1. サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは
現代は、新型コロナウイルス感染症や大規模な自然災害など、予測不可能な脅威がたびたび発生します。こうした不確実性の高い時代を生き残るために提唱されているのが「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」です。経済産業省を主体とした 「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」 が、2020年8月に発行した「中間取りまとめ」の中で提示し、広く知られるようになりました。
引用:「中間取りまとめ」p.53|経済産業省
「中間取りまとめ」では、SXの具体的な取り組みとして以下の3点が挙げられています。
- 企業が事業ポートフォリオ・マネージメントやイノベーションなどの取り組みに着手することで、企業としての
「稼ぐ力」(競争優位性やビジネスモデル)を中長期的スパンで持続的に強化し、
企業のサステナビリティを高めていくこと。
- 不確実性に備え、社会のサステナビリティを未来の目標とし、そこから逆算して企業の稼ぐ力の持続性・成長性を検討する。リスクと機会を把握した上で、
それらを具体的な経営活動に反映させていくこと。
- 企業と投資家が、上記2点の観点を踏まえ、対話を繰り返すことで
企業の中長期的な価値創造ストーリーを磨き上げ、不確実な脅威に
適応するための企業経営のレジリエンスを高めていくこと。
- 【参考】
- サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会中間取りまとめ p.9-10|経済産業省
2. SXが注目される理由
SXが注目を集める背景には、VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代・環境や、投資家の注目度の高さがあります。
不確実性の高い時代(VUCA)
近年は産業構造の変革や気候変動、局地的な災害による経済リスクの高まり、複雑化した世界情勢などを受け、ビジネスの不確実性が増していることから「VUCA(ブーカ)の時代」と言われています。VUCAの時代には、昨日まではなかったサービスや事象が瞬く間に世界中に広がってしまうような、破壊的なイノベーションが起こり得ます。新型コロナウイルス感染症の流行によってもたらされたビジネス環境の変化は、その一例といえるでしょう。非接触・非対面の生活様式によって、Eコマース事業などは需要が増加しました。
このように外部環境が大きく変わる中、企業が生き残るためには目先の利益や改革よりも、将来を見据えた長期的かつ継続的な成長が求められます。そのため、企業の持続可能な成長を目指すSXが注目されているのです。
投資家のサステナビリティへの注目度
SXの広がりは、投資家の意識の変化と密接に関係しています。社会課題の解決を通じて社会のサステナビリティに貢献するESG投資は、市場の大きなトレンドとなっています。
さらに2023年2月には、経済産業省と東京証券取引所が「SX銘柄」を新設すると発表。企業のサステナビリティと社会のサステナビリティとを同期化させる指標の一つとして、注目を集めています。
サステナビリティを意識した企業活動や経営方針は、企業価値の向上につながります。社会課題や環境問題などに関する取り組みを投資の価値判断基準とする流れは、国内外で今後も支持されることが予想されます。
3. さまざまな「~X」との違い
SXだけではなくDXやGXなど、さまざまな用語が経営のトレンドになっています。似たような「~X」でも、「変革(トランスフォーメーション)」や「体験(エクスペリエンス)」を指すなど、用語によって意味は異なります。以下に、SXと類似する用語の意味を解説します。
「トランスフォーメーション(変革)」に関する用語
DX(デジタル・トランスフォーメーション)
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、デジタル技術を活用してビジネスを変革する取り組みを指します。デジタルツールを現場で有効に活用することで、生産性向上を図るのがDXの狙いです。たとえば、AI技術を活用したチャットボットによる自動応答は、サービス業をはじめ、さまざまな業界のカスタマーサービスに活用されています。デジタルの力で、省人化・効率化を図れるのがDXの特徴です。
GX(グリーン・トランスフォーメーション)
