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森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第12回】
マネジメントのアップデート:逆さま世界地図からの示唆

武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

森永 雄太さん

森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室

日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。

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はじめに

私の研究室に「アップサイドダウン世界地図」という地図があります。オーストラリアのお土産で、南半球が地図の上方に、日本が位置する北半球は下方に描かれています。北が上方に描かれていることが当たり前になっている私には、眺めるたびにとても奇妙な気持ちになる代物です。

実は2022年12月から1月にかけてオーストラリアに滞在する機会を得た私は、街中のお土産屋さんを回りに回って、この地図を入手しました。以前からこのお土産の存在は知っていて、普段自分が当たり前と思っていることを異なる視点からとらえなおすことの重要性を思い出させるシンボルとして、ぜひ手に入れたいと考えていたのでした。

私は、ウェルビーイング経営という用語の浸透にも、マネジメントを新たな視点から問い直すことを求める役割があるように感じています。そこで以下ではこれまでのコラムのラップアップとして、ウェルビーイング経営で求められているマネジメントの二つのアップデートについてまとめたいと思います。

ヒトのとらえ方のアップデート

一つ目は、ヒトの捉え方をアップデートすることが求められています。このコラムの第2回では、家のメタファーを用いながらウェルビーイングを重層的に捉える視点を提供しました。1階部分が狭い意味での心身の健康確保、2階部分に仕事のやりがいや組織や周囲との関係性の視点が含まれます。

私が専門とする経営学の経営管理論や人的資源管理論では、2階部分について注目してきましたが、1階部分への関心が希薄でした。逆に産業保健領域では1階部分に注目してきましたが、2階部分への関心が希薄でした。今、私たちはこの二つの視点を併せ持つことが求められています。

マネジメントの担い手のアップデート

もう一つの視点が、マネジメントの「担い手」に関するアップデートです。かつて日本企業のマネジメントの特徴は「ミドルアップダウン」とも呼ばれるミドル・マネジメントによる上方と下方への影響力にあると考えられていました。しかし、組織構造が変化し、組織で働く従業員が多様化した組織では、多くの従業員を戦力化していくマネジメントをミドルだけに頼ることが困難になってきている、と指摘されています(野中・勝見,2015)。

特に、今日の組織におけるウェルビーイング課題の一部は、多様化への対応でもあります。従来は従業員のウェルビーイングは経営者側(と従業員の代表である組合とで)が実現していくものと位置付けられることが多かったように思います。

しかし一口に従業員といっても、それぞれ異なるのが現代の組織です。そこで、従業員が自発性を発揮してウェルビーイングを実現していくこと、そしてミドル・マネジメントがそのような従業員の自発性の発揮を支援することが期待されるようになってきました。

このようなウェルビーイング経営の実践を考える上で参考になるのが、QWL(Quality of Working Life:仕事生活の質)運動やその後の一連の研究の最新動向です。Grote &Guest(2017)は、20世紀中盤から現代に至るまでのQWL研究について振り返り、新たに取り入れる視点として(1)従業員の自発性を発揮することに対する支援を行っていくこと、(2)柔軟な働き方の実現を指摘していくことを挙げています。

特に従業員側の自発性の発揮を通じたボトムアップ型のQWLの実現の視点が重要であることを強調し、この観点において組織の側も個人の側もアップデートされていく必要があることを指摘しています(図1参照のこと)。

図1:将来のQWLについての統合的フレームワーク

このコラムで紹介してきたこと

上記の2点を踏まえてコラムで扱ってきた内容を振り返っていきましょう。従来の経営管理論では従業員のウェルビーイングな状態を実現するために職務を充実させていくことが重要であると主張してきました。ここでの職務設計の主体としては、一貫して組織を想定してきましたが、最近では従業員自身も想定しています。

すなわち多様な従業員が働く現代の職場では、従業員自らが職務内容を変えていったり、助けを求めたりすることを通じて、職場環境を自分に適したものへと整えていくことが有効だと考えられるようになってきています(これらの内容について8回9回のコラムでご説明しました)。従業員には、受け身ではなく、その人なりに能動性を発揮していくようにアップデートすることが求められているといえるでしょう。

同時に組織の側も、従業員のプロアクティビティを引き出して支援するマネジメントへとアップデートしていくことが求められています。そのようなマネジメント視点として、しばしば重視されてきたのが人事施策とリーダーシップです(例えばBakker & de Vries, 2021)。どちらもこれまで経営学で重点的に扱われてきたトピックですが、先に触れた重層的なウェルビーイングを総合的に高めるという視点において不十分でした。

今後は、従業員のプロアクティビティの発揮とそれを通じたウェルビーイングの実現を促す人事施策やリーダーシップについて一層追及していく必要があるでしょう(このようなマネジメント視点のアップデートについて、人事施策については4回5回6回7回で、リーダーシップについては10回11回で紹介しました)。

新たな課題としての働き方の多様化

最後に、これらに加えて筆者が注目している新たなウェルビーイング対策の視点を紹介してコラムを終えたいと思います。それはオフィス設計の視点です。

コロナ禍で出社率が低下する中で、全員分の固定席を確保しないフリーアドレスや、社員が業務内容に応じてオフィス内での働く場所を選択することのできるABW型のオフィスの導入が進んでいるようです。

実際にABW型のオフィスでは、従業員のワークエンゲージメントが高まることが実証的に示される(例えば、正木ら、2021)など、オフィス設計の観点からも従業員ウェルビーイングにアプローチできることが明らかにされつつあります。

ただし、筆者が行ったインタビュー調査では、オフィス設計側が期待したほどディスカッションスペースが利用されていないといった、設計意図と活用実態の乖離が生じているケースもあるようですし、従業員がバラバラで働くことになることで孤独を感じる従業員が増えるという懸念や、若手の育成面での課題が生じていると感じる企業もあるようです。

今後は、良いフリーアドレス/ABW型オフィスと悪いフリーアドレス/ABW型オフィスの違いのあぶり出しや、これらのオフィスが効果を発揮するための運用上の条件などについて明らかにしていく必要があると考えています。

まとめ

1年間担当させていただいたこのコラムも、今回で最終回となります。コラムは終了しますが、筆者は今後も人事施策、リーダーシップ、オフィスレイアウトの観点からウェルビーイング経営を推し進めるためのエビデンスを提供していきたいと考えています。また何らかの形で皆さまと対話することができる機会があることを楽しみにしています。

参考文献
  • Bakker, A. B., & de Vries, J. D. (2021). Job Demands–Resources theory and self-regulation: New explanations and remedies for job burnout. Anxiety, Stress, & Coping, 34(1), 1-21.
  • Grote, G., & Guest, D. (2017). The case for reinvigorating quality of working life research. Human relations, 70(2), 149-167.
  • 野中郁次郎・勝見明 (2015).『全員経営 自律分散イノベーション企業 成功の本質』日本経済出版社.
森永 雄太(武蔵大学 経済学部 経営学科 教授)
森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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