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日本の人事部 人的資本経営

人的資本経営の潮流2025/01/10

人的資本経営に“柔軟な働き方”は不可欠か

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人的資本経営に“柔軟な働き方”は不可欠か

多様な人材が活躍するためには、時間や場所にとらわれない働き方をはじめとする柔軟な働き方の推進が重要だと言われています。一方で、新型コロナウイルスの感染拡大の収束とともに、リモートワークから出社へと回帰する動きも見られるようになりました。あらためて“柔軟な働き方”のメリットとデメリットをつまびらかにした上で、企業の具体例を紹介し、人的資本経営を推進するために柔軟な働き方が必要なのかを考えます。

なぜ人的資本経営に柔軟な働き方が必要だと言われているのか

従業員は多様な事情を抱えている

人はそれぞれ、さまざまな事情を抱えています。育児や介護のほか、自分自身が病気や障がいを抱えているためにフルタイムでの勤務や残業が難しいケースや、高齢のためにかつてと同じ業務ができなくなったりするケースは少なくありません。そのような制約のほかにも、副業や大学院進学、自己啓発などのために、長時間働くことを望まない人もいます。多様な背景を持つ従業員がその能力を十分に発揮するには、勤務場所や勤務時間、業務内容などに配慮することが求められます。

企業の人手不足

バブル期の1989年には「24時間タタカエマスカ」が流行語に選ばれるなど、長時間労働が常態化していました。ただし、そのような働き方が可能なのは、育児や介護、体力の衰えといった制約を受けない人たちに限られます。少子高齢化が急速なスピードで進行する中、時間的・物理的な制約を抱えた人たちも活躍できるよう、柔軟な働き方ができる環境を整えることが、労働力を確保するために重要です。

柔軟な働き方の種類

柔軟な働き方を実現する制度や仕組みには、どのようなものがあるのでしょうか。

リモートワーク 自宅やサテライトオフィスなど職場以外の場所でも働ける制度
フレックスタイム 従業員が自由に労働時間を設定できる制度。必ず就業しなければならない「コアタイム」を定めているケースもある
時短勤務 1日の所定労働時間を通常よりも短く設定する制度。育児・介護休業法では、3歳未満の子どもを養育している場合などにおいて、申し出がある場合に可能となっている
週4日勤務制 週に4日働き、3日休みを取る制度。総労働時間が週5日勤務と変わらない「圧縮労働型」と、総労働時間も削減される「労働日数・報酬削減型」がある
時差出勤 始業・就業時刻を変更する制度
勤務地限定制 転勤するエリアが限定されていたり、転居を伴う転勤がなかったり、転勤が一切なかったりする制度
職務限定制 担当する職務内容や仕事の範囲が他の業務と明確に区別され、限定されている制度

柔軟な働き方のメリットとデメリット

メリット

多様な人材の活躍推進

育児や介護に携わっている人、障がいを持った人や高齢者らがそれぞれの事情に合った働き方を選択できる環境は、多様な人材が自らの能力を発揮し、活躍するための土台となります。

ワーク・ライフ・バランスの充実

柔軟な働き方を認めることで、従業員は家事・育児や家族との団らん、趣味など、仕事以外の事柄に時間を充てることができます。

優秀人材の獲得

優秀であるにもかかわらず、何らかの制約のためにフルタイムで働けない人材やワーク・ライフ・バランスを充実させたい人材、本社から距離がある地域に住む人材などをひきつけることが可能です。

イノベーションの創出

多様な人材が集まることは、イノベーションの源泉となります。ひいては企業競争力の向上も期待できます。

エンゲージメントの向上

柔軟な働き方は従業員が自身の働き方や生き方を選べるようになることにつながるため、企業への満足度が高まることが期待できます。世界最大級の従業員エンゲージメント調査である米国ギャロップ社の「State of the Global Workplace」によると、リモートワークを実施している場合のエンゲージメントは29%で、ハイブリッド21%、出社20%よりも高い数字になっています。