GX(グリーン・トランスフォーメーション)とは、石油や石炭など、二酸化炭素排出量が多く環境負荷の高い燃料を避け、環境負荷の少ないエネルギーへ置換を進める変革を指します。日本に限らず、世界各国で注目されている取り組みです。温室効果ガスの排出量を0にするカーボンニュートラルに代表されるように、さまざまな企業がGXに取り組んでいます。
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「エクスペリエンス(体験)」に関する用語
CX(カスタマーエクスペリエンス)
CX(カスタマーエクスペリエンス)とは、「顧客体験」や「顧客体験価値」を意味します。検討からアフターフォローまで、顧客が商品を購入する際の一連の体験を指す用語です。購入体験の具体的な流れのほか、顧客の満足感や、購入に至るまでの心理的・感覚的な価値も含めて、CXという用語が利用されます。
EX(エンプロイーエクスペリエンス)
EX(エンプロイーエクスペリエンス)とは、「従業員体験」を意味する用語です。CXから派生した概念であり、従業員の採用や入社後の教育研修・異動など、従業員が経験するあらゆる体験や価値を含みます。
EXの向上は、従業員のモチベーションや満足度を高めます。労働力人口の減少が社会課題となるなかで、企業にはEXの向上を図り、早期離職予防やエンゲージメント向上に結びつけることが求められています。
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4. SX実現のためのポイント
SXを実現するために、企業は具体的に何をするべきなのでしょうか。以下の三つのポイントから解説します。
伊藤レポート3.0による三つの取り組み
「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」は、経済産業省が立ち上げたSX研究会において、SX実現に向けた取り組みを整理した報告書です。長期成長に伸び悩む日本企業にとって、SXの実現こそが稼ぎ方の本流になると述べています。
また、SX実現のためには、目標とする姿の明確化、目標の実現に向けた戦略の構築、戦略の推進・管理といった取り組みが必要であると示されています。
社会のサステナビリティを踏まえた目指す姿の明確化
SXの実現に向けて、企業は目指す姿を明確にする必要があります。そのためには、社会の課題解決に向けて、企業や従業員一人ひとりが取るべき行動の判断軸など、価値観を明確化することが重要です。次に価値観に基づき、事業活動を通じて解決すべき社会課題を特定し、社会に提供できる価値や、長期的な企業成長のあり方を言語化します。これが「目指す姿」です。
目指す姿に基づく長期価値創造を実現するための戦略の構築
リスク要因や事業機会となる要因を分析し、目指す姿に向けたビジネスモデルを構築します。具体的には、事業ポートフォリオ戦略や組織の変革、人的資本投資や人材戦略などがあります。
長期価値創造を実効的に推進するためのKPI・ガバナンスと、実質的な対話を通じたさらなる磨き上げ
目指す姿が実現できているかどうかを測定する仕組みとして、KPIの設定とガバナンス構築が重要です。質の高い情報開示など、投資家との実質的な対話を通じてフィードバックを受け、目指す姿に向けて長期的戦略を練り直します。
「価値協創ガイダンス2.0」
「価値協創ガイダンス2.0」とは、伊藤レポート3.0で掲示された要点を踏まえた、SXを経営戦略や対話に落とし込むための実践的な枠組みです。企業が投資家に経営理念やビジネスモデルなどを伝えるための手引きとして活用するほか、情報開示や投資家との対話での共通言語となることが期待されています。
価値協創ガイダンス2.0では、企業の取り組み(価値創造ストーリー)を説明するために、「価値観」「長期戦略」「実行戦略(中期経営戦略など)」「成果と重要な成果指標(KPI)」「ガバナンス」という五つのフレームワークを掲げています。
「価値協創ガイダンス2.0」p.1をもとに作成
価値観
価値観とは、企業および社員一人ひとりが取るべき行動の判断軸、または判断のよりどころとなるものを指します。企業は、自社独自の価値観を示すとともに、それに基づいて社会にどのような「重要課題」があるのかを検討することが重要です。ここでいう重要課題とは、長期的・持続的な企業の価値創造のなかで、事業活動を通じて企業が解決するべき課題を指します。
価値観を対外的に表すものの例としては、企業理念やミッション、ビジョン、パーパスなどがあります。
長期戦略
