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誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

【第1回】健康だけに限らない! メンタルヘルス対策の可能性

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

関屋 裕希

臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。

はじめまして! 臨床心理士の関屋裕希と申します。

バックグラウンドは心理学で、産業精神保健(職場のメンタルヘルス)の研究者・専門家として活動しています。大学の研究室に所属して、研究プロジェクトに関わりながら、現場では、職場のメンタルヘルス対策のコンサルテーションや講演・研修を行っています。

私が活動するうえで大事にしているのは、研究と実践の橋渡しです。最新の研究結果や調査結果など、エビデンス(科学的根拠)に基づきながらも、現場で実践しやすい提案をすることを心がけています(同時に、現場でいただいた視点を研究に活かすことも大事にしています)。

社内にひそむ協働の可能性

5年近く前に、こんな相談を受けたことがあります。

働き方改革は人事部門が推進している、健康経営は経営戦略部門が、ダイバーシティー&インクルージョンは人材育成部門が、そして、健康管理は健康管理部門が企画・推進している。それぞれが会社の発展と継続のため、また、会社の理念の実現や目標達成のため、制度を設計したり、施策を導入したりしているが、現場からは「同じような調査や施策が実施・導入されて、忙しい中で負担に感じている」という声が聞こえてくる。全体を見渡して、共通する部分の制度・施策を一本化してほしい。

これは、私自身も課題に感じていたことでした。

企業の健康管理部門はもちろんのこと、人事部門や人材育成部門、経営戦略部門の方からも仕事の依頼をいただくことがあります。そのときに、「他の部門がどんな施策を推進しているのか、いま力を入れていることは何かを知っていますか?」と質問してみるのですが、「よく知らない・わからない」と回答いただくことも多くあります。そのたびに、「もったいない!」と思ってきました。

もちろん、それぞれの部門にはそれぞれの役割があり、独立しているからこその良さもあるのですが、従業員がいきいきと働きがいを感じて仕事をして、チームで協力しながらパフォーマンスを発揮している状態を目指すという点では、共通することも多いはずです。餅は餅屋な部分もありながら、お互いの部門がどんなことを考えて制度設計や施策を推進しているかを共有して、連携・協働できたら最強! と思っています。これが、このコラムを書いている動機のひとつでもあります。

メンタルヘルス対策のもうひとつの顔

さて、ここでひとつ質問です。「職場のメンタルヘルス対策」というと、どんなイメージがありますか?

人事の方を対象とした研修で尋ねると、メンタルヘルス不調になった従業員への対応、休職した従業員の職場復帰支援、ストレスチェックの実施……といった答えが返ってきます。従来のメンタルヘルス対策は、うつ病などの心の病気や、ストレスフルな職場環境などネガティブな状態へのアプローチが主流でした。そのため、「メンタルヘルス対策」というと、一部の従業員のための対応や、安全配慮義務(※)違反にならないためのリスクマネジメントの施策である、という印象があるようです。

それでは、「職場の“ポジティブ”メンタルヘルス対策」というと、イメージが変わるでしょうか。

これは、職場のメンタルヘルスの新しい考え方で、メンタルヘルス対策の目標を、従来のうつ病やストレスへの対策から、従業員のポジティブな心理状態の向上へと広げるものです。これまでのメンタルヘルス対策は、「仕事でストレスがたくさんあればあるほど、健康を害する」という前提に立っていました(図のグレーの線で囲んだ「従来の対策」を参照)。そのため、対策の主流は、長時間労働対策や物理的な職場環境の改善など、仕事のストレスをいかに減らしていくか、ということでした。

図:ポジティブメンタルヘルス対策の特徴

図:ポジティブメンタルヘルス対策の特徴

それに対して、「ポジティブメンタルヘルス対策」には、三つの特徴(広がり)があります。

一つ目の特徴は、仕事のストレスだけでなく、仕事の資源にも注目することです。仕事のストレスが、私たちの働きづらさにつながる要因だとすれば、仕事の資源は、働きやすさにつながる要因です。職場の課題や問題点だけでなく、強みにも着目していく、と言い換えることもできます。

二つ目の特徴は、「不調にならない」など、心身の健康だけを目指すのではなく、ポジティブなメンタルヘルスの状態を目指すことです。具体的には、仕事に熱意や働きがいをもって活力を得ながら働いていることを指すワーク・エンゲイジメント、楽しさや達成感などのポジティブ感情、チーム内で協力しながら一体感をもって働いていることなどポジティブな状態を実現することを目標とします。

三つ目の特徴は、心身の健康を守ることにとどまらず、ポジティブなメンタルヘルスの状態をつくることで、経営理念の実現や従業員満足度や生産性の向上につなげていくこと。ポジティブメンタルヘルス対策の特徴を知ることで、健康管理部門をはじめとする関連部門と連携・協働するイメージも持つこともできるのではないかと思います。

人事だからこそできるポジティブメンタルヘルス対策

ただし、従来のメンタルヘルス対策は依然として大事な取り組みですし、ポジティブメンタルヘルス対策と全く別ものというわけではありません。「人」を相手にする領域なのですから、決して非連続ではなく、二つの対策には共通するポイントがたくさんあります。そして、「人事」も「健康管理」も「人」相手のこと。やはり、共通して語れる・取り組める部分は多いと思うのです。

「健康管理」というと、医師や保健師といった専門職でないと難しい、というイメージがあるかもしれませんが、専門家でなくてもできる対策や、現場でできる取り組みもあります。そして、さまざまな専門家も含めたチームで動けると、何倍もの力になります。その中心となって他部門を巻き込んでゆけるのは、人事の皆さんなのではないかと思います。

この連載では、科学的根拠に基づきながら、明日から実践できるポジティブメンタルヘルス対策をご紹介していきます。

“ポジティブ”メンタルヘルスの世界へようこそ! 一緒に最初の一歩を踏み出しましょう!

(※)安全配慮義務:労働契約法第5条に明文化されている「使用者(管理監督者も含む)は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」という、従業員が安全かつ健康に労働できるようにするため、企業が負う義務のことを指す。

関屋 裕希(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)
関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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