パネルトーク&ディスカッション グローバル人材はこうしてつくれ!
- 有賀 誠氏(日本ヒューレット・パッカード株式会社 取締役 執行役員 人事統括本部長)
- 江上 茂樹氏(三菱ふそうトラック・バス株式会社 人事担当常務 人事・総務本部長)
- 北原 敬之氏(株式会社デンソー 経営企画部担当部長 関東学院大学経済学部客員教授)
- 山本 紳也氏(株式会社HRファーブラ 代表取締役 元PwC パートナー)

現在、ほぼ全ての日本企業で課題となっている「グローバル人材」の育成。今回のセッションでは、一歩先を行くグローバル企業の人事責任者と、海外ビジネス経験豊富なゲストを招き、先進企業における取り組み事例と、グローバルビジネスのリアルな現場ニーズや課題を聞いた。後半では、参加者同士によるオープンなディスカッションを実施、ゲストからアドバイスやフィードバックを受けながら、「自社におけるグローバル人材開発」について、具体的な施策を考えていった。

(ありが まこと)なし

(えがみ しげき)なし

(きたはら ひろし)なし

(やまもと しんや)なし
グローバル化に向けた日本企業への問題提起
(HRファーブラ 山本氏)
最初に、ファシリテーターを務める山本氏から、グローバル人材を育成するに当たって、いまどのようなことが起きているのか、データを基にした問題提起が行われた。経済規模(GDP)で見ると、アメリカはコンスタントに成長を続け、中国の成長が非常に著しい。そうした中で、日本のプレゼンスは相対的に低くなっている。バブル崩壊後の1993年と2014年のGDPサイズは、円ベースで言うとほぼ同じ。20年間、全く成長していない。これからのグローバル市場は、アメリカと中国を中心に日本、そして欧州ではイギリスとドイツがトップ10に残るくらいで、その他は新興国が占めると予測されている。さらに日本の場合、世界でも例がないほどの速度で労働力が減少しており、今後、GDPの伸びは期待できない。

「『国際転換期』にある多くの日本企業では、ビジネスのグローバル化に組織・人材マネジメントがついていけていないのが現状です。実際、海外ビジネス比率の高い企業でも、人事は駐在員の管理しかしていないというケースが少なくありません。あるいは、現地のトップは全て日本人というケースもあります」
<海外進出期> 輸出の拡大、 生産の海外移転 |
<国際展開期> 直接進出やM&Aによる海外ビジネス拡大 |
<二元化展開> 本国・海外の二元化による最適化による発展 |
<グローバル化> ボーダレスな 最適化を追求 |
|
ビジネス スタイル |
主要各国への進出拠点とロジスティクスの確保 | 各国ごとのビジネス基盤強化 | 海外オペレーション、日本それぞれでの最適化の追求 | グローバルレベルで資源最適化の強化 |
海外売上 比率 |
20%以下 | 20%~50%前後 | 50%~75% | 75%以上 |
組織の形 | 海外(輸出)部門の設立 | 地域統括本社の設立 | 日本本社とグローバル本社(機能)の併存 | 意思決定機関としてのグローバル本社 |
人材マネジメント | 日本人駐在員管理 | 状況把握を目的とした人材マネジメントの促進 | タレントマネジメント管理の促進 | 国籍を問わない事業単位のグローバル人材マネジメントの実現 |
海外拠点 トップ |
日本人駐在員による管理 | 内部昇進・外部調達によるマネジメント層の補強。日本人駐在員が過半数 | 生抜き、調達を含め現地人によるマネジメント比率が高まる | 国籍を問わない人材プール・(内製化)からトップを選定 |
ガバナンス 意思決定 |
日本本社 | 日本本社・地域本社における日本人中心のマネジメント | 海外ビジネスと日本ビジネスの二元管理 | グローバル本社による一元的意思決定 |
「グローバル人材」とは、産業人材育成パートナーシップグローバル人材育成委員会が2010年に「グローバル化が進展している世界の中で、主体的に物事を考え、多様なバックグラウンドを持つ同僚、取引先、顧客等に自分の考えを分かりやすく伝え、文化的・歴史的なバックグラウンドに由来する価値観や特性の差異を乗り越えて、相手の立場に立って互いを理解し、さらにはそうした差異からそれぞれの強みを引き出して活用し、相乗効果を生み出して、新しい価値を生み出す人材」と定義している。
「これは特別なことを言っているわけではありません。ビジネスを進めていくためには、当たり前のことです。この当り前のことができていない。ここに問題の一端が隠されているように思います」
突然、グローバル企業になった企業の短期変革の取り組み事例
(三菱ふそうトラック・バス 江上氏)
ここから、ゲストのパネラーが3名登場した。最初は、三菱ふそうトラック・バスの江上氏。「三菱ふそうトラック・バスは一般的なイメージと異なり、ドイツのグローバル企業であるダイムラーの一員です。国籍を問わず多様な人材が活躍しているトラック・バスの専業会社です。従業員数は約1万2000人、直接雇用の外国人社員は約100人、ダイムラー本社からの出向者は約50人という状況です」

