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森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第11回】
多様な従業員のウェルビーイングを実現するリーダーシップ

武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

森永 雄太さん

森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室

日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。

前回から、ウェルビーイング経営における管理者のリーダーシップの影響に注目しています。前回は、リーダーシップ研究の動向を概観するとともに、リーダーシップがウェルビーイングを介して組織業績を高めることができるという近年のメタ分析の結果を紹介しました。今回は、2000年代以降のリーダーシップ研究の動向を確認した上で、2010年代以降急速に研究が蓄積されつつあるインクルーシブ・リーダーシップを取り上げて紹介していきます。

2000年代以降のリーダーシップ研究の動向

2000年代以降のリーダーシップ研究では、それまでのリーダーシップ研究を引き継ぎつつ、時代の変化に合わせたさまざまなリーダーシップ研究の方向性が模索されるようになりました。例えば、フラット化した組織や多様な専門知識を持つメンバーが協働する集団を念頭に、複数でリーダーシップを共有するというシェアド・リーダーシップという考え方が提唱されるようになりました(例えば、石川、2016)。

また高度に専門化・多様化した部下の知見を上手に活用し、創造的な問題解決を図るリーダーシップスタイルとして、さまざまな支援型のリーダーシップが提唱されるようになりました。2000年以降のリーダーシップ研究は、何か一つのメインストリームがあるというよりも部下の価値観を重視し、フォロワーが組織に持ち込む知見をうまく引き出そうとするさまざまなリーダーシップスタイルが注目されているといえます(坂爪・高村,2020)。

このような動向の背景には、企業が直面する課題が高度化し、多様な知見を持つ従業員が協力しない限りイノベーションを起こしたり、問題解決したりしていくことが難しくなってきたことがあります。以前よりも従業員の多様性を上手に活用して、組織の目標を達成していくためのリーダーシップが注目を集めているといえそうです。

多様性を活かすインクルーシブ・リーダーシップ

では、多様な従業員から構成された集団で多様性を活用するため、管理者はどのようなリーダーシップを発揮すればよいのでしょうか。ここでは、近年注目を集めるようになってきたインクルーシブ・リーダーシップという考え方を取り上げてご紹介していきます。

インクルーシブ・リーダーシップとは、多様な従業員のインクルージョンを高める管理者のありように注目した考え方です。初期の代表的研究として、Nembhard& Edmondson (2006)によるLeader inclusiveness があげられ、「他者の貢献を歓迎し、評価していることを示すリーダーやリーダーの言動(p.947)」と定義されています。

これまで上司がインクルーシブ・リーダーシップを発揮することで職場に心理的安全性が醸成され、個々の従業員が創造的な課題に取り組んだり、革新的な職務行動をとったりするようになることが明らかにされてきました(詳しいレビューについてはMorinaga, Sato, Hayashi % Shimanuki, 2022を参照のこと)。

ウェルビーイング経営の観点からインクルーシブ・リーダーシップが興味深いのは、このコラムで紹介したウェルビーイングを向上させるためのいくつかの従業員行動を促すことが明らかにされつつある点です。筆者たちのチームが取り組んだ研究をご紹介したいと思います。

まず松下・麓・森永 (2022)では、上司がインクルーシブ・リーダーシップをとることで、職場に対する心理的安全性が高まり、何か困ったことがあった場合は援助要請をしてみようという意図が高まることが明らかにされています。

援助要請については9回目のコラムで紹介しました。リモートワークの導入により、困っている従業員が周囲の目配りから漏れ、孤立していってしまうことが懸念されています。特にストレスをため込んでいることに周囲が気づきづらい状況ができてしまっています。上司がインクルーシブ・リーダーシップを発揮することは、上司や同僚に対して自ら支援を要請することを促すことが明らかにされています。リモートワークやハイブリッドワークが一般的になりつつある現在において、有効なマネジメントスタイルの一つといえるでしょう。

また森永(2022)では、上司のインクルーシブ・リーダーシップが心理的安全性を介して接近型のジョブ・クラフティングを促すことが明らかにされています。ジョブ・クラフティングについては8回目のコラムで紹介しました。ジョブ・クラフティングを効果的に取り入れることで従業員は仕事の意義や意味を感じることができるようになり、いきいきと働くことが可能になるといわれています。インクルーシブ・リーダーシップは、このような行動も促すことができると考えられています。

これらの研究結果を踏まえると、管理者が自らインクルーシブ・リーダーシップを発揮するよう心掛けたり、人事部がインクルーシブ・リーダーシップを発揮できる管理職を育成したりすることで、組織で働く従業員のウェルビーイングが向上することが期待できます。

今日からインクルーシブ・リーダーシップを発揮するポイント

では、インクルーシブ・リーダーシップを発揮するにはどのような点に気を付ければよいのでしょうか。まず現在最も頻繁に利用されている、インクルーシブ・リーダーシップ尺度を参考に考えてみましょう。

Carmeli et al., (2010) ではインクルーシブ・リーダーシップを以下の3次元で測定しています。第1に、コミュニケーションにおいて他者の意見や新しいアイデアに開放的であることです。部下が提案してきたとき、そのアイデアを即座に否定するようではいけません。第2に、「力になる」行動をとってくれることです。悩みを聞いてくれたり、質問に答えたりすることで、「あの人なら何か力になってくれそうだ」と思わせることが重要です。第3に、相談しやすい状況を作っていることです。問題が生じたときに相談に来ることを奨励し、実際にすぐにスケジュールを確保できるようにしておかなければなりません。相談に来た部下に「これくらいの問題で時間をとらすな」と言ってしまっては、気軽なやり取りができなくなってしまいます。

インクルーシブ・リーダーシップ研究は発展途上の研究領域であり、概念の定義そのものにもまだまだ議論の余地がありそうです(Korkmaz et al., 2022)。しかし、現場は学術的な議論の発展を待っているわけにいきません。少なくとも、上記の3ポイントを意識することが有効ではないかと考えます。

参考文献
  • Carmeli, A., Reiter-Palmon, R., & Ziv, E. (2010). Inclusive leadership and employee involvement in creative tasks in the workplace: The mediating role of psychological safety. Creativity Research Journal, 22(3), 250-260.
  • 石川淳(2016)『シェアド・リーダーシップ チーム全員の影響力が職場を強くする』中央経済社.
  • Korkmaz, A. V., Van Engen, M. L., Knappert, L., & Schalk, R. (2022). About and beyond leading uniqueness and belongingness: A systematic review of inclusive leadership research. Human Resource Management Review, 100894.
  • 松下将章・麓仁美・森永雄太 (2022). インクルーシブ・リーダーシップが上司に対する援助要請意図に与える影響のメカニズム―職場の心理的安全性と仕事の要求度を含む調整媒介効果の検討 日本労働研究雑誌、745、82-94.
  • 森永雄太(2022). 「インクルーシブ・リーダーシップがジョブ・クラフティング に与える影響のメカニズム」『組織学会 2022 年度研究発表大会要旨集』,94-99.
  • Morinaga, Y., Sato, Y., Hayashi, S., & Shimanuki, T. (2022). Inclusive leadership and knowledge sharing in Japanese workplaces: the role of diversity in the biological sex of workplace personnel. Personnel Review, (ahead-of-print).
  • Nembhard, I. M., & Edmondson, A. C. (2006). Making it safe: The effects of leader inclusiveness and professional status on psychological safety and improvement efforts in health care teams. Journal of Organizational Behavior: 27(7), 941-966.
  • 坂爪洋美・高村静(2020)『管理職の役割』中央経済社.
森永 雄太(武蔵大学 経済学部 経営学科 教授)
森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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