後のアンケート結果が高評価
最後に、日興みらん・松川氏も加わり、セッションが行われた。
和田:現在8名の知的障がい者、3名の精神障がい者、シルバー管理者4名、総勢15名が千葉市原市の農園に就業されているそうですが、参入の決め手を教えてください。
椎根:初めは知的障がい者の就農を疑問視していましたが、現地視察してみると、いきいきと笑顔で働く姿が印象的で、やりがいを持って仕事に取り組む様子に感銘を受けました。その時、ここでノーマライゼーション研修を行えば、社員の心のバリアフリー化の浸透につながると確信したのが参入の決め手です。
和田:研修はどのような内容なのですか。
松川:毎週火曜日に1回4名が参加します。昨年1月にスタートして、参加者は300名にのぼります。スケジュールは、朝8時半に弊社に集合。まずは座学で、障がい者雇用の現状について、それに関する法律の話、農園での作業、農園スタッフがどんな特性を持っていてどんな接し方をしたらコミュニケーションがスムーズになるかなど、約1時間半学びます。次に農園まで移動して11時半から自己紹介、障がい者スタッフを交えた簡単なゲームでアイスブレイク。一緒にランチを取った後、13時から15時半まで障がい者と研修生が二人1組ペアになって農作業をします。障がい者スタッフが教え、研修生が習う形です。その後アンケートを書いて16時にスタッフがバスで帰る時に、研修生が見送って研修終了となります。
和田:研修生の反響はどうですか。
松川:通常の研修のアンケートでは、5段階評価の3や4が一番多いものですが、この研修に限っては「非常に良い」「良い」が9割以上。「この研修を他の人に勧めたいですか」という設問には93%が「ぜひ勧めたい」と回答しています。「次、私がこの研修に行きます」と立候補する人が非常に増えており、大変手ごたえを感じております。
和田:本日もまもなく、本社で野菜を配布するそうですね。
椎根:はい。研修生が翌日に所属部署で配布する野菜がおいしいと評判で、農園スタッフとも直接会いたいという要望がありまして、本社での野菜配布会を企画しました。業務が多忙で研修に参加できない人のために農園スタッフと直接対話できる場を、という思いもあります。
和田:貴重な経験談をありがとうございました。今後も、障がい者の自立と企業の障がい者雇用の機会を提供し続けていきたいと思います。
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