オフィス代の削減

全従業員が出社する必要がなくなれば、オフィスを縮小する選択肢も考えられます。そうなれば家賃だけでなく、光熱費や消耗品代の削減にもつながる可能性があります。

デメリット

コミュニケーションが取りづらい

働く時間や場所がバラバラだと、対面では意識しなくても取ることができていた従業員同士のコミュニケーションが取りにくくなります。

マネジメントが難しい

多様な働き方は仕事の進捗状況や部下の心情把握、パフォーマンスの評価が難しくなるため、マネジメントが難しくなることが考えられます。

不公平感が生まれる場合がある

同じ会社の中でも、職種や個人の抱える事情によって働き方に差が生まれた場合、柔軟な働き方が難しい従業員が不公平感を持つ可能性があります。

生産性の低下

新型コロナウイルス流行下に行われた調査では、職場勤務とリモート勤務の生産性を比較した場合、生産性が「在宅勤務の方が低い」と回答した割合は労働者による評価で82.0%、企業による評価で92.3%となりました。在宅勤務の場合、オンとオフの切り替えが難しいなどの理由で、生産性が低下することが考えられます。

孤独やストレスを感じる

前出のギャロップ社の調査によると、「日常的に怒りを感じている」と回答した割合は、リモートでは24%であるのに対し、ハイブリッドおよび出勤では20%となっています。また、「日常的な悲しみを感じている」割合も、リモートは29%であるのに対して、ハイブリッドは21%、出勤は19%と、リモート環境では負の感情が増幅されるおそれがあります。

組織文化の希薄化

コミュニケーションが取りづらくなる中で、会社への帰属意識や愛着心、チームワークなどが薄れていき、組織文化が希薄化してしまう可能性があります。

柔軟な働き方の流れ

年代別の柔軟な働き方の変遷

~バブル期:柔軟な働き方は許容されていなかった

1987年に労働基準法が改正されるまで、1週間の所定労働時間は現在より8時間長い「48時間」と設定されていました。さらに戦後の日本は、右肩上がりで成長していく経済を背景に、長時間労働も珍しくありませんでした。1週間の就業時間数の推移を見ると、男性では1973年時点では49~59時間が27.0%、60時間以上が17.5%となっていましたが、2023年では49~59時間が14.4%、60時間以上が7.5%と減少しています。多くの家庭で、男性が長時間労働により家計を支え、家事・育児は主に女性が担う性別役割分担が見られました。

バブル崩壊後~2000年代:経済状況の変化と法整備により雇用が多様化

バブル崩壊により、それまでの年功序列の給与体系や終身雇用制度に揺らぎが見え始めました。そんな中で企業は、高騰する従業員の給与の抑制や、景気に合わせて柔軟に雇用を調整したいとの意向を強めていきました。さらに1991年の育児・介護休業法の成立や2003年の労働者派遣法の改正などにより、女性や非正規雇用で働く労働者が増加しました。

2010年代:働き方改革関連法案が成立、長時間労働に対する規制が進む

2018年、「一億総活躍社会」を掲げた働き方改革関連法案が成立しました。これにより、時間外労働の上限規制や同一労働同一賃金、年次有給休暇の取得義務化などが法制化され、持続可能な働き方を追求する動きが強まりました。

2020年以降:新型コロナウイルスの流行、人的資本経営への注目などで働き方に変化

2020年ごろから、日本では人的資本経営に注目が集まり、企業は時間や場所に捉われない働き方や副業・兼業などを検討するようになりました。さらに2020年の新型コロナウイルスの流行時には、リモートワークを取り入れる企業が急増。選択肢が増えたことで、企業の働き方の多様さが増しています。

柔軟な働き方の現状とニーズ

出社形態:リモートワークよりもオフィス出社が主体

『日本の人事部』が発行している「人事白書2024」では、リモートワークの実施状況を聞いています。その結果、最も多かった回答は「どちらかと言えばオフィス出社が主体」(42.1%)でした。続いて「オフィス出社のみ」(28.8%)、「どちらかといえばリモートワークが主体」(10.0%)、「リモートワークのみ」(1.3%)の順となり、出社を求める企業のほうが多いことがわかりました。

また、リモートワークを実施している企業において、「うまくいっている」「ある程度うまくいっている」と回答した企業は6割を超えました。ただし、コミュニケーションや不公平感、生産性の低下といった「問題が生じている」「やや問題が生じている」とする企業も3割近くに上ることが示されました。

厚生労働省が発表した調査では、「あなたは今後、リモートワークをしたいと思いますか」との質問に対し、「そう思わない」が39.9%でトップになりました。「どちらかといえばそう思わない」も20.7%に上り、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」を併せた39.4%を上回る結果となりました。