江上氏は1995年に新卒で三菱自動車に入社し、川崎工場で人事勤労を担当していた。ところが2003年にダイムラーの資本が入りトラック・バス部門が分社化。三菱ふそうトラック・バスに移籍し、人事部に配属となる。そこで、否応なくグローバル企業としての仕事への取り組み方を学ぶことになった。これまで三菱グループという典型的な日本企業が、「英語はほとんどの部門で必須」「いつも隣に外国人がいる」「事実ベースの高い透明性・論理性に基づいた公正な判断」「非常に高いコンプライアンス意識」「コミットメントベースの評価」「適材適所(国籍・年齢等は無関係)」「積極的なセルフ・マーケティング」が当たり前になるなど、グローバル企業の一員となることで社内環境も大きく変化していった。
「ただ、これらの変化適合も、簡単にできたわけではありません。一般社員においては、『様子見(ダイムラーって何?)』→『反発・対立』→『学び』→『グローバル化に対応(さまざまな国籍の人、さまざまな考えの人と一緒に仕事をすることに違和感がなくなった!)』という、まさに葛藤と気づきのプロセスを経て、実現できたことなのです」と、10年間を江上氏は振り返る。
そして、人事部門もグローバル化に対応していくこととなる。ダイムラー企業内大学プログラムの開始(2004年)を皮切りに、幹部候補採用の開始(2005年)、ダイムラーの組織構造への統合、グローバル管理職評価制度の導入(2007年)、グローバル管理職報酬制度の導入(2008年)などを経て、グローバルでモダンな人事へと変化していった。
「採用面でも同様で、大卒の新入社員は多様性を意識した採用活動を展開しています。そうしなければ、ローカルの社員がグローバル企業であるダイムラーの世界で戦っていけないからです。例えば、2013年の大卒の新卒採用を見ると、32人採用した中で女性は10人(31.2%)、外国人は18人(56.3%)を占めています」と、グローバル対応がさまざまな面で影響を与えている点を江上氏は強調する。
グローバルに対応していくには、社内でもグローバル環境を実現することがポイントになる。人事・総務本部をみても、さまざまな国籍の人間がいる。部長はドイツ人、課長は日本人女性で、スタッフ四人のうち日本人は二人で、二人は外国人である。「ただ、このような取り組みを行っていても、まだ全員がグローバル人材となっているわけではありません。部署によっては、グローバル化になかなか対応できていないところもあります」と、今後の課題を江上氏は述べた。
世界共通の組織・人事制度を構築
(日本ヒューレットパッカード 有賀氏)
日本ヒューレットパッカードの有賀氏は多様なキャリアを持ち、日系企業、外資系企業、メーカーからサービス業において、人事責任者のみならず社長も経験している。ヒューレットパッカード(HP)の特徴は、世界共通の組織・人事制度を構築していること。同社は全世界で170ヵ国に展開しており、ここ15年間でM&Aを活発に行った結果、社員は30万人に及ぶ。その内訳をみると、3分の1が新卒でHPに入社したプロパー社員、3分の1が中途入社で入ってきた社員、そして残りの3分の1がM&AでHPの社員となった人たちである。「異なったバックボーンを持った社員が3分の1ずつの割合を占めるため、組織の中には自然とダイバーシティが存在しており、それを束ねていくための人事制度や文化である必要がありました」と有賀氏は、世界共通の組織・人事制度を構築した背景を語る。

