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森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第7回】
健康施策を超える施策のつくり方

武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

森永 雄太さん

森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室

日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。

9月は厚生労働省によって、健康増進普及月間と位置付けられています。東京都でも9月から11月を、働くすべての方に向けた積極的なメンタルヘルス対策への取り組みを促進していく「職場のメンタルヘルス対策推進キャンペーン」期間としています。皆さまの所属組織でも、健康増進関連のイベントを実施されたかもしれません。

前回も簡単にご紹介した通り、健康施策は位置づけや取り組み方によって健康施策以上の効果をもたらすことがあります。今回は、「健康施策を超える施策のつくり方」と題して、かつて私たちが取り組んだHHH(スリーエイチ)の会の取り組みを詳しく紹介していきたいと思います。

健康施策で組織課題を解決する!?

HHHの会は2016年から2017年にかけて、私たちが取り組んだ企業横断型の健康施策の研究会です。HHHは、Health(健康施策)×Human(従業員)=Happiness(企業と従業員の幸福)を示しています。17の企業と組織が参画し、1年間にわたって勉強会と共通施策の実施・評価を行いました。

この研究会で扱った共通施策は、健康習慣にチーム単位で取り組み、お互いに励ましあうことで、健康習慣に取り組む意欲を持続させようとするものです。最近は健康経営に乗り出す際に、このようなチーム単位の歩数イベントや健康習慣イベントに取り組む企業がかなり増えてきました。我々も、先駆的な企業に倣ってこのような取り組みを実践しました。

我々の取り組みの特徴は、このような取り組みを単に安全衛生の取り組みと位置付けるのではなく、社内コミュニケーションの活性効果や協力行動を引きだすための組織開発としても位置付け、組織全体で実践することを推奨したことです(もちろんすべての参加企業が組織全体で実施できたわけではありませんが、いくつかの企業で経営陣を含み組織単位で参加してくださいました)。

また、取り組みの成果を科学的に検証するために、プログラムの実施前と実施後に質問票調査を実施。一般的なアンケートである施策への参加率、健康意識への影響などに加えて、従業員の仕事に対する意欲や職場での行動に対する回答を集計しました。

施策を開始するにあたって、従業員は専用サイトにPCやスマートフォンからログインし、自分が取り組む健康習慣を設定。取り組んだことをSNS上で報告するとチームにポイントが与えられ、チームメンバーにも共有されます。健康習慣の実施だけでなく、チーム内の他のメンバーとSNS内でコミュニケーションをとることでもチームにポイントが与えられるため、SNSを介してチームメンバーの実践報告を称賛したり、健康情報の共有を行ったりすることが自然と促進される仕組みになっています。

社長を含めて正社員全員が参加したX社の事例を紹介しましょう。X社では、部門間のコミュニケーション不足を組織課題として考えており、HHHの会に参加しました。この課題を意識して、健康施策に取り組むチームも部門を横断したメンバーで作成し、取り組みました。施策の前後で実施した質問票調査の結果を報告していきましょう。

まず、多くの従業員が継続的に施策へ参加し、健康習慣に取り組んでいたことが分かりました。質問票に回答してくれた121名のうち、毎日SNSに参加して何らかの活動をしたり、コミュニケーションをとったりしていた人は24.8%、ほぼ毎日ログインした人は41.3%、週3日程度ログインした人は14.9%。週3日以上参加していた人は全体の81.0%で、比較的高い値が得られました(ただし質問票に回答していない人も途中で施策そのものから離脱している可能性が高いので、その点は割引いて考える必要があります)。

また、施策への参加期間中の健康意識を集計したところ、87.6%の従業員が健康を意識する機会が「とても増加した」もしくは「少し増加した」と回答していました。少なくともプログラム期間中は健康意識が高まり、何らかの実践に結びついた従業員が多いようでした。

次に、施策前と施策後を比較すると、施策後は従業員の協力的モチベーションや組織への愛着が高まっていることもわかりました。これは、チーム活動の中でさまざまなコミュニケーションがとられたことが原因と考えられます。X社の中で熱心に活動したチームのいくつかに追加的なヒアリングを行ったところ、会社の近くでおいしいサラダを食べられるレストランの情報が共有されたり、ドレッシング情報が共有されたりするなど、健康習慣に関わるさまざまなやり取りがなされ、そのことによって健康習慣に対する意欲が持続できたようでした。

また、ふとした瞬間に、仕事の近況や忙しさなど、普段は触れることの少ない他部門の業務に関する情報に触れる機会があったようです。このように、チーム内のコミュニケーションを活性化させる工夫がなされていることで、仕事に対する他部門との協力意欲や組織への愛着への影響を創出することに成功したと考えられます(図1参照のこと)。

図1. 施策前後の指標の変化

最後に、同じ質問票調査からは、同僚に対する支援行動や創意工夫行動も増加していることが明らかになりました。このような結果が生じた細かいメカニズムは不明ですが、上述した協力意欲が向上したことと併せて考えると、コミュニケーションの活性化に伴って、今誰が大変なのか、自分が助けられることがあるのか、といったことがカジュアルに共有されたからではないかと考えられます。

このように、健康施策を上手に位置付け、運用することで、健康への関心を高めたり、健康的な生活習慣を実践してもらったりする以上の効果を生み出すという「健康施策を超える効果」を得ることが可能になります。

まとめ

新型コロナウイルス感染症の大流行によって、私の働き方は大きく変化しました。それと同時に、コミュニケーション課題を強く意識するようにもなりました。働き方が多様化し、ハイブリッド化した今だからこそ、HHHの会のような取り組みが大事だと感じます。

多くの組織ではチャットやビデオ通話を用いて、何気ないコミュニケーションを増やす取り組みがなされています。もちろん、そのような日常的な工夫も有効ですが、「健康」という全員に共通するトピックでありながら考え方や日常生活での取り組み方に多様性があるトピックを「題材」にすることでコミュニケーションを活性化していくという方法も有効ではないでしょうか。

参考文献
  • 森永雄太(2019)『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』労働新聞社。
森永 雄太(武蔵大学 経済学部 経営学科 教授)
森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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