長期戦略は、「長期ビジョン」「ビジネスモデル」「リスクと機会」の三つの要素から成り立ちます。長期ビジョンとは自社の価値観に基づき、長期間において目指す自社像のことです。重要課題にどのように対応し、企業価値を向上させていくかを示します。ビジネスモデルは価値観を事業化し、長期ビジョンに基づいて構築されます。市場勢力図を把握し、競争優位を確立することが重要です。リスクと機会とは、安定的な企業経営を行う上で、長期的なリスク要因や事業機会となり得る内的・外的要因を分析することを指します。
実行戦略(中期経営戦略など)
実行戦略は会社企業中期経営戦略など、長期戦略の具体化に向けた中長期的な戦略のことです。自社の財政状況や経営成績を分析し、長期的なリスクと機会の分析を踏まえて策定・実行します。ESGやグローバルな社会課題、経営資源・資本配分の仕方や人的資本投資など、計七つの項目を戦略に組み込むことが重視されています。外部に掲示しながら、ステークホルダーとの関係強化を図ります。
成果と重要な成果指標(KPI)
成果と重要な成果指標(KPI)とは、社会に対する自社の価値創出を判断・評価するための指標です。KPIの設定は、経営者が自社の事業活動をどのように分析および評価しているかを、外部に示す材料にもなります。
KPIを用いて、長期戦略の成果や進捗を振り返りながら、さらなる見直しを行います。投資家やステークホルダーと良い関係を築くには、KPIの設定理由や重要課題とのつながりなどを詳しく説明することも重要です。
ガバナンス
ガバナンスとは、企業を規律する仕組みや機能を指します。長期戦略・実行戦略を進めるには、企業行動を律するガバナンスの整備が重要です。また、ガバナンスの状況を対外的に示すことで、投資家に安心感を与え、信頼を築けます。
ガバナンスの具体的な例としては、取締役会や経営陣が持つ役割・権限・機能を明確に公表することが挙げられます。体制が長期戦略にどのように貢献するのか、またガバナンスを整備した背景を掲示することが望ましいとされています。
ダイナミック・ケイパビリティ
ダイナミック・ケイパビリティとは、企業がさまざまな経営環境の変化に適応するために、社内外の資源を再活用・再編成することで事業や組織を変革する能力をいいます。カリフォルニア大学バークレー校教授のデイヴィット・J・ティース氏によって提唱され、SXを実現するために、企業に求められる能力として注目を集めています。
ダイナミック・ケイパビリティには、「環境変化を感知する能力(sensing)」「機会を捕捉する能力(seizing)」「既存の資源を再構成して自己変容(transforming)する能力」が含まれます。ダイナミック・ケイパビリティは、既存のビジネスモデルと環境が乖離していないかを常に批判的に考察し、環境と現状を素早く適合させるために重要です。そのため、「進化適合力」とも呼ばれます。
ダイナミック・ケイパビリティに優れた企業は、付加価値を高め、売り上げを向上させます。ときには、既存のビジネスモデルから脱却することさえあります。保有する経営資源を再構成して環境とのズレを修正することで、進化・発展を遂げるのです。
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5. SX銘柄の新設
2023年2月、経済産業省は「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)銘柄」の新設を発表しました。
SX銘柄とは、経済産業省と東京証券取引所が共同で、サステナビリティ・トランスフォーメーションを進めている企業を選定し、表彰するものです。経済産業省では、ほかにも女性活躍推進に取り組む企業を選定する「なでしこ銘柄」や、従業員の健康促進から生産性向上につなげる企業を選定する「健康経営銘柄」などの取り組みを毎年行っています。
SX銘柄を新設することで、多くの企業にSXの観点から経営に取り組む重要性を周知させるとともに、投資家も含めたインベストチェーン全体でSXを推進させることが期待されています。
今後の動きとして、「SX銘柄評価委員会」の発足と審査基準の策定が予定されています。2023年夏頃に「SX銘柄2024」を公募し、翌年春に選定結果を発表する予定です。毎年10社ほどを選定し、国内外の投資家にSXの流れを積極的にアピールする狙いです。
6. まとめ
不確実性の高い時代に長期的な成長を実現するため、社会のサステナビリティを念頭に置いたうえで、企業が持続的な価値創造に向け変革を行う流れは、SXという用語の広まりとともに重視されていくでしょう。健康経営やSDGsのように、企業の価値を外部が評価する指標の一つとして、SXという用語の定義・実態が浸透していくことが予想されます。
SX銘柄のように国内の新たな動きを視野に入れつつ、事業活動や経営方針について見直しを図ることが、企業の成長を後押しするでしょう。