HPがグローバル企業としてここに至るまで「International(国際化)」→「Multinational(多国籍化)」→「Global(グローバル化)」という三つのステージを経験してきた。現在のような本当の意味でグローバルな組織「Global(グローバル化)」となった段階では、国という概念がビジネスをする上での組織やモデルに入って来ない。そのため、人事制度は「Global(グローバル化)」を実現するための仕組みとなっている。
人事組織もグローバルな採用チーム、教育チーム、給与・福利厚生チームというように、機能別にグローバルで組織が存在している。「人事制度の基本思想としては、世界170ヵ国で同じ人事制度を取っていて、社員の情報も一つのデータベースで全世界30万人を管理しています。この中には全てのデータが入っており、上司と部下が違う国にいてもマネジメントを成り立たせることが可能です」
職務等級に関しても世界共通で、複数の資格等級や職務等級を一つの等級に括る「ブロードバンディング」による非常にシンプルなものとなっている。評価についても同様で、世界共通で実施する。年度初に掲げたHP全体としての目標が、各部門の目標に落とし込まれる。年間を通じてのパフォーマンスをマネジャーとメンバーが相談・サポートしながらレビューが行われ、最終的に5段階の評価が付く。この評価に基づいて昇給の幅が決まる。評価の項目には二つの軸があり、一つは売上や顧客満足度向上など、ビジネス面における業務成果。もう一つはそれをどのように実現したかということ。これは「HP Way」に沿って行動したのかどうかで評価される。
「私自身、これまでグローバル企業を何社か経験してきましたが、人材開発についてはHP固有のものであると思います。それは『キャリアは自分で作る』という考え方。HPには創業の頃から、『自分で考えて、自分で行動する』という自律を求める文化があります。将来に向けたキャリアパスを、自分で考え、かつ責任を持って実践することを求めています。そこに対して、マネジャーはアドバイスをし、会社はそのためのインフラを提供します。これが、HPにおける社員のキャリア構築の基本形です」
働き方についても、基本的に自由。やるべきことをきちんとやっていれば、いつどこでも働いても構わないという考え方だ。オフィスもフリーアドレスなので、どこで仕事をしても問題ない。このような自由な働き方ができるのも、ITインフラが充実しているからこそ。例えば、電話会議やテレビ会議がある場合、全世界にいる30万人がどこにいても会議ができるという。この背景には、「HP Way」に示されている「仕事をしっかりとやろう」「人を大切にしよう」の両立があるからだ。
「人間というのは、誰でも例外なく会社が働きやすい環境を整えたら、お客様や社会のためにいい仕事をしようとすると創業者は“性善説”を謳っています。HPでは創業時からこうした理想を掲げているわけで、それが会社風土の中に深く根付いています」
無意識を意識する~日本企業の人材グローバル化の課題
(デンソー 北原氏)
デンソーの北原氏は、北米の統括会社で副社長を務めていた。現場におけるグローバルビジネスでの経験と知見を持つ北原氏だが、グローバル化において最初に心がけることは、「無意識を意識すること」だと言う。
「文化を共有する環境・関係であれば、『水面上に見えている部分』だけで考えても問題ありません。しかし、異文化環境下におけるグローバル・マネジメントでは『水面下に隠れて見えない部分』、つまり『無意識な部分』をどれだけきちんと意識できるかによって、コミュニケーションとマネジメントの質が決まります」
その際に大事なのは、企業文化を共有することだという。日本企業の競争力のベースとなっている「企業文化」とは「ものづくり文化」「品質にこだわる文化」「技術・技能をリスペクトする文化」「人を大切にする文化」「顧客のことを常に第一に考える文化」「先進性・独創性を尊ぶ文化」である。グローバルにこれらの企業文化を共有し、社員一人ひとりがこれらの文化に基づいて思考し行動するようなマネジメントが行われ、DNAとして世代を超えて伝承されるよう、無意識あるいは意図的に、さまざまな仕掛けが常に行われていることが必要なのだ。

また、海外では日本のやり方を押し付けるのではなく、お互いが共有できる「先進」(デンソーにしかできない驚きや感動を提供する)、「信頼」(お客様の期待を超える安心や喜びを届ける)、「総智・総力(チームの力で最大の成果を発揮する)という「デンソースピリット」で協働していくことが重要である。
「これができていれば、言葉の問題などがあっても、コンフリクト(衝突・対立)を乗り越えていくことができます。これは日本の人材をグローバル化することであり、同時にローカルの人材が育っていくという両方にとって、とても意味のあることです」
次に大事だというのが、「人づくり」。その際に重要となってくるのが、教えることだけでなく、育てる、鍛えるということ。だからデンソーではOJT(On the Job Training「教える」)のことを、OJD(On the Job Development「育てる・鍛える」「対話する」)とOJL(On the Job Learning 「自ら学ぶ・自分で気付く」)のセットであると定義している。そのため、OJDとOJLを同時に行う組織風土を作っていくマネジャーの存在が不可欠である。また、毎日の仕事の中で、自ら学び成長していく「学習する組織」ができるよう、マネジャーを鍛えていかなくてはならない。
さらに、北原氏は日本特有のコミュニケーションの問題を指摘する。「言葉にしないで通じてしまうのが、日本のコミュニケーション。〈以心伝心〉〈あうんの呼吸〉のようなハイ・コンテクスト(共通認識)の高い国ですが、ロー・コンテクスト(共通認識が低い)の国に行ったら、全く通用しません。世界にはロー・コンテクストの国が多いので、現地のコミュニケーションのレベルに応じた対応をしなくてはならないのです」
ちなみに、ロー・コンテクスト文化の特徴として「YES、NOを明確にし、ストレートな表現を好む」「沈黙は不自然である」「言語やジェスチャー等自分の表現力で相手に伝える」「率直に質問したり、異議を唱えたりすることに躊躇しない」などがある。
重要なのは、異文化に遭遇したら「共存」すること。よく「海外へ行ったら現地の文化を尊重しましょう」と言うが、「尊重」と「迎合」を混同しているケースが多い。「迎合」は表面上のコンフリクトは回避するのみで、言語も歴史も文化も異なるから、コンフリクトはあって当然だ。コンフリクトを恐れたり逃げたりするのではなく、乗り越えることが「尊重」につながる。
「文化の違いも含めた日本流と現地流の違いを意識したコミュニケーションによって、両者が納得できるベストな方法を模索しながらコンセンサスを形成するプロセスが、真のグローバル化を実現するには不可欠な事項です」と、「共存」の重要性を北原氏は最後に強調した。
グローバル化対応といっても、企業が置かれている状況、またグローバル化への考え方によって、さまざまなアプローチがあることが示された、今回の特別セッション。パネラーからの提言・具体策に対して会場から数多くの質問が寄せられ、テーブルごとのディスカッションも多きな盛り上がりを見せた。

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