この回答に関しては、運輸業や宿泊業、医療業といったリモートワークが難しい業種が「そう思わない」の数値を押し上げました。一方、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」との回答は、情報通信業(70.3%)、金融業・保険業(52.2%)、学術研究、専門・技術サービス業(52.1%)などの業種で高い結果となりました。また、年収が高いほどリモートワークを望む傾向にあることも示されています。

労働時間:フレックスタイムを導入している企業は6.8%

2023年度の就労条件総合調査によると、変形労働時間制を採用している企業は59.3%となりました。そのうち、フレックスタイム制を導入している企業は6.8%でした。また前掲の厚生労働省の調査では、フレックスタイムを導入している企業で「働きたい」と回答した割合が17.6%、「どちらかといえば働きたい」が35.6%で合わせて53.2%と半数以上を占め、「あまり働きたくない」「働きたくない」を合わせた30.8%を上回りました。

兼業・副業:副業している人の割合は6.0%

パーソル総合研究所の「副業の実態・意識に関する定量調査」によると、企業の副業容認率(全面容認+条件付き容認の合計)は60.9%でした。ただし、正社員の副業実施率は7.0%にとどまっています。現在副業を行っていない正社員のうち副業をしたいと思っている副業意向率も40.8%にのぼっており、企業も個人も副業への意向はありつつも、まだ実施率は高くないとの現状が示されています。

企業の具体例

ハイブリッドな働き方

LINEヤフー

LINEヤフーでは、チームとして最も高いパフォーマンスを発揮するためにオフィス出社とリモートワークを組み合わせています。2025年4月からは、カンパニー部門に所属する社員は原則週1回の出社、カンパニー部門以外に所属する社員は原則月1回の出社日を設け、新しい働き方を目指していくと発表。また、一部の部署を除きコアタイムなしのフルフレックス制を導入しており、育児・介護を抱える社員は子どもの中学校就学まで時短・時差勤務を選択することができます。

出社の際は月15万円を上限に交通費を実費支給し、リモートワーク時にも「LINEヤフー Working Style手当」(1.1万円/月)が支給されています。対面でのコミュニケーションやオフィス環境も重視しており、懇親会の費用や社内のサークル活動費を補助しているほか、オフィスには一般的なデスクやスタンディングデスク、集中ブースなど、多様なスペースを用意しています。

リコー

リコーでは、働く場所や時間を選択できる働き方「RICOH Smart Huddle」とさまざまな勤務形態を掛け合わせています。勤務時間については、シフト勤務や1ヵ月単位の変形労働、勤務観インターバル制度を導入。夜間の打ち合わせが必要な部署や繁忙期が固定されている部署などを中心にこれらの制度が活用されています。また年次休暇のうち、年間で最大40時間分(5日分)を1時間単位に分割して取得可能で、勤務時間の間に通院するなどの場面で活用されています。

また、これまではオフィス中心の働き方をしていたところ、在宅勤務や直行直帰制度を採り入れ、現在は1日約2000~3000人が在宅勤務を実施しています。さらに都道府県単位で勤務地を選択できる制度も整備し、希望する都道府県または2時間以内の通勤圏内で勤務できる体制となっています。

フルリモートも可能な働き方

パナソニック

パナソニックでは、新型コロナウイルス流行下の2021年4月、在宅勤務を基本とし、必ずしも出社することを前提としない新たな働き方としてリモートワーク制度を新設しました。現在は1ヵ月の半分以上を在宅で働く社員が1万人以上にのぼります。育児や介護中の社員を応援するため、育児との両立応援ガイドブックや介護両立応援サイトなどを策定しています。

一部の事業会社では、フルリモートや週4日勤務制の導入が始まっています。たとえば「週4日勤務とし、残りの1日は他社の現場の改善活動のアドバイザーとして副業に挑戦する」「週3日はオフィスで働き、残り2日間を実家で過ごす。2日のうち1日はリモート勤務、もう1日を地元で副業への挑戦に当てる」「パートナーの転勤に帯同し、自宅からのフレックス&フルリモート勤務を選択する」といった事例が生まれています。

