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臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

【第12回】「戦略的に」ポジティブメンタルヘルス対策に取り組む

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

関屋 裕希

臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。

まずは現状把握! マトリクスを使って整理しよう

今回は、これまでの連載のまとめとして、「戦略的に」ポジティブメンタルヘルス対策を設計するにはどうすればいいのかを、紹介したいと思います。

図に示したように、(1)現在の推進状況の把握、(2)調査結果からの課題の見える化、(3)対策の企画という手順で進めるのがおすすめです。

図1. 戦略的にメンタルヘルス対策を設計するための手順

図1. 戦略的にメンタルヘルス対策を設計するための手順

まずは、現在の推進状況の把握ですが、一次予防、二次予防、三次予防の三つの予防の観点と、対策の対象が組織、管理職、従業員全員のどこなのかという二つの軸をもとにしたマトリクスに整理するとよいでしょう(図2)。

図2.現在の推進状況の把握のためのマトリクス

図2.現在の推進状況の把握のためのマトリクス

それぞれの領域に、現在取り組んでいる対策を書き込んでいくと、すでに十分実施できている領域や、まだ未着手の領域が明確になるので、どの領域の対策を優先的に行っていけばよいかが分かります。

優先度の目安としては、三次予防→二次予防→一次予防の順番に取り組んでいきますが、もちろん並行して進めても構いません。

ちなみに、図3の中に入れている番号は、これまでの連載がどの領域のテーマだったかを示したものです(第10回はすべてに関連するテーマのため記載していません)。

優先的に取り組んだほうがいい領域が決まったら、その領域に該当する過去の連載を読んでいただくと、対策のヒントになるかと思います。

図3.過去の連載との対応

図3.過去の連載との対応

次はすでにある調査結果やデータから課題を「見える化」

優先的に対策を計画する領域が決まったら、その領域における社内の課題を把握します。

ストレスチェックの会社全体の結果はもちろんですが、従業員満足度調査の結果や働き方についてのアンケート結果、生産性や収益などの経営指標、労働組合が行っている調査、健康保険組合が把握しているデータ、キャリアの部門が実施している調査など、健康管理以外の部門の調査結果やデータも参照するとよいでしょう。

社内調査の結果や数値をもとに課題を特定できると、推進する対策への納得感が高まり、予算の獲得や社内調整が円滑に進みやすくなります。

どの対策を推進するか決まったら、企画をしていくことになりますが、その際のポイントを三つ紹介したいと思います。

効果を高める鍵は、トップダウンとボトムアップの組み合わせ

まず一つ目は、トップダウンとボトムアップの対策を組み合わせることです。

トップダウンでの推進のほうが時間や手間がかからないかもしれませんが、現場の声が反映されない対策を続けていると、形骸化するリスクがあります。

従業員のワーク・エンゲイジメントを高めることを目的とした介入の科学的根拠を集めた論文では、トップダウンよりもボトムアップ形式での効果が高いという示唆も得られています。

今回の連載の中でも、組織レベル、管理監督者レベル、従業員レベルの三つの水準で今行っている対策を振り返っていただきましたが、組織レベルで何か対策を行うときにも、管理監督者や従業員主導でできることはないかを考えてみるとよいでしょう。

それぞれの手法の特徴と課題との相性を図に示しましたが、実際には、三つのアプローチを併用して連動させられると相乗効果が期待できます。

図4.それぞれの手法の特徴と課題との相性(吉川ら, 2016をもとに作図)

図4.それぞれの手法の特徴と課題との相性(吉川ら, 2016をもとに作図)

部署を超えての連携で全体像を描く

二つ目は、部署横断・連携で進めることです。

先ほど、社内の課題を把握するときに、自部署以外で実施されている調査結果も参照するとよいとお伝えしましたが、社内で同じような取り組みが重複して実施されると、現場の負担や疲弊につながってしまいます。

人事部だけでなく、人材開発や健康管理、ダイバーシティやCSRの部署と情報共有をして、会社全体の対策の中に、自部署や他部署の取り組みがどのように位置づけられるか、全体像を描けるとよいでしょう。

健康経営を推進している場合には、経営戦略などを担う部署との連携も有用です。いきなり協働や連携しての対策が難しい場合は、まずは月に1回の情報交換の場をもうけるなどして、お互いの対策への理解を深めること、関係づくりをしていくことも役に立ちます。

外からのポジティブなフィードバックで推進力を高める

三つ目は、インナーコミュニケーションにおける工夫です。

社内で対策の重要性を説いても理解してもらえなかったり、多忙な労務環境の中で時間を割いてもらえなかったりすることがあります。そういうときは、まず、自社の方針や取り組みを社外に発信することから始めるのもおすすめです。

以前、ストレスチェック後の事後対策の拡充に対して社内でなかなか理解が得られなかった企業で、まずは一部で先行して実施している好事例をまとめて分析し、学会で発表することを提案したところ、その発表が賞をもらったことがありました。後日、社内でそのことが共有されると、これまで関心の薄かった上層部も関心を示し、それまでは考えられなかった速さと規模で対策が拡充されることになりました。

このように、社外に発信することで、得られるポジティブなフィードバック(認証の獲得や表彰など)を活用することが、社内での活動の壁を乗り越える鍵になることもあります。

「社員がいきいきと働く状態をつくりたい!」という理想を実現するためには、「戦略」が必要です。今回紹介したポイントなども活用しながら、一緒に取り組む仲間をつくり、上司や組織を巻き込んで、少しずつ皆さんの理想に近づいていってくださいね!

本連載は、今回が最終回となります。ポジティブなメンタルヘルスの視点が広まるように、ポジティブにメンタルヘルス対策に取り組める人が増えるように、全力投球で執筆してきました。

連載が皆さまの理想実現に、少しでも役立ちますように! これからも、いきいき働ける人が増えるよう、一緒に励んでいきましょう!

1年にわたってお読みいただき、本当にありがとうございました。

【参考】
・Knight, C. and Patterson, M. and Dawson, J. 2019. Work engagement interventions can be effective: a systematic review. European Journal of Work and Organizational Psychology. 28 (3): pp. 348-372.
・吉川ら(2016)平成27 年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」

関屋 裕希(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)
関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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