人生100年時代の働き方を考える

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森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第2回】
家のメタファーで考えるウェルビーイング

武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

森永 雄太さん

森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室

日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。

ウェルビーイングな住まいづくりからの学び

2022年のゴールデン・ウィークを、皆さまはどのようにお過ごしになったでしょうか。SNSでは、旅行や外食といった楽しいイベントの様子を報告する投稿が目立っていたように思います。

一方、私は引っ越しで、せっせと段ボールを運んだり、開けたり、閉めたり、忙しく過ごしていました。この半年ほど時間をかけて転居先のリフォームをお願いしていていたのですが、連休中に工事が終わり、やっと荷物を運び入れるに至りました。今回の引っ越しと一連のリフォーム経験は、私にとってウェルビーイングに暮らすためのさまざまな示唆を得る経験となりました。今回はそんな私の経験からコラムを始めたいと思います。

今回購入した物件は、やや古い物件ではあるものの、私や家族が持っていた「こだわりポイント」をほぼ満たしていました。そのため、購入の意思決定はすぐにできました。一方でどの程度までリフォームするのかについては、かなり判断に時間がかかりました。

前にお住まいになっていた方が大変きれいに使っていらっしゃったので、ただ生活していくだけなら小規模なメンテナンスで即時入居することも可能でした。しかし、もともと単身で広々と使われていた間取りは、かなりぜいたくなスペースの使い方をしており、私たち家族が過ごすにはやや不便な部分がありました。水回りは全く問題のない状態でしたが、長い目で見るとやや不安がありましたし、作り付けの海外製の洗濯機は高級感にあふれていましたが、将来的に容量不足になることが目に見えていました。家族や友人に相談した結果、最終的に私たちはフルリフォームをすることに決めました。

フルリフォームでは、水回りの設備を一新するとともに、間取りも自分たちの生活に合わせて再設計してもらいました。水回りはそれほど目に見える部分ではありません。しかし生活の基盤として、水回りの性能を確立することが長く安心して過ごしていく上で不可欠だと判断したのです。水回りに手を入れることによる副次的な効果もありました。水回りの位置を変えることで、間取りや生活空間の使い方を考える自由度が高まったのです。空間の活用方法をゼロベースで考える経験をすることで、現在の自分たちが自宅に求めている要素や機能を一層クリアにすることができました。

あらためて振り返ってみると、前のマンションに移ったときは子どももおらず、共働きで夫婦ともども夜遅くに帰宅するのが当たり前でした。ライフスタイルの変化と共に、自宅での過ごし方や自宅に求める要素が変わってきていることにあらためて気づかされました。今回の一連の経験はいわば「ウェルビーイングな生活」をこれまでとは異なった角度から考え、自宅に必要な機能の取捨選択をする経験となりました。

ウェルビーイングとは何か?

さて、ここでこのコラムの重要キーワードである「ウェルビーイング」とは何かについて整理したいと思います。ここでは心理学と経営学の学術的な研究をもとに考えます。

まず心理学の研究には大きく分けて二つの考え方があるようです。第1の潮流では、ポジティブな感情を多く、ネガティブな感情を少なく感じ、人生全体に対する満足度が高い状態をウェルビーイングな状態とみなします。一方、第2の潮流では、人生の意義や可能性に注目し、目的に向けて意味があると感じることを成し遂げていったり、そのために成長していったりする状態をウェルビーイングな状態とみなします。

心理学のウェルビーイング研究からは、学術的な研究の中にもウェルビーイングがどのようなものなのかについて異なる考え方があることがわかります。よく考えてみれば当たり前のことのように感じるかもしれませんが、これはとても重要なことです。組織が自社で従業員ウェルビーイングを用いるときは、わが社ではどのような意味でウェルビーイングという用語を用いているのか、どのような状態を目指しているのかについて議論し、合意を形成していくことが欠かせません。

次に、経営学の研究に目を向けてみましょう。経営学でも2000年代以降、あえてウェルビーイングという用語を用いる研究が増えてきました。そこでは、心理学の研究の影響を強く受けつつも、より広く、従業員の職場での経験と機能の全体的な質と定義しています(Grant et al., 2007)。

経営学の研究では、上述した心理学的ウェルビーイングだけでなく、健康面の良好さや関係性の良好さにも同時に注目し、これらを総合的に捉える概念としてウェルビーイングを位置づけることが多いようです。経営学では職務満足など、従業員のウェルビーイングには古くから関心をもって知見を蓄積してきました。従業員ウェルビーイングに再注目するにあたっては、特に健康面の良好さにも目を向けるようになっている点に特徴があるように感じます。

家のメタファーで捉えるウェルビーイング

このような経営学の立場を踏襲しつつ、より実践的な観点から、私自身は従業員のウェルビーイングを2階建ての家のメタファーで捉えることを提唱しています。図をご覧ください。

家のメタファーで考えるウェルビーイング

(筆者作成)

まずウェルビーイングを構成する1階部分は、職務遂行の基盤となる「心身の健康」です。心と体のコンディショニングが整っている状態と言い換えてもよいでしょう。人生100年時代が到来しているといわれます。ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン氏が強調するように、健康を確保することが活力を生む重要な資産として重視されるようになっています。

次に2階部分には、職場におけるパフォーマンスに直結しやすい「仕事に対する意欲」や「所属組織や周囲に対する前向きな態度」などが該当します。最近では2階部分としてワーク・エンゲージメントやインクルージョンに注目する企業も増えてきました。それぞれの階にどのような状態を想定していくかは、企業の目標や目指す組織像によって異なると考えられます。

ウェルビーイングを多層的に捉えようとする経営学の立場からは、2階部分と1階部分の取り組みをセットで捉えることの重要性や、1階部分への働きかけを2階部分の拡張に結び付けていくようなシナジーを創出していくことが重要であることがわかります。

冒頭のリフォーム経験のエピソードと関連付けて考えてみましょう。家の基礎的な部分に課題や不安がある場合は、壁紙や家具の配置などの表層的な改善を試みても、なかなか根本的な解決には至らなかったと思われます。同じように従業員がイキイキと働くことができていない原因が1階部分の毀損にある場合には、2階部分だけでなく1階部分を含めた全体的な改修に目を向ける必要があるかもしれません。

経営学はその歴史の中で、少しずつ1階部分に対する働きかけを軽視するようになってきていました。ウェルビーイング経営は、この1階部分への積極的な働きかけを含めたマネジメントを再構想する考え方でもあるのです。

まとめ

今回はウェルビーイング経営の一つ目のキーワードである「ウェルビーイング」に注目し、ウェルビーイングとは何かについて学術的な考え方をもとに紹介しました。次回以降はウェルビーイング経営の二つ目のキーワードである「マネジメント」と、マネジメントにウェルビーイングを持ち込むことが必要になってきた背景や意義について紹介していきたいと思います。それでは皆さま、次回もお楽しみに!

(参考文献)
  • Grant, A. M., Christianson, M. K., & Price, R. H. (2007). Happiness, health, or relationships? Managerial practices and employee well-being tradeoffs. Academy of management perspectives, 21(3), 51-63.
  • 森永雄太(2019)『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』労働新聞社。
森永 雄太(武蔵大学 経済学部 経営学科 教授)
森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。


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