日本マイクロソフト

日本マイクロソフトでは、2018年から組織横断の「ワークスタイル変革チーム」を立ち上げました。そしてコロナの流行を経て、「リモートワークとオフィスワークのそれぞれの良さを柔軟に組み合わせ、多様性のある働き方を目指す」と表明。採用サイトには職種ごとに「何%リモートワークが可能なのか」が表示されており、「出社」「リモート50%」「フルリモート」にわかれています。勤務時間については、採用時に話し合って決定されます。

コロナ流行下で進めたオフィスのリノベーションでは、相手がどこにいてもシームレスに接続できるハイブリッドワーク対応の会議室や、オフラインでもオンラインでもコラボレーション可能な会議室を用意。在宅勤務で運動不足が続いた社員向けのアクティビティールームなども設置されています。

リモートからの出社回帰

Amazon

コロナ流行時にいち早くリモートワークを導入したAmazonのCEO、アンディ・ジャシーは2024年9月、「コロナ以前のオフィス勤務体制に戻すことを決定した」と発表しました。原則として週5日間のオフィス勤務を復活させることとし、その決定は日本のAmazonにも適用されることが決まりました。

出社を復活させる理由として同社は、リモートワークを導入した過去5年間の経験を通じて、オフィスでの共同作業には「文化の学習と強化が容易になる」「チーム間の連携が深まる」などの利点があるからだと述べています。ただし、コアタイムなしのフルフレックス制度の導入やパーソナル休暇制度、副業などは整備されており、女性や障がい者、マイノリティに対する差別の是正措置も推進しています。

GMOインターネットグループ

GMOインターネットグループは2023年2月、これまで「原則、週3日出社・週2日在宅勤務」を推奨していた出社体制を廃止し、出社しての勤務を原則とすると発表しました。リモートワークに関しては、介護・看護や自身の病気の治療・回復の目的に限り可能となりました。

ただし、働きやすい環境を整えるため、たとえば育児に関しては企業主導型保育施設『GMO Bears』を設置し、勤務中の子どもの預かりなどを実施することで、育児休暇復帰率100%(2021年度)を達成しています。オフィスではプロジェクトごとに関わる人の近くに席を構えたり、社内カフェなどで自由に勤務したりすることができるフリーアドレスを導入。そのほかフィットネスクラブや24時間365日利用可能なカフェを設置するなど、オフィスの満足度を上げる仕組みを取り入れています。

そもそも出社が必要

松屋フーズ

松屋フーズでは、地元志向やさまざまな生涯設計のニーズに対応するため、勤務地域選択制度を導入しました。同制度は「グローバルコース」と「ローカルコース」にわかれており、ローカルコースでは六つの地域から希望勤務地を選択できます。ただしグローバルコースのほうが、給与・賞与は高くなります。

そのほか、29歳の誕生日までは会社の寮に入ることができたり、傷病による長期療養時には最長60歳まで収入を保証するLTD制度などを導入したりすることで、社員の意欲を高めています。また正社員を対象に、一度退職した人が戻ってこられるキャリアカムバック制度も運用しています。

ダイニチ工業

ダイニチ工業では、2015 年4月に開発部門において「変形労働時間制」を、事務部門に おいて「フレックスタイム制」を導入しました。さらに育児との両立のため、短時間勤務制度を利用している社員に向けた業務用ストーブの生産ライン、通称「子育てライン」を設置しています。ラインの通常の稼働時間は8時30分から17時30分となっているところ、子育てラインでは9時から16時までとなっています。

同社では育児支援に力を入れており、出産祝い金や入学祝い金を贈呈。ほかにも運動会や社員旅行などを毎年開催しており、社内のコミュニケーションの活性化に注力するほか、家族工場見学も実施しています。同社の離職率は1.0%と低い水準を誇っています。

今後の柔軟な働き方

柔軟な働き方に注目が集まっている一方で、業務内容や業務効率の観点から柔軟な働き方を制限する企業もあります。従業員側もリモートワークやフレックス制度を望まない場合があるなど、ただ単に制度を柔軟にするだけでは、かえって制度のデメリットが浮き彫りになる可能性もあります。

それでも多様な事情を抱える従業員にとって柔軟な働き方があることは大きな魅力であり、企業価値の向上につながる要素と言えます。企業としては、制度の柔軟さがどのように自社の人的資本経営の推進につながるかを検討することが、まずは不可欠です。その上で、従業員からの多様なニーズと業務効率や企業文化などとの最適なバランスを取っていくことが求